政治の本質 ドラゴンマスターの場合11
◇◆◇◆◇◆◇
アベルからの追撃命令を受けて、ルビィが飛び立っていく。
その場に残ったのは、シャーベットとアベル、そしてエレーナ。
「アルカンドス。ぶっ殺す」
アベルが宣言する。
シャーベットが見てもはっきりわかるくらい殺気立っている。
何かの本に、男は縄張り意識が強く、それを侵されるのを極端に嫌う。みたいな事が書いてあった。シャーベットは当初、ケモノじゃないんだから。と思ったものだが、なんのことはない。アベルもケモノ並みだったという事だ。
「濡れネズミがほざくか」
「……遺言は、慎重に選べ」
シャーベットが男の生態を考えている間にも、アベルとアルカンドスの煽りあいが続く。
チンピラ同士の言い合いや、マフィアの脅し文句。そのいずれとも違う独特の空気感がそこにはあった。
そして、シャーベットはその空気感を羨ましいと感じた。
「ほざけ。さっさとガブリエルを呼べばいい物を」
「オレに勝てないのに、ドラゴンマスターとヤるだあ? なに甘えてんだ」
言い放ってアベルは、右手を左肩にやった。
そして、羽織っていた外套でも引きはがすような動作をする。
バシャ! という、水音。
なんと、一瞬で水を吸ったアベルの衣類や髪の毛から、水分が分離されて港のコンクリートを濡らす。
……便利そう。
シャーベットは思ったが、その魔法の難易度、推して知るべしである。
「シャーベット、エレーナを連れて離れろ。
そして、よーく見とけ」
「はっ、はい!」
命令を受けて、シャーベットはエレーナを抱えて、その場を離れる。
二〇メートルも離れれば、安全だろか?
「大丈夫?」
とエレーナに声を掛けるが、普通に考えて大丈夫ではないだろう。
むしろ、ゲホゲホと咳き込みながらも、意識を保っているエレーナが凄い。
シャーベットとて水竜である。水が生き物にどんな影響を与えるかはよくわかっている。
「《水は魔力に侵され龍となれ》!」
そうこうしている間に、アベルが戦闘を開始する。
初手は、何かの儀式魔法だろうか? アベルが海に向かって透明なガラス玉を投げる。
このガラス玉は、明らかに魔力媒介。水に直接魔力を通すプロセスであると推察できる。
しかし、水竜であるアベルが媒介を使ってまでかける魔法。一体どんな大技なのか?
「《我が敵は汝が敵なり》!」
さらに別の魔法。
魔法の発動と同時に、水面に青白い光の魔法陣が形成され、その内側の水面がゆっくりと持ち上がる。
「……これはっ!」
シャーベットは歓喜した。滅多にお目にかかれない、儀式魔法併用の打撃魔法である。
水面の盛り上がりがピークに達するなり、大量の水が大蛇のようにアルカンドスの頭の上から襲い掛かった。
大蛇の胴の直径は三メートルにもなろうかという規模である。それが数十メートル。
質量は十トンや二〇トンではあるまい。ここまでくると、もはや魔法防御がどうのこうのという問題ではない。
圧倒的な質量で押しつぶされる。
……すごい。
とシャーベットは思った。
まさかアベルが、こんな魔法を隠し持っているとは思わなかったのだ。
「おおおおっ! だが、何か忘れてるんじゃないか?」
そう、アルカンドスにはブリンクがある。
大質量の水が持つ慣性は、アベルのパワーとテクニックを持ってしても制御できるものではない。
避けられれば、次は無い。
水でできた大蛇が、港のコンクリートにぶつかり派手に砕ける。
……これでは……
シャーベットは思った。これでは、有効打にならない。
「どうしたぁ? 小僧! 殺すんじゃなかったのかぁ!」
大蛇が崩れたその後で、アルカンドスは剣を振り上げて叫んでいた。
その瞬間、ドン! という破裂音。
見れば、アルカンドスの胴を凪いだらしい金属製の矢が、港のコンクリートに突き刺さっている。
いくら風雨で劣化しているとしても、コンクリートに矢が突き刺さるなど、尋常な出来事ではない。
シャーベットは戦慄しながら、ぐるりと辺りを見回した。
「……あれは……」
それほど離れていない廃コンテナの上、イケメンが弓のような物を構えて立っているではないか。
金髪で長身、黒い翼と尻尾。甘いマスクでイケメンのドラゴンの男。紺地の服に戦闘用のアーマーを着こんで、弓を持っている。
男の存在自体がレアなドラゴン社会に置いて、一か所に三人も男が集まっているのは中々見られる物ではない。
「……っ! 貴様は!?」
あからさまに敵意のこもった視線をイケメンに向けて、アルカンドスは言う。
「なんだ、先代のドラゴンナイトって聞いたから、キンチョーしてたんだが……弱そうだな、お前」
「……シャングリラぁ!」
アルカンドスは叫んだ。
