旅路の果て 聖域海戦17
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「『加賀』被弾!」
「『加賀』より通信!
我、損害甚大にして、戦闘続行不可。戦線離脱の許可を願う。以上です!」
オウターリア付近での海戦は、戦艦対戦艦の砲撃戦の様相を呈していた。
戦闘開始直後から、被害担当艦になっていた『加賀』は、ここまで十発以上の敵砲弾を受けている。
既に、艦橋以外の上部構造物はほとんどが破壊され、艦橋基部のバイタルパートにも直撃弾があった。
そこに来て『ウェストバージニア』からの砲撃と思われる一撃が、『加賀』の第二砲塔を直撃。これを粉砕した。
対する、米海軍側は既に『コロラド』『メリーランド』の二隻が大破して、戦列を離れている。
残っているのは『ペンシルべニア』『ウェストバージニア』の二隻。
『加賀』が戦線を離れても、数の上では三対二。
「よろしい。『加賀』は戦線を離脱。
負傷者の救護と艦の保全に努めよ」
古賀がそういうと、伝令が復唱して去っていく。
「……長官! 敵巡洋艦部隊、前進してきます!」
「副砲にて牽制せよ」
これは宇垣の命令である。
巡洋艦へは牽制だけで大丈夫なはずだ。
そろそろ吉村少将の水雷戦隊が、丁度巡洋艦部隊の展開しているあたりの海域に侵入するタイミングである。
その時、『土佐』が揺れた。
「敵戦艦の主砲弾、被弾!」
「被害知らせ!」
CICが一気に騒がしくなる。
「敵もなかなかやるな」
古賀は立ったまま、そう呟いた。
CIC要員の士気を下げない為、というよりは純粋に『加賀』離脱後の第一斉射で『土佐』に当てて来た事に関心しているのだ。
「艦尾、偵察機格納庫大破! 火災発生!」
「初期対応班、現場へ急げ!」
どうやら非装甲の艦載機格納コンテナが破壊されたようだ。
現在の戦況を考えれば、偵察機を失ってもそれほど痛くはない。
「『陸奥』斉射! ……『ウェストバージニア』に命中三!」
彼我の距離は既に三十万キロを割っている。戦艦の主砲弾は一秒内外で届く距離である。
既に射撃管制に諸元など必要なく、直接照準でも十分に効果が上がる距離だ。
「『ウェストバージニア』発砲! 来ます!」
再び『土佐』が揺れた。
「第二砲塔に被弾! 第二砲塔射撃不可!
負傷者多数! 衛生兵を急がせろ!」
まさに戦艦対戦艦の殴り合いである。
『ウェストバージニア』は、先ほどから『長門』と『陸奥』から集中砲火を浴びている。
しかし、それでも足を止める事無く、果敢に『土佐』を砲撃し続ける。
「第一水雷戦隊より通信! 我、敵巡洋艦部隊を雷撃す!
以上です」
「やったか!?」
接近中だった、敵巡洋艦四隻が突如として艦首を振る。
その直後、戦闘に居た『クリーブランド』級と思われる巡洋艦の右舷に白い光が生じた。
歓声が『土佐』のCICに起こる。
それは、帝国海軍必殺の九一式反水素魚雷の爆発光に違い無かった。
◇◆◇◆◇◆◇
「敵の巡洋艦が邪魔だな」
「はっ。我々の戦艦部隊への接近を妨害する意図で動いています」
吉村は少々考えた。
この巡洋艦は、主隊に駆逐艦を近寄らせないための、直掩である。
本来なら、一等巡洋艦も加えたもっと大規模な部隊であると推定されるが、今回は強襲だったためにニ等巡洋艦が四隻のみだ。
だが、無視して素通りはできない。
最新鋭の『村雨』型とは言え、脆弱な駆逐艦にとってはニ等巡洋艦の砲でも十分な脅威になる。
「雷撃を行う」
そう宣言して、吉村は立ち上がった。
「少々遠いと思いますが?」
『夕立』艦長の井村少佐が言う。
「なあに。構わんよ。当たれば……連中はこういうのをラッキーパンチというそうだが……それだ。
魚雷を避けて、我々に道を譲ってくれれば万々歳だ」
前をまっすぐ見据えながら、吉村は言う。
「ヨーソロ!」
吉村の声は第一水雷戦隊の全艦に即時伝えられている。
今頃は全艦で攻撃準備に入っているだろう。
「第三駆逐隊、第四駆逐隊は面舵。
第五駆逐隊、第六駆逐隊は取り舵を切ったのち、上下に分かれて一斉雷撃」
二個駆逐隊が左右に分けれての十字雷撃。
帝国海軍の九一式反水素魚雷は、弾頭に大量の反水素を詰め込んだ強力無比な魚雷だ。現状、地球のテクノロジーで受動防御を行うのは極めて難しい。
相手は逃げるか沈むかの二択である。
「敵先頭艦に魚雷命中!」
『夕立』の艦橋にも完成が上がる。
「『クリーブランド』級、轟沈します!」
次々上がる報告に吉村は大きく頷いた。
帝国海軍の水雷戦隊が運用する九一式反水素魚雷の威力は、まさに一撃必殺。
『村雨』型駆逐艦の雷装は四連装三基。これが第一水雷戦隊十六隻で一九二閃。
狙われた一隻は、逃げ切れずに撃沈。ほかの三隻は大きく舵を切って逃げざるを得ない。
「よし、全艦全速。突入する」
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戦艦『ペンシルベニア』艦長の、ウィルソン大佐は轟沈していく巡洋艦『スプリングフィールド』を茫然と見送った。
