スズメと鈴女と飛べない雀14
格納庫に着いた堀越は、数人のスタッフを集めて乙種『烈風』の準備を指示する。
準備と言っても別に特別な事は必要ない。
特号装置からの制御受信用のデータを書き込んで、燃料と弾薬を入れる。後は滑走路まで、航空機牽引用のトラクターで引っ張っていくだけだ。
どれもこれもスタッフたちには日常作業である。
燃料の補給以外の作業は物の数分で終わる。燃料だけは、高速給油用の設備が三菱重工にはないため、通常のポンプで送り込むしかない。
しかし、これも草加が言うには三割も入っていればいいとの事だ。
三割も入っていれば『烈風』は地球を五週程できるが。
二機の『烈風』を滑走路脇に置いて、そのステータスを堀越はホロタブレットで確認していた。
乙種『烈風』が起動きた場合、すぐに滑走路を開けなければならないというのが半分。単純に特号装置による遠隔起動ができるのかの確認が半部である。
「……来た」
『烈風』の主電源が接続されたのが気配で伝わってくる。
それは直後、ホロタブレット上のデータでも分かった。
続いて主機が起動する。
対消滅型反動推進器に火が入り、『烈風』のヴェトロニクスが起動する。
「外部電源の切断を急げ!」
本来なら、『烈風』の機動に外部電源は必要ないのだが、この機体達は長らく格納庫に置かれていた為、バッテリーを消耗していたのだ。
しかし、発動機が始動すれば関係ない。後は、発動機に直結した発電機が膨大な電力を生み出し続ける。
熟練の作業員たちが外部電源の太いケーブルを取り外すと、二機の『烈風』はスルスルと滑走路に向かって進み始める。
進みながら、各部の操縦翼面をパタパタと振っているその後ろ姿は、とても無人で動いているとは思えない生々しい動きだった。
堀越は感動を禁じ得なかった。
自らの作り上げた『烈風』がこうして動いているのである。
技術者日和につきるだろう。
「退避ーっ!」
滑走路要員から声が上がる。
その声を待っていたかのように、『烈風』の一番機が滑走を始める。
恐るべき加速性能を見せた『烈風』は、二〇〇メートルも走るとフラップを下げると同時に、推進器を下方向に向けて軽々と飛び立っていく。
重量二三トンを感じさせない軽やかな離陸であった。
十五遅れて飛び立っていく二番機を見送って、堀越は新たな時代の幕開けを感じずにいられなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
問題があるとすれば、マジックシンセサイザーのエネルギー密度である。とラーズは思っていた。
あくまで、個人が使う魔法を支援するための道具であるマジックシンセサイザーのバッテリー容量は少ない。
それでも、センチュリアのテクノロジーで作られる物に比べれば、桁違いの容量なのは間違いなのだが。
ともあれ、特号装置としての運用を想定していないマジックシンセサイザーを、目的外利用するには相応の無茶をする必要があるのだ
「鈴女! 行ける行ける!」
ラーズは、傍らのテーブルに置かれた鈴女のユニットに向かって言う。
そこは、オリーブ色のテントの中だった。
外では耳をつんざかんばかりのタービン音。
今、マジックシンセサイザーと鈴女に電力を供給しているのは、陸軍の電源車だった。
「わたしは、もう一機居ても何とかなりますが……」
本来、乙種『烈風』は三機一組での運用が想定されている。
しかし、ラーズは安全マージンを考えて、二機だけにしたのだ。
理由は簡単で、マジックシンセサイザーと鈴女の間の帯域が心配だったためである。
鈴女は大丈夫だと主張したが、最終的にはラーズが押し切った。
何より、木偶の坊を粉砕するのに『烈風』は、いささか過剰な戦力であるとラーズには思えたのだ。
「まあ、仁科研究所の物だからな……油断はできないけど……」
ラーズはそう呟いた。過剰な戦力、と思いつつも、二機にしたのはこの辺が理由である。
「しっかし、マズイぞ」
ラーズがテントの窓から外を伺うと、件の巨大ロボはゆっくりと、仁科研究所から市街地に向かって歩みを進めている。
移動速度は時速十キロ内外と言ったところか。
大きさの割に遅いのは、中の人間が操縦に馴れていないのが原因だろうか?