シャングリラ、というのはガブリエルのドラゴンナイトの名前である。
あまりエッグに居ないらしく、メディアにもそれほど露出しないので、シャーベットに取っても初見である。
アルカンドスが元ドラゴンナイトなら、こちらは現役ドラゴンナイト。ドラゴンナイトの新旧対決と言うわけだ。
アベルの魔法も見ごたえがあるが、こちらの勝負も見ごたえはたっぷりである。甲乙つけがたい。
つくづく、ドラゴンの魔法使いたちはエンターテイナーであるとシャーベットは思う。彼らの戦いは、全て見る者を魅了する何かがあるのだ。
もっともやっている当人たちは必死なのだろうが。
「よそ見してんじゃねえぞ! くそ野郎!」
そして、それに噛みつくアベル。
噛みつくというか、そもそもアベル対アルカンドスというカードだったわけだが。
「《アブソリュートフリーズ》デプロイ! 塵になりやがれ!」
アベルが冷凍光線を放つ、当たればアルカンドスの命は無いだろう。
だが、アルカンドスは飛んでいた。
タイミングを見るに付け、これはアベルの攻撃を避けるというより、シャングリラへの攻撃だろう。それが結果的にアベルの攻撃を避ける事になった。
「《サンダーブリット》デプロイ!」
「……フン。《ガウスサーキット》!」
アルカンドスが雷球を放ち、ワンテンポ遅れてシャングリラは弓をアルカンドスに向ける。
ただし、シャングリラは弓に何もつがえていない。
放たれたのは、雷球はシャングリラの弓に触れ、消えた。
「電気の塊なんざ、オレの作る磁石でいくらでも曲がるぜ」
そのセリフを聞く限り、シャングリラは金の系列の魔法使いで、磁石を操るらしい。
そうすると、先ほどの矢は磁石で金属の矢を投射したという事だろうか。なるほど、それなら矢がコンクリートに刺さるのも納得である。
「んで、貰った電気は返さないとな……《MAC=ショット》デプロイ」
何気なく、弓を引く動作をして、シャングリラはその魔法を放つ。
MACというのは、マグネティックの略称だろうか、とシャーベットは思った。
アベルにしろ、このシャングリラにしろ、シャーベットが見た事もない……あるいは、想像したことすらないような魔法を運用する。
バチィ! という痛そうな音を立てて、アルカンドスが吹っ飛んだ。
どうやら地力でシャングリラが勝っているらしい。これは、同じ金の系列同士、相性問題も無いため純粋に実力差という事になる。
「《フリーズブリット》デプロイ!」
何より、アルカンドスはアベルからも攻撃を受けているのである。
一対一で勝てない物が、相手が増えて勝てる道理はない。
シャーベットの出る幕が無いのは残念ではあるが、ここは先輩魔法使いたちの胸を借りるのが良さそうだ。
「よわっちいボウヤは、引っ込んでた方が良かったんじゃないか?
まあ、女の子の前でいい格好したのは、わかるけどな」
「獲物横取りして、何得意げになってんだ。
万年出張で、ユグドラシル神殿に居られない癖に」
「なんだと!?」
アルカンドスがボコボコにされたあと、当然ながらアベルとシャングリラは喧嘩を始めた。
……男って……
シャーベットは思った。
「はいはい。そこまで、ケンカ止め」
パンパンと手を叩きながら、声が上がった。
「わあ。ゴールドドラゴンだ……」
そう、現れたのは、金色の翼と尻尾を持ったドラゴン。
こちらはシャーベットも良く知っている。
エッグに置いて、ゴールドドラゴンと言えばドラゴンプリーストのユーノ・モスただ一人。
「……うげえ!? ユーノ!?」
「ドラゴンマスターの弟君に暴言吐くとはいい度胸ね……?
毎度毎度、その後先考えない行動には感服するわ。
まあ鉄拳制裁されると思うけど」
「ユーノ! 邪魔しにきたんなら帰ってくれ」
これはアベル。
「邪魔しにきたわけじゃないわ。
ただ、ドラゴンマスターの意向として、ここでアルカンドスを潰そうと思って、ね」
「ええ……」
アベルが半歩下がりながら、困惑した声を上げる。
面白い事に、シャングリラも同じリアクションをしていた。
「……」
そして、数秒間沈黙した後、アベルは身を引くことを決めたようだ。シャーベットたちの方にそそくさと移動してくる。
それを見て、ユーノは満足そうに頷いた。
「いいんですか? あれ?」
隣に来たアベルに、シャーベットが問いかける。
「……良くはねえよ」
「ですよね」
アベルは即答した。
「でも、ユーノが出てきてるんだ。もうどうしようもない」
「どうしようも、ない? ですか?」
アベルはお手上げ、とばかりに首をすくめて見せた。
「そう。ユーノはドラゴンマスターの直衛だから……つまりそう言うこった。まったく」