「敵駆逐艦、急速接近!」
CICに声が響く。
直掩のニ等巡洋艦『スプリングフィールド』が、大日本帝国の駆逐艦の雷撃で撃沈されたのである。
「敵はどれだけ魚雷を撃った!?」
ウィルソンは怒鳴る。
「不明ですが。『パサデナ』からの報告で二〇〇閃以上の魚雷を確認したとの事です!」
「駆逐艦は確か十六隻だったな」
帝国海軍の駆逐隊は同型の駆逐艦十六隻で構成されるはずだ。
そして、突入してきている駆逐艦が『村雨』クラスであることは、接触した各艦からの情報で明らかになっている。
「イエッサー」
士官はそれを肯定した。
『村雨』は、大日本帝国海軍が誇る攻撃型駆逐艦である。
帝国海軍の伝統に則って、その雷装は四連装三基という重装備だ。
「なら、魚雷の大半は吐き出したという事だな」
「そういう事になるかと」
「なら脅威度は低い。
戦艦への対処を優先する」
基本的に駆逐艦が戦艦を傷つけるには、ミサイルの類でも火力が足りないと考えられている。通常は魚雷が必要不可欠である。
『村雨』クラスも予備の魚雷程度は積んでいるだろうが、戦闘中に魚雷を再装填する事などできない。
向かってきている駆逐艦はほとんど魚雷を残していない。ならば、無視しても問題はないだろう。
ウィルソン艦長は、駆逐艦は着弾観測を行って戦艦を支援する気だと考えた。
「『ウェストバージニア』被弾! 『長門』クラスからの砲撃です!」
『ウェストバージニア』と『長門』クラスは、同じ年代に作られた同じようなサイズの戦艦である。
ただし、砲の大きさでは『長門』クラスに分があり、砲の数では『ウェストバージニア』に分がある。
「目標は、敵一番艦のまま。準備でき次第、撃て」
「ファイアっ!」
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そうこうしている間にも、『土佐』と『ペンシルベニア』は互いに直撃弾を送りあっている。
「艦橋基部に被弾! 右舷第三高角砲群、全滅です!」
「第一プラズマ排気口、破壊されました。
機関出力、三〇%低下します!」
『加賀』が脱落し、『土佐』の被害が増え始める。
「敵は徹底的に、我々を狙う考えのようですな」
「うむ」
宇垣の言葉に古賀は頷いた。
戦闘というのは、先制攻撃する方が圧倒的に有利である。
そもそも米軍は対エッグの戦闘しか想定していなかったはずだ。
そこに帝国海軍の攻撃は奇襲以上の効果があったに違いない。
にも拘わらず、彼らは勇敢に戦っている。
「ヤンキー魂ここにあり。と言ったところだな」
「長官! 少々不謹慎では?」
「まあ、そう言うな。宇垣参謀。
……どうであれ、我々は勝つよ」
古賀は自信をもってそう言い切った。
「もうすぐ我が第一水雷戦隊が、敵戦艦に肉薄雷撃を行う。それで終わりだ」
「『ペンシルベニア』に主砲命中! 『ペンシルベニア』の速力落ちます」
当たり所が悪かったのか、『ペンシルベニア』は艦尾から煙を引きながら急激に速力を落とした。
後続の『ウェストバージニア』が追突を避けるために、急減速と取り舵を切る。
艦のベクトルが変わったために、『長門』と『陸奥』の主砲弾が外れる。
無論、敵の砲撃も『土佐』を捉えなくなった。
「主砲、再照準急げ。
目標は引き続き『ペンシルベニア』」
無表情のまま宇垣が告げる。
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「次発装填よろし」
井村艦長がそう告げた。
帝国海軍の攻撃型駆逐艦は、重雷装に加えて発射済みの魚雷発射管に速やかに魚雷を再装填する装置を有する。
この秘密兵器は九〇式次発装填装置。
全速で敵戦艦部隊へ向かって距離を詰めながら、第一水雷戦隊の全駆逐艦たちは魚雷の再装填を完了していた。
彼我の距離は五万キロ。
長射程の反水素魚雷にとっては既に射程距離内だが、吉村は動かない。
巡洋艦部隊のど真ん中を突っ切った水雷戦隊は再集結、最大船速で戦艦部隊に向かって突撃中である。
戦艦部隊からの攻撃はない。
彼らは九〇式次発装填装置の存在を知らないのだろう。
第一戦隊、第二戦隊の戦艦の脅威度がより高いと判断したらしく、そちらに当たっている。
「距離八〇〇〇まで肉薄。雷撃を敢行する。ヨーイ」
距離八〇〇〇キロは宇宙における海戦においては、まさに至近距離。手が届くほどの間合いである。
「全艦雷撃後、急速反転。主隊に合流する」
「『土佐』へ打電! 我、肉薄雷撃を敢行。効果甚大!」
十六隻の『村雨』型駆逐艦から放たれた魚雷は、ほとんど回避行動を取らない敵戦艦群を捉えた。
『ウェストバージニア』は七発。『ペンシルベニア』は十発にも上る魚雷が直撃した。
米軍の戦艦は、伝統的に重防御で知られるが、限度という物がある。
必殺の反水素魚雷を満遍なく喰らえば、ダメージコントロールなどもはや不可能だ。
「敵巡洋艦部隊の残存艦、反転します」
「我々の完全勝利です」




