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魔法使いたちの宇宙戦争 ~ ユニバーサルアーク  作者: 語り部(灰)
戦の本質 九重内閣の場合

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戦の本質 九重内閣の場合3


 夜半を過ぎた頃。

「……よさそうだ」

 『烈風』の操縦席に座って、手に持ったチェックリストに気づいたことを書き加えながら黒沢は呟いた。

 さすがに最新鋭機で、坂井用にすでに調整が済んでいるだけあって、整備はほぼ完ぺきだ。

「……しいて言うなら、翼の可動部のグリースが多すぎるくらいか……」

 これは工場出荷直後の機体にはよくある事である。

 グリス不足で焼き付いたり異常摩耗したりするくらいなら、多めにつけろという事なのだろう。

 こういった整備も、自分たちの仕事であると黒沢は考えている。

 ……コーヒーでも飲むか。

 チェックリストがひと段落付いたところで、黒沢は時計を見ながらそんな事を思った。

 時刻は既に午前二時を回っている。

 もっとも、午前二時と言っても帝国標準時である。宇宙に昼も夜もないのだ。

 その時、コツコツという足音が聞こえた。

「はて……?」

 この時刻に、誰が格納甲板に用事があるのだろうか?

 まさか、演習中に死んだ航空兵の幽霊という事もないだろう。

 黒沢は『烈風』の操縦席から、少し身を乗り出して、下を見る。

「……931空か……」

 格納甲板に入ってきた人物は、931空のジャケットを着ていた。

 亜麻色の長い髪に紛れて、背中の931空のエンブレムが見える。

 村田中尉は、現在『母鴨』には乗っていない。三菱重工で『烈風』の調整を行っているはずだ。

 坂井も宮部も、髪の毛は短いし、黒だ。従ってこの人物は四人目という事になる。

 ……なんて言ったかな?

 確か、四航艦がエッグ領のリムで拾って来た難民を、坂井がパイロットとして育てているという。

 黒沢が眺めていると、その男はふわりと浮かび上がった。

 格納甲板は重作業を行う時用に、人工重力を弱める事ができる。

 重力加速度がおおむね三分の一になると、相対的に空気抵抗が増して、水の中にいるような挙動になるのである。

 しかし。

「重力の軽減してたか?」

 思わず呟いてしまったが、その声で黒沢の存在に気がづいたらしい。男はスズメ1の操縦席脇のカナード翼の上に降り立つと、黒沢の方に手を上げて見せた。

 黒沢も手を上げて挨拶する。


◇◆◇◆◇◆◇


 スズメ1の操縦席に収まると、ラーズはシステムの限定起動を行う。

「こんばんわ。ご主人さま」

 驚くべき起動速度で、鈴女のアバターが出現する。

「もう深夜ですよ。乙女に夜更かしさせるなんて、悪い人ですね」

「システムの起動早くなったな……

 まあ、オレは人じゃないから」

「システムはまだ起動中です。ブートストラップいじってアバターの描画エンジンと会話用の言語フロントエンドを、優先的にメモリにロードするように変更してもらいました」

 ……それってなにかの起動速度が犠牲になってるんじゃあ?

 とラーズは思ったのだが、そんなことを聞いても仕方ないので、質問は止める。

「ところで、あの『烈風』は?」

「坂井大尉の機体だそうです。

 さっき、制御AIに話しかけたら無視されました。コミュ障ですね。アイツ」

 好き勝手な事を言う。

 そもそも、AIというのはユーザーとのやり取りを重ねていくうちに、キャラクターができるという説明をラーズは受けた。

 ならば、坂井の『烈風』のAIはまだ起動されていないのではないか、とラーズは思う。

 しかし、そんなことはどうでもいい。『サムライ』坂井が『烈風』に乗ったら大変な事になるのではないか? という危機感がラーズにはある。

 『疾風』に乗ってる地点でも、全く歯が立たないのに、これ以上強くなられたら本当にどうしようも無くなるではないか。

「……そういや、外に人が居たけど……あんまり見ない人だったな……

 『烈風』と一緒に赴任してきたのか?」

「黒沢大尉ですね。海軍航空隊の整備兵で、優秀な方ですよ」

「……あとで挨拶しとくか……」

 これから、航空隊としてお世話になるかもしれない。

「ところで、ご主人さま。

 何しに来られたんですか? あまり夜更かしするとお肌に悪いので……」

 鈴女のお肌、というのは『烈風』の装甲の事だろうか?

