魔法使いの本分2
「魔法というのは、魔法使いを中核とするシステムです。
魔法使い・VME・バックオフィスの三つの要素から成っていて、これに加えて戦術運用という要素が加わります」
「……初期の戦術リンクのようなもの、か」
呟いたのは小沢だ。
「ラーズ君が保護されたときに持っていた物の中に、用途不明の電子デバイスがあったと報告を受けています。
あれが?」
草加の言葉にラーズが頷く。
センチュリアを離れる際にラーズが持っていた電子デバイスは一つしかない。VMEであるAiX2400だ。
「それがあれば、魔法が使える?」
「いえ、残念ながらVMEは魔法使いにしか使えません」
正確には魔法使いの中で、ワークエリアブリッジ適正を持つ者だけが使う事ができる。
だが、適正を持っている確率は相当高く、九割近いはずだ。
「……なるほど、我々にそのVMEという物のテクノロジーを提供する。と言うんだね?」
永井が言った。
この好好爺はやはり頭が切れるようだ。
「これは予想ですが……おそらく、この文明にはない基礎理論を元に作られた電子機器です。
幸い、自分はこのデバイスの動作理論を、不完全でもこの国のエンジニアに伝えることができます」
◇◆◇◆◇◆◇
「あれは、勝負手ですね。
初手から最大の手札を切ってきました。
彼は勝負師ですよ」
と、ラーズを評するのは神崎である。
ラーズが退出した後の地下会議室。
「……しかし、なんとも魅力的な提案だと思うがね、神崎さん」
こちらは永井の言葉だ。
実際問題、地球人類の技術はもう一〇〇年以上画期的な進歩を遂げていない。
今は言うなれば、凪の状態であると言える。
……あるいは、アメリカもこの凪を打破するために、新天地を求めたのかもしれない。
と永井は考えた。
そうだったとしたら迷惑な話だ。しかし、帝国に取っては棚ぼたの話かもしれない。
「草加君。ラーズ君の……VMEと言ったね? あれは修理できそうなのかね?」
「現在、水野博士と東通工のエンジニアが調べていますが……まだ結論が出ていないようです」
東通工……東京通信工業は帝国を代表する電器メーカーである。
「そうか、そちらは水野博士の報告待ちにしておこう。
小沢さんは、ラーズ君の提案をどうおもいますか?」
「正直言ってわかりません。魔法などと言われても……
ましてや、それが何の役に立つやら……一介の船乗りの私には……」
強面ながら、心底困った顔で小沢は答えた。
「……なにに使うかは、あとで考えることもできる。
わたしは、この件を次の御前会議に上げようと思うが……どうかね?」
「待ってください」
と永井を制する神崎。
「この提案を受け入れるのは、危険では?
まさに彼の思うツボにはまる可能性があります」
「神崎さん。思うツボとは?」
草加が問う。永井もまた、それには興味があった。
故郷を追われ、たった一人になった者に、果たしなにか策略があるのだろうか?
