歴史のしるべ - エッグ叛乱7
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まるで、橋を巡って一進一退の戦闘を繰り広げているようだ、とプレスコットは思った。
その橋である、ソーラーシャフトは二隻の近衛隊所属の『ブラックバス』と、一隻のアイオブザワールド所属の『ブラックバス』によって閉塞されている。
お互いに動くことはできず、お互いに攻撃する事も出来ない。
誰かは知らないが、この作戦を考えたヤツは恐るべき戦略家だ。
近衛隊の五分の一以下の戦力で、この膠着状態を作り出して見せたのだ
そして、その戦略家が経てる作戦がこれで終わりのわけはない。次の一手が必ず来る。
プレスコットは焦ったが、身動きが取れない。
途轍もなく息苦しい時間が過ぎていく。
しかし、その時間はそれほど長くは続かなかった。
「……時空振先進波探知!」
息苦しさを終わらせたのは、ソナーからの一報である。
「何かがアークディメンジョンから降下してきます!」
「もっと具体的に報告しないさい!」
プレスコットは声を上げた。
アークディメンジョンから降下してきたという事は、超光速でどこかから進出してきたという事になる。近衛隊の艦船は通常エッグを離れる事はないので、これから降下してくる物体は近衛隊の増援ではありえない。
だが、アイオブザワールドの艦船の位置は全てわかっている。最後に確認されている位置から最速で超光速飛行を行ったとしても、エッグには届かないはずだ。
ならば、これから通常空間に降りてくるこの物体は何者なのか?
「……データベースに該当なし!
大きい! 『ブラックバス』の三倍近い質量があります!」
「全長は!?」
「全長は……九〇〇メートル!」
確かに巨大だ。『ブラックバス』級ではない。
しかし、貨物船の類でもない。質量がサイズに対して重すぎる。
大体、貨物船はエッグの至近距離に直接降下してくるような真似はしないはずだ。超光速機関は重力の影響を受けるので、エッグのような大質量の物体の傍に降下するのはリスキーなのだ。
その船の第一印象はナイフだった。
『ブラックバス』級とは全く異なる船型だ。
平らな上甲板、やけに後ろに寄った背びれ。巨大な尾ひれ。胸びれ、腹びれ、尻びれと三対六枚のヒレが船体下部に並ぶ。
その背びれには、シンプルにX2000と記されている。
X2000。その正体をプレスコットは知っていた。
「……『ユーステノプテロン』級巡洋艦!」
艦長席から思わず立ち上がり、プレスコットはその船の名を口にした。
近衛隊の船に動きは無い。しかし、明らかな動揺が広がる気配。
当然である。
『ユーステノプテロン』など、存在していないはずの船だ。
しかし、ここに『ユーステノプテロン』が突然現れたのは、道理。なるほど、存在していないはずの船なら、その動向を近衛隊がつかむ事は不可能である。
「……こちらは、アイオブザワールド所属X2000艦長。レクシー・ドーンです」
近衛隊の緊急回線に、映像付きの音声が流れる。
真新しいシートに腰かけた青灰の髪と翼をドラゴン。
……まさかここで出てくるとは……
プレスコットはレクシーと同期である。
学生時代のレクシーは、いわゆる『不思議ちゃん』だったのだが、その実力は相当な物だった。
そして、多くの優秀な船乗りたちが、騎士団や近衛隊に行く中で、レクシー単独でアイオブザワールドに行ってしまった。
「近衛隊の各艦に通達します。我々アイオブザワールドは、近衛隊との戦闘を望んでいません。
速やかにソーラーシャフトから退避を勧告します」
その言葉と同時に、X2000の二基ある連装砲塔が旋回を始める。
「っ!」
それを見て、プレスコットは我に返った。
「総員戦闘配置! レクシーは本気よ!」
直後、E2437のディスプレイ上で、X2000が弾けるように加速した。
軽量ハイパワーが身上のE2400シリーズと比べて遜色のない、恐るべき加速性能である。彼我の質量差を勘案するなら一体どれほどの出力の機関を積んでいるのか?
