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魔法使いたちの宇宙戦争 ~ ユニバーサルアーク  作者: 語り部(灰)
魔法使いの本分

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魔法使いの本分5


◇◆◇◆◇◆◇


 あれから三日が経った。

 水風館に戻されたラーズは、相変わらず漫画を読みながらゴロゴロする毎日であった。

「……ちょっとラーズ!」

「うわぁっ!? なゆ太!? クビになったんじゃあ?」

「なんでクビになった事になってんの!?」

「そりゃ……なんか無能っぽいし」

「はっきり言わないでっ!」

 那由他は持っていた帽子を力いっぱい床に叩きつけて叫んだ。

 ……否定はしないんだな。

 と、ラーズは考えて読みかけの漫画に戻った。

「……しかし、この作品のところどころに引用元として記述されている民明書房の書籍、どこを探して手に入らないんだ。

 内調って情報屋さんだろ? なんとか入手できない物か?」

「無いからっ! 時々そんな話聞くけど、民明書房の本とか無いからっ!」

「……そうか……

 やはり、宇宙開拓時代に人類が宇宙に進出する過程で失われていったのか……

 残念だ……」

 心底残念そうにラーズは言った。

 魔法使いをやっていれば、こんなことはよくあるのだが、これは格別の残念さである。

「何言ってるの? ねえ!?」

 那由他が何か言っているが、扉をノックする音がそれを遮る。

 そして、ほぼ同時に扉が開かれた。

 それはノックする意味ないだろう。とラーズは毎回思うのだが。

「やあ。元気にしとるかの?」

「水野博士」

 とはいうものの、ここの所外部からラーズに会いに来るのは、水野だけである。

 暇なのか? とラーズは勘ぐったりもしたが、毎回話している内容が一貫して魔法とその周辺技術の事なので、なんらかの目的があるようだ。

「今日は、ラーズさんに合わせたい人がおってな」

 水野が言う。

「……すいません。最近思うんですが。ラーズさん。って呼びにくくないですか?

 呼び捨てでいいですよ」

 最近日本語が極まって来たためか、前は分からなかった語感の良し悪しがラーズには分かるようになっていた。

 初期の頃から、君付けで呼ばれる事の多かったラーズだが、なるほど今にしてみると、君付けは語感がいい。

「……では儂もラーズ君と呼ばせてもらおうかの。

 で、合わせたい人なんじゃが……堀越君」

 水野に呼ばれて、現れたのは三〇過ぎの男だった。

 くたびれたスーツ、手入れされていない革靴。適当に切りそろえたで短い髪。

「はじめまして。

 わたしは三菱重工航空技術研究所所長の堀越と言います。

 ……しかし、驚いた。本当に耳が尖っているのですね。魔法の話も水野博士から……」

「これ堀越君。話がそれておるよ」

「これは失礼を。

 まずは、これを見ていただきたい」

 そう言って、堀越は部屋の中央にあったちゃぶ台の上に、タブレット状のホロ投影機を置いた。

 続いて、タブレット面に手をかざして、上に引き上げる動作をする。

「……飛行機……ですか?」

 それは恐ろしく先進的なデザインであったが、やはり飛行機であると分かった。

「これは九三試艦上戦闘機(甲)という」

「前の艦上戦闘機選出は、中島が勝ち取ったのでは?」

 これは那由他。

「左様。それが現在の海軍の主力戦闘機『疾風』。

 実はの、前に虹色回路の動作を見たときに閃いたのじゃ。

 この虹色回路を戦闘機に積もうとな」

 想定外のアプローチ。そう来たか、とラーズは思った。

「……すいません。一つ質問いいですか? 本題と関係ないことで申し訳ないんですが……」

 手を上げてラーズは言う。

 どうもこの先、飛行機の話になりそうだったので、自分の認識があっているのか確かめたかったのだ。

「センチュリアでは、後一〇〇年もすれば飛行機は全部自動で飛ぶようになる。と予言されていました。

 センチュリアの技術水準は、魔法関連を除けば帝国から一〇〇〇年遅れ……つまり二〇世紀末から二一世紀初頭くらいだと思うので、誤差なんかを含めても、航空機は完全に自動化されているんじゃないですか?」

