戦の本質 九重内閣の場合13
◇◆◇◆◇◆◇
その男が言うが早いか、アベル以外の数名が一斉に反応する。
アベルの両側……右側のシルクコットと左側のエレーナが同時に立ち上がって、右手を腰のホルスターにやる。
シルクコットは左手でアベルをかばう様な仕草をし、エレーナは左手をその男に向ける。これは魔法を運用するための予備動作だ。
エレーナの周囲に一瞬見えた鮮やかなグリーンの光で、アベルはそれを防御魔法であると判断する。
一方で、エレーナの更に左。ルビィもまた立ち上がり、こちらは既にハンドガンを抜いている。
コンペンセイター一体型のレーザー照準器が放つ水色のレーザーが、男の喉の下の方を照準。
同時に、ルビィは銃を持った右手を左手首の上に乗せる形でホールドしている。左の手のひらは男に向けられている。
これも銃と魔法を同時運用する時の構えである。エレーナとの違いはルビィは強力な打撃魔法を選択している事だが。
最後に、シャーベットが左の翼と左手で、レクシーとレプトラの非戦闘員を守る形で立ちふさがっている。
ここまで、男が声を上げてから、一秒未満。
……満足満足。
とアベルは思った。
局地戦を戦う戦力はこうでなくてはいけない。
だが、それ以上に目の前の男は、興味深い。
「私は、アマテラス企画の鈴木と言います。
よろしければ、少々話を聞いていただきたいのです」
鈴木と名乗ったその男は、流暢な竜語を話した。
「……飛び込み営業……って訳じゃないよな?」
アベルは開いていたメニューとぱたりと閉じた。
ふと、ピザ半額の文字が目についた。
「マイスタ・アベル。聞く必要はありません。
何かの謀略に決まってます」
ルビィが声を上げる。
最近、人間に色々されているせいで、すっかり人間不信に陥っているルビィではあるのだが、時世を考えると単純に比較も出来ない。
「まあ、そう言うな」
「この件については、ルビィに同意しますが……」
こちらはシルクコットの意見である。
「こんな胡散臭い営業マンがいる訳ありません」
そして、エレーナ。主力の相次ぐ否定。
まあ、シルクコットにしろエレーナにしろ、アベルを守るのが仕事である以上、余計なリスクを遠ざけたいと思うのは至極当然の反応だろう。
「だから興味があるんだよ」
と両サイドの意見をアベルは否定。
「座ったらどうかな? ミスター・スズキ」
「では失礼いたします」
アベルの言葉に鈴木が従ったので、しぶしぶシルクコットとエレーナも席に着く。
ルビィは立ったままだが、まあ突然暴れ出したりはしないだろう。
「……アマテラス企画。結構古い会社ですね。二九〇〇年台初頭設立となっています」
レプトラが口を開く。
どうやら、鈴木の言ったアマテラス企画を調べていたらしい。
「……二九〇〇年の初頭と言う事は……五〇〇〇週以上前ですね。こりゃ凄い。
独立系で、資本金一千万円。
……いやに資本金が少ないですね……若干税金の動きに不審な点が見られます」
「で、どういった要件だろうか? ミスター・スズキ。
最初に言っておくが、基本的に外部との取引は専用口座開設した上で、ユグドラシル神殿の購買部通して貰わないと決済できないぜ?」
大体アベル自信に決裁権はないのである。
ガブリエルに泣きつけば決済してくれるかも知れないが、それは色々な意味で避けたい。
「いえ。購買いただくような種類の提案ではございません」
「ソリューションの提案か。聞こうか」
アベルが会談モードに入ったのを確認した、シャーベットやルビィ辺りが勝手に料理を注文し始める。
「……オレも、この半額のピザ!」
アベルもまたどさくさ紛れに注文を出す。
ここで喰いそびれると、後数時間は食事にありつけない故、仕方ない。
「まずは……これを」
そういうと、鈴木はポケットから折りたたんだ紙を取り出す。
鈴木がポケットに手をやった瞬間、シルクコットとエレーナがそれぞれ反応したが、特に何もしない。
「これは?」
それを受け取り、開く。
「……へえ?」
そこに書かれていたのは、色々な意味で驚くべき内容だった。
「すげえな。こんなの見せたら殺されるとか思わないのか?」
見た目に対してあまりにも豪胆な、鈴木に対してアベルは率直な感想を述べた。
「それは大丈夫。そんなことをしない人物を……失礼。ドラゴンを選んできていますので」
紙に書かれていたのは、要するにクーデター計画を知っているぞ。という事である。
それ自体は事実であり、アベルとしても別に否定に値しない。
クーデター計画の事を鈴木が知っている事自体は、驚くには値しない。
注意深く調べれば、ガブリエルがマザードラゴンと対立する関係にあるのはすぐにわかるからだ。
「……なかなかキモが据わっている」
アベルは苦笑した。
「じゃあ、本題に入る前にこっちからも一言いいか?」
「どうぞ」
「ここに居る囲みの連中は、この事を知らない。
そこの所、配慮してくれ」
「それはもちろん。
……では、本題に入っても?」
アベルは頷いた。
鈴木は得体の知れない男だが、アベルの予想ではどこかの国のスパイであると推定される。
普通に考えれば大日本帝国という事になるが、そういうことを決めつけるのは良くない。
「まず、我々はドラゴンマスターと接触を持ちたい、と考えています」
……我々、か。
アベルは、その言葉を反復する。
「つまり、ドラゴンマスターがエッグから出てこないから、オレを連絡員にしよう、と?」
「そうですね」
鈴木は臆面もなく答える。
「なるほど。で、オレが連絡員をすると、どういったメリットがあるのかな?
