魔法使いの本分4
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水野から再び連絡が来たのは、わずか二日後だった。
曰く、VMEが動くようになったので実際に魔法を見せてほしいとの事だった。
「なおったのか、すげえな」
その話を警備の兵士から聞かされ、ラーズは思わずそう言った。
ラーズが聞いていた話によると、ラーズのVMEは宇宙空間の放射線を浴びて電子回路にダメージを負っているとされていた。
センチュリアの電子機器は当然、宇宙空間での運用は想定されていないので、対放射線防御は全く考慮されていない。
それを彼らは修理したというのだ。驚異的な技術力である。
「……そういえば、なゆ太は? 今日見てないような気がするが」
先日の一件で本当にクビが飛んだのだろうか?
「……いえ、存じておりませんが……」
困った顔で兵士は言った。
当然だろう。内閣調査室の話を一介の海軍の軍人が知っているわけはない。
「こちらは準備もなにもないんで、いつでも出発できるけど……」
「はい。海軍省のほうからヘリを回してもらえるようです。
まもなく到着すると思います」
水風館に隣接したヘリポートから飛び立ったヘリは、内陸部に向かって飛んでいるらしい。
迎えに来た大型ヘリに乗っているのは、永井と水野、そしてエンジニア風のツナギ姿の男達が四人。
行先は御殿場という場所だとラーズは聞かされたが、無論地名を言われてもわからない。
しかし、三〇分も飛ばない内に、延々と続く田園の向うに巨大な施設だ見えてきた。
「永井閣下。あれが……?」
「三菱重工御殿場工場……広い兵器実験場があるからね。
場所を貸してもらった。みんな魔法に興味深々だよ。私もだがね」
そういって永井が笑った。
……やっぱり、ダメージ魔法を見たいんだな。
それがラーズの感想だった。
攻撃型のラーズにとっては、それが最も楽な魔法である事は間違いないし、素人目には一番効果がわかりやすいのも間違いがない。
……アベルみたいに、分かりにくい魔法使いだったらヤバかったな。
まあ、アベルなら直接半導体の製造プロセスについて、技術的な説明をエンジニアにできるのだろうが。
ラーズがそんな事を考えている間に、ヘリは三菱重工の広大な敷地の隅の方に着陸した。
そこにすでに、いくつかのテントが張られ、その下に置かれた安っぽい机の上には計測機器と思われる機械類が並べられていた。
永井を先頭に、一行がヘリから降りるといかにも重役、と言った風情の五〇代と思われる男が出迎えてくれた。
「早速、実験を行いたいんじゃが、よろしいかの?」
とウキウキ声で水野が言う。
「無論です。
我々も楽しみにしていましたよ。はっはっは」
「……失礼します。
VMEを」
そういうと、一緒にヘリに乗ってきたエンジニアの一人がジュラルミンのアタッシュケースをラーズの前に置いた。
アタッシュケースが開らかれると、その中には変わり果てたAiX2400が収まっていた。
しかし、その大半はおそらく計測用の器材であろう事はラーズにも容易に想像がついたが。
「……この装置に適合するバッテリーが用意できなかったので、外部電源で起動試験を行いたいと思います」
エンジニアが言った。
「了解。
それじゃあ始めよう。
具体的にどんな試験を予定してるのか、教えてほしい」
「……井深さん。お願いします」
「まずは、虹色回路がホットになるかの確認を。
それが成功すれば、実際に魔法を使ってもらって、その時に各デバイスがどんな挙動をするか確認する予定です。
しかし、試験前にいくつか注意事項があるので……盛田さん」
盛田と呼ばれた、VMEを持ってきた男が話を引き継ぐ。
「まず、デバイスの修理状態ですが、可能な限り修理しているのでハードウェアは大丈夫だと思うのですが、
いかんせん、ソフトに障害がある可能性があります」
つまり、OSやアプリを格納していたストレージに損傷があった場合、そこに格納されていたデータまでは復旧できないという事なのだろう。
これは当然の話である。しかし、VMEがバグやファームウェアのアップデート失敗以外でソフトが壊れたという話を聞いたことが無かったので、ある程度は大丈夫だろうとラーズは考えていた。
「わかりました。では早速……」
エンジニアたちは、テントの方から配線を引っ張ってきて、VMEに接続した。
そして、ラーズ以外の全員がテントの方に退避し、防爆壁の代わりなのか荷台が透明な樹脂でできた2台のトレーラーがラーズとテントを隔てる形でおかれた。
「十月四日、一〇時三〇分。
実験開始!」
拡声器で日時と共に実験開始が宣言される。
「……ではラーズさん、初めてください」
続く永井の言葉でラーズは、VMEの起動を行う。
「《イグニッション》!」
VMEが起動する独特の感覚。続いて、各種インターフェースが起動、左てのひらの上にアヴァロン・ダイナミックのロゴが出現した。
「ちゃんと起動したな……さすがだな……」
AiX2400は、アベルが初めて最初から最後まで開発に参加したVMEである。
十五秒ほどでアヴァロン・ダイナミック社のロゴが消え、各種情報ウィンドウが表示される。
起動チェックで赤く表示されているのは、ハードウェアチェックで致命的エラーがあると判定された物だ。
照準系と通信系が致命的エラーを吐いているのに加えて、ワークエリアブリッジのポートが二つ応答なしになっている。
照準はマニュアルで行えばいいので、さして問題はない。通信は、そもそも通信相手が居ないので、影響なし。ワークエリアブリッジは全部で六チャネルある内の二つなので、大技の運用には影響があるだろうが、デモンストレーション的には問題ないだろう。
「……行けます!」
ラーズはテントの方に向かって声を掛けた。
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「これはすごい」
と水野は声を上げた。
今のいままで、一切の挙動を示さなかった虹色回路が持ち主の手に戻った瞬間、息を吹き返したのだ。
「一アンペア近い電気を吸い込みました」
データモニタを見ていた井深が言う。
それが、ハードが故障してるために起こる電源リークなのか、それとも正常動作なのかの切り分けはできないが、なんにしろ今までこんなに電流が流れたことは無い。
「シリアル通信パルスも出ています!
