帰らざる旅路13
「なってこった。
ドクター・イワキ! すぐにミスター・カツマに話を……いや、直接行く」
ラーズは立ち上がった。
体中は痛いわ、足腰に力が入らないわ。それはそれは無様な歩き様だ。
だが、それでも一刻も早く事態を伝えなければいけない。
「待って! 無茶よ!」
磐城医師は、慌ててラーズを制する。
だが、今回に限りラーズにそれを聞く気は無かった。
「勝間艦長! すぐに医務室に!」
磐城医師がインターコムに向かって叫ぶ。
直接ラーズを取り押さえる。という選択肢があったにも関わらず、磐城医師がそれを行わなかったのは、やはり魔法への恐怖からだろうか?
……オレも政治利用してるな。
そう内心考えたラーズは苦笑した。
「どうしたの!? 突然!?」
「……侵略者は……センチュリアを滅ぼす」
「……つまり、米軍の狙いは聖域の人々……魔法使いだと言うんだね?」
ラーズの前に座り、勝間は言った。
「他に奪える物が思いつきません……
なにより、現状の社会情勢を考えると、唯一納得できる動機です」
ここでラーズの言う社会情勢というのは、磐城医師が言っていた事のみなので、なにか見えていない事実がある可能性もあったが、『侵略者による魔法使い狩り』より最悪な状況は思いつかない。
基本的にセンチュリアの魔法使いは、命のやり取りを行わない。
これは実戦経験がない。というだけではなく、実戦を想定してビルドされていないのである。
「しかし、それならある瞬間に全面降伏するのではないかね?
こう言ってはなんだが、全滅よりはマシなのではないのかね?」
「……長老院は、おそらく降伏しないです。
それに、降伏したからといって安全とは……」
要するに、魔法使いは捕虜になるだろうが、魔法使い以外がどうなるか分かったものではない。
近代魔法はエレクトロニクスやソフトウェアのエンジニア無くして成立しない。悪いことに、これらのエンジニアは魔法使い以外に分類されることが多い。
「侵略者は……魔法関連の知識を持った者と、そうでない者を見分けられると思いますか? ミスター・カツマ」
ラーズの問に、勝間は押し黙った。
「……つまり……
ラーズ君は、聖域の魔法使いは、勝てない戦いを延々続ける、と?」
ラーズは頷いた。
実は、それ以外にも問題がある。センチュリアには『聖女』と呼ばれる最上級の魔法使いが存在する。
『聖女』は強力な魔法使いであるだけでなく、今やセンチュリアではほとんど残っていない、実戦型の魔法使いを含んでいるのである。『聖女』が本気で敵の殲滅のために大規模な儀式魔法を行った場合、侵略者達の地上部隊は甚大な被害を受けるだろう。
しかし、この攻撃が宇宙まで及ぶとは考えにくく、残存している敵がその地点で魔法使い狩りをあきらめた場合、無差別攻撃を始める危険がある。
そうなったら、『聖女』が強かろうが関係ない。ただ虐殺されるのみである。
「……状況が政治的すぎる……
しかし、話は分かった。小沢長官に相談してみよう。どのみち本国の判断が必要だからね」
その翌日、『雛菊』は巨大な母艦と合流。艦隊旗艦に向かって移動を開始した。
この母艦は、巡洋駆逐艦『漣』。全長二二〇メートル。この船は小艦艇の母艦として設計された船であるとは勝間の弁である。
一行は僚艦の海防艦『撫子』『桔梗』と合流した後、超光速飛行を行った。
「航行より、各々。
本艦は、まもなく通常空間に降下予定」
『雛菊』の艦内放送が、そう告げる。
すでに、ここまでに二度『雛菊』は超光速飛行を行っているが、通常空間に降下するからといって何かが起こるわけではない。
ほどなく、視界を埋める閃光……ラーズは前回気づいたが、目を閉じていても閃光が見える……と破裂音を伴って、『雛菊』は通常空間に降下した。
「もうすぐ、四航艦の基幹艦隊が見えてくるわ」
磐城医師は、ラーズの髪を梳かし梳かししながら言った。
「こんなにキレイな髪……うらやましいわ」
