スズメと鈴女と飛べない雀17
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宮部が見ている前で、四機の『烈風』が次々と離陸していく。
諏訪湖での一件から五日。ラーズはトリトンへ戻って来た。
それからラーズの『烈風』の整備を丸三日間行い、現在に至る。
今、飛び立って行った四機は、すべてラーズの制御下にある機体である。
ついに特号装置が実用レベルで動作し、乙種『烈風』が起動した。
宮部の目の前で離陸していく『烈風』は、人が乗っていないとは到底思えないような、生々しい挙動だ。
「トリトン管制からチョウゲンボウ。滑走路への侵入を許可する」
ラーズの機体が離陸を終え、管制塔から宮部に対して離陸準備が許可される。
「チョウゲンボウ1。ヨーソロ。滑走路へ進む」
トリトン海軍基地の地上部分は、トリトンの万年雪……と言ってもドライアイスだが……に覆われているので、除雪が行われている滑走路の黒さが異様に目立つ。
トリトンに黒い物はほかに無いのである。
「トリトン管制からチョウゲンボウ。離陸を許可する」
「チョウゲンボウ1。ヨーソロ。滑走開始する」
宮部は『烈風』のスロットルを入れた。
綿密にメンテナンスがされたエンジンは、軽快に『烈風』の機体をトリトンの空へと連れて行ってくれる。
滑走距離わずが七〇〇メートルで、宮部機は空へと舞い上がった。
「模擬戦闘開始!」
無線の向こうで、坂井がそう宣言した。
トリトンの暗い太陽を受けて、遥か上空でキラキラと輝いている機体が居る。
おそらく、あれがラーズ機だろうと宮部は予想していた。
何とか、攻撃位置に付きたい所なのだが、先ほどから二機の『烈風』にしつこく追い回されて、それは実現していない。
後ろの二機の動きはすごくいいと宮部は感じる。
鈴女が戻って、ラーズが本調子に近くなったという事だろう。
「だからって、負ける気はないっすよ」
宮部はスロットルを防火壁いっぱいまで叩きこむ。
弾けるように『烈風』が加速した。
後続の二機との間合いが少し開く。ラーズが制御していようが、コンピュータが制御していようが、前を飛んでいる機体の急加速への対応は必ず遅れる物である。
宮部は『烈風』を高速で旋回させながら、急上昇に転じる。
現在、宮部が飛んでいる高度は三〇〇〇メートル付近。ラーズ機と思われる『烈風』が飛んでいるのは八〇〇〇メートル付近。
並みの航空機では、この高度を駆け上がるのは中々骨が折れるのだが、宇宙時代の艦戦である『烈風』に取って、高度も距離でしかない。
だが、それはラーズ側もわかっているらしい。
「っ!」
宮部は操舵スティックを翻して、急降下した。
その直後、直前まで宮部機の居た空間を演習用の曳光弾が通り過ぎていく。
追いかけていた二機ではない。フリーになっていた三機目による攻撃だ。
「こりゃキツイっす」
何しろ、攻撃するチャンスを与えてもらえない。
まあ、三対一なので当然なのだが。
……AIが変わっただけでこんなに変わるもんなんすかねえ?
現在ラーズが飛ばしている『烈風』には、既に鈴女が搭載されている。
どういう小細工をしたのかはわからないが、新しい機体に前の機体から持ってきたAIを搭載したらしい。
その行為の法的解釈……いわゆるスカイネット法……に関して宮部に知識は無かったし、興味もない。
興味があるのは、ラーズが飛ばしている『烈風』のみである。
宮部の認識では、AIは所詮AIであり、それはパイロットの技量には影響しないはずである。
しかし、今後ろを飛んでいるラーズのドローンを見るにつけ、この認識は改める必要がありそうだ。
宮部は操舵スティックを倒して、右の急旋回から急上昇へ転じる。
直後にやはり宮部が居た空間を『烈風』の機関砲が薙ぎ払った。下方から来た機体からの攻撃である。
……こりゃ長くは持たないっす。
宮部を攻撃した『烈風』は、宮部機を追ってそのまま上昇を続ける。他の二機は左右に散っていく。
やはり、人が乗っているとしか思えない生々しい挙動だ。
それまで、宮部を追いかけまわしていた二機のうちの一機と、先ほど砲撃してきた機体が合流して、宮部の後方へ遷移する。
離れた一機は大きく旋回しながら、高空を飛ぶ『烈風』を目指す。
……やっぱりアレが甲種!
宮部が迫っているのを見止めたラーズが、一機を直掩に入れた。宮部はそう判断した。
これはラーズ側のミスである。三機相手なら身動きが取れないが、二機なら何とかなる。
「!?」
だがその直後、高空から『烈風』が急降下を始める。同時に後方の二機が噴進弾を放つ。
……やられたっ!
