政治の本質 ドラゴンマスターの場合6
夜半を過ぎてレプトラが戻って来た。
取り合えずこれで、現状のフルメンバーになったので、アベルの執務室で作戦会議である。
「警備の方は大騒ぎですよ」
「まあ、そりゃそうでしょ」
夜食のサンドイッチを齧りながら、レクシーは言う。
「これって残業手当出るんですか? マイスタ・アベル」
心底心配そうにレプトラが言う。アイオブザワールドにおいては、魔法使い以外は給料が安いので、ある程度は仕方ない所ではあるのだが。
「出るように総務に相談しとく」
「やった」
こちらはシャーベット。シャーベットは上級魔法使いなのだが、まだ認定が取れてないので安月給である。
しかも、新生活を始めたばかりなので、生活基盤のある他より金銭的に困窮している。
「で、ルビィ。どんな感じだ?」
「海の方に向かったみたいですね……」
答えてルビィがコンソールを操作すると、アベルのデスクの上にユグドラシル神殿付近の立体地図が出現する。
「これは、ソーラーコンティネントの下側にあるカメラの映像を拝借してきて、合成しています」
ソーラーコンティネントとは、エッグの夜を作っている巨大な空飛ぶソーラーパネルである。
このパネルの下側には、無数のカメラが据え付けられている。無論、本来それらのアクセスには司法当局への面倒な手続きが必要なのだが、ルビィはそんな事をするつもりはないようだし、アベルもそれを咎めるつもりはない。
大体セキュリティレベルが低いのが悪いのである。
「アルカンドスだと思われる人物です」
映像を指さして、ルビィが説明すると地図の上に時刻が表示される。
「レプトラ?」
「いい時間だと思います。まず間違いないかと」
「ふん。なら足取りは追えるな。ルビィ」
「大丈夫だと思います。
大体コイツ、追跡を振り切るつもりはないみたいですよ?」
手元のコンソールから顔を上げ、ルビィは言った。
「……それより、わたしは待ち伏せや罠の類が怖いですが……」
こちらはシルクコットだ。
まあ、その心配は分かる。
名前まで名乗ってエレーナを連れ去った以上、アベルが追ってくるのは大前提だろう。
「アルカンドスがオレより弱いって認めてるなら、何か仕掛けてるかもな。
でも逆に、オレより強いと思ってるなら正々堂々と勝負、って所だろ」
アベルは言う。
そもそも、アルカンドスの目的はガブリエルである
アベルを撃破して、ガブリエルを呼び出す。そんな作戦だろう。
もっともそんな状況になったら、ガブリエルではなくユーノ辺りが、アルカンドスを狩りに行くだろうが。
「……正々堂々、ですか……」
疑わしげにシルクコットは言う。
「前の時使った魔法……確か《冬の大王》でしたっけ? あれ見て自分の方が強いとか思えるとは、とても……」
「あれは、発動プロセスの複雑な儀式魔法だからな。初見じゃなければ対処できる。とか思うんだろ」
実際アベルの周りにも、長大な儀式魔法があることを知っていれば対処できる。という奴は多い。
しかし、それを言う奴は大体対処できない傾向にある。もちろん、ラーズやレイルと言った格上の魔法使いたちは、そんな事は言わない。
「マイスタ・アベルはアルカンドスを撃破する予定ですか?」
コンソールを操作しながら、顔も上げずにルビィは声を上げる。
「ああ。身内に手出した以上、敵としてぶっ潰す」
ルビィはそこで顔を上げた。
「それは、殺す。と言っていると解釈して構いませんね?」
「無論だ」
即答して、アベルはルビィの方を向いた。
少なくとも手加減するつもりは、アベルにはなかった。
エレーナは絶対に必要な手札の一つである。アルカンドスと交換はできない。
つまり、エレーナを含むアベルの直属に手を出すアルカンドスに価値はない。リスクを勘案するなら排除一択である。
ぱん! と手を叩いて、アベルは声を上げる。
「よし、追撃作戦の要旨を説明する。
追撃部隊はオレとルビィ、シャーベットを主力として、シルクコットはバックアップだ。
シルクコットはバックアップチームの編成を進めてくれ」
「……はい。しかし、バックアップとは具体的には? いや、大体わかりますが……」
「大体わかってるなら問題ないが、主に司法機関の干渉への妨害だ。後は非戦闘要員が作戦地域に入って来ないようにする役目、ってところか」
司法機関や治安維持機関に干渉されると、後々面倒臭い事になる可能性がある。
なにより、色々な意味でガブリエルにもみ消してもらうのも大変なのだ。
「わかりました。部隊編成に入ります。
……レプトラ。場所の情報は確定し次第わたしの端末へ送って」
そう言い残すと、シルクコットは部屋を後にした。
「レプトラは情報支援を頼む」
「はい」
これはレプトラの本業なので、文句も言うまいが。
「最後に、レクシーは留守番な」
「ええ!?」
なぜかレクシーは不満の声を上げた。
「なんでですか!?」
「なぜ、って非戦闘要員を連れてケンカしに行ける訳ないだろ」
しかし、アベルの言葉にレクシーは食い下がる。
「ヘリの操縦くらいしますよ? なんでわたしだけ置き去りなんですか!?」
レクシーは言うが、貴重な宇宙艦の艦長を無意味に……本当に無意味に……危険にさらす事などできない。
「なんで、って……むしろ、どこの世界に自分の船から出て、敵を殴りに行くような艦長が居るんだよ?」
