帰らざる旅路2
森のなかを木々を縫って飛ぶアベルは速かった。
こちらも新世代のVMEである、AiX2700を使っている。
AiX2700は、まだ発売されていないVMEなのでどういった性能があるのかはわからないが、高起動魔法をサポートするような機能が付いていても不思議ではない。
加えて、ドラゴンであるアベルは自前の翼があるので、低速域から中速域での運動性が抜群に高い。
ラーズやレイルと違い、翼の届く範囲にある空気を全部使えるため、進むための空気抵抗をあまり考えなくていい速度域では、他の追従を許さない運動性能を示す。
ぴぴっ、という電子音がラーズの耳に聞こえた。
何事か。と、左てのひらの上に情報スフィアを投影して確認すると、衛星回線の通信リンクが途絶したことを告げていた。
これ自体は、それほど珍しい事ではない。頭上に木々が茂っている樹海の中を飛んでいる以上、衛星を見失うのはよくあることである。
「……問題はないだろ」
ラーズは呟いた。まだ携帯電話回線を用いたリンクも繋がっている。
直後、前方のアベルの姿が消える。
森を抜けたのだろう。
実際、追従するラーズも森を抜けた。
五〇メートル程の高さの崖の上に出たのである。
下には、川と苔むした広場。
……目的地は真下か!
視界の隅に、急降下していくアベルを捕らえ、ラーズもまた高度を一気に落とす。
彼我の速度差を考慮すると、そろそろレイルも追いついてくるはずなので、ここで決戦という事になる。
なにしろ、『宝物』を取った地点でゲームセットなので、それを奪うなどの戦術は無い。
アベルが地面に降りて、上を見上げる。
ラーズも近くの倒木の上に降りた。直径四メートルはあろうかという、巨大な苔むした倒木である。
「来たか!」
ラーズは、背負った剣を抜き放ち、構える。
「アベル! 頼むぜ」
「わかってるって」
レイルはどちらか一人の手に追える戦力ではないので、戦うとなれば共闘一択他はない。
レイルが上空で杖を振り上げた。
……《ホーリーサンダー》だな。
と当たりを付けて、ラーズは乗っていた巨木から飛び降りる。
十分な水気を吸っている苔に覆われた巨木は、天然の避雷針になるはず。レイルの放つ超大出力の雷撃も受けてくれるはずだ。
実際、ラーズの読み通りレイルの放った雷撃は、直前までラーズが乗っていた倒木に着弾。これを爆砕する。
焼け焦げた木片と、沸騰した水がラーズの方に降り注ぐ。
「なんつうパワーだ!?」
想像を絶する威力に、驚くラーズ。
「《アイスウォール》……デプロイ!」
降り注ぐ木片とラーズを隔てる様に、氷の壁が出現する。
アベルが、カットしたのだ。
……《炎の矢・改》……と行きたい所だが、効かねえんだろうなあ。
使っている魔法のシステムが異なるレイルには、そもそも属性魔法が効きにくい。
そうなると|《ブラスト=コア》か《フレアフェザー》辺りか……
と考え、ラーズは|《ブラスト=コア》を選択した。
《ブラスト=コア》《フレアフェザー》共に、打撃魔法としては、ラーズの手持ち二強である。
本来なら対個人用の《フレアフェザー》を使う所だが、レイルに逃げられる恐れがある為、炸裂型の|《ブラスト=コア》をチョイスしたのだ。
無論、AiX2400の支援があれば、近接信管が使えるのでレイルに当てる必要はない。
「……|《ブラスト=コア》デプロイ……
さあ、決戦の時だ!」
左手の先に現れた、赤い光球を上空のレイルに向かって放つ。
理想的には、レイルが逃げてくれている方が良かったのだが、レイルは真っ向勝負を選択したようだった。
レイルの手にした錫杖に金色の光が灯る。
「《エクスプロージョンブリット》……デプロイ!」
レイルが杖を振り下ろす。
放たれた金色の光弾で、ラーズの|《ブラスト=コア》を迎撃する意図だ。
だが。
「横から失礼!