 あるいは、アバターの肌色が劣化するプラグイン的な物が実装されているのだろうか?

「お肌云々が若干気になる所ではあるが……

 特号装置のリンク情報の更新やっとこうと思ってな。

 なんか、あれ経験上時間かけてやった方が、うまい事動くような気がするし」

「そうですか? 統計データ上は、有意な差は観測できませんが……」

「乱数の偏り、ってヤツだよ」


 十分程経った。

 ラーズが膝に置いたキーボードを叩いていると、突然警報音が鳴った。

「!?」

 一瞬ラーズはなにか、まずい操作をしてしまったのかと慌てたが、そうではなさそうだ。

 警報は、格納甲板の壁のスピーカーからである。

「……国籍不明の航空機接近中。警戒を厳となせ。

 これは訓練ではない。繰り返す。これは訓練ではない」

 スピーカーはそう告げる。

「国籍不明機ですか……物騒ですね」

 鈴女が完全に他人事の口調で言う。

「緊急発進命令出るかもしれないぜ?」

 ラーズが言うと、鈴女のアバターが首を振った。

 思わず見逃しそうだが、髪の毛の描写など、恐ろしくリアルな挙動である。

「……931空実験飛行隊へ課命! 『疾風』搭乗員は機体に搭乗の上、待機。繰り返す。『疾風』搭乗員は機体に搭乗の上、待機」

 ほとんど間を置かず、スピーカーが告げる。

 今の声は、『母鴨』の村下艦長の声ではなかった。おそらくトリトン海軍基地の司令官クラスだろう。

「ほら来た!」

 ラーズは言う。

「『疾風』をご指名ですよ。わたしの出番はないですよ」

 鈴女がそんなことを言っていると、格納甲板に坂井が駆け込んでくる。数秒遅れて宮部。

「黒沢さん! 俺の『疾風』は!?」

 坂井が叫ぶ。もう飛びたくて仕方ない。と言った風情だ。

 その横を駆け抜けて、宮部が自分の『疾風』に駆け寄る。

「坂井か……。

 ダメだダメだ。今『烈風』の火入れをしとるんだ! 『疾風』は動かせん」

 腕を組みながら、黒沢が答える。

「えー。なんでだよ?」

「おまえさんの『烈風』が『疾風』の前を塞いどるだろうが。で、『烈風』は動かせない。だから『疾風』も出せない。OK?」

「OK? じゃなくて。早くどけてくれ……いや、『烈風』で出る。いいよな?」

「ダメに決まっとるだろうが。海軍の最新鋭機を国籍不明機に見せてどうする?」

 至極もっともな意見である。

「発艦可能な『疾風』は待機甲板へ。繰り返す。発艦可能な『疾風』は待機甲板へ」

 再びスピーカーが告げる。

 この展開の速さを考えると、国籍不明機は結構なスピードで近づいている事になる。

「イエーイ! 隊長、お先に失礼しますよー」

 宮部の乗った『疾風』が、台車に乗ったまま進み始める。

 今の所、宮部のチョウゲンボウ1は『母鴨』で唯一の発艦可能な機体である。

「オレも行きたいなー」

 誰にともなくラーズは呟いた。


◇◆◇◆◇◆◇


 『疾風』の与圧殻が閉鎖され、目の前のコンソールに灯がともる。

 宮部は最初、『烈風』の受領が一番最後になると聞いて拗ねていたのだが、こういう役得もあるという事だ。

 現在、『母鴨』に搭載されている機体で、『烈風』以外の物は二機しかいない。

 宮部の『疾風』と村田の『彗星』である。もっとも『彗星』はあっても村田本人が『母鴨』に乗っていないのだが。

「チョウゲンボウ1から『母鴨』管制。国籍不明機の情報が欲しい」

