サイラースの魔女2
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「オーウェン卿。また、魔女が出たそうです!」
まだ若いドラゴンであるオーウェン家の当主、アルフレド=オーウェンに向かってそう言うのは、サイラース1の自治警察の署長である、フロドラである。
フロドラは気の弱そうな小男だが、なかなかどうして優秀な魔法使いであることを、アルフレドは知っている。
「……またか!? で、被害は?」
「女学生が一名、行方不明になっております」
汗をハンカチに拭いながら、フロドラが報告する。
「……やはり、わたしとしましては、エッグ本国に応援を呼ぶのが……」
「バカを言うな」
しかし、アルフレドはそれを強い調子で否定する。
「しかし、オーウェン卿……」
「くどい」
確かに、エッグの本国にこの事件を報告すれば、騎士団が討伐チームを送ってくれる公算が高い。
だが、それはエッグ本国が魔女の存在を知ることを意味する。
政府筋からマスコミにでも話が洩れれば、面白おかしく報道されて、オーウェン=サイラース産の農作物の価格に多大な影響を及ぼすだろう。
「魔女など、ただの都市伝説だ!
大体、そういったことに対応するために、君の自治警察に予算を付けているのではないのかね?」
アルフレドは、ここオーウェン=サイラースでは王であるが、その王座は極めて脆弱だ。
基本的に、その王座はマザードラゴンから貸し与えられただけの物。エッグ側の意向によって、簡単に王座は覆る。
「……わかりました……オーウェン卿。
警ら任務の担当を増やします……」
フロドラはそういうと、席を辞した。
……くそっ。
アルフレドは舌打ちをした。
サイラースの魔女など存在しないはずだ。
いや、確かに過去には存在した。
存在したが、消えた。
……消えていないとでも、言うのか!?
◇◆◇◆◇◆◇
「わたしは、サイラースというとサイラースの魔女を思い出しますね」
コーヒーのカップを傾けながら、レプトラは言った。
「サイラースの魔女?」
聞きなれない単語に、アベルは思わず聞き返す。
「ご存知ない?」
こちらはシルクコット。
朝のミーティング。と、称してアベルの執務室で雑談をしているのだが、本日のお題がこれである。
「知らない。オレ、エッグの事あんまり知らないんでな」
肩をすくめてアベルは答えた。
「シルクコットは……どうせ、この前のテレビで見たんでしょう?」
「あんたもでしょ?」
どうやら、それはテレビで放送される系の話のようだ。
「ええと。サイラースの魔女というのは、連続殺人犯の名前です」
レプトラの言葉を聞きながら、アベルはキーボードを叩いて情報をネットから検索する。
「今から一五〇〇週間くらい前の事で、サイラース街中で八名のドラゴンの少女があいついで殺されました」
「ほう」
少女だけを狙った連続殺人。
一五〇〇週間という事は大体三十年前。なるほど、ネタとしては面白い。
アベルは思った。
もっとも、ドラゴンはほとんど女しか居ないので、字面程の偏りはないとも言える。
「……犯人って捕まったのか?」
「テレビでは……九人目の拉致に失敗した後、姿をくらませて現在に至ると……」
「でも、もうずっと昔の話なんだろ?
どっかで野垂れ死んでるんじゃねえの?」
アベルは当然の疑問を口にした。
「それがですね……」
どうもまだ続きがあるようだ。
レプトラは、話を続ける。
「サイラースの魔女は、サイラース家の夫人だったのではないか、という話がありまして。
夫人は、若さを保つために、若い娘の生き血を啜っていたと実しやかに語られています」
「そりゃまた刺激的な趣味の夫人だな。
でも、なんでサイラース夫人だ、なんて話が出て来たんだ?
サイラース家と言えば、オーウェン=サイラースの王家みたいなものだろ? 陰口とか叩きにくいんじゃないのか?」
「根拠があるんですよ」
シルクコットが事を続ける。
「……サイラース夫人は、原因不明なんですが死亡したんですが……
その直後に、連続殺人が止まったんですよ」
「うーむ」
アベルは唸った。
……何か、あるのかな?
そんな事を考える。
都市伝説の類はいつだって面白い。
「……この件って、オーウェン家にとってもサイラース家にとってもスキャンダルだよな?」
「噂通りなら……ですが」
「面白いじゃん。
ルビィが喰いつくかも知れないぜ?」
「喰いつくかも知れませんが……」
レプトラは声を潜めた。
「一体何を期待してるんですか?」
◇◆◇◆◇◆◇
「ルビィ・ハートネストです。よろしくお願いします」
聖サルバトーレの特進クラス。
白いブラウスに、黒いジャンパースカート。サルバトーレの制服に身を包んだルビィは、精一杯の笑顔を作って自己紹介をした。
ぱちぱち。と適当な拍手が起こる。
クラスは二十人。優秀な魔法使いを集めて、集中的に教育するための学級だ。
……でも、なんでこんなに熱心に魔法使いを育てるのかしらね?
ルビィをクラスの生徒達に紹介したのは、学園長のアブロシアである。
つまり、この特進学級はアブロシアにとっても特別。という事になるのだろうか?
色々な事をルビィは考える。
そもそも、アベルからしてルビィをここに送り込んだのはボランティアではないのだ。
アベルが言っている通りかどうかはわからないが、誰かの意思と思惑が働いているのは間違いないだろう。
「では、ルビィさんの席はそこで」
場所は、後ろ寄りの窓寄り。
机といすは、普通のパイプと木でできた物だ。ルビィとしても初等学校以来久々に見るものだが、この手のものはいつまでたっても変わらない物らしい。
魔法という物が、学問で言うと何に属するのか?
アベル曰く、魔法のプラットホームは電子工学であり、そのプラットホームの上で運用される魔法本体はデータ工学の範疇との事だ。
ルビィ自身、AiX2700を弄ってみて初めて、同じ感想を持った。
……しかし、普通だわ。
すまし顔で授業を受けながら、ルビィはそう思った。
どうも魔法のテクノロジーに関する話は、アベルの方がうまいらしい。
そしてやはりアベルの知識は、先進的であると言わざるを得ない。
「……では、この時の魔力消費量はどれくらいになるでしょうか? ルビィさん。解けますか?」
ぼーっ、っとしていたのを見られたのか、エルム師はルビィを指名した。
「はい」
この辺は、別に難しい事ではない。
……シャルル=マーレー解ね。別に難しい問題でもないけど……
ルビィは、黒板……と言っても、白いホロディスプレイだが……に歩み寄って、電子ペンを手に取る。
シャルル=マーレー解については、VMEの設