戦の本質 九重内閣の場合12
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鈴木は、表向きは商社マンであるが、実際には違う。
内閣調査室付きの、エージェントである。
「滞在目的はビジネス、輸出入業務……でよろしいですね?」
ここはエッグフロントの入国審査窓口である。
イギリスやドイツは協定により、エッグフロントへはビザなしで入国できるのだが、大日本帝国の場合はそうは行かない。
今回、鈴木はビジネスビザでの渡航である。
「はい。その通りです」
エッグフロントの入国審査は、全体的に甘めなのは有名な話だ。
これは、国としてのエッグがあくまでエッグ本体にあって、エッグフロントは出島として扱われているからだと言われている。
入国を済ませた鈴木は、内調が用意したダミー会社を目指す。
移動手段には事欠かない。
エッグフロントは人口の惑星であるが故、綿密な都市計画が行われた上で作られているのだ。
宇宙港から伸びているメトロの一路線を十分程行けば、株式会社アマテラス企画の事務所である。
事務所は少し古い雑居ビルの三階にあった。
株式会社アマテラス企画自体も内調が用意した貿易会社であり、その社員は言うまでも無くない調のエージェント。
「あっ、鈴木さん。お疲れさまでーす」
事務所を入ると、若いワイシャツにネクタイ姿の男が声を掛けて来た。
「佐々木君か……早速、情報を聞きたいが……」
「長旅でお疲れでは?」
「なに。快適な船旅でかえって体が訛ったくらいだ」
今回、内調が用意した船『竜飛丸』は、去年就航したばかりの大型貨客船だった。
「ははは。そりゃよかったですね。自分の時は、体中痛くなって……
では、説明いたします……会議室でお待ちください」
鈴木が会議室に入って荷物を置くと、すぐに佐々木が戻ってくる。
「最近はどうだね?」
「……そうですね……オーウェン=サイラースのオーストラリア船事件以降、アイオブザワールドの動きが活発化しています」
鈴木としては、佐々木の近況を聞いたつもりだったのだが、佐々木は監視対象のアイオブザワールドの事を答えた。
「オーウェン=サイラースの件か……」
それでも、オーウェン=サイラースの事件の後動きが活発化した、というのは興味深い。
オーウェン=サイラースのオーストラリア船事件というのは、約二カ月程前に超光速機関のトラブルでオーストラリア海軍の船がエッグ領に落下した事件である。
他国の軍艦が、エッグ最大の食料生産基地とそのコロニーに至近距離に出現したのは、エッグ以外の国にとっても驚くべき事件だった。
結局、事件そのものはオーストラリアの宗主国であり、エッグと同盟関係にあるイギリスの仲介で幕を閉じた。事になっている。
普通に考えてそれで終わりとは思えないが、諜報大国のイギリスはもとより、エッグ側からも情報は全く漏れてこない。
「しかし、なぜオーウェン=サイラースの後、活発化する?
やはり、見えない所でイギリスが動いている?」
「それは……現地点では不明です。MI5やMI6が関わってるなら、そうそう情報は漏れて来ません。
よしんば漏れてきても、それは意図的なリークの可能性があるので、おいそれとは信じられません」
MI5、MI6というのは、イギリスの諜報機関の名称である。人類史上最も優秀と言われる諜報機関だ。かのジェームズボンドもMI6の所属である。
「……まあ、取り合えずその話は置いておこう。
『例の件』に関わる主要なドラゴンはどうなっている?」
「当のガブリエルは、エッグから出てくる気配は全くありませんね。
出てきたとしても、エッグフロントの基地区画の中に居る為、コンタクトを取ることは困難です」
「話が分かりそうな側近はどうだ?」
佐々木は手元のホロデッキを起動して、いくつかの資料を表示すると話を続ける。
「まず、ユーノ・モスです。ガブリエルの腰巾着などと言われていますが、その発言力は絶大でありガブリエルの信頼も厚い……ですが、こちらもエッグから出てくる気配はありません」
「ううむ」
鈴木は唸った。
エッグにはドラゴンしか入れない、というのがこういった時に重く効いて来る。
しかもエッグは、内面利用型のダイソン球であるため、密かに上陸する事は困難である。
何より、エッグはドラゴンの国である。ドラゴン以外が居れば目立つことこの上無いだろう。
……全く本国も無茶を言ってくれる。
鈴木は毒付いた。
「次にワーズワース・グリムロックですが、こちらに至ってはユグドラシル神殿から動く気配すらありません」
ホロデッキには、UNKNOWNと書かれた黒い人の輪郭が表示されている。
つまり、容姿すら不明という事だ。