「ラーズ君はさすがに賢明じゃ。

 確かに二二世紀をまたず、多くの無人機が生まれたのは事実じゃ。

 しかし、人類が宇宙を旅するようになると、ある問題が生じた」

「……ある問題?」

「通信じゃよ。

 機械は判断をしない。ならば人間と通信して、常に判断を仰がねばならない。

 しかし、宇宙で通信するのに、電波は遅すぎる」

 電波の伝わる速度は、光の速さと同等。

 惑星上なら、そのレイテンシは無視できるが宇宙空間においてそれは決して無視できない程の遅延を生み出す。

「あれ? 『雛菊』は旗艦と通信してたような……?」

「それは船に積まれた超光速機関を使って行っておるんじゃよ。

 だが、この超光速機関と言うやつは大きいんじゃ。飛行機には到底乗せられん」

 そんな制約があったのか、とラーズは思った。

「……ゆえに最初は、航空機の編隊に付き一人から数人。最終的にはすべての航空機に人間が乗るようになった。

 まあ、進化の為に退化した。とも言えるの」

「つまり、航空機に虹色回路を乗せる事で、少ない人数で編隊を組ませようと?」

「虹色回路にラーズ君の言っている通りの事が可能なら、一人のパイロットが数機の機体を飛ばす事も可能じゃて」

 ラーズは唸った。

 確かにVMEのフィードバック機能を使えば可能かも知れない。

 だが、そんな事を考えた奴はセンチュリアには居ない。ラーズとて、今の今まで考えたことがなかった。

 ……まさかヒューマンインターフェースの方を取るとは。

 魔法使いが魔法のノウハウを教える。と言えば、普通に考えれば魔法を教えてもらうだろう。

 実際、永井や神崎はそう考えていた節がある。

 しかし、水野はそんな不確定な物より、より扱いやすいワークエリアブリッジを最優先に選んだ。

 ……すげえな。地球人類。

「と、前置きはここまでじゃ。

 我々はまず、我々にも使える虹色回路を作らねばならん。

 これは東通工が乗り気じゃ。

 儂の見立てでは、ラーズ君はこういった製品開発の経験があるね?」

「……あります」

 実際ラーズに経験があるのは、おもちゃの開発経験だけである。

 それは既存の枯れた技術を組み合わせる物であり、こういった最先端のテクノロジーには程遠い。

 それでも、目の前に道が開けたのだ。進まざるを得ない。その道の先に母なるセンチュリアがあるのだから。


 十一月の終わり。

 ラーズの姿は、厳冬期を迎えようとする択捉島にあった。

 単冠海軍港の北、年萌川のほとりに東通工年萌ラボがある。

 大雑把に、ここでラーズがやるべきことは3つ。

 まずは、虹色回路を量産するためのベース環境を作る。年萌ラボでは設備試作までを目指す。

 続いて量産同等品の虹色回路を実際に動作させるソフトウェアの開発。開発過程に置いて、不具合切り分けの為にラーズの存在は必要不可欠である。

 そして、虹色回路が実際に起動することを確認するために、帝国製のVMEを作成する。

 このVMEは東通工の商品企画部によって、マジックシンセサイザーと名付けられた。 

「吹雪いてるな……」

 ストーブにかけられたヤカンの湯気で曇ったガラスを拭ってラーズは呟いた。

 このストーブは宇宙時代の暖房器具とは思えないような代物であるが、ラーズが聞いたところによると、結局これが一番エネルギー効率がいいそうだ。

 まだ厳冬期と言うには早いとはいえ、帝国の北の果てである年萌の冬は厳しい。

 ラーズは一つ伸びをして、自分のデスクに向かった。

 時計は午前二時を指している。大半の開発スタッフは寮に帰ったし、プロジェクトリーダークラスは会議室に籠ってミーティングを続けている。

 デスクの上には、日立電子製のコンピュータ……Priusというらしい、と早川電機のホロディスプレイ。

 ホロディスプレイには、虹色回路のテストデータが羅列されている。

 ラーズは、空中に浮かび上がるそれらのデータを、見比べながら表計算ソフトに各種数値を羅列していく。

 帝国の国産OSであるbTRONのレスポンスは素晴らしく、極めて精細かつ大量のデータを表示できるホロディスプレイも使いやすかった。

 ……あーあ。センチュリアにこのコンピュータがありゃーなー

 どうでもいいと分かっていても、そんな感想が漏れてしまう。

