マザーランド・リターン センチュリア逆上陸3
「長老。これがセンチュリアがセンチュリアとして存続できるラストチャンスです。
ご決断を」
ここでのエルフの長老院の決定に関わらず、帝国陸軍はセンチュリアに上陸作戦を実施する。
その段階でセンチュリア側の戦力と帝国陸軍の衝突が起これば、センチュリアの保有戦力は間違いなく壊滅してしまう。
これは、帝国陸軍側にセンチュリアの民を攻撃する意思がなくても、だ。
米上陸部隊と帝国陸軍の衝突に巻き込まれれば、センチュリアの文明など容易く吹き飛んでしまうだろう。
「……わかった」
「長老!」
賢人たちが抗議の声を上げるが、トリスタンはそれを制した。
「どのみち、我々は滅ぶ。
何もせずに滅ぶより、何かに縋ってみようではないか。賢人たちよ。
それに、大聖女がたった二人だけ育てた弟子の片割れ。その片割れが話を持ってきたのは、何か天啓のようにも感じる。どうだろうか?」
「……」
賢人たちは黙った。
センチュリアの歴史上屈指の術者であるフローリアの二つ名は、彼らの反論を許さない程重い。
「……反論は、ないようだな……」
トリスタンは頷き、ラーズの方を向き直る。
「ラーズ・カーマァインツゥアよ。我々は、どうすればいい?」
「難しことはありません」
ラーズは、ちらりと時計に視線を落とした。
「今から、約四時間後に電波障害が一時消えます」
「なんと! この電波障害も宇宙人共の仕業なのかっ!?」
実際それはドラゴン達によるものなのだが、それは重要な事ではないし、一度解除された後は帝国陸軍が引き継ぐことになっている。
「その通りです」
「わかった。どのみち我々に選択肢は無かろう」
……よかった。
というのがラーズの正直な感想だった。
もし、長老院にゴネられたら、タイムリミットまでに説得できる自信がなかったのだ。
そういう意味では、ここに来ても大聖女フローリアの名前が効いている。
「……そういえばトリスタン老。マイスタ・フローリアは今どこに?」
「前線だよ。メール半島に居る」
メール半島は、今ラーズが居る場所からほぼ惑星の裏側。
世界の富の中枢、クラウングループの総本山がある。
「クラウンを守っているのですか?」
「うむ」
それは、クラウングループの生産能力がまだメールには残っている事を示している。
宇宙人の侵略からクラウングループの総本山を守る。それには一体どれほどのコストがかかったのか? そして、なにをもってそのコストを支払ったのか?
決まっている。一線級の魔法使いたちの命だ。
最初の攻撃から二七から二八か月。何人が戦場に赴き、何人が散っていったのか?
それを聞く気には、ならなかったが。
その時、耳元でピピッと音が鳴る。
通信機の呼び出しだ。現状、通信をしてくるのは鈴女しかいないし、実際それは鈴女からの連絡だった。
「ご主人様」
ラーズは左手を上げて、トリスタンの方を制した。
「聞こえるぞ。報告を」
「ヨーソロ。三〇秒前、本機の電探に接触がありました。
所属不明の航空機が高度三〇〇〇弱を接近中。数六乃至八。推定十二分後にここから三キロ西を通過します」
報告の精度が低いのは、鈴女が地面に降りているからだろう。
航空機の電探は、空中で使うことが前提なので、地面に降りている状態では機能が著しく制限される。
「わかった。接近中の航空機は敵と認定する。迎撃に上がる。準備しろ」
「ヨーソロ。通信終了」
通信は切れた。
「どうした? ラーズ・カーマァインツゥア」
トリスタンが言う。
「敵が来ます。
すいません。自分が|《迷いの森》の効果を破壊したせいかも知れません」
ラーズはトリスタンの方を向き直った。
無論、米軍が|《迷いの森》の魔法が解除されたことを知ることはできないはずだ。あるいは、一定間隔で|《迷いの森》にアプローチし続けていたのかも知れない。
「なんだと!?」
賢人達が騒ぐ。
「迎撃に上がります。自分が出たら|《守りの森》を再起動してください。では」
ラーズは返事も待たずに踵を返した。
◇◆◇◆◇◆◇
「--っ!」
ラーズの乗ってきた飛行機の操縦席に乗っているメイドさんが、何事かを叫んでいる。
エーギルホッブは困惑した。
それは、エーギルホッブの知らない言葉だったのだ。
だが、言葉は分からなくても何を言っているかは、わかった。
なんのことはない。
四機の飛行機が、次々とエンジンを起動し始めたのだ。
都合、このメイドさんは危ないから下がれ、と言っているのだろう。
甲高いエンジン音。そして、次々と機体が垂直に舞い上がっていく。
垂直に降りてきた以上、垂直に浮き上がる事もあるだろう。
やはりこの飛行機たちは、センチュリアのそれとは隔絶したテクノロジーで作られていると実感させられる。
「全員離れろ!」
