旅路の果て 聖域海戦8
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「敵空母一。撃沈されました。
エッグ側の戦略兵器による攻撃のようです。
撃沈されたのは『ヨークタウン』級と推定」
鈴女が報告している間にも、青く輝くセンチュリアをバックに、無数の赤い火が舞い散っている。
エッグの戦術艦が行った先制攻撃によって、米艦艇が次々に撃沈されているのだ。
「……しっかし、超光速巡航ミサイルって、戦術的にヤバすきねえか?」
「ヤバいですね。
今回、提示された作戦計画では三〇〇〇万キロ以上離れたところから飛んできた事になるので、射程距離はそれ以上ということになります。
地球人類の船は全部アウトレンジできますね」
ラースの言葉に、鈴女のアバターがうんうんと腕を組んで、首を振る。
「おい。そこ。
無駄話はその辺にしておけ。
そろそろ、交戦区域だ」
坂井からの通信。
「ヨーソロ。
でもまあ、連中……それどころじゃ……いや!?」
途中まで言ったところで、ラーズは視界の隅にそれを見つけた。
「十一時方向、やや上。敵空母発見!」
発見はタッチの差で坂井だった。
「『ヨークタウン』級の生き残りだ。やるぞ!
……カンムリワシから各々。空母に一発お見舞いしたいやつは一緒に来い!」
坂井の呼びかけに応じて、集まってくる『烈風』と離れていく『烈風』に分かれる。
近いところでは、宮部の機体とそのドローンが坂井の左後方に遷移する。対して村田機とそのドローンは編隊を離れて行く。
村田機は、対艦攻撃用の兵装を積んでいないため、攻撃には参加できないのだ。
ラーズはというと、もちろん対艦攻撃用にイ号十四型無誘導噴進弾を積んでいる。
だからもちろん、空母攻撃には参加だ。
宇宙時代の対艦攻撃の基本は、相手が対応できないような相対速度での飽和攻撃である。
対する空母側は、対空砲で牽制しつつ艦載機をできるだけ多く出す。これに尽きる。
第一航空戦隊所属の『烈風』は、約半数が対艦攻撃兵装で出撃している。数にして八八機だ。
坂井の呼びかけに、その半数弱の三十機ほどが集まってきた。
「よし、目標前方の『ヨークタウン』級。続け!」
一団は坂井の『烈風』を先頭に、突撃陣形を形成する。
坂井が増槽を捨てる。
それに合わせて、他の機体も次々と増槽を切り離す。もちろんラーズもそれに倣う。
イ号十四型無誘導噴進弾は、直径三〇センチ全長八メートルの巨大なプラットフォームに一トン強の炸薬を搭載している。
この炸薬量は、正規空母が相手でも当たりどこが悪ければ、一発で撃沈できる程度の火力に相当する。
無誘導故、攪乱などの対抗手段もない。正攻法で迎撃するか、操船で回避するかのどちらかしかない。
「鈴女! イ号十四型、用意!」
「ヨーソロ」
突撃陣形……真横に一列に並んでの突撃だ……を取りながら、ラーズは鈴女に命令を出す。
鈴女も心得た物のはずだ。
即座に噴進弾を活性化して、ウェポンベイを開く。
「総員! カンムリワシだ。距離二〇〇まで詰めろ。日頃の訓練の成果、見せてみろ」
隊長である坂井からの通信は、特に何かない限り一方通行だ。特にラーズが返す言葉はない。
もちろん、突撃命令に不服もない。
「距離一〇〇〇を切ります。発射は二〇〇でロックします。
よろしいですか? ご主人様?」
「ヨーソロ。発射と初期誘導、頼むぜ」
「ヨーソロ。承りました。ご主人様」
鈴女のアバターが、遥か前方に注がれる。
イ号十四型は無誘導ではあるが、発射から五秒程は母機からの誘導することが可能である。これは大雑把に発射しても狙ったルートに乗るようにするための工夫だ。
……ちっ。
ラーズは舌打ちした。『烈風』のレーダーが前方の『ヨークタウン』級から小さい光点が離れて行くのを認めたからだ。
どうやら、この空母の司令官はエッグ側の攻撃による混乱の中、直掩機を出す決断ができたらしい。
なかなかに有能な人物だと言えるだろう。
しかし、遅い。
航空機の発艦を行っている航空母艦は、基本的に等速直線運動しかできない。
つまり的だ。
しかし、それは噴進弾の発射の際の航空機も一緒だ。そこを直掩機に襲われれば、いくら『烈風』でもつらい。
「手空きの機は攻撃隊を守れ」
すかさず坂井から命令が飛ぶ。
攻撃に参加していない『烈風』の大半は、大量の二五〇キロ爆弾を腹の中に抱えているので、動きは鈍いはずだが『ワイルドキャット』が相手なら十分という判断だろう。
実際ラーズの感覚値でも、『烈風』は『ワイルドキャット』に対して優勢である。戦力比を考慮すると多少の運動性の低下は問題にならないだろう。何より、聖域で惰眠を貪っていた『ワイルドキャット』と、一航戦の精鋭が飛ばす『烈風』では勝負にならないはずだ。
「攻撃地点まで、三〇秒。敵機接近中」
