政治の本質 ドラゴンマスターの場合7
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「アベル、エンゲージ」
海面スレスレを飛んでいいたアベルは、一気に高度を上げた。
魔法戦も先手必勝である。
……水竜を海辺で相手にするのは、愚行だぜ!
錆びて朽ちかけたコンテナを一気に飛び越えると、そこにはアルカンドスの姿。
「《フリージングチェイン》デプロイ!」
空中から問答無用で、魔法を投下する。
「っ!?」
《フリージングチェイン》は、地面に触れている熱源を感知して誘導、凍らせる打撃魔法である。
アルカンドスは逃げるか、迎撃するかの二択を迫らせる。
そして迎撃が間に合う程、AiX2700の演算能力は低くない。結果的にアルカンドスは空中への退避を強要される。
アベルによって、頭を押さえられている状態で、である。
ドラゴンだろうがなんだろうが、地面から飛び立つには相応のエネルギーが必要なのは言うまでもない。
相応のエネルギーが必要と言う事は、ある程度の高度と速度が得られるまでは自由に機動できないという事だ。
つまり、どんな攻撃にも対応できない瞬間がある。
ましてや、アベルの魔法は《フリージングチェイン》のような特殊な魔法を除けば、すべて近接信管付き。
しかも、近接信管で威力の落ちる風系の爆裂魔法と異なり、熱を奪う氷系の魔法には威力減衰もない。
「《フリーズブリット》デプロイ!」
アルカンドスが翼を開いて飛び立とうとする、まさにそこにアベルが《フリーズブリット》を打ち込む。
いつもなら、ここで終了なのだが、今回は違う。
「《アブソリュートフリーズ》……デプロイ!」
アベルは右手を掲げ、最大威力の冷凍魔法を生成する。
《フリージングチェイン》、《フリーズブリット》、いづれの魔法が当たってもアルカンドスは致命傷を負うだろう。
そして、《アブソリュートフリーズ》を浴びれば、即死……いや、塵になって消えるはずだ。絶対零度付近ではいかなる分子も、電気的な結合を保てないのである。
だが。
「《ライトニングムーブ》っ!」
……ブリンクか?
アルカンドスの姿が一瞬歪むと、その姿が消える。
後に残されたのは、雷鳴のような音のみ。
ブリンクとは、短距離瞬間移動を行う魔法の総称である。また、ブリンクを代表する魔法である《ブリンク》の呼び名でもある。
……なるほど、元ドラゴンナイトは伊達じゃない、ってか。
ブリンクは非常に難易度の高い魔法で、戦闘中に三次元機動に組み込んで使うには高い技術を要求する。
「《エクストコラムス》!」
アベルはあてずっぽうで、背後に向かって迎撃用の魔法を投射。
「《ライトニング・ボルト》デプロイ!」
ほぼ同時に、上空から声。
アルカンドスの放った雷光が、《エクストコラムス》に吸い込まれて消えた。後に残される巨大な霜柱は重力に引かれて地面に落ちる。
「……ふん。やりやがる」
アルカンドスはそう呟いて、腰から剣を抜いた。
それは確か雷属性のアーティファクトである。
アベルに言わせれば、アーティファクトなど最新の電子技術の前では文字通り『遺物』な訳だが、その電子技術がこちらに劣っている以上、アルカンドス的にはあり、という事なのだろう。
「ぬかせ。エレーナを返して、さっさと死ね!
《フリーズブリット》……デプロイ」
だが、アルカンドスは再びブリンクで、それを回避して見せる。
《フリーズブリット》はアベルの手持ちの魔法の中で、最高のコストパフォーマンスとポテンシャルを有する魔法であるが、起爆に近接信管を採用している以上、瞬間移動で逃げ回る相手を捉えるのは難しい。
そもそも、設計地点でブリンクを使う相手との交戦を想定していないのである。
……となると、出の速い《アブソリュートフリーズ》か、広域打撃の|《冬の大王》か……
しかし、アルカンドスは露骨に|《冬の大王》を警戒しているらしく、雷撃魔法を中々使わない。《エクストコラムス》に雷撃を受けさせて、フロストコラムスを作らないと|《冬の大王》は発動できないのである。
《アブソリュートフリーズ》に至っては、何発も連射できるほど軽くない。調子に乗っているとアベル側の魔力が枯渇する。
……まあ、打てる手はいくらでもあるんだけどな……
「《氷の矢》……デプロイ!」
アベルが、なぜ《フリーズブリット》の構築時にブリンクの存在を無視したか。
答えは簡単である。ブリンクはその基本特性によるが、いろいろ弱点がある。故に使う術者も少ない。
今アベルが投射した|《氷の矢》はただの空対空の牽制である。アルカンドスは難なくその隙間を飛びぬける。
「《フリーズブリット》デプロイ」
地面に降りたアベルは、ちょうど投射物をすり抜けたアルカンドスに対して《フリーズブリット》を放つ。
「効かねえのがわからねえのかっ! 《ライトニング・ムーブ》っ!」
