マザーランド・リターン センチュリア逆上陸4
川口直卒の『神州丸』は、センチュリアの赤道に沿って降下を開始した。
優秀商船の構造を踏襲した『神州丸』の船体が、ガタガタと揺れ始め空の色が黒から徐々に青に変わっていく。
「高度二万で『疾風』隊を発信させよ」
『神州丸』は航空母艦ではないが、制空用として十四機の『疾風』を搭載している。
そして、その発進方式は大気圏突入時の運用を考慮して、少々ユニークだ。
まず十四機の『疾風』は第二甲板上で、超電磁カタパルトに乗せられて進行方向左側を向いて一列に並んでいる。
この状態から、『神州丸』は第二甲板の左側隔壁を開くという少々強引な方法で、一気に『疾風』を展開させる事を可能としている。
「左舷方向、降下目標のプラチナレイクを認む!」
監視員が報告すると、ブリッジ要員が一斉に左方向を確認する。
確かに、そこには巨大な湖が横たわっていた。
「……あれがプラチナレイクか!」
『神州丸』かなりの速度で進んでいるので、プラチナレイクが見えなくなるのに、何分もかからない。
プラチナレイクへのアプローチは、惑星を一周いた後、と言う事になる。
「まもなく、高度二万!」
「『疾風』隊。発進せよ!」
大気圏突入を行う『神州丸』は極めて脆弱な存在だ。
そもそも軍艦ではない『神州丸』は、まともな自衛火器すら積んでいない上に、四〇〇メートルを超えるサイズ、鈍重な運動性能はセンチュリアの大気によってさらに遅く重たくなる。
赤道付近の敵対空陣地は、海軍の攻撃で沈黙している事になっているが、実際どの程度の被害を与えているのかはわからない。どちらにせよ、投入された『烈風』の数から考えても完璧とは言い難いだろう。
「『疾風』、発進作業開始!」
ドン! ドン! ドン! と太鼓を打ち鳴らすような音を立てて、次々と中島飛行機の傑作、キ―84『疾風』達が次々と飛び出していく。
操縦しているのは、陸軍最強と誉れ高い四三四空所属、戦闘一八九飛行隊。加藤少佐率いる通称、加藤隼戦闘機隊である。
「右舷下方、敵機! 数十二!」
電探員が声を上げた。
いくら電波妨害が掛かっていてレーダーの類が無力化されている言っても、空を全長四〇〇メートル以上もある船が飛んでいれば誰でもわかるし、米軍の兵士が見ればそれが米軍艦船で無い事も明らかである。
つまり迎撃機が上がってくるのは、予想の内だ。
「加藤少佐につなげ」
川口が言うと、即座に通信員が指で丸を作って見せる。
「川口だ。聞こえるか?」
「加藤少佐であります。少々雑音が混じっておりますが、通信に差し支えはありません」
ドラゴン達が投入した電波妨害衛星の影響が、近距離通信にも出ているらしい。
「そちらで敵機は捉えているか?」
「肯定であります」
『疾風』の一機が『神州丸』のブリッジの横を飛びすぎていく。
加藤の機体だろう。
「では、直ちに迎撃を」
「はっ! 加藤隊、迎撃に向かいます!」
通信が切れると同時に、『疾風』が次々と翼を翻して急降下に移る。
「よろしい。本船も対空戦闘用意! 総員、気を抜くな」
『神州丸』の防空装備は、十二.七ミリ超電磁砲が二門のみである。船舶の火力はどうしてもペイロードとのトレードオフになってしまう。
軌道強襲船も、輸送船の一種なので火力不足はいかんともしがたい。
もっとも、『神州丸』の乗組員も川口自身も、加藤隼戦闘機隊に全面の信頼を置いている為、それほど悲観的でもない。
海軍にサムライ坂井が居るように、陸軍にはハヤブサ加藤がいるのだ。米海軍の『ワイルドキャット』など、敵ではない。
実際に、加藤率いる『疾風』は上がってきた『ワイルドキャット』を鎧袖一触。
五分と経たずに蹴散らして見せた。
脅威が去った後、『神州丸』は船首をやや北に向ける。このまま二万キロ程飛べば、目指すプラチナレイクである。
時間にして二時間。
「前方に巨大な湖を視認。プラチナレイクです」
見張りから報告が上がる。
『神州丸』もまた、正確な地図を持っていないのに加えて、電探も使えないので航法はあくまで人の目とランドマークに頼らざるを得ない。
「プラチナレイクの岸に巨大な空港を確認! 制圧目標です!」
川口が外部カメラのディスプレイに目をやると、前情報通り巨大滑走路数本を有する巨大空港が見えた。
今回の第一制圧目標である、クラウンハブ。符丁は甲目標。
「発見した空港を甲目標と断定する」
「空港を甲目標に設定」
川口の言葉が復唱され、ディスプレイ上の空港に甲の一文字が表示される。
「甲目標に動きあり! 敵迎撃機が上がってきます」
「加藤隊! 迎撃任務に当たれ。
空挺部隊は降下準備!」
『神州丸』の船底は観音開きの開閉構造になっており、船底を開放する事で最下層とその一層上のデッキに搭載している空挺兵器を一機に揚陸する事が可能である。
その主力は陸軍の主力兵装である、二足歩行兵器『天鬼』七〇機だ。