噴進弾を振り切る為には速度を上げる必要がある。しかし、速度を上げれば正面から来るラーズ機の機関砲に対して回避行動が取れない。
◇◆◇◆◇◆◇
「こりゃキツイな」
双眼鏡で上空の様子を観察しながら坂井は呟いた。
「ツライであります」
村田も同じ感想のようだ。
いくら宮部が若手トップとは言え、ラーズクラスのパイロット四人に追いかけまわされているのである。
しかもラーズ自身は高高度から、戦域全体を監視しながら宮部を休ませないように連続でドローンをけしかけ続けている。
これらのドローンにもラーズが乗っているような物なので、宮部のフェイントなどもまったく効果がない。
フェイントというのは、相手のパイロットがあって初めて有効な物である。
遠くからじっくり観察されれば、効果は薄いと言わざるを得ないだろう。
そうこうしている内に、宮部機に被弾判定が出た。
二機の『烈風』に追い立てられて、焦れて急上昇に転じた瞬間を狙われたのだ。
ここまで徹底されると、宮部一人では全く手が出ないだろうと坂井は思う。
勝負がついた後、宮部機とラーズ機は高度二〇〇〇付近まで下りて来た。
当然ラーズは三機の乙種『烈風』を従えている。
「……これは、ダメだな」
そう言って、坂井はフライトジャケットに手をかけた。
「どちらへ行かれるでありますか?」
「あそこに」
村田の問いに、坂井は空を指さした。
「一対四じゃ宮部が可哀そうだ。
それに……」
「それに?」
「なんか、今なら俺も特号装置が動かせる気がする」
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模擬戦闘を終えたラーズの『烈風』は、無限軌道の付いたトラクターによって地下格納庫へ引き込まれた。
エアロックを抜けて、キャノピーを開ける。
「やったな!」
声を掛けて来たのは整備担当の大黒大尉である。
「聞いたぞ。サムライ坂井をやったそうだな」
「一回だけですよ」
この日のラーズのリザルトは、対宮部で撃墜四、被撃墜〇。対坂井で撃墜一、被撃墜二だった。
ここ数年、模擬戦闘で坂井に勝ったパイロットは居ないので、これは快挙であると言える。
しかし、本当の快挙はそこではない。
坂井は地球人類として初めて、特号装置を起動して見せた
それによって操縦されたのはドローン一機。そのドローンは新米以下の飛行で基地の周りをフラフラと飛び回っていただけだったが、これは大きな一歩であると言える。
つまり帝国海軍のパイロットは、特号装置を駆動する事ができるという事実が確認されたのだ。
ラーズとしても、こちらの方が喜ぶ要素である。『烈風』は使い物になる兵器であることを、海軍上層部に示すことが出来ただろう。
「鈴女の調子は?」
「機体のパラメータの取得に少々時間を喰いましたが、おおむね良好です」
鈴女のアバターが答える。
ラーズが回収した鈴女だが、スカイネット法を掻い潜って新しい機体に移植されていた。
これは、草加や神崎の入れ知恵によるものである。
まず最初に、もともとラーズの『烈風』についていたAIが故障した……ラーズが破壊したのだが。
修理に当たって、必要な部品が『たまたま』トリトンには無かったが、ラーズが『たまたま』必要な部品を持っていたので、これを使って修理が行われた。
ちなみに修理というのは、AIのマザーボードから演算装置やその周辺部品を全て剥がして、鈴女のそれをはんだ付けし直すという割と狂った作業である。
かくして、機械としてのシリアルナンバーはそのままに、中身だけが鈴女になったAIユニットが完成した。
もちろん元々のAIは破壊されたことにして、AIとしての登録番号は新たに取得しなおすという事も大黒大尉によって行われている。
こんな手の込んだことをする人間やエルフが居る事を、スカイネット法は想定していないので、あっさりと書類上の鈴女は生まれ変わった。
「しかし、またご主人様と空が飛べる日が来るとは……感激です」
恐ろしい解像度とフレームレートで鈴女のアバターが、よよよと泣き崩れた。
一体このモーションを作るのに、どれほどのパワーが必要なのか?
「感激、か。そうだな」
しかし、それは特号装置が外的要因を受ける不安定な装置であると、ラーズ自身が証明してみせたような物とも言える。
特号装置自体、センチュリアの魔法の基幹技術に依存している物なので、地球のテクノロジーで安定させるのが難しいのだろう。
……だが……
同時にラーズは、言葉にできない不安感に駆られた。何か忘れものをしたような不安感。
「ラーズさん!」
その不安感も、宮部の声かけで消える。
既に飛行服を脱いで平服に戻っている宮部は、モニカを連れていた。
先の襲撃依頼、軍令部の判断でモニカはトリトンに留め置かれている。よく言えば、海軍基地で保護されている。悪く言えば海軍基地に軟禁されていると言える。
まあ、この処置についてはラーズも理解できるし、当のモニカも仕方ないという姿勢なので大した問題でもないのだが。
「駐機位置に到着。お疲れ様でしたご主人様」
「おう、また頼むぜ」
ラーズは、そういうとはしごの到着も待たずに、操縦席から飛び降りる。
操縦席は結構な高さなので、普通はこういったことはできないのだが、着地する瞬間にだけ《レビテーション》の魔法をかけて地面に降りれば問題はない。
「やっと勝てたぜ。政治で少尉になりました。とかカッコ悪いにも程があるからな」
「すぐに追いつきますよ」
「……ラーズさんは、本当に日本語上手ですね」
と、これはモニカ。
「へえ。日本語覚えたんだ」
ラーズは関心する。
「自分が教えたんすよ」
胸を張って宮部。
……ああ。そういう……
ラーズは大体内情を察した。
しかし、モニカは将来的にはセンチュリアに返さなければならないのだ。最後に致命的な破たんを余儀なくされないだろうか? とラーズは思う。
「それよりメシ食いに行きましょうよ! 腹へっちゃって」
「違いない。夕方のアニメの再放送を鑑賞したい所だけどな……まあ、食道で見ればいいか」