「わかってんだよ! んなこと! 《フリーズブリット》デプロイ!」
ブリンク終了直後のアルカンドスに対して、即座に二の矢を放つ。
「っ! ……《サンダーブリット》デプロイっ!」
アルカンドスは、剣の先端に出現した雷球を、《フリーズブリット》に対して放った。迎撃したのである。
……思ったよりあっさり、化けの皮がはがれたな……
アベルは思った。
アベルが地面に降りたのは、実は意味がある。
アルカンドスから見て、地面を背負って立ちたかったのだ。
そして、二連発の《フリーズブリット》。こちらは、アルカンドスのブリンクのクールダウンタイムの計測である。
クールダウンタイムとは、同じ魔法の再使用の為に必要な待ち時間である。
アベルの推定では、アルカンドスの《ライトニング・ムーブ》のそれは、十五秒内外。
ちなみに、先ほどからアベルが連射している《フリーズブリット》のクールダウンタイムは、コンマ六秒強である。
最新鋭のVMEであるAiX2700のポテンシャルが光る。
……あと二、三回ブリンクしてくれれば、終わりだな。
AiX2700は当然ながら、相手が使う魔法のログも記録している。
戦闘しながらログを確認するのは、なかなか難しい事ではあるが、これはアベルの本業なのである程度は可能だ。
「……少なくとも、ブリンクの行先の判定くらいは、な」
再び、アベルが|《氷の矢》を投射。
弾道を調整して、アルカンドスの周囲にトンネル状の空間を作る。
「《フリーズブリット》デプロイ」
そして、|《氷の矢》が作った回廊に《フリーズブリット》を投げ込んで、アルカンドスにブリンクを強要する。
アベルの思惑通り、アルカンドスはブリンクして、アベルはそのデータを得る。
同じような事を三回繰り返し、アベルはついに決着を付けるべく動く。
「終わりだ。《フリーズブリット》デプロイ」
「ちっ! バカの一つ覚えみてえにっ!」
言い残して、アルカンドスはブリンクする。
ここまでの統計情報から、アルカンドスのブリンクは、即時発動型の五メートル固定移動であることがわかっている。
驚くべきことに、この特性はレイルのそれと同じである。ただし、レイルの場合は移動距離は八メートル固定でクルーダウンタイムは二秒程度だが。
……バカの一つ覚えはお前のブリンクだろ。
「《氷の矢・改》デプロイ!」
《氷の矢・改》は通常の《氷の矢》とは異なり、高速発生と事後誘導という特性を持っている。
これをアルカンドスの出現予想点に向かって投射。
後は、《アブソリュートフリーズ》を打ち込めば、アルカンドスは対処できないだろう。ゲームセットである。
そして、アルカンドスはアベルの想定した場所に出現した。つまり|《氷の矢・改》の射界のど真ん中だ。
……終わったな。
所詮旧世代。そんな言葉を思い浮かべながら、アベルは右手を振り上げた。
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「強っ!?」
とは、シャーベットの感想である。
ルビィとシャーベットは、港湾設備の事務所のような建物の上に生えているアンテナのてっぺんに降りて、アベルの戦いを観戦していた。
それは、ルビィにとって衝撃的な光景だった。
ルビィの……というより、大半の魔法使いは強い魔法を使う魔法使いがエライ。というような認識を持っている。
しかし、アベルのそれはどうだろう? 大して強力でもない魔法である《フリーズブリット》や|《氷の矢》だけで、上級魔法使いのアルカンドスを圧倒しているのだ。
これが衝撃でなくてなんなのだろうか?
アベルは、直属のルビィとシャーベットには直接魔法を教えているが、常々魔法戦はデータサイエンスに基づく戦術と戦略であると説いている。
今目の前で展開されている光景こそ、それなのだろう。
ルビィは唸った。
想像以上にアベルの魔法戦闘の組み立てはレベルが高い。
よくアベルは、自分の魔力が弱い弱いと言っているが、何が弱いのかとルビィは思う。
もっとも、ドラゴンマスターが一定の評価をする魔法使いが、弱いわけはないだろう。弟であるという部分を差っ引いたとしても、だ。
正直なところ、ルビィはアベルが演じるこのショーをもっと見ていたいと思った。
これは、魔法使いにとっては最高のエンターテイメントである。
終焉の時は近い。
この戦いの結末は、ルビィを含む大半が予想したとおり、先進のテクノロジーと次世代の戦術を持つアベルの圧勝。
だが、本当にこれで終わりだろうか?
ルビィとしては、まだ姿を見せないグレイマンの存在が気になるところだ。
故に、各種センサーを積んだヘリをレクシーに飛ばしてもらっているし、シルクコットのチームにもセンサーを装備させている。
「……なにか……起こりそうね……」
ルビィが呟いた、その瞬間爆発が起こった。