緊急展開用のパラシュートを装備した『天鬼』は、四〇ミリ機関砲や一二〇ミリ対戦車砲などで武装している。
まずは、この『天鬼』隊が空港に強硬着陸し橋頭保を形成する事で後続の足掛かりになる。
「空港左舷方向! 距離八〇〇〇!」
「降下始め!」
川口の号令を受けて、『天鬼』七〇機が次々と降下を始める。
陸軍迷彩のパラシュートは次々と空に咲く。
このパラシュートは『天鬼』を安全に地面に下ろすだけの代物ではない。敵航空機の離陸進路上に多数展開する事で、迎撃機の動きを封じる意味合いもある。
無論、それでも多少の迎撃は覚悟しなければならないが、それに対して加藤率いる『疾風』が阻止線を張っている。
◇◆◇◆◇◆◇
坂木一等兵は、九六式『天鬼』の操縦席でディスプレイに表示されるパラメータを確認している。
『天鬼』によるパラシュート降下は難易度が高い。
そうでなくとも空挺による強襲は難しい。風に流されて部隊から離れでもしたら、大惨事だ。
そして、今回の『天鬼』隊は敵機の離陸を妨害するために、滑走路の延長上に展開している。
「敵機が離陸して来る。各自、射程に入り次第射撃を行え!」
『天鬼』隊隊長の三木少佐からの通信。
確かに、クラウンハブの滑走路を二機の戦闘機が走ってくる。
「射撃準備!」
坂木は四〇ミリ機関砲の薬室に、初弾の徹甲弾を送り込む。
滑走路を走っている航空機は完全に直線運動しかできない。射撃管制装置の示す通りに狙えば、撃破するのは容易い。
「照準、よし! ヨーイ……テッ!」
三木少佐率いる『天鬼』二三機が一斉に、機関砲を放つ。
放たれた機関砲弾は、緩やかな放物線を描いて、滑走路上の敵航空機を撃破した。
これでこの滑走路は、使用不可能である。
他の滑走路も同じ状況のはずだ。
「いいか! 滑走路を傷つけるなよ! ……よし、行くぞ!」
高度が下がり、地面が近づくとクラウンハブの四〇〇〇メートル級滑走路が近づいてくる。
空港の滑走路というものは、驚くほど広く見通しが良い。
飛行機を飛ばすにはいいが、遮蔽物が確保できないので、戦闘には向かない。
下手に歩兵など展開すればあっという間に全滅だ。
だからこそ、まずは装甲兵器を投入する事で、これを橋頭保とする。
「高度二〇メートル。落下傘、分離」
『天鬼』の装備メニューからパラシュート分離を選択して、坂木機は滑走路脇の芝生に落ちる。
二〇メートル程度の落下なら、衝撃は『天鬼』の関節ブレーキと慣性中和装置はほとんど吸収してくれる。パイロットスーツの衝撃吸収材と合わせれば、ほとんどパイロットの負担はない。
「六〇一歩、集合!」
『天鬼』隊は二〇〇メートル四方に散開さて落下した。
敵が対応部隊を投入する前に合流しなければならない。
三木少佐の機体は、坂木の場所から七〇メートルほどの場所に着地していた。
『天鬼』隊に対する米軍側の抵抗は、それほどの規模ではなかった。
重機関銃を装備した四輪駆動車、軽戦車が合わせて二〇両程。これらは『天鬼』にとってはそれほどの脅威ではない。
脅威はどちらかというと、装甲貫徹力の高い対戦車ロケットランチャーを装備した歩兵である。
しかしそれとて、大した数はいない。
空港の管制塔を包囲する形で展開した『天鬼』隊は、米軍の抵抗を排しながら徐々に、包囲網を絞る。
米軍が空港を放棄するならよし、玉砕を選ぶならそれも致し方なし。といった所だ。
もうしばらくすれば、『神州丸』が歩兵と戦車を投入するだろう。そうすれば、そのまま空港を制圧できるはずだ。
帝国陸軍内に弛緩した空気が流れる。
だがその直後、坂木の見ている先、北西方向で爆発が起こった。
「こちら西方滑走路の六一一歩! 敵の二足歩行兵器だ! 地下道から出てきやがった!」
前情報によると、敵にも二足歩行の装甲兵器があることがわかっている。
しかし、空港に地下道があるという話は陸軍には伝えられていなかった。
地球の空港においても、一般的に空港の地下には連絡用の通路があるものなのだが、この情報がどこかで抜け落ちていたのだ。
そして、不幸にも西側の横風用滑走路に展開した、六一一歩の一群が奇襲を受けたらしい。
「こちらは三木少佐である。
総員、陣形を崩すな! 我々の仕事は空港の制圧だ。
我々がここを離れたら、後続の歩兵と戦車に被害が及ぶぞ!」
歩兵は言うまでもなく、戦車も『天鬼』で守ってやらなければ、対戦車兵器で撃破されてしまう恐れがある。
「しかし、少佐! 六一一歩に被害がっ!」
三木の言っている事は理解できるものの、坂木はわずか数キロの距離で味方が攻撃を受けているのを、座視することはできない。
「川口閣下が適切な采配を取っておられるに違いない。今しばし、ここで耐えるんだ!」
そういわれて、坂木は奥歯をかみしめて、北西の方を見た。
いくつかの煙が上がっている。