「……そうですね。
まず我々が、魔法の力を手に入れたとしましょう。
我々が、それを政治的アドバンテージとして行使する事はできません。ドラゴン達と無用な軋轢を生む可能性があるからです」
神崎は眼鏡をくいっと上げ続ける。
「そして、これを技術基盤として使う場合、果たしてアメリカはそれを許すでしょうか? もし本当にアメリカが魔法の秘密の為に聖域を侵略したのだとしたら、その牙は我々に向くかも知れません」
「……しかし、ラーズ君の提案を断って、彼を……これは例えばの話だが……亡き者にしたとして、今度はエッグとアメリカの戦争に巻き込まれかねん」
なにしろ、エッグの政治情勢がどう転ぶか分からない。クーデター政権が誕生して、政治的理由で地球人類に対して戦端を開かない保証はない。
加えて、大日本帝国として下手な相手にアプローチしてしまうと、帝国の政府がその勢力を代表と認めたと受け取られる恐れすらある。
「……対エッグ外交において一番有効なのは、対米宣戦布告ですが……さすがに……」
困り顔で草加は言う。
現在アメリカの国力は、人口三〇〇兆人、領土は八八万立方光年に四〇以上の植民惑星と無数のコロニーを有する。
帝国の国力の二〇倍以上である。戦争などすれば片手間で捻りつぶされかねない。
「……僭越ながら……」
小沢が再び口を開いた。
「永井総長。やはり、これを見過ごすのは武士道精神に反します。
光速未満の文明を侵略するなど……」
「……どのみち、我々は軍人だ。政治的判断は政治家がする。
内密に九重総理に相談してみよう。
……ところで、神崎さん。ラーズ君は?」
「……彼については、本来なら内閣調査室で預かりたい所なんですが、海軍さんが手元に置きたいと主張されているので、まずは衣笠山の療養施設に……
加えて、うちのエージェントを一人付けます」
衣笠山の療養施設というのは、海軍水風館である。三階建てのモダンな建物で外国からの来賓の宿泊などが主な使い道だ。
しかし、立地が悪いので利用されることは少ない。というより永井が知っている限りVIPが宿泊したことは一度もない。
◇◆◇◆◇◆◇
海軍省から、車に揺られる事……比喩ではなく……揺られる事、三時間弱。
道中、車の窓から見えた光景は、まさに衝撃的の一言だった。
宇宙の光の速さで旅する文明である。その住民は当然、銀色のタイツを着て、空を飛ぶ車に乗っていない訳がないとラーズは考えていたのだが、車は容赦なくタイヤを地面に付けて走っているし、人々は銀色のタイツではなく綿かなにかの質素な服に身を包んでいる。
そして、海軍省を出て十五分で摩天楼は消え失せ、三〇分後には舗装路すら消えた。
「なんだこの国は?」
ラーズは唸った。
ぱっと見、どうみても田舎である。センチュリアの主要都市の方がどうみても未来的に見える。
そして、海軍水風館から見下ろす光景。
水風館の屋上の上に何かの倉庫の屋根から生えている、避雷針と思しきポールの上に立ち、ラーズは海を見下ろしていた。
どうやら、衣笠山と呼ばれるこの山は、半島の突端部分らしい。
右の方はすぐに海岸線が山に隠れて見えなくなっている。左の方の海岸線はずっと先の方まで続いている。
ラーズが見下ろす先には、海岸に白亜の平屋が見える。これは海軍の施設らしい。
反対側に目をやれば、紅葉した衣笠山を見ることができる。
「変な葉っぱだな……」
飛んできた紅葉の葉を捕まえて、ラーズは呟いた。
見たことのない複雑な造形の植物は、否応なしにここがセンチュリアでは無いという事実を教えてくれる。
センチュリアには紅葉のような植物はない、ましてこの植物は普段は緑だが寒くなると赤く変わるそうだ。
「あのー! すいませーん!」
どうでもいいことをラーズが考えていると、下から声がかかった。
「ん?」
避雷針の根本の辺りにいつの間にか、一人のスーツ姿の女性が立っていた。
女性、あるいはまだ少女と言っても良いかもしれない。とラーズは思った。
肩にかかる黒髪、黒いスーツ姿。
……スーツは似合ってないな……
「あのー!」
と叫んで、なにやら手元を見る。
「カーマイン? ……」
どうやら、こちらの名字の読みが分からないようだ。
ふらり、とラーズは後ろ側に倒れ込むように、避雷針のてっぺんから落ちる。
「きゃあ」
と、なんともやる気のない悲鳴が上がったが、当のラーズはというと後ろに倒れた回転をそのままに、一回転して着地する。
着地寸前には、きわめて短い時間《レビテーション》を発動させて、落下の衝撃を吸収するのも忘れない。
「ラーズ・カーマインツゥア。
発音は難しいのかも?」
ラーズは言った。カーマァインツゥアは神代のエルフ語で『赤い旅人』という意味だと言われている。
「そうです。カーマインツゥアさん」
同じ高さに下りてみて分かったが、第一印象に対して意外に背が高い。一六〇センチほどはあるだろうか?