鈴女の報告。敵機接近は当然だ。向こうも母艦を沈められれば帰る場所が無くなるので、必死だろう。
「三〇秒は長いぜ」
「大丈夫ですよ。
……騎兵隊の登場です」
すでに攻撃ルートに乗った攻撃隊の上を、『瑞鶴』所属の戦闘機隊が飛びぬけていく。
「……敵空母、発艦作業を中断。回避機動に移行します。
発艦した敵機は十四機です」
対するこちらを守る『烈風』は、二十機。
「カンムリワシから攻撃隊各々。損耗を抑えることを優先しろ。攻撃が難しいと感じたら、噴進弾を放棄して離脱しても構わん」
その通信を合図にしたように、敵空母が対空砲をばら撒き始める。
「……アメリカ艦の対空兵装は凄いとは聞いてたが……これはなかなか」
シミュレーションでは幾度となく見た光景だが、目の前で起こっていることは現実である。
ラーズは、ラダーペダルをちょんちょんと踏んで、微妙に突入ルートをずらす。
対空砲から放たれる曳光弾が、機体の左側を流れていく。
「噴進弾発射位置まで、三……二……ヨーイ。
……テッ!」
ラーズの掛け声で鈴女が噴進弾を放つ。もちろんドローンも同時に、だ。
他の『烈風』も一斉に噴進弾を放った。
「発射完了」
鈴女の報告を待つまでもなく、ラーズは操舵スティックを引く。
直後にロールをかけながら、濃厚な対空砲火を打ち上げる敵空母の上を飛びぬける。
……FCSの調整が『烈風』に合ってないないんだな……
キャノピーの向こうに『ヨークタウン』級の飛行甲板を見ながら、ラーズはそう思った。
そのラーズの視線が飛行甲板に書かれた文字を捉えた。
「……CV6……コイツは『エンタープライズ』か……」
『エンタープライズ』は『ヨークタウン』級の二番艦である。先の巡航ミサイルによる攻撃でもう一隻『ヨークタウン』級が撃破されているので、この海域に展開している大型正規空母は後一隻という事になる。
タイトに旋回するラーズの視線の先で、『エンタープライズ』の右舷に次々とイ号噴進弾が吸い込まれていく。
三〇発以上の飽和攻撃である。何発かは迎撃もできただろうが、それでは圧倒的に足りない。
「……我、空母『エンタープライズ』を攻撃す。効果甚大」
通信から坂井の声が聞こえてくる。
「されど、他の空母は発見できず。
繰り返す、『ヨークタウン』級が一隻居ない!」
これらの通信は、超光速リレーを介して、後方に送られる。
一航戦や二航戦はこれを受けて次の作戦を設定するだろう。
「F4F接近。五時方向上方。機数一」
エッグ側が投入した超強力な通信索敵妨害の影響は、帝国海軍側も受けている。
さすがに妨害していない周波数は分かっているので、近接通信くらいは問題ないのだが、やはり長距離の索敵電探などには影響を受ける。
もっとも、米軍側が受けている影響はそんなレベルではないはずだが。
ラーズを追ってきたF4Fも、通信機能を喪失し味方と連携を取ることもできずに、単騎でやってきた。
『ワイルドキャット』と『烈風』の戦力比は海軍軍令部の分析では約四倍。加えてラーズ側は四機居るので、最終的には十六対一の戦力比になる。
「……ちょっと遊んでやるか……」
そう呟いて、ラーズが操舵スティックを左へ倒した直後、その『ワイルドキャット』が火の玉になって爆散した。
どうやら、警戒していた味方機が撃墜したようだ。
「喰われた……」
そんなことをやっている間にも、米軍の被害は拡大している。
空母攻撃に参加しなかった『烈風』部隊が、対艦噴進弾で敵一等巡洋艦を狙い始めたためだ。
「『ペンサコラ』撃沈!」
「『オマハ』大破!」
先制攻撃による被害と、通信妨害で有効な対空防御陣形を作ることができない米軍は、帝国海軍の対艦攻撃に対応できない。
結果、一方的に撃破されていく。
「部隊集結!」
米主力艦がほとんど無力化され、坂井から集結命令が出る。
これから『烈風』隊は、作戦計画に基づきセンチュリアの大気圏内に突入し、後続の支援任務に就く。
「……物足りないな……」
「本番はここからですよ」
ここまでは一方的な展開である。ラーズとしてはやや物足りない。
それでも坂井の命令に従って、軌道突入陣形を形成する。
実は、この大気圏への突入というやつは難しい。
基本的に鈴女が全部やってくれるとは言っても、突入角度が浅くても深くてもダメであり、かつ赤道からそれほど離れた位置からは侵入できない。
そして、単独での大気圏への突入、脱出は海軍機の特権だ。
陸軍機は揚陸船で軌道投入するしかないので、なおさらラーズ達による制空は重要な任務となる。
「……」
視界の隅で、何かがチラリと動いたのをラーズは捉えた。
「……十時方向やや下に敵艦船を補足」
ラーズがそれに気づいたことを察したのか、鈴女が即座に索敵情報を上げてくる。
「距離八万。
『クリーブランド』級ニ等巡洋艦と認む」
……『クリーブランド』っ!
その名に、ラーズは全身の毛穴が開くような感覚に襲われた。