タダ、って事はないんだろう?」
これは当然であろう。ガブリエルと接触したい鈴木にとってアベルは唯一の抜け道である。
ついでに、鈴木にはおそらくそんなに時間がないのではないか、とアベルは考える。
理由は簡単で、アベルはもっと少ない人数でエッグフロントをうろうろしている事も多い。
普通に時間があるなら、そういったタイミングを待つだろう。
アベルとしては、別に鈴木から何かをもらったりしようとは思っていない。
欲しいのは、鈴木が提案する『メリット』の情報そのものである。
鈴木は一瞬考えた後、口を開く。
「……例えば、聖域に展開するアメリカ軍の管底リスト、などでは?」
「なに?」
その提案は予想外である。
「そんな物が手に入ると? ミスタ・スズキ」
横から、口を挟んできたのはレクシーである。
「どうぞ」
あっさりと、鈴木はレクシーの方に茶封筒を渡す。
「ああ。これはサービス……いえ、無料お試しのサンプル、と考えていただければ、と」
「空母『ヨークタウン』『エンタープライズ』『ホーネット』『レンジャー』……
『サンガモン』級が四隻……戦艦『ワシントン』『ネバダ』『ウェストバージニア』……その他、中小型艦に補助艦艇……」
そこに羅列されているであろう、侵略部隊の船の名前を読み上げて、レクシーは唸った。
「……戦艦の種類からして、この艦隊はハズバンド・キンメルの艦隊?
ミスタ・スズキ。どうやってこれを!?」
レクシーが顔を上げ、熱のこもった目で鈴木の方を見る。
「凄いのか?」
「船の名前から司令官を類推したレクシーが」
アベルが隣のエレーナの脇をつついてそう聞くと、エレーナは答えた。
「ふうん。
……でもよ、それって全部戦闘艦だろ? 空母で惑星への揚陸、ってできるもんなのか?」
「いえ。惑星への揚陸方法はいくつかありますが、米軍の場合は揚陸艇と揚陸艇母艦を組み合わせて使うのが一般的ですね。
……聖域に展開している艦隊の中に揚陸艇母艦『ミッドウェイ』『クリスマス』といった船が見受けられます。
こいつらが、物資と人員を揚陸したんでしょう。
ひょっとしたら、他にも人員輸送船が居るかも知れませんが……」
レクシーは船のリストが書いた紙をアベルの方に見せて、言った。
驚くべきことに、その紙には竜語に船の名前が羅列されているだけであった。
つまり先ほどからレクシーが喋っている事は、全てレクシーの記憶を元に組み立てられているという事だ。
……本当に船が好きなんだな……
好きこそものの上手なれ、とはよく言ったものである。
「それはそんなに凄い物でもありません」
鈴木はレクシーに向き直り、言った。
「半年もアメリカ軍の主要な泊地を観察すれば、居ない船はおのずと特定できます」
なるほど。確かに鈴木の言う通り、理屈は簡単である。
しかし、それを行うには、膨大なコスト……具体的には人手が必要なはずだ。
つまり、鈴木のバックボーンはそれが可能な組織、と言う事になる。
「レプトラ、ルビィ。どう思う?」
「……おそれながら、こんな情報をでっち上げるのは簡単です」
レプトラが言う。
「どのみち、第三者が検証する事が出来ない情報なので、嘘を書かれていてもわかりません。
レクシー並みにアメリカ海軍の知識があるなら、それっぽい編成をでっち上げるのは簡単かと」
「わたしも同意です」
レプトラの言葉にルビィも賛同する。
確かに、二人の言う通りである。検証はできない。
いや。
アベルは、レクシーの示したリストの一行に注目した。
「……クリーブランド……?」
確か、聞いたことがある名前だ。確かあの日、脱出船で聞いた、エージェント・クロウラーの叫び声。
「レクシー……いや、誰でもいいけど、クリーブランドって船の映像出せるか?」
「随分前の、週間『世界の軍艦』の3Dデータが確か……」
携帯端末を弄りながら、レクシーが呟く。
週刊『世界の軍艦』の事も若干気になるし、随分前のそれをなぜレクシーが持ち歩いているのかも気になるが、欲しい情報がすぐに出てくるのはいい事である。
「あったあった。
マイスタ・アベル。どうぞ」
レクシーが身を乗り出して、アベルの前に携帯端末を置く。
その携帯端末の上に、長さ三〇センチほどのスケールで、一隻の船が映し出される。
「……っ!」
その船の姿を、アベルは知っていた。
「こいつは……聖域に居た船だ……」




