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魔法使いたちの宇宙戦争 ~ ユニバーサルアーク  作者: 語り部(灰)
スズメと鈴女と飛べない雀

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スズメと鈴女と飛べない雀12

「まっ、いいか」

 狐につままれたような気分だが、那由他が消えた事など些細な事である。

 そもそもラーズのミッションは鈴女の救出なのだ。

 プロの仕事はいつも非情な物と決まっている。

 そういう訳で、ラーズはきれいさっぱり那由他の事は忘れて、鈴女の捜索を開始する。

「《テンプルダウジング》……デプロイ!」

 《テンプルダウジング》の魔法は、二段階の機能を持つ。

 第一に、探知対象の大雑把な方向を示す。第二に、探知対象に近づくとわかる。

 恐ろしく使い勝手が悪いが、攻撃型の魔法使いであるラーズにはこの辺りが限界である。

 このジャンルはレイルの得意分野なのだが、居ない物は仕方ない。

「……同じ高さ、か……」

 情報通りこの部屋にあるのか。

 何しろ《テンプルダウジング》は、探知分解能が水平方向三六〇度に対して、六つしかない。垂直方向は一八〇度に対して五つだ。

 しかも、近づくまで距離もわからないので、大雑把な場所もわからない。

 ただ、示された方向に向かって進むのみである。

「これか?」

 ラーズの目に留まったのは、ひと抱えほどある部品である。

 確かに《テンプルダウジング》も、探知目標が近いと示している。

 なぜこの部品が鈴女ではないかと思うかと言うと、部品に『試製烈風用』と書いてあったからだ。

 状況から考えて、仁科研究所にある『烈風』の部品は鈴女しかない。

 ラーズはその部品を観察した。

 当然と言うかなんというか、電源が入っていない。

 というか、電源に接続されていない。

「電源……ってあんのかな?」

 そう言いながら、その辺りの棚を見回す。

 ここに鈴女が置かれているなら、その起動に必要な電源も近くにあるのが道理だろう。

 仁科研究所に道理を求めるのは間違ってると思うような気もするが。

 ……これかなあ?

 幸い、鈴女と思われる部品にはコネクタのピンアサインを書いた紙が貼ってあった。

 ラーズは棚から見つけた電源ユニットをコンセントにつないで、その出力コネクタを鈴女と思われる部品に接続する。

 ちなみに、電源モジュール側のピンアサインは不明である。配線の色がそれっぽい、というだけである。

 普通コネクタはバカ避けで他の物には繋がらないようになっていると思うので、繋がったのならそれはこの部品の電源という事だと考えていいだろう。

 やはり、仁科研究所で普通を求めるのは、ラーズにはいささか抵抗があるが。

 と、ここでラーズは鈴女と思われる部品には、入出力デバイスがない事に気づいた。

 ホロデッキもカメラもマイクもスピーカも無い。

「……どうすっか……?」

 これは困った。

 確かに鈴女と思われる部品には、セントラルと書かれたデータバスと思しきコネクタもあるのだが、それを繋ぐ相手は見た感じでは無さそうである。

 このコネクタがつながる先は、戦闘機のヴェトロニクスなのだろうから、こんな所に無いのは仕方ないだろうが。

「んー。ん?」

 ラーズは部品の裏側に、見慣れた端子を見かけた。

 ……D-SUB?

 それは古の昔よりデータ通信に用いられるコネクタである。

 もちろんラーズにもなじみ深い。

 ……となると……

 ちかくのガラクタの中をラーズが漁ると。案の定、D-SUBの端子の生えたホロタブレットがあった。

 早速、それを鈴女と思われる部品に接続して、コンソールを開く。

 幸い、通信レートの設定はされているらしく、文字化けなどは起こらずにコマンドプロンプトが表示された。

 ラーズはホロキーボードから、いくつかのコマンドを立て続けに打ち込む。

 確か、前に鈴女がブートストラップを弄って、起動順がどうのと言っていた。

 その辺を見れば、鈴女のAIフロントエンドの起動に必要なコマンドとオプションがわかるはずだ。

 五分ばかりの格闘の末、ラーズはそれっぽいコマンドを記述したファイルに行きついた。

「よしよし」

 コマンドや設定ファイルの記載内容を見るにつけ、やはりこの部品は鈴女らしい事が雰囲気で分かる。

「……こんな感じでどうよ?」

 コマンドラインに、起動コマンドを入れてラーズはしばらく待った。

 ターミナルにコマンドプロンプトは表示されないままだ。これは内部で何かの処理を行っている証であるとも言える。

 ラーズの体感速度で、『烈風』のコールドスタートから鈴女が起動するまでの時間は約四十秒。

「……」

 ある程度自信があるとは言え、ラーズは祈るような気持ちでホロタブレットのコンソールを見つめた。

 そのまま一分ほど待つと、ターミナル上にコマンドプロンプトが現れた。

「……さて、どうしよう……」

 どうしよう。と独り言を言っておいて何なのだが、そんなもの適当に何か文字列を打ってみるのだ。

 一応、鈴女は自然言語を認識する。とラーズは聞いている。

 ラーズの初手は、

『起きろ!』

 である。

 しばしの沈黙。

『状況を入力せよ』

 コンソールが文字列を返してきた。

 イヤに事務的な文体なのはなんなのだろうか?