 『母鴨』は練習空母であるので、個艦での索敵能力には限界があるが、幸いここは基地航空隊の管轄空域である。

 基地からの情報が貰えるだろう。

「こちらは『母鴨』管制。チョウゲンボウ1了解しました。情報を転送します。

 若い女性の声。

 ……おお。オペ子だ。

 などと、どうでもいい事考えながら、宮部はヘルメットをかぶった。

 その間に、『疾風』は格納甲板から待機甲板にエレベータで引き上げられる。

 待機甲板というのは、艦載機用のエアロックである。

 宮部以外に発艦する機体は無いはずなので、エレベータがロックされるとすぐに甲板の減圧が開始される。

 同時に『疾風』は後ろ剥きにひっぱられて、艦尾側のエレベータまで移動された。

 このエレベータを登れば、その先は飛行甲板である。

 下から順番に、格納甲板、待機甲板、飛行甲板。この構成は帝国の空母なら、正規空母から練習空母まで変わらない。

 ……飛ばせてくれるかな?

 帝国標準時とは言え、夜半に起こされたのだ。どうせなら飛びたいと思うのが飛行機乗りと言うのものだ。

「チョウゲンボウ1。こちら『母鴨』管制。データを転送します。

 また、上空待機命令が出ました。問題ありませんか?」

「こちらはチョウゲンボウ1。問題なし。いつでも飛ぶぜ」

 そう答えながらも、宮部の指はコンソールの上を滑らかに滑る。

 ……対空噴進弾二発。自衛用の多目的噴進弾二発。二八ミリ機関砲弾七〇〇発。各種妨害装備よし……

 『疾風』を空母に格納する時の標準的な装備である。

 燃料が三〇%ほどしか入っていないのは若干気になるが、トリトン海軍基地も近いので問題はないだろう。

「了解しました。チョウゲンボウ1。

 まもなく、飛行甲板に上げます」

「チョウゲンボウ1。ヨーソロ」


 宮部はエレベータを上りきる直前に見える風景が好きだ。

 空母の飛行甲板は地平線で、その向こうに見えるのは無限の大海原だと宮部は思っている。

 この思いは、初めて空母『飛龍』から飛び立ったあの日からずっと変わらない。

 戦術情報によると、『母鴨』の現在位置はトリトン海軍基地から見て海王星の裏側に当たる。

 通信は海王星の衛星軌道に投入されている通信衛星を経由しているので、問題ない。

「主翼展張」

 宮部は左手で、スロットルレバーの奥の防火壁に取り付けられたスイッチを操作する。

 真上に折り曲げる形でたたまれていた『疾風』の主翼が、開き本来の姿に戻る。

 翼の構造物がロックされるのと同時に、制御AIが翼の操縦翼面の動作テストを行う。

 無論、真空の宇宙空間で翼の操縦翼面は関係ないのだが、これは離陸発艦手順なのだ。

「チョウゲンボウ1。こちらは『母鴨』管制。トリトン海軍基地司令から発艦命令を受信しました。

 チョウゲンボウ1は、国籍不明機に接触。詳細を報告するようにとの命令です」

「チョウゲンボウ1。ヨーソロ。

 『母鴨』管制。交戦許可は出たのか教えて欲しい」

「交戦許可に関しては、身に危険を感じた場合にのみ許可する。となっています。

 命令書がまもなく転送されると思います」

 はきはき答える良いオペ子だと宮部は思った。

 やはりオペ子はこうでなくてはいけない。

「チョウゲンボウ1。了解した。

 発艦許可願う」

 数秒の後、宮部の『疾風』は青黒い海王星に背を向けて、宇宙へと飛び立った。


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