「例えばジェイムズ・T・カーク船長は毎週毎週、船から出て大暴れを……」
「誰だよ!?」
一時間後。
結局レクシーは、ルビィの要請により電波観測用のプローブをぶら下げたヘリで、作戦区域の空をぐるぐる回る事となった。
ルビィ曰く、これで作戦区域内で行われる無線通信は傍受できるらしい。
ちなみに、暗号化はコンピュータの演算リソースの暴力で、いくらでも解けるので問題にはならないとの事である。
作戦地域は、港湾地域だ。
エッグは人工天体であるが海がある。
これは、温度と湿度を安定させるために水が貯めてあるだけ、とも言えるがその体積はちょっとした惑星より大きい。
ルビィとシャーベットを従えて飛ぶアベルの視界に、黒い海が見え始めた。
エッグの海の海底部分は、エッグの外穀構造そのものに接している為、熱が宇宙に逃げるので水温は低い。
水温の低い水は黒く見えるのである。
レプトラの事前情報によると、作戦地域の港の平均水深は五〇メートル。
現在エッグもう長らく、海運は行われていない為、港は無人のはず。との事だ。
「熱源……二つ。エレーナとアルカンドスか……」
目の前に開いたホロデッキを見ながらアベルは呟いた。
熱源情報は、海上を飛んでいるであろうヘリからの画像を、レプトラが処理して回して来た物だ。
現代の魔法戦は、データサイエンスの領域である。
事前の情報分析と、過去データに基づく相手の行動予測が勝敗を決定する。
データなしで戦おうというアルカンドスの男気は認めるが、既に時代は出たとこ勝負を受け入れない所まで来ているのだ。
……それが許されるのは、ラーズとかレイルだけなんだよなあ……
「マイスタ・アベル。まもなく作成地域。
お気をつけて」
耳につけたレシーバーからレプトラの声。
その声を合図に、アベルは右手を振った。
後続のルビィとシャーベットへの合図である。
◇◆◇◆◇◆◇
……いよいよ、来た。
ルビィはウキウキだった。
なにしろ、あの正体不明のアベルの全開魔法戦が見れるのである。
興味が無いわけがない。
聞いた話によると、シルクコットはアベルの戦闘を見たことがあるらしいが、不思議な魔法を使ってアルカンドスをねじ伏せて見せたという事だった。
ルビィがそんな事を考えてると、アベルが右手を振る。
高度を下げるという合図である。
アベルは翼を進行方向に向かって立てて、一度高度を上げる。これは速度を落とすための挙動だ。
速度にして、時速六〇キロ程まで減速した後、今度は腹を上に向けて一気に急降下する。
海面ギリギリで引き起こしをかけたアベルは、再び加速して港湾部へ向かう。
海からの強襲を選択したという事だろう。
「ルー……じゃなくて、シャーベット! こっち」
ルビィは、それに連動して進路を左に変針。
この進路だと、内陸側から港湾部に接近する事になる。
これはアベルのアプローチを支援するためのフェイントだ。
今回、ルビィとシャーベットに与えられているミッションは、いたって簡単な物である。
ミッションは周辺警戒と、敵増援があった場合の対処、あとはアルカンドスが逃げないように牽制する事。
書き出してみると多いような気もするが、実質的にはギャラリーを決め込んでいても、どこからも文句は出ないだろう。
実際に、アベルが二人を連れて来たのは、実戦を見せる為であるとルビィは思っている。
この辺りの港湾施設は、A-11と言うらしい。地面にそう書いてある。
使われなくなって随分経っているらしく、クレーンや放置されているコンテナには錆が目立つ。
肝心のアルカンドスは、その港湾部のど真ん中に仁王立ちになって待っていた。
「凄い度胸ね……」
あきれるより関心するレベルであると、ルビィは思った。
なぜ、アベルのような正体不明の上級魔法使い相手に、あれほど堂々と構えていられるのか?
「……で、マイスタ・アベルのカノジョは……どこかしら?」
シャーベットが言う。
言われてルビィもざっと周囲を見てみるが、見当たらない。
仕方ないので、ルビィは手元のモバイル端末を開いて、周囲の情報を確認した。
この情報は、主にレクシーのヘリが送ってくるサーマルカメラの映像である。
気温が低めの現在、誰か居れば熱源で分かるだろう。
実際、それはすぐに判明した。
「あのクレーンの所よ!」
ルビィは指さした。
なんと、錆の浮いたコンテナ用の大型クレーンにエレーナが吊るされているではないか。
後ろ手で縛られて、吊るされているエレーナの負担はどのくらいの物だろうか? そう考えてルビィはギュっと胸の奥が痛くなるのを感じた。
あるいは、厚手のブレザーの上からなら、かかっているロープの負担は少なくなるのだろうか。
「……助けに……」
「ダメ! マイスタ・アベルが突入するっ!」
タイミングが悪い。
突入がもう数秒遅ければ、ルビィ側でなにか陽動が取れたのだが。
要するに、アベルの飛翔速度がルビィの想定より随分速いのである。
……魔力が弱い? 嘘も休み休み言って欲しいわ。
偽らざるルビィの感想はそれである。
高機動の飛行魔法……第二類と言われるが……の最大速度と加速性能は、術者の魔力の絶対量に比例する。
つまり、実力がわかりやすい。
アベルの高機動魔法である《ウォースカイ》のソースコードをルビィは持っている為、ある速度を実現するのに必要な魔力量は大体創造できる。
やはり、この男も高い魔力を持っているのである。