……《フリーズブリット》デプロイ」
これは、アベルの放った魔法である。
速度設定最大で放たれた《フリーズブリット》は、一瞬でラーズの|《ブラスト=コア》を抜き去り、《エクスプロージョンブリット》の金色の光球に接近する。
ヂ。という耳障りな音を立てて、《フリーズブリット》が弾けた。
《エクスプロージョンブリット》の金色の光球に近接信管が反応して、起爆したのだ。
《フリーズブリット》は炸裂すると、半径2メートルの空間に探知領域を展開しコンマ八秒間探知モードで待機する。この間に探知範囲に入った目標から熱を奪う。
この場合、やはり近接信管で弾けた《エクスプロージョンブリット》の爆風と熱が《フリーズブリット》によって無効化させる。
言うまでもなく、ラーズの|《ブラスト=コア》は友軍識別信号を出している為、《フリーズブリット》の探知範囲を素通りしていく。
かくして、レイルの至近距離で|《ブラスト=コア》が発動、巨大な花火が上がる。
「よし! 撃破!」
実際のところほとんどダメージが入っていない恐れもあるが、ルール上は直撃判定が出ているはずである。レイルに戦闘能力が残っていようがいまいが、リタイアである。
ラーズはアベルとハイタッチ、そして距離を取る。
「じゃあ、こっちの決着をつけようか」
ある意味レイルよりも厄介なこの相棒に向かって、ラーズは剣を向けた。
「もちろん」
「《炎の矢・改》……」
ラーズが攻撃用の魔法を展開、同時にアベルも対抗魔法の準備を始める。
だが、その時。
パン! という乾いた破裂音。
「……銃声!?」
と言ったのは、いつの間にかラーズの横まで移動してきていたレイルである。
案の定、ほとんどダメージを受けた様子はない。
「……ああ。被撃破判定出たから気にしないで」
思わず振り向いたラーズに、レイルは言った。
被撃破判定が出たなら、このマッチの間レイルは死人と同じである。もはや勝負に干渉する権利はない。
故に、それは重大な問題ではない。重大な問題なのは。
「なんで銃声が……?」
魔法の準備を撃ち切ってアベルが言う。
バッドゲームズのフィールド内で銃器が使用されるなどありえない。
その時、ラーズは別の問題を感じていた。
エルフの聴力は人間のそれとは別次元である。
具体的には、苔を踏む音だって聞き分けられる。それも、どの方向に何人居るか、まで特定可能である。
「……囲まれてる……
二足歩行、八……いや、十」
一度開けたアベルとの間合いを再び絞り、背中合わせに立つ。
ラーズの左側に、レイルも立った。
「十年くらい前、どこかの軍事政権が魔法使いの捕縛目的で、バッドゲームズのプレイングフィールドに兵隊送り込んだ事があったよな……」
それはアルン=ミンスクの叛逆と言われる。
無論その後、魔道士倫理審査委員会の発行したレイドにより、多数の魔法使いが送り込まれ、その軍事政権は滅んだ。
その夢に、もう一度挑もうという猛者が現れたのだろうか? ともラーズは考えたが、十年前よりバッドゲームズ運営委員会とそのスポンサー企業の力は強い。資本主義という数の暴力に抗える国家など、この惑星には存在しないのだ。
「……洞窟の方から……誰か来るぜ。
……三人」
『宝物』が安置されていたであろう洞窟を、見ながらラーズは言う。
一拍の間の後、暗がりから人影が現れた。
エレーナだった。
おそらく、ゲーム開始直後のゴタゴタを上手く逃れて、最初にここにたどり着いたのだろう。まともにゲーム続行中なら、エレーナにクリアポイントが入っているところだが……
そのエレーナの紺色のブレザーの左腕の辺りが真っ黒になっている。
流血だ。
そして、エレーナの後ろから更に2人の男が歩み出る。
手にしているのは、ライフルだろうか? 少なくともラーズは知らない銃のようだった。
「……ははは。撃たれちゃった」
エレーナは言う。
流血は現在進行形らしく、その左手からポタポタと血が落ちる。
……問題点はいくつかある。
とラーズは考える。
最大の問題は、目の前の完全武装の男たちが何者なのか? という事である。
要するに魔法でぶっ飛ばしてもいいのか? という事に尽きる。
「何者だ!?」
とはアベルの言葉。
何者だ? と聞いているが、まあ言葉の調子からはやる気満々といった風情である。
基本的に魔法使い同士は、仲がいい。バッドゲームズはシステム上、近い実力の敵が居ないと成り立たないためである。下手をすると味方より敵の方が仲がいい。などという事も少なくない。
これは、レイルが商売敵であるはずの、アヴァロン・ダイナミック所属のアベルと仲良くしていることからも明らかである。
「武装を解除して、投降すれば危害は加えない」
目の前の男は言った。
既にエレーナが手傷を負っている状況では、あまりにも説得力がない。
ちらっと、ラーズはアベルに目配せした。おそらく今のでレイルの方も察しただろう。
レイルの戦闘能力は極めて高い。こういうシチュエーションでは非常に頼りになると言える。