「最後にシャングリラですが……」
一変して、ホロデッキに金髪の優男が映し出される。
「こちらは、エッグを遠く離れているようです。
正確な位置は分かりませんが、メロウリークという星系で何かやっているようですね……
ちなみにメロウリークはここから二千光年程離れています」
やっと外に居る関係者が出てきたと思ったら、今度は二千光年彼方とは恐れ入る。
他にアプローチが無いなら、シャングリラに会いに行くしかないのだが、二千光年は遠すぎる。
普通に航行する船で向かっても、二カ月やそこらはかかるだろう。
着くころには居なくなっている公算が高い。
「……側近は全滅か……」
顎に手をやって、鈴木は唸った。
「いえ、実はもう一人居るんです」
佐々木は端末を操作する。
「ドラゴンナイトやドラゴンプリーストではないんですが……」
ホロデッキには、くすんだ灰色の髪をしたドラゴンの男が映し出される。
しかし、鈴木が刮目したのはその男の翼の色だ。
「この翼の配色は……もしや?」
その男の翼の色は黒と銀。
ガブリエルの右の翼と同じ配色……というより同じ色。
「身内なのか?」
「その様です。一年ほど前に突然現れました。
名前はアベルと言います。エッグフロントでもよく目撃されてますし、普通にレストラン街で食事している様子も見られます」
ホロデッキの写真が切り替わって、数名の女を連れているアベルの写真が映し出される。
「……おい。まさか。
この女、レクシー・ドーンじゃないか?」
「さすがは鈴木さん。聖域守護艦隊のレクシー艦長です」
「ううむ」
再び鈴木は唸った。
レクシーと言えば、ユーノ・モス配下にあって最新鋭の『ブラックバス』級巡洋艦を受領した最初の艦長のはずである。
それが、アベルについて回っているのはどういう事だろうか?
無論、ただの人事異動という可能性もあるのだが、そうでないなら……
「よし、この男にしよう。
予定を調べてくれ、わたしが会って来よう」
「仰木君、そこの角で止まってくれ」
鈴木は車の運転をしている部下にそう告げた。
アベルがエッグフロントに現れたのは、十二月末の事だ。
もっとも、それは地球の暦の話であるので、エッグでは関係ないのだが。
「終わったら連絡する。一キロ以上は離れて待機していてくれ」
「はい」
鈴木が車を降りると、仰木の運転するワンボックスカーが走り去る。
この辺りはエッグフロントの官庁街である。
アイオブザワールドの施設も近く、それを目当てにした飲食店や雑貨店などが軒を連ねる。
佐々木が事前に調べた情報によると、アベルは大体昼頃にはこの付近の飲食店に現れるらしい。
「……いたいた。良く目立つ」
鈴木は小さく呟いた。
アイオブザワールドの制服を着た一群が、通りを闊歩している。
女六人、男一人。
アベルを含む三人は、上級魔法使いのローブ、二人は戦術チームの制服、更にバックオフィスのブレザーに艦隊のユニフォーム。
普通、ここまでバラバラの恰好をした集団は居ないので、非常に目立つ。
女六人は女子会のごとく、くだらない話をしながら歩いている。
鈴木エッグに派遣されているだけあって、竜語もばっちりわかる。
聞いた話では、竜語は魔法の言葉なので、これを極めれば魔法が使えるようになるらしいのだが、鈴木が魔法を使えるようになる気配は一向にない。
一行は、なにが食べたいだの、太るだのと言いながら飲食店街を進んでいく。
鈴木の事を警戒する気配は一切ない。
しばらくして、昼食はイタリアンに決まったらしく、一行はイタリア料理の店に入る。
ちなみに、この店はドイツ系のフランチャイズである。
エッグフロントでは、イギリスやドイツの企業をよく見かける。
エッグには相当量の英独資本が入っているのは有名な話である。
「さて、行くか……」
スーツとネクタイを直して、鈴木もドラゴン達を追ってイタリア料理店の扉を潜った。
アベル一向は、店の奥のテーブル二つを占有していた。
資料で知っている顔も居るし、知らない顔もある。
レクシー・ドーン。シルクコット。この辺りは有名だ。
そして、ルビィ・ハートネスト。最近、活発に動き回っている魔法使いである。
これ以外に、ルビィと同じデザインの魔法使いの式服を着た、黒髪で緑の翼のドラゴン。
肩にかかる程度の茶髪。こちらはバックオフィスの制服のブレザー姿だ。分析官だろうか?
そして、驚くべき事にドラゴンではない女がいる。
金色の髪に青い瞳、尖った耳。そして、ほっそりとして美人。
エルフである。
鈴木も資料でしか見たことは無いが、この宇宙にはこういう種族も居るのだ。
具体的には大日本帝国に一人居るらしい。
「……失礼します。ドラゴンマスターの弟君のアベルさんとお見受けしますが……」