「両舷全速! 加速触媒投入!」
E2437が弾かれたように加速する。
まさにその瞬間、四条の赤い光線が今しがたまでE2437が居た空間を薙ぎ払う。
外れた光線は、エッグの穀に当たって爆ぜた。
「……繰り返します。近衛隊艦隊に撤退を勧告します」
レクシーは真顔で繰り返した。
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「近衛隊艦隊に撤退を勧告します」
X2000のブリッジで、レクシーは眉一つ動かさずに、近衛隊に撤退を勧告する。
「第四デッキ、セクター二七で火災発生!」
「第一一七プラズマジャンクション、機能停止!」
「機関部よりブリッジ! 過給機の油圧が下がってます! 出力を下げてください!」
レクシーはそれらの報告を聞きながらも、余裕の表情を崩さない。
実の所、X2000は『ユーステノプテロン』の卵ではあるが、『ユーステノプテロン』ではない。
あくまで未完成の実験艦に過ぎないのである。だからXが付くし、採番も行われていない。
「レクシー! あなた正気!?」
通信が入った。
「プレスコット艦長。お久しぶり」
あくまでゆったりと、レクシーは答える。
「……わたしはいつだって正気よ。
もっとも、自分で狂ってます。なんていう狂人は見たことないけれど」
「じゃあ正気のあなたに聞くけど、自分が何やってるかわかってるの?」
「クーデターに決まってるでしょ。
領海を侵略されて黙ってるとか、それこそ正気の沙汰じゃないわ」
ましてレクシーは聖域守護艦隊の所属である。職務上も、聖域が侵略されている状態など許容できるわけもない。
「大体、敵が聖域を基地化したら、次はエッグが戦場になるのよ! あなたこそ自分が何やってるかわかってるの?」
レクシーの意見は、アイオブザワールド内でも多数派を占める意見である。次はエッグが侵略される、という危機感が今のアイオブザワールドを動かしている。
「消火活動完了」
「電気系統のバイパス処置完了。主砲発射管制オンラインに復帰」
各部署から次々と報告が上がる。
十分に時間を稼ぐことに成功したようだ、とレクシーは判断した。
「さて、プレスコット艦長。
ここで退かないなら、X2000と正面切って戦う事になるわよ? エッグを守る大義は我々アイオブザワールドにあるわ」
口ではそう言っているが、近衛隊が引く可能性はあまり高くないとレクシーは思っている。
理由は簡単である。
新型艦一隻出て来たからと言って、それに怯えて逃げました。などと言う事は近衛隊のメンツ的にもあり得ない。
しかし、近衛隊の動きを封じる事はできるとアベルは考えているらしいし、実際可能だろうとレクシーもまた考えている。
というより他にない。現在のX2000は船としての完成度はともかく、兵器としての完成度は低いと言わざるを得ない状況だ。
現に主砲の一斉射だけで、電気系統にトラブルを起こし、火災まで起きた。これでは戦闘は不可能だろう。
「気にくわないから、マザードラゴンを倒そうだなんて、そんな大義があってたまるものですか!」
プレスコットが怒鳴るが、レクシーは気にしない。
現実問題として、アベルの心情を知らないプレスコットに、アイオブザワールドの大義を理解できるわけもないのだ。
……E5312があれば、正面から行きたい所だけど、ね。
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「……そろそろ、メディアが異常事態に気づき始めました」
レプトラの手元には、各メディアのニュース速報などが集約されている。
マザードラゴンが定刻になってもエッグフロントに着かない為に、騒ぎになっているのだ。
そこまでくれば、エッグフロントの近衛隊の動きを確認すれば、何が起こっているのか推測するのは容易いだろう。
となれば、ユグドラシル神殿側もそろそろ動き出す時間帯だ。
ユグドラシル神殿内にあって、情報を集めているレプトラは真っ先に警備に狙われる公算が高い。
もっとも、アイオブザワールドの管理区域は徹底的に隔離する処置が既に取られているので、そうそう警備が侵入する事は不可能なはずである。
つまりレプトラは、ユグドラシル神殿内にあって、情報を収集する役割と警備を引き付ける役割を負っているのだ。
この話を最初アベルから聞かされた時、レプトラは誰かボディーガードを付けて欲しいと言ったが、断られた。ルビィを治安維持ユニットの封殺に使う以上、アベルの手持ちの戦力をこれ以上割けない、というのがアベルの言い分である。
実際には、武装したシルクコットやエレーナをユグドラシル神殿内に配置できない、というのもあるだろうが。
「メディアに対して、プロトコル・アルファを実行します」
プロトコル・アルファとは、事前に作成されたダミー情報の展開である。
ここでは、マザードラゴンは生物兵器で武装したテロ集団に襲撃されている。という物である。
流石に生物兵器で攻撃されるかも知れない空間に、マスコミは船を出さないだろう。というシナリオだ。
ちなみに、マスコミへのダミー情報のインプットは、複数の協力者を装ってレプトラが流す。
マスコミ側から見た時、複数の情報ソースから同一の情報が上がってきたように見えるように、だ。
もちろん、タイミングを合わせてルビィが治安維持ユニットから、同様の話をリークする手はずになっている。
「……さて」
ため息を一つついて、レプトラはデスクの引き出しから無骨な物を取り出す。
それはドイツ製のサブマシンガンである。
レプトラはサブマシンガンの射撃など、数日前にシルクコットから習ったばかりであるが、最終局面で自分の身を守るのは、この銃しかない。
アベルからは最悪相手を殺傷してもいい。と言われているが、そんなことができるのかどうかは分からない。
もっとも、ガブリエルの計画ではもう何時間もせずに、作戦は終了するはずである。
それを示すように、レプトラの手元にある端末上で、ソーラーシャフトの内側では戦局が動き始めた。
アイオブザワールドの『ブラックバス』が、近衛隊の『ブラックバス』と急激に間合いを詰める様が見て取れる。