 なにしろ、アベルやレイルは民間で入手不可能なレベルのスーパーコンピュータを使って、魔法の構築を行っていたのである。

 このコンピュータが一台あれば、と考えてしまうのは魔法使いの悲しい性であると言えるだろう。

「……んー。やっぱり、ファストタッチのレスポンスが悪いな。

 こんな事、考えたこともなかったぜ……」

 ホロディスプレイに映っているのは、虹色回路の一次試作品のベンチマークデータである。

 これがどうにもよろしくない。

 専門的には、魔法の発動工程の一番最初に行われる判定行程をシグネチャチェックと言うが、帝国製のワークエリアブリッジはここの読み込みが遅い上精度が悪い。

 作動周波数自体は、帝国製の物が圧倒的に早いはずなので、センチュリア製の物の方が速いという事は、アルゴリズムが圧倒的に優っているという事になる。

 さすがに、この辺りのノウハウは各VMEメーカの機密情報なので、ラーズには分からない。

 よくアベルが、ぱっと思うほどVMEを作るのは簡単ではない、と言っていたのが思い出される。

 まさか、こんな状況でそれを体感するとは思わなかったし、答えを知っているであろうアベルもいない。

 無論、AiX2400からソフトウェアを取り出して、アルゴリズム解析も並行して行われているが、未知の機械語のリバースエンジニアリングは三〇世紀のテクノロジーを持ってしても容易ではないのだ。

「……まずは、試験ケース作って、データ集めからだろうなあ」

 言いながら、ラーズは作業メモにしているノートのアクションアイテム欄に、『にじいろかいろデータ取り』『しけんこうもくをかんがえる』と記載。

 別に日本語に書く意味は無いのだが、日本語で記述する。

「……ん?」

 ……ガラスの割れる音?

 ラーズはノートと万年筆を置いて、聞き耳を立てた。

 センチュリアを追われたとはいえ、エルフの聴力が失われたわけではない。

 人間なら、近くで煮立っているヤカンの立てるノイズにまぎれて聞こえなかったかも知れないが、ラーズははっきりと聞こえた。

 ……。

 一瞬の沈黙。

 そののち、ラーズは席を立った。

 やはり、気になるものは気になるのである。


 ……多分こっちだと思うけどなぁ。

 などと考えながら、廊下を歩く。

 年萌ラボは三階建て、およそ二〇メートル四方の中庭を回廊が囲み、その回廊沿いに部屋が並んでいる形状をしている。

 これはラーズが通っていた中学校の構造に酷似していた。

 ラーズの詰めている作業場は3階の西の角、件の音がしたのは南の方、一階だろうか。

 南階段を一階まで下り、きょろきょろと回りを見回すと、すでに照明の落とされた廊下の一部が明るくなっている。

 ガラスが破れ、雪が舞い込んでいるのだ。

 いくら北の果てとは言え、まだこの時期の年萌付近の積雪量はいいところ二メートル。まだ二階の窓から外が見える程度の雪しか積もっていない。もう半月もすれば、1階は完全に雪に埋まるだろうが。

「あー。ひでえな」

 思わず声に出す。

 外気温はマイナス二〇度を下回っているはずだ。下手をすると年萌ラボ全体の空調に影響があるかもしれない。

 ……どっかに電話は……

 就業マニュアルによると、ラボの設備に不具合が見つかった場合は、まず守衛所に連絡することになっている。

 だが、この一帯は倉庫になっている部屋が並んでいる区画である。廊下に内線電話は用意されていなかった。

 部屋の中にはあるのだろうが、施錠されているために入ることができない。

「……?」

 守衛所に直接言いに行くか、と考え始めたラーズではあったが、いったん足を止めた。

 割れた窓から吹き込んで廊下に積もった雪の上に足跡を見つけたのだ。

 ……ソ連のエージェントが侵入した?

 ラーズは年萌に来る前に、帝国海軍からこの場所がソ連に近く、領海侵犯もあるという説明を受けていた。

 ……そんなはずはない、か。

 足跡が小さい。下手をすると子供の物か。

 しかも、その足跡には靴の滑り止めのパターンがなかった。

「……これは……トワイライトゾーン的な奴か?」

 トワイライトゾーンとは、都市伝説や不思議な話を伝えるテレビ番組である。ラーズの愛好コンテンツの1つだ。


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