ケガは自動回復ですでに完治したラーズだが、それ以外は酷い有様だったので、シャワーを浴びて清潔な服を与えられた。
ラーズの髪は本来の美しい亜麻色を取り戻していた。今磐城医師が言っているように、女子にはよく羨ましいと言われる。
「ん」
と、あいまいに磐城医師に答え、ラーズは窓の外を眺めていた。
方向が悪いのか、『雛菊』の左舷の窓には僚艦の『桔梗』が見えるだけである。
やがて『雛菊』は右の旋回を始めたのが、星空が左に流れたことでラーズには分かった。
「……これは……スゴイな……」
星空をバックに、二〇隻以上の船が浮かんでいた。
その中の一隻、他の船とは全く異なる艦影を持つ船。『雛菊』は、その船に近づいて行く。
「……あれが、四航艦の旗艦『隼鷹』……目的地よ」
正規空母『隼鷹』は、途方もないメカニズムであった。
『漣』も凄まじい巨体だとラーズは思っていたが、『隼鷹』はその倍、全長四四〇メートルにも達する。
やがて『雛菊』は『隼鷹』の右舷に接舷、与圧連絡橋が渡される。
『雛菊』のエアロックを抜けると、そこはもう『隼鷹』の艦内である。
「キレイな船ですね」
「今年の四月に改修されたばかりだからね」
ラーズの言葉に勝間は答えた。
二人は『隼鷹』側のエアロックを抜ける。
そこには、白い詰襟の青年が待っていた。
「ようこそ『隼鷹』へ」
そう言った、青年に勝間がぴっ、と美しい敬礼をした。
青年の方も、敬礼で答える。
「草加参謀長だ。ラーズ君の話を聞いてくださる」
年齢は明らかに勝間の方が上なのだが、この草加と呼ばれた男の方が偉いらしい。
「……草加閣下。こちらが、連絡させていただいたラーズ君です」
「なんと声をかけてよいかわからないが……地球人類が君の文明に迷惑をかけたようだ。
まずその事について謝罪したい」
そう言い、帽子を取ると草加は深々と頭を下げた。
「……そんな、頭なんか下げてもらっても……」
「そうか……ともあれ、会議室へ」
そういうと、草加はラーズをエレベータに促した。
「二二階。会議室」
エレベータに乗り込むと、草加は命じる。
どうやら、エレベータは音声で操作するらしい。とラーズは思った。
それにしても、船が少なくとも二二階立てとは豪儀である。
エレベータの扉が閉じ、わずかに床が震えた。登りエレベータ特有の体が重くなる感覚は感じなかった。これもなにかラーズの知らないテクノロジーなのかも知れない。
……困った事だ。わからないことが多すぎる。
ラーズはそう思ったが、ここで挫けるわけにはいかない。
相手にもわからない事があるのだ。立場は対等である。と考えるしかなかった。
エレベータの扉はわずか数秒で開いた。
『雛菊』が接舷した位置は『隼鷹』のかなり下の方だったことを考えると、結構な高さに上ったはずなので、このエレベータは相当速いことになる。
エレベータの外は、受付のような空間。しかし、カウンターに受付嬢はいない。
「右の扉へ」
草加の言葉に従って、ラーズは歩を進めた。
薄暗い会議室には、二人の男が待っていた。
いづれも白い詰襟姿である。
「四航艦の司令長官小沢だ」
大柄でなんとも厳つい顔の男がラーズを迎えた。
「こちらは、『隼鷹』艦長の貝塚君だ」
「……ミスター・オザワ。
ラーズ・カーマァインツゥアです。話を聞いて頂けると……」
ラーズは言う。
「まあ、掛けなさい」
小沢はラーズに、席を進めた。
草加と勝間はそれぞれ下座の席に着く。
「……自分は立ったままで結構です」
ラーズは、会議室の大窓の方に歩いた。
「……ここに集まった皆さんに、ぜひ本当の事を聞いてもらいたい。
あの日、センチュリア……『聖域』で何があったのかを知って欲しい。
侵略者たちはきっと欺瞞を並べたてて、自らの行いを正当化するだろう。
……しかし、どうか騙されないで欲しい」
胸に手を当てて、ラーズは続ける。
「……どうか、『聖域』を守ってほしい」
ユニバーサルアーク