六一から六三メガBPSと言った速さです」
「……では射的をしてもらおうかの」
水野は手元の端末を操作した。
ラーズの周囲に標的ホログラムを投影する装置だ。
標的は下が尖っている三角錐で高さ一.五メートル程、三〇センチばかり地面から浮いている。
「ラーズさん。目標を攻撃してください」
永井の言葉にラーズは頷いた。
標的は八体。今はすべて止まっている。
「|《炎の矢・改》デプロイ!」
左手を振り上げ、ラーズが叫ぶ。
掲げた手の上に出現した、二〇発程度の炎はまさに一瞬で目標を打ち抜く。
「……!?」
その場に居た全員が絶句した。
なるほど、これだけの戦闘能力を有しているなら、米軍の攻撃をかわして聖域を脱出来たのも納得であると言える。
「これほどの火力が出せるとは……
ラーズ君。済まないが、別の魔法も見せてくれないかの?」
水野の言葉にラーズは右手を上げて答えた。
水野は再び、標的ホログラムを投影する。
今度は二〇体、しかも回避アルゴリズムを持つ標的ホログラムである。
数秒の間を置いて、ラーズが再び左手を上げた。
その左手を胸の前へ、続けて左へ振る。
「《ブラスト=コア》……デプロイ」
左手の指先に出現した、赤く輝く光弾をラーズは標的群に向かって放つ。
次の一瞬で、全員の視界を圧倒的な閃光が覆う。
一瞬遅れて壮絶な爆発音。
この一発で標的ホログラムは十六体消失した。
残りは4体。
そして、ラーズの攻撃は終わらない。
「《フレアフェザー》デプロイ!」
ラーズが前に突き出した左手の甲の上に、炎を纏った鳳凰が出現した。
おおお。
と誰のものとも分からない感嘆の声が上がる。
「行け! 焼き払え!」
その鳳凰はまるで意思があるかのように、ラーズの左手から飛び立つと、手近な標的ホログラムへ向かう。
やすやすと標的ホログラムを消し去った、鳳凰はその動きを止める事無く大きく旋回、別の標的ホログラムを貫通した。
これが後二度繰り返され、すべて標的ホログラムは消滅した。
「……すばらしい。これが魔法の力か!」
と誰かの声が上がった。
だが、水野は魔法の力とは全く別の可能性を、今の記録データの中に見ていた。
それは、もしかすると蒸気機関の発見を超える、究極の可能性なのかも知れないと水野は考えた。
「……なぜあんな刺激的な魔法を見せたんじゃ?」
昼。海軍から配られた握り飯を食べながら、水野はラーズに問う。
《フレアフェザー》に|《ブラスト=コア》。ラーズが見せた魔法の破壊力は凄まじかった。
「なぜ? とは?」
こちらも握り飯をかじりながらラーズは答える。
「あんな高威力の魔法を見せつけては、危険分子扱いされる恐れがあるじゃろ?」
「あるかも知れません……が、ここで魔法の秘密が潰えるよりマシだと、思います」
ラーズは答えた。
しかし、水野はこれは嘘ではないかと考える。
根拠はいくつかあったが、ここでそれを指摘するのは意味がないだろう。
「いくつか教えて欲しい事がある」
故に水野は話題を逸らした。
「確かに、虹色回路は動いた。
……あれは、魔法を使う以外の用途にも使えるのかの?」
こちらの質問が水野の本命。
そして、おそらくラーズが知ってほしいと言っている魔法の秘密。
「ワークエリアブリッジ……虹色回路はただのヒューマンインタフェース。
たまたま、センチュリアにおけるその使い方が魔法用途だっただけです」
水野は頷いた。
自らの仮説が間違っていなかった事が分かったからである。
「水野博士。首尾はいかがですかな?」
歩み寄ってきた永井に対して、水野は頭を下げ。
「申し訳ない。帰ってこの件に関する論文をまとめなければならんのでな。
あとは、東通工のエンジニアたちに任せたい」
「どうやら、よいデータが取れたようですな」