『お前、鈴女か?』

 機械相手に駆け引きもないだろう。

 単刀直入にそう聞いてみる。

『当システムは海軍A8M用、搭乗員支援プログラムのプロトタイプです』

「鈴女じゃねーか」

 ラーズは思わず口に出した。

 A8M用の搭乗員支援プログラムは既にいくつも存在するが、プロトタイプは鈴女だけである。

 というか、プロトタイプが鈴女である。というべきか。

『鈴女だろ』

『当システムは海軍A8M用、搭乗員支援プログラムのプロトタイプです』

 それでも同じ返答を繰り返す。

 警戒しているらしい気配をラーズは感じていた。ターミナルに表示される文字列に、気配もなにもあったものではないのだが。

『オレはラーズだぞ』

 警戒しているなら名乗ればいい。

『……』

 数秒の沈黙の後に三点リードが二つ出力される。

 やはり警戒しているらしい。

『ご主人様がこんなところに居るわけありません』

 やはりコイツは鈴女で確定である。

 ラーズの事をご主人様と呼ぶAIは他に居ない。

『助けに来たんだろうが』

『信用できません』

 研究所の奴らか、陸軍の連中か知らないが、一体鈴女に何をしたのだろうか?

 AIと話しても得られる事なんかなさそうな物だが。

 そもそも鈴女を研究所に持ち込んで、何をしようとしているのかがラーズには分からなかった。

 自分たちの作ったものを研究しても仕方なかろうに。

『じゃあ、どうやったら信用するんだよ? 初めて会った時の話でもするか?』

『収集可能なデータを提示されても、信用できません』

 ……そりゃそうか。

 ラーズは思った。

『ならお前が信用できるオプションを提示しろよ』

 何度目かの沈黙。

 どうやったら、ラーズと他人を区別する方法を検討しているようだ。

『特号装置を接続してください。それではっきりします』

『特号装置なんかここには無いぜ?』

『ご主人様ならマジックシンセサイザーを持ってるはずです』

 的確な指摘である。

『マジックシンセサイザーはあるけど、接続できるのか?』

『無線で接続できます。接続リクエストを送ります』

 その文字列がターミナルに表示されるのと同時に、マジックシンセサイザーのホロデッキに接続リクエストが来た旨が表示される。

「ほんとに接続できるんだ……」

 おそらくメンテナンス用の簡易無線接続なのだろうが。

 ホロデッキの接続認証ボタンを押して、しばらく待つと接続完了のアイコンが表示された。

『繋がったぜ?』

『接続、確認できました』

 直後、マジックシンセサイザー側のホロデッキに、外部からデータが読み出されている事を示す矢印アイコンが表示される。

『……ご主人様!』

 何を見て納得したのかは不明だが、とにかく鈴女は納得したらしい。

『助けに来ていただいて嬉しいです……

 その……願わくば、ご主人様の声が、聞きたいです』

 なるほど。マジックシンセサイザーをハブにして無線機を接続すれば、直接鈴女と会話することもできそうではある。

「帯域大丈夫か?」

 マジックシンセサイザーのホロデッキ上に表示された、デバイス接続情報を操作しながらラーズは呟く。

 そもそもマジックシンセサイザーは、通信機器ではないためあまり無線の外部接続系の帯域が無いのである。

 音声の帯域など知れていると思うかも知れないが、二つのデバイスを接続している事によって生じるレイテンシは決して無視できない。

 マジックシンセサイザーと鈴女の間でどれくらいのトラフィックが発生しているのか、ラーズにはわからないのである。

「よく聞こえます。感激です」

 感極まったような声で鈴女が言う。

 そもそもAIが感極まる、などという事があるのか? とラーズは思うのだが、どうなのだろうか?

「感激はいいんだが、さっさと逃げるぞ」

「逃げる? そもそも今どういう状況なんですか? ご主人様」

 鈴女の言い分も最もだ。

「簡単に言うと、仁科研究所がテロリストに占拠されてる」

「本当に簡単ですね……

 という事は、ここは仁科研究所? とか言うところなんですね?」

 どうも鈴女は仁科研究所そのものを知らないらしい。

 まあ、戦闘機が攻撃目標でもない地上施設の事を知らないのも無理はないのかもしれないが。

「できれば経度と緯度で示してもらえると分かりやすいです」

「ぱっと経度緯度とか言われてもなぁ……

 確か、東経一三八度の北緯三六度辺りじゃなかったかなあ? 諏訪湖。

 小数点以下は覚えてねえけど、ほぼピッタリだったような気がする」

 ラーズとて、そんなに正確に座標を覚えているわけではない。

 何かの資料に載っていた数字をチラっと見ただけである。

「相変わらず、雑ですね……でも、大体わかりました」

「そりゃどーも」

「でも、それと逃げるのと何か関係があるんですか? いつもみたいに魔法でドカン、じゃダメなんですか?」

「政治的な問題があるんだよ。人間は色々大変なんだよ。

 オレ、人間じゃねーけど」

 鈴女の指摘はもっともな話ではあるが、ラーズとしてなんでもかんでも魔法でぶっ飛ばして解決していると思われるのは不本意だ。

「人間は……エルフもですね。

 ……大変なんですね」

 大して大変でも無い風に、鈴女は言った。

「じゃあ、とんずらしましょう。

 ご主人様は、魔法で飛べるので余裕ですね」

「ところが、そうは行かねえんだよなあ」

 ラーズは頭を掻いた。

 そう、問題はまだあるのだ。


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