政治の本質 ドラゴンマスターの場合5
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「ストーカー……かしらん?」
エレーナは言った。
「……俺様の名前は、アルカンドス。ドラゴンマスターの……お前たちの敵だ」
「……っ!?」
膨れ上がるプレッシャーにエレーナは顔をそむけた。
プレッシャーと言うが、実際にはアルカンドスと名乗った男が保護障壁を上げたのだ。
エレーナの手元のAiX2400が、アルカンドスのステータスをはじき出す。
……雷系。攻撃型。
続いて、アルカンドスがコートを跳ね上げて、そこに吊っていた剣を抜き放つ。
「ご丁寧にアーティファクトまで……」
そして、問答無用で襲い掛かってくる。
動きに無駄も迷いもない。
明らかに戦闘経験があると、エレーナは判断。
一人ならおそらく対処できるだろうが、今は非戦闘員であるレプトラが居る。先に逃がさないと危ない。
「《ウィンドグレネード》デプロイ!」
鮮やかなグリーンの輝きを放つ光球がアルカンドスに向かって飛翔する。
「レプトラ! 逃げて!」
この一瞬で、こちらの意思を伝えておく。
こういう事に馴れているのか何なのかは不明だが、レプトラは走り出す。
余計な事を言わないで走り去るのも、ポイントが高いとエレーナは思った。やはりこういう訓練を受けているのだろうか?
そして、レプトラは走り出すのとほぼ同時に、《ウィンドグレネード》がアルカンドスに到着。
「こざかしい」
吐き捨てるようにつぶやき、アルカンドスはその弾道から身を逸らす。
だが聖域の魔法は、それでは避けられないのである。
アルカンドスに一定距離まで接近した《ウィンドグレネード》は、近接信管によって作動。
鮮やかなグリーンは、一瞬で消えてパァンという音と共に破裂する。
近接信管作動範囲でこれを受けるのは、ヘビー級ボクサーに殴られた程度のダメージがあるはずである。
現にアルカンドスはよろめいて、路地の壁に手を付いた。
「また近接信管、って奴か……どいつもこいつも……」
……保護障壁で止まったわね……まあ、いいけど。
《ウィンドグレネード》に限った事ではないが、風の爆発系打撃魔法は、着弾位置から距離が離れると劇的にダメージが減る。つまり近接信管と相性が悪いのである。
もっとも、今回の場合に限って言えば、レプトラの逃げるタイミングを作ってやることが目的だったので、これでいいとも言える。
「……まあ、いい」
ひゅっ、っと剣を振ってアルカンドスは言った。
「邪魔者は居なくなった。エルフの娘」
その言葉と同時に、アルカンドスは剣を振るった。
間合いの遥か外だが、ことアーティファクトに関してはどんな効果があるのか分かった物ではない。
……邪魔者? 居なくなった?
エレーナは一瞬考えてしまった為に、アルカンドスの動きへの反応が遅れた。
左肩に激痛。
「っ!」
AiX2400が保護障壁を叩いた攻撃の正体を伝えてくる。
雷系打撃魔法。ダメージ軽減成功五五%。
つまり本来の威力の半分ほどのダメージを、エレーナは受けた事になる。
この辺りは、術者がなにも考えなくてもコンピュータがやってくれるVMEサマサマであると言える。AiX2400が無ければ、一〇〇%のダメージをもらうところだった。
しかし、今の攻撃で分かった事がある。
アルカンドスを接近させてはいけない。
剣で斬られたら、どれほどのダメージを受けるか、予想もつかないからだ。
さりとて、最大火力で対応する事も難しい。
ほとんど人通りはないとは言え、無人ではない路地。こんな所で大技を使って無関係の通行人を巻き込んだら大変な事になる。
結局、エレーナ側の方針も決まらない内に、アルカンドスが動き出す。
……こういう対応が一番ダメなのは知ってるんだけどね……
魔法使い同士が戦う場合、もっともやってはいけないのは、攻撃することも逃げる事もせずに、その場に留まる事であると言われている。
今がまさにその状態である。
しかし、エレーナとしてはレプトラが安全圏……具体的にはユグドラシル神殿……に逃げ込むまで、アルカンドスを足止めする必要がある。
「《ウォッシュ》!」
《ウォッシュ》の魔法は、短い時間に突風を発生させる魔法である。
どちらかと言うと、奇襲や崩しに使う魔法なのだが、突進してくる相手への牽制にも丁度いい。
風系の魔法というのは、発動後は見えないので地味だが奇襲効果は高い。特にドラゴンは、翼があるおかげで投影面積が大きいので有効だ。
アルカンドスもまた、風系の魔法に不慣れなのか、《ウォッシュ》の効果でよろめく。
普通なら、ここで高殺傷力の魔法を使って追撃したい所なのだが……
《ウィンドリッパー》、《スラッシュエアー》。いずれも一撃で相手を葬る可能性を秘めた打撃魔法である。
しかし、撃てない。
エレーナに迷い。
そもそも、目の前のこの男を倒してもいいのか? この疑問が消えない。
聞いた話によれば、ドラゴンの男は希少動物だと言うではないか。
アルカンドスを撃破することで、エレーナ自身がなんらかのペナルティを食らうだけなら、まだいい。しかし、それがアベルに及ぶような事があってはならない。
……無効化魔法があればいいんだけど……
無効化魔法とは、麻痺や睡眠といった相手を無力化する事を目的とした攻撃魔法の総称である。
しかし、エレーナの手持ちにそんな魔法はない。
センチュリアに置いて、無効化魔法が必要なシチュエーションなどない。だから使えるようにしない。
大体、VMEのデータを作るのもタダではないのである。
結局、エレーナはせっかく作った攻撃の機会を、迷っている内に浪費してしまった。
これは結局、エレーナの実戦経験不足であると、言えるだろう。
故に、その結果は明白。
ただ、敗北するのみ。
《ウオッシュ》の高架から復帰したアルカンドスが、剣を振りかぶりながら間合いを詰めてくる。
あるいはこの瞬間、エレーナには反撃のチャンスがあったのかも知れないが、それは無為に終わった。
「《アークサンダー》デプロイ」
掲げた剣の切っ先に、雷球が出現する。
直後、それは弾けた。
目も眩むような閃光、そして体を貫通していく電撃。
一度保護障壁を貫通した電撃を防御するすべはない。
◇◆◇◆◇◆◇
ユグドラシル神殿から警備スタッフが駆けつけた時、すでにそこには誰も居なかったという。
「……時間にして、二分から三分って所か……見事だな」
アベルは誰にともなく呟いた。
レプトラから、襲撃者出現の連絡が届いてから、五分弱である。
「カメラとかは?」
アベルの言葉に、ルビィが自分のデスクのコンソールを操作する。
「……ダメですね。全部壊されてるみたいです。
どこかのサーバーにアップロードされてないか調べてみます」
「まあ、アルカンドスを名乗ったんだ。雷系の魔法を使ったんだろうな。
電磁波でドカン! だぜ」
右手で爆発を表現しながら、アベルは言った。
「それより、レプトラを早く返して欲しいですね」
こちらはレクシー。
警備に駆け込んだレプトラはそのまま、事情聴取の為に留められている。
もちろん、さっさとアイオブザワールドに戻すように、ガブリエル経由で圧力は掛けているのだが、手続き上ダメな物はダメとの事だ。
「しかし、おかしいな……」
「……おかしい、ですか?
ああ。確かにいくら何でもユグドラシル神殿のすぐ近くで襲撃というのは、あまりにも……」
アベルの言葉にルビィが返す。
だが、アベルが言いたいのは襲撃場所の話ではない。
「いや、そうじゃなくて。
エレーナとアルカンドスの戦力を考えると、悲観的に見ても六-四、現実的には七-三でエレーナ有利って所だ。
普通に戦って負けるとは思えないんだが……」
天井を見上げながらアベルは言う。
「それは単に、敵にどう対処していいかわからなかったのでは?」
「……」
「……」
言われてみれば、確かにアベルはエレーナに対して、敵と遭遇した時どうすればいいか教えていなかった。
初日なので、おいおい教えればいいと思っていたのである。
「しまった!」
エレーナがアルカンドスをどう処理していいか……極論すると殺しても大丈夫か判断できずに、攻撃を控えている内に倒された。
確かに考えられるシナリオである。
ちっ、っとアベルは舌打ちした。
こんな事なら、アルカンドスは撃破しておくべきだった。
何とか手札に入れようとしたのが、失敗だったと言わざるを得ない。
……これはもう、仕方ないな。
この瞬間、アベルはアルカンドスを配下に加える計画を、放棄した。
エレーナとアルカンドスを比較した場合、手札に残すべきはエレーナ。
「……経過はどうであれ、最後にやることは一緒ですよね? マイスタ・アベル」
オフィスの扉を開けて、シルクコットが現れた。
既にボディアーマーとアサルトライフルで武装している。さすがにライフルにマガジンは刺さっていないが。
「まあな」
シルクコットの言う通りである。
アルカンドスを撃破して、エレーナを取り返す。
しかも、アルカンドス側も決戦を望んでいるだろから、状況は極めてシンプルである。
「レプトラが戻ってきたら、作戦会議だ」
「……会議って、マイスタ・アベルがアルカンドスをぶっ飛ばす以外に何かあるんですか?」
ルビィが極めて生産的な意見を述べる。
「ない。
だが、エレーナの扱いに関するすり合わせは必要だろう。いざと言う時に内部で意見が分かれるのは、いただけない」