まあ、一八〇センチを余裕で超えるラーズにしてみれば、どうでもいいことだ。
「わたしは、内閣調査室の柳葉那由他と申します。
神崎次官より、あなたの身の回りの世話をするように、申し付かっています」
……それはひょっとして仕事を干されたのでは?
一瞬そんな事をラーズは考えたが、黙っておくことにした。
「……やなぎば……なゆ太?」
珍妙な名前だ。
「……で、ですね。カーマァインツゥアさん」
「……」
「……」
ラーズが黙ったので、那由他も次の言葉が出ずに、黙る。
「……呼びにくくないのか……カーマァインツゥアって」
生まれてこのかた、ラーズは名字で呼ばれたことはない。
ラーズとカーマァインツゥアである。どちらが口当たりがいいかなど考えるまでもない。
「……すごく。呼びづらいです」
那由他が当然の感想を口にする。
「ラーズでいい。誰も名字でなんて呼ばないし」
問題は、この少女を送り込んできたのがあの神崎だという事である。
身の回りの世話、とか言っているが絶対にそんな訳はない。
那由他の挙動にしても、演技の可能性すらある。
無論、仕事を干された可能性もあるが。
「それで、柳葉閣下。どのような身の回りの世話をしてくれるんだろうか?」
「まず閣下はやめてください。なにより用法が間違ってます。
それに、わたしの事も那由他でよいです」
閣下、というのを敬称として使っていたラーズだが、この用法は違うようだ。
「分かった。ミセスなゆ太」
「……ミセスもやめてください」
水風館の一階は赤絨毯の敷き詰められ、二階三階は回廊状になっており、中央の大階段で繋がっている。
高級ホテルを思わせる豪華なつくりだが、現状ここはラーズの軟禁施設である。
故に、各フロアのあちこちに銃で武装した兵士が立っている。
もっとも、軟禁と言ってもラーズは空が飛べるので、先ほどのように屋上に出られる以上、飛んで逃げることも可能である。
目下ラーズがやるべきことは、日本語の読み書きの習得である。
言語の読み書きの習得は児童書でするのがよい。とはよく言われるが、これはラーズも同意だった。
従ってラーズは、水風館のロビーに置いてあった子供用の絵本を読むことになる。
「……難しい……」
ロビーのソファに腰掛けラーズは唸った。ちなみに日本語だ。
会話については、翻訳装置というズルができる機械があったので割となんとかなったのだが、読み書きの方はそうはいかない。
センチュリアの言語は基本的に表音文字だ。例外的に魔法記述言語のいくつかは表意文字である。
魔法がない国の言語なら、それは表音文字であるとラーズは考えていた。
この考えは半分は当たっていたのだが、実際にはまさかの表音表意のハイブリッドという想像を絶するものだった。
ちなみに、表音文字とは単体で意味を持たない文字で、日本語の場合はひらがなカタカナがこれに当たる。対して表意文字というのは一文字で意味を持つ文字で日本語では漢字がこれに該当する。
表音文字と表意文字のハイブリッドというのはラーズの知る限り、最も古い魔法語であるハイエンシェントと、エルフの古語でやはり魔法語でもあるプライマルエルヴンくらいである。
「実は魔法語なんじゃねえの? この国の言葉」
表意文字に表音文字がくっつくと意味が変わったりするあたり、魔法語にそっくりだとラーズは思っていた。
「……難しいの?」
ラーズの手にした『はなさかじいさん』の絵本を、ソファの後ろから覗きながら那由他が言う。
「簡単ではあるまい。
くそっ、人類学の授業真面目に受けとけばよかったか……?」
無論、人類学の授業を受けたごときで、未知の文明の言葉が覚えられるわけはないのだが。
「なにか、こう楽しんで読めるような物があると……はかどるかも知れないんだが……」
ラーズは言う。
「えっちなサイトを見るために、英語を覚える的なアレかしら」
那由他が天井を見上げながら、そうつぶやく。
なにか思い当たる節でもあるのだろうか?
「漫画とかの方が、いいのかもね」
「……漫画……ねえ」




