旅路の果て 聖域海戦7
「通信士。我が艦隊に接近中の航空機に通信を。
所属を明らかにせよ。所属を明らかにせず、本艦隊に接近した場合は攻撃する。以上だ」
「イエッサー」
シーミーズ参謀の指示で、通信士がコンソールの操作を始める。
「……っ! 時空振先進波探知!」
「なんだと!? 正気か!?」
ソナーマンの言葉に、バックマスター大佐は驚愕した。
現在『ヨークタウン』は、センチュリアから百万キロも離れていない場所に居る。
超光速飛行は、降下先にある大質量の影響を受けて不安定になることが知られている。
今、『ヨークタウン』の至近距離にはセンチュリアという大質量がある。そんな所へ降下すれば大惨事が起こることは想像に難くない。
「……恐ろしく小さい質量の物体が多数、この宙域に降下してきます!」
「恐ろしく小さいとはなんだ!? もっと具体的に報告しろ!」
バックマスター大佐は怒鳴るが、それで事態が明確になるわけではない。
「……これは……ミサイルです! 巡行ミサイルです!」
ソナーマンがバックマスター大佐の方を振り返って怒鳴り返した。
ほぼ同時に、ディスプレイに映し出されたセンチュリアをバックに、無数の光が虚空から現れた。それは光の帯になって、第十六任務群に向かって伸びてくる。
「通信が途絶しました。強力な通信妨害です!」
「アンノウン航空機、引き続き接近!」
一気にCICの中が慌ただしくなる。
「『エンタープライズ』へ通信、迎撃機を上げさせろ。
本艦のボーイズたちも、すぐに飛ばせるんだ」
「しかし大佐! 通信は途絶しました! どうやって『エンタープライズ』にっ!?」
「レーザー通信でも手旗信号でもいい。さっさと送れ!」
「イエッサー」
「……『モナハン』がっ!」
悲鳴にも似た声が、CICに響いた。
物体が降下してきた場所の近くにいた、駆逐艦『モナハン』は最初の犠牲者になった。
『モナハン』はそれでも懸命に速射砲と両用砲で、飛来してくるミサイルの迎撃を試みた。
そして、一発のミサイルを迎撃して見せたが、それだけだった。
飛来したミサイルの数は多かった。
たちまちミサイルは『モナハン』に殺到。最終的に三発のミサイルに直撃されて『モナハン』は、船体が真っ二つに裂けて轟沈した。
同じく『デイル』、続いて『ハル』が巡航ミサイルの餌食になった。
アメリカの艦船の防御システムは、の超光速で運ばれてくる巡航ミサイルの迎撃を想定していない。
至近距離に突如出現するミサイルに対するシステマチックな防御戦闘は不可能だったのだ。
「『ウォーデン』被弾!」
そして、ついに輪形陣の一部に穴が開く。
飛来したミサイルの一部が、その穴を抜けて輪形陣の中に入り込む。
「『モントピリア』対空戦闘に入ります!」
『クリーブランド』級巡洋艦である『モントピリア』は、駆逐艦の比ではない強力な防空巡洋艦である。
ミサイルの対処は防空巡洋艦の本業とでも言うべき物だ。実際、『モントピリア』がVLSから大量のミサイルをばら撒くのが『ヨークタウン』のCICからも確認できた。
実に頼もしい光景に、一瞬安堵の空気がCICに流れる。
しかし、それも甘いという事をすぐに思い知る事になる。
『モントピリア』の放った対空ミサイルは、その大半があらぬ方向に向かって飛んで行ってしまう。
「……電波妨害が強まっています! 対空戦闘に支障がっ!」
シーミーズがそう報告するが、打てる手はない。
ただ見ているしかできないバックマスター大佐の目の前で、『モントピリア』も殺到するミサイルに袋叩きにされて、大破漂流を初めてしまった。
全く外部から光が見えない所を見ると、完全に電源を喪失しているらしい。
これでは戦闘への復帰は絶望的だと言わざるを得ない。
今までエッグ側からの嫌がらせのような攻撃が、強行偵察のついでに行われることはあった。
しかし、今度の攻撃は違うとバックマスター大佐は感じた。
「どうやら、このミサイル攻撃は外周の防空艦を狙っているようです。
やはり、接近中の航空機は敵機で、ミサイルはその突入支援ではないかと……」
シーミーズの意見はもっともだ。
「突入してくる航空機は、どこの物だと?」
「例えば、エッグと交流のある英独の物、という可能性もあります」
バックマスター大佐の問いにシーミーズ参謀は答える。
「なるほど、納得の行く仮説だ。
ではどうする? シーミーズ参謀」
「接近中の航空機への、先制攻撃を」
これも戦術的には正しい。
しかし、遅かった。
「『ウォーデン』被弾! 轟沈します!」
「『ポーター』『セルフリッジ』移動を開始しました」
『ポーター』級駆逐艦は、ちょうど攻撃を受けている方向と逆側に居たグループである。
通信が途絶した後、しばらくは自分の持ち場に留まっていたが、輪形陣が崩れそうな事を悟って、穴を埋めるために移動を始めたのだろう。
「『ポーター』と『セルフリッジ』にレーザー通信! 接近中の航空機をSAM攻撃でせよ」
レーザーに乗せて、通信が『ポーター』と『セルフリッジ』に伝えられると、二隻が一斉にVLSから対空ミサイルを放つ。
強力なジャミングがかかっているとは言え、レーザー照準を用いれば十分な誘導性能は確保できるだずだ。
「誰かは知らんが、合衆国海軍に歯向かって……」
バックマスター大佐がそう呟こうとした時、再びCICに悲鳴が上がった。
「……巡航ミサイルがこちらに接近してきます! 弾数一」
「迎撃だ。ミサイルもCIWSも全て使え!」
今まで撃沈された僚艦は全て、四発程度の対艦ミサイルに対応できずに被弾した。
この対艦ミサイルはそういう運用思想の元に放たれたのだろう。しかし、今『ヨークタウン』に向かってくるミサイルはわずか一発。
何らかの理由で……例えば、ナビゲーションシステムの不具合……で、編隊を外れたミサイルなのか? それとも?
嫌な予感を感じながらもバックマスター大佐が下せる命令は、限られていた。
「対空戦闘開始。何としても叩き落せ!」
「駆逐艦『モフェット』、接近中。対空戦闘に参加する意図のようです」
防空駆逐艦が迎撃に参加してくれるのはありがたい。
やはり空母だけでは防空に不安がある。
それに、今までの攻撃の傾向から、これらの対艦ミサイルは小型艦を狙う傾向があるようである。最悪『モフェット』が被害を吸収してくれるかもしれない。
味方の船を盾にするのは不本意だが、三〇〇〇人からの乗員を抱えている『ヨークタウン』が被弾するわけにはいかない。
おそらく、『モフェット』側も承知の上のはずだ。
◇◆◇◆◇◆◇
この時飛来してきた『アニサキス』は、ほかの『アニサキス』達は違う物であることを、バックマスター大佐は知りえなかった。
『ヨークタウン』を狙ってきた『アニサキス』は、『エンハンスド・アニサキス』。『ユーステノプテロン』が放った四発の超光速巡行ミサイルの内の一発だった。
三発は、アクティブ型の全波長ジャマーをセンチュリア近海に投入するのに使われた。
そして残りの一発は、ほかの『アニサキス』とは違い、大型艦を狙うように設定されていた。
プログラムに従って、『エンハンスド・アニサキス』は『ヨークタウン』に向かった。
その『エンハンスド・アニサキス』の弾頭は、戦略核であった。
『モフェット』と『ヨークタウン』の対空砲火を潜り抜け、『エンハンスド・アニサキス』は『ヨークタウン』に接近した。
距離三〇万キロ。
『エンハンスド・アニサキス』のAIにもし自我があったのなら、小躍りして喜んだだろう。
たった一度のオーダーである大型艦への攻撃。『ヨークタウン』は十分すぎる獲物だ。
そして、歓喜の内にAIは弾頭を起爆した。
◇◆◇◆◇◆◇
『ヨークタウン』の右舷側に太陽が生まれた。
「うわあああぁぁぁ……」
CICのありとあらゆるディスプレイが真っ白になった後、すべての電源が消えた。
「どうした!? 何があった!?」
バックマスター大佐は、CICから駆け出した。
CICの機能が失われたのならば、直接その目で見るしかない。
そして、見た。
通路に設けられた小さなのぞき窓。そこから見えるもう一つの太陽を。
「核攻撃……だと!?」
資料映像でしか見たことのない、その光にバックマスター大佐は、無意識にそう呟いて居た。
明瞭なドラゴンの殺意を初めて彼らは感じた。
もっとも、それも数秒後には無駄になるだろう。
「……『モフェット』が……」
『ヨークタウン』の右舷前方に居た『モフェット』が、核爆発の衝撃によって瞬時に粉々になる。
それから数秒。バックマスター大佐にとっては人生で最も長い数秒だった。
そして最後の数秒だった。
到達した衝撃波は、『ヨークタウン』の船体を右から左に向かって押した。
空母という船の特徴として、重要な施設が船の右側に偏っている『ヨークタウン』は、最初の衝撃だけで乗組員の大半を失う事になった。もちろん、バックマスター大佐も含めて、だ。
被害はそれだけではない。
衝撃でくの字に折れ曲がった『ヨークタウン』の船体左舷側、航空機格納庫で上下数デッキに渡って縦方向に船体が裂ける。
もはやダメージコントロールがどうこうと言うレベルではない。
亀裂は与圧区域に到達し、船内は強烈な減圧にさらされ、さらなる死者を生み出す。
そこかしこで、致命的な破壊が起こり、ついにそれは主機に達した。
『ヨークタウン』の主機であるGE社製の対消滅機関は冷却装置が停止した事で暴走。暴走を止める乗組員もすでに死に絶えた今、『ヨークタウン』の命運は決した。
十五分後、ついに『ヨークタウン』は乗組員三〇〇〇名と共に聖域の海に消えた。