アベルが動いた。何気なく一歩踏み出す。
男たちの注意がそちらに行った瞬間。ラーズは腰の専用スリットに収めていたスローイングナイフに左手をかけた。
そして、スローイングナイフを抜きざま、左手を振り上げるようにナイフを投げる。
幼少のころから、徹底的にトレーニングされたラーズは、ナイフを逆手の左で投げても目標を外さない。圧倒的な練習量に裏付けられた正確さだ。
ましてや動いていない目標で、距離はわずか四メートル。
エレーナに銃を突き付けていた男は、顔面に向かって飛んできたナイフを慌てて避ける。
避けられるようにラーズが投げたナイフである。避けることは可能。
しかし、その代償に大きく体制を崩さざるを得ない。
そしてその瞬間には、間合いを詰めたアベルがエレーナを引きはがしている。
エレーナの腕を引き、男たちとエレーナの間に自分の体を入れる。
普通なら『身を挺してヒロインを守るヒーロー』的な展開なのだが、そんなわけはない。
アベルは勝算の無い勝負をしないタイプである。
補助特化で防御重視のアベルは、基本防御からして非常に高い。
ましてや、今回は防御魔法を使っているに違いないので、個人が携帯できるレベルの武器で傷つけるのは困難極まりない。無論、銃火器であろうとも、だ。
なにより、この一連のアベルの動きは何も自分の体をエレーナの盾にするためではない。
アベルは、そのまま右手でエレーナの腰の辺りを抱えると、防御魔法をリリース。
直後、高機動魔法に切り替えて飛び立つ。
ほとんど同時に、レイルの魔法がそのあたりの地面を薙ぎ払う。
ここまで、接敵から約四秒程。
ちょうど、茂みなどにいた伏兵が出て来ようとしていた時間帯である。
地面を這った雷撃に絡めとられて、数人がひっくりかえって痙攣を始める。
……スタン付きかよ。
今、レイルの使った魔法はラーズの知らない物だったが、まあ凶悪である。
レイルの運用する攻撃魔法にはダメージ以外の追加効果が付随する物が多数ある。
「……行こう。ラーズ。
《エンジェルウィング》デプロイ」
言うなり、その背に光り輝く翼を備えたレイルは垂直に飛び上がる。
いつもレイルが使っている高機動魔法とは違う物だ。
「新技もあるってか……
《ウォースカイ》デプロイ」
ラーズもそれを追って飛び上がった。
こちらは普段からよく使っている高機動魔法だ。
実はラーズも実験中の次世代型高機動魔法を持っているが、まだデバッグ中でVME用のバイナリに落とす事すらしていない。
「《エンジェルスフィア》デプロイ……
……ラーズ。手を」
高度八〇メートル付近まで上昇したところで、レイルがそう言いながら手を差し出した。
「飛ばすよ」
ラーズが、差し出された手を握ると、レイルの周囲に数個の光る球体が出現した。
それは直径十五センチほどの真球で、円錐の頭を飛ばしたようなカサがついている。
ヴ。とその球体がうなった。
ラーズは、その球体が外部推進器である事を悟った。
直後に暴力的な加速。既にずいぶん先行しているアベルに迫る。
アベルの最大飛行速度は大して速くない上、エレーナまで抱えているのでさらに遅い。
追いつくのは容易だ。
二〇分後。
逃げる方向を適当に三回ばかり変え、ラーズ以下四人は人気のない河原に降り立った。
「……とりあえずは巻いた。……と思う」
最後に変針するタイミングで、レイルは広域魔法探知妨害を行った。
どんな凄腕の魔法使いでも、この状況下でこの場所を探知するのは困難だろう。
「……しっかし、連中なにもんだ?
見たことない、制服に見たことない銃だったぜ?」
遠くの空を見ながら、ラーズは言う。
もう日没だ。
ちなみに、ラーズが制服と言っているのは、この惑星には狭義の軍隊という概念がないので、軍服という物が存在しない為である。
「エレーナとか見たことないのか?」
「ない」
エレーナは答えた。川べりの大き目の石に腰かけている。傷の治療中である。
「アベルは……まあ、ないよな?」
「ああ。大体お前が知らないような事、オレが知るかよ」
エレーナのブレザーを脱がせつつ、アベルが答える。
「おめでとう。弾は貫通……というか肉をえぐってるだけだ」
おめでたいのか? とラーズは思ったが、弾が中に残っていたら、外科的な処置をしないと魔法では治せなくなるという事を考えれば、なるほどおめでとう。なのかも知れない。
アベルは、腰の後ろに吊っている大振りのナイフを抜き、エレーナのブラウスに手をかける。
魔法をかけるのに、ブラウスが邪魔なので切り裂くなり、切り落とすなりするという事なのだろう。
「……どうしたの?」
だが、ブラウスに手をかけたところでアベルが固まったので、エレーナが声をかけた。
「……うーん。
なんかブラウス切り裂くのって、後ろめたいな。と」
「……ぇえ……」
予想もしてなかったアベルの返答に、エレーナが思わず声を出す。
「そこはお前、女子の服を切り裂くという貴重な経験の場だと思えば」
脇からラーズが茶々を入れる。