スズメと鈴女と飛べない雀16
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「なんか目的が当初と変わってるな……」
諏訪大社から《フレアフェザー》の魔法で飛び立つと、ラーズはそう呟いた。
当初予定では、鈴女を回収したら後は陸軍なりなんなりに任せて撤収する予定だったのである。
だが、実際には最前線で日本赤軍と戦っている。
しかし、信重房子が本当に儀式魔法をやろうとしているなら、それを許すわけには行かない。
『向こう側』は人間がおいそれと干渉していい世界ではない。
大体、『向こう側』から雷獣のようなバケモノが出てきたらたまらない。
諏訪の市街地が壊滅してしまう。
もっとも、儀式魔法を妨害するのは簡単だ。施術者である信重房子を無力化すればいい。
何もない、高台に陣取っている以上、狙撃し放題のはずだ。
……問題は……
そう、そんなことは誰でもわかる事である。
陸軍や長野県警がそういったアクションを取っていないとは考えにくい。
ラーズは諏訪湖の湖畔に沿って時計回りに飛びながら、ニシナニウスの巨体を見た。
その時、ニシナニウスの肩の辺り……要するに信重房子が居る所のすぐ下で、火花が散ったのをラーズは見逃さなかった。
やはり、狙撃は行われているのだ。
効果が無いのは、単純にニシナニウスの肩の高さが湖面から四十メートルやそこらは上にある為か、あるいは超常的な力によって防御だれている為かは分からない。
ただ、わかるのはこの方法はダメだという事だ。
印を結んで一心不乱に、何事かを唱えているらしいその姿に動揺は見られない。
弾は当たらないという確証があるのだろうか?
「……じゃあ、試すしかねえだろ。
鈴女!」
「いつもおそばに。ご主人様」
通信機越しにすぐに鈴女が答える。
特号装置があれば、鈴女を介さなくても『烈風』を動かす事はできるのだが、残念ながら特号装置変わりのマジックシンセサイザーはラーズが持っていて、鈴女と接続されていない。
「ドローンで信重房子を砲撃しろ」
「……一応、人間相手に撃っちゃダメな事になってるんですが、二八ミリ弾」
なんと、鈴女が人道的な事を言う。
「何言ってんだ。どこの世界に巫女装束着て巨大ロボの上で呪文を唱える老婆が居るんだ。
妖怪変化の類に決まってるだろ。人間じゃないからオッケイだ」
「なるほど。それもそうですね。
ヨーソロ。砲撃します」
どうやら、それで倫理面は完結したらしい。鈴女がそう答えると同時に、轟音を伴って二機の『烈風』が降下してくる。
二機はニシナニウスの前と後ろから、信重房子を砲撃した。
「さて、どうなる?」
地球には魔法使いは居ないはずである。
魔法使いで無ければ、当然保護障壁を纏っている可能性はない。まあ、保護障壁があっても『烈風』の二八ミリ機関砲で撃たれて無事か、と問われればやはり答えはノーなのだろうが。
「外れた!? 鈴女!」
二機の『烈風』はおそらく、合計二〇〇発程度の弾をばら撒いたはずだ。
しかし、それらは全て外れた。
「ご主人様。弾道が曲がりました」
端的に鈴女が答える。
どうやら、ニシナニウスの付近を通過する弾は曲がるらしい。
それが超常現象によるものか、仁科研究所の研究成果によるものかは不明だ。いや、どちらも超常現象みたいなもの、と言えばその通りなのだが。
「つまり、直接殴るしかない、ってわけか」
これは中々考えられた防御システムである。
普通の人間は、全長五〇メートルのロボの肩の上に居る人間を殴れない。
「鈴女、オレが直接ぶん殴る。接近を援護しろ」
「ヨーソロ」
ラーズは、右に九十度旋回。超低空で諏訪湖の湖面を飛んでニシナニウスに向かう。
例のゲッタービームで迎撃されたらたまらないのだが、先ほどからニシナニウスが動く気配はない。
……まだ、何人か残ってるはずなんだけどな……
なんとも言えない、不吉な予感を覚えて、ラーズはそれを考えるのをやめた。
丁度とのタイミングで、ニシナニウスの足元にたどり着いたというのもある。
ラーズの位置は、ニシナニウスの右足の後ろ側、信重房子から見ても完全な死角になっているはずだ。
「行けっ!」
急激な引き起こしをかけて、ラーズは急上昇に転じた。
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メンテナンス用と思われる狭苦しいダクトを這いずる事数分。那由他の目の前には非常口、とかかれたハッチがあった。
非常口、というからにはこれを開ければ外に出られるはずだ。
那由他は力一杯、そのハッチを押した。
しゅっ、っという軽い音を立てて、思ったより簡単にそのハッチは開いた。
勢いあまって那由他は、ハッチから飛び出した。
初夏の太陽は眩しく、眼下に広がる湖の水は美しい。
そして、重力は無慈悲だ。