最後に、ラーズの乗ってきた機体も地面を離れる。
「回せ回せーっ!」
叫びながらラーズが、長老院から飛び出してくる。
しかし、そのラーズが乗るべき飛行機はもう離陸している。
魔法ででも乗り移るつもりだろうか、とエーギルホッブは思った。
一方の飛行機は、高度十メートルほどで一旦停止。そこで降着装置を格納している。
その直後、機体がぐらりと揺れた。
右の翼が大きく下がる。
「危ない!」
翼は地面には接触しなかった。
それどころか、その下がった翼にラーズが飛び乗る。
ラーズが乗ると同時に、今度は右の翼を上げてラーズを空中に投げ上げる。
そして、その飛行機を機首を四五度ほど上げた状態で、垂直に上昇。
放物線の頂点付近で、ラーズを操縦席ですくい上げて、そのまま急加速して飛び去って行く。
ほどなく、ドン! という破裂音が聞こえた。
機体が音速を超えたのだ。
◇◆◇◆◇◆◇
「高度は三〇〇〇って言ったたか、鈴女」
「ヨーソロ」
「高度を取って精密索敵だ。ドローンも同じ」
先に飛び立ったドローンたちが、先行して高度を上げていく。
即座に周辺の索敵情報が来る。
「敵機補足。F4F『ワイルドキャット』。数六」
「長老院を見られたと思うか?」
「高度と方位からして、間違いなく見ていると思います」
「なら、生きて返すことはできないな……殲滅する。
スズメ4を高度八〇〇〇へ。他は攻撃だ。行くぞ!」
高度五〇〇〇。左へ捻りこみながら、ラーズは指示を飛ばす。
ほぼ同時に、『ワイルドキャット』が散開した。
目視でこちらを見止めたのだろう。
だが、無意味だ。
『烈風』の運動性能は『ワイルドキャット』の比ではない。ましてや、敵なしのセンチュリアの空に鈍りきっているパイロットに操られている『ワイルドキャット』など、陶物斬りも同然だ。
「二八ミリ。発射レートを六〇〇に……」
ラーズは、追撃を逃れようと旋回を始めた『ワイルドキャット』に狙いを定めた。
低高度を左に旋回している『ワイルドキャット』は、ラーズに機体右側を見せている。
「死ね」
操舵スティックのトリガーを引くと、放たれたコンバットミックスの二八ミリ弾が『ワイルドキャット』目掛けて放たれる。
ラーズがトリガーを引いていた時間は一秒程。目視できる曳光弾は二発だけだった。『烈風』の機関砲弾は、曳光弾、徹甲弾、炸裂弾、焼夷弾が連結されている。
航空機相手に効果を発揮するのは焼夷弾と炸裂弾だ。目の前の『ワイルドキャット』は右の翼が千切れとんだ後、胴体から火を噴いて墜落していく。
「……パイロットが脱出しましたね……」
鈴女がそう呟いた。それは報告というより独り言、と言った風情だったが。
ラーズは、そのパイロットの方に機首を向けた。スロットルを少し戻して、速度を調整するとただトリガーを引いた。
生身の人間相手なら、機関砲の砲弾はいづれも致命的だ。近くを通るだけでもミンチになるレベルである。
パラシュートが開くとほぼ同時に、空に赤いしぶきが舞う。
幸か不幸か、脱出座席ごと敵のパイロットは消滅した。
三機の『烈風』が六機の『ワイルドキャット』を駆逐するのに、五分もかからなかった。
まさに一方的な空戦だった。
「『コルセア』に比べると全然歯ごたえがねえな……」
こんな程度の敵に蹂躙されたかと思うと、いたたまれない。
「……ご主人様。本機のAIといたしましては、そろそろ燃料の残量の心配をお願いします。
その『コルセア』とじゃれていたせいで、燃料に余裕がありません」
「わかった。空中給油機の予定進路を頼む」
◇◆◇◆◇◆◇
陸軍の作戦の中で最も花形の作戦と言えば、強襲揚陸である。
軌道強襲揚陸船『神州丸』は、惑星に直接降下して歩兵および陸戦兵器の展開を行う帝国陸軍の秘密兵器だ。
海軍の補給部隊に随伴する形で、センチュリアまで進出した『神州丸』は、同型船『あきつ丸』『にぎつ丸』と共に揚陸作戦に投入される。
川口少将が指揮する『神州丸』は、プラチナレイクを目標に降下する。
『神州丸』は展開戦力として、『疾風』一四機、二足歩行兵器『天鬼』七〇機、空挺戦車として九五式中戦車二〇両を搭載し、完全武装の歩兵二〇〇〇人を乗せている。
これに加えて、揚陸用の荷物も多数搭載する。
「突撃開始! 総員、戦闘に備えよ! 上陸作戦を開始する」
随伴している海軍の駆逐艦『睦月』『如月』が離れて行く。これらの駆逐艦は、センチュリアの大気圏への突入は行わない。
予定では、『神州丸』の侵入ルートは海軍機が、制圧を完了しているはずなので護衛の駆逐艦は必要ない。
川口は『神州丸』のブリッジで腕を組みながら、作戦開始を宣言する。
ゴゴゴ……という、低い音と振動。
センチュリアの大気に『神州丸』が接触した音だ。
センチュリア攻略戦の第二幕の始まりである。