……一体どんな操縦システムになってるのやら……
何しろ、この国のロボの元祖はレバー二本とダイヤル三個で動くとされていたのだ。
「大丈夫です。『烈風』達がまもなく攻撃可能空域に突入します」
鈴女がそう報告する。
名古屋北部を『烈風』が飛び立ってから、何分も経っていない。
いったいどれほどの速度で飛んでいるのか? ラーズは若干心配になった、
『烈風』最大速度で上空を通過したら、下の街がどうなるかわかった物ではない。
「ちゃんと無人地帯を選んで飛んでいるので、心配しないでください。ご主人様」
「おっ。おう」
ラーズの考えている事を読んだのかどうかは分からないが、鈴女がフォローを入れる。
まあ、フォローにはなっていないのだが。
「航空機接近中!」
テントの外で、陸軍の誰かが叫んだ。
「鈴女、友軍識別信号は大丈夫だろうな?」
せっかくの『烈風』が、陸軍に撃墜されたら流石に笑えない。
「問題ありません。安心してくださいご主人様。
それでは、特号装置に接続を切り替えます」
上空から見る限り、既に陸軍の兵力が巨大ロボの進路上に展開を進めている。
陸軍としても、仁科研究所を包囲していた以上、その包囲を破られました。では顔がないのだろう。
陸軍側の主要な戦力は、二足歩行外骨格『天鬼』装備の機械化歩兵が中隊規模。
なお『天鬼』の一個中隊は二四機である。
しかし、生身の人間や装甲車程度には極めて有効な『天鬼』ではあるが、相手が五〇メートルもあるロボとなると、どれほどの戦力になるか疑問だ。
大きい機械は飛躍的に耐久度が向上する。
戦艦が巨大であるのと同じ理屈と言える。
どちらかと言うと、自走砲などの方が効果がありそうだが、諏訪には展開していない。
まあ、当初想定で仁科研究所を砲撃するシチュエーションなど考えても居なかったのだろうが。
こうなると、舞鶴方面から移動して来るという部隊に期待がかかる。あるいは、長岡辺りに展開している陸軍航空隊か。
「航空戦力、って意味ならオレが一番乗りだけどな」
ラーズは二機の『烈風』を一直線に並べて、突撃体制を作る。
『烈風』の二八ミリ機関砲は、それ単体でも極めて弾速が高いが、機体を加速させることでその威力はさらに上昇する。
「機関砲を、毎分六〇〇発に」
「ヨーソロ」
打てば響く。
絶妙の間で、鈴女が答える。
やはり、機体のAIはこうでなくてはいけない。
「ヨーイ。撃っ!」
まずは様子見である。
対地速度はおおよそ千ノット強。
そこから打ち出される二八ミリ砲の破壊力たるや、小型の宇宙艦の装甲なら十分に貫通できる程の威力を持つ。
「……むう。通常弾だとこんなもんか?」
しかし、『烈風』二機による砲撃は、件の巨大ロボにはあまり効果がない。
「単純に大きいだけでも、耐力は上がるので、仕方ないですね……」
本来、『烈風』には徹甲弾や炸裂弾が積まれる事になっているのだが、今回はそれらが用意できなかったので通常弾しか積んでいない。
ラーズはそれでも、十分な殺傷力を得られると考えていたのだが、どうやら甘かったらしい。
……やっぱりロ号弾が欲しい所だが……
徹甲弾やロ号弾など無い物ねだりをしても仕方ない。
大雑把に砲撃して、ダメージが入らないなら脆そうな部分を探すのみである。
しかし、問題はその脆そうな部分、何処にあるのかラーズには皆目見当が付かない。
これが坂井辺りになると、目視で柔らかそうな場所を操縦席から見つけられるらしいのだが、いくら何でも誇大表現だろうとラーズは思う次第だ。
「でも、まあ普通に考えると関節だよなあ?」
このシチュエーションであまり異常な発想もないだろう。
物理的に可動部を重装甲で覆うのは難しいはずだ。
「同意します」
「じゃあ、鈴女。
二番機の操縦頼む。頭の上を飛び回ってやれ」
「腕を上げさせて、脇の下を狙うわけですね。
ヨーソロ。二番機の操縦いただきます」
鈴女が操作を奪った機体が、ごく低速でロボの顔の前に飛び出す。
まさかアニメのロボじゃないので、頭の部分に操縦席があるとも思えないが、まあうっとうしいだろう。
「機関砲、威力投射」
そして、機関砲を容赦なく放つ。これを、微妙に後ろに下がって間合いを調整しながらやっているのだ。
鈴女の操縦テクニックもなかなかの物である。
「ん?」
テントの窓から外を見ていたラーズだが、ロボの挙動に不審な物を見つけた。
いや、このロボのすべてが不審なのはわかっているのだが。
ロボは、胸を逸らして……
「鈴女! ブレイク! 逃げろ!」
言うが早いか、鈴女は推進器を最大出力まで入れたらしい、膨大な推進力を得た『烈風』は一旦諏訪湖の北側まで飛び去る。
直後。
突然、ロボの胸からビームが照射された。
「うわあっ!」
まさか、こんな兵器があるなどとは思っていなかったので、ラーズは驚きの声を上げた。
「ブレストファイヤー的な物を!?」
「どちらかと言うと、ゲッタービーム的な物だと思います。ご主人様」
「確かにそうだな……」
鈴女に指摘されて、ラーズもそうだと思った。
「しかし、なんてものを装備してるんだ!? つーか仁科研究所、何がしたいんだよ」
「うむ。あれは重水反応型光線砲だ」
「うをっ!?」
唐突に。本当に唐突に、背後から声がかかった。
「早乙女のジジイ!」
ラーズと鈴女は同時にそう叫んだ。
そして、ラーズが振り返ると、そこに居たのはもちろん仁科博士である。
「うむ。ところで早乙女とは誰かね?」
……あんたと同じマッドサイエンティストだよ。
とか言おうかどうか、ラーズは悩んだが止めた。
「一体どうやってここへ?」
「うむ。ニシナニウスの攻撃で監禁されていた部屋が崩れてね。
ちょうど、この飛翔外套があったので、飛んできた訳だよ」
いくつものパワーワードを発しながら、仁科博士は羽織っていた外套のような物を示して見せた。
「いや、いろいろ言いたいことがあるですが……」
「やはり、キミも飛翔外套の原理に興味があるのかね?」
「そこじゃなくて……」
大体ラーズは魔法で飛べるし、鈴女はそもそも戦闘機である。
二人とも、特に飛ぶことに不満は感じていない。
「いや。もういいです」
どうせ、言葉は通じ無さそうなのでラーズはあきらめた。
それより現状を打開する情報を不本意ながら、この博士から入手しなければならない。