ニシナニウスの腰の辺りのハッチから飛び出した那由他は、その無慈悲な重力に引かれて美しい諏訪湖に向かって落ちて行った。
「-っ!?」
そして、那由他は見た。
水面から急上昇してくる、赤い光を。
残念ながら、人間は空を飛べない生き物である。自由落下中にできる事はほとんどない。
そして、衝突。
那由他の体重はもろもろ込みでせいぜい六〇キロ程だ。
下から来た赤い光……つまりラーズだが……とぶつかれば、吹っ飛ぶのは必然。
大体、推進力のあるラーズと推進力の無い那由他ではエネルギー量でも勝負にならないのだ。一方的に負ける。
かくして、那由他は吹っ飛ばされた。
「ぎゃあああ」
那由他は悲鳴を上げた。自分でもかわいくない悲鳴だと思ったが致し方ない。人間、余裕がなければかわいく振る舞うなど無理なのである。
その悲鳴を聞いたのかどうか、それは分からないがラーズが空中で急旋回した。
一気に高度を落として、落下中の那由他に追いついて来る。
恐るべき加速性能だ。まさに一呼吸で追いついて来る。
……助かった。
と那由他は思った。
ラーズが手を伸ばし……
小狐丸を掴むと、再び急上昇に転じる。
膨大な加速で、抱えていた小狐丸から那由他は引きはがされた。
そのまま、なすすべもなく諏訪湖に落ちる。
幸い、水深はそこそこあったので、底に当たる事は無かったが相応の速度で水面に叩きつけられたので、痛いったらない。
水から顔を出して、那由他は文句の一つでも言おうと腕を振り上げた。
どうもラーズ側はそんな事を聞く気は無いらしい。一気に高度を上げていく。
「何なのよ! もう!」
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「……結局、ラーズ君がぶっ飛ばして終わったのか……」
陸軍と長野県警から提出された資料を見ながら、草加はそう呟いた。
草加はできれば、ラーズが乙種の『烈風』を飛ばしているデータが欲しかったのだが、まあ後の事はラーズが上手くやるだろう。
入れ知恵はばっちりだ。
「……ところで、日本赤軍は全滅という事で?」
「その様です」
草加の執務室。報告を持ってきた神崎が答える。
「外向きの報告書では伏せられている情報ですが……」
神崎はそう前置きをした。
つまり、伏せないといけないような話だという事だ。
「……日本赤軍のメンバーの死因は二つ。ラーズ君に倒された者とそれ以外……」
「それ以外?」
草加は眉をひそめた。
「つまりラーズ君以外に?」
「……惨殺されました。全滅です」
全滅。要するに皆殺しだ。
「テロリストの最後としては、いさぎの良いものですな」
何しろ、仁科研究所の職員もろとも自爆しなかったのだ。
しかし何とも煮え切らない。
「……しかし、本当に全滅なのですか? どうにも気持ち悪い最後だと思いますが……」
草加が報告書を読む限り、日本赤軍側の動機がよくわからない。
ラーズの報告によれば、信重房子は儀式魔法を行おうとしていたというが、これも本当のところは分からない。
「昔から、こういった不可解な事件は沢山ありました。
ラーズ君が来てから増加傾向ですが……」
そう。ラーズが来てからというもの、どうにも地球がおかしいと草加は感じている。
それがラーズのせいなのかどうかは判らないが。
「ところで、この生存者一名、とは?」
「……お恥ずかしい話ですが、ウチの諜報部員です」
「ほう?」
それは興味深い話である。
「さすがは内調のエージェント、といったところですね?」
「……それがどうも、敵に洗脳を受けていたらしく……ラーズ君が報告書に書かないでいてくれたおかげで、ウチとしては大助かりですが……それにしてもお恥ずかしい話です」
神崎はそれを本気で、内閣調査室の失態だと考えているらしいが、草加としてはそれほど興味はないのだ。
草加視点……ひいては海軍の視点では今回の作戦は成功である。
「ところで、神崎さん。
日本赤軍というのは、どういう組織なんですか? 名前を聞く限りソ連……というか、共産主義に傾倒した組織、という印象ですが……」
「正直なところ、よくわかりません。我々も日本赤軍は共産圏と関係があると考えていたのですが、調べなおす必要がありそうです。
今回、日本赤軍のトップが死にましたが、まだ残党は居ますし、志を同じくする組織もあるでしょう」
草加にも、その重要性はよくわかる。下手な敵性国家より国内の反政府主義者の方が厄介だ。
しかも、海軍にも陸軍にもそういった組織の相手はできない。軍隊は軍隊としか戦わないのである。
……遺恨。
そんな単語が、草加の脳裏をよぎった。
一九四〇年代に、独ソ冷戦の形で始まった資本主義と共産主義の戦いは、結局決着が付くとなく千年以上の時が過ぎた。
共産主義との闘いは、現在進行形である。これを遺恨と言わずに何と言うのか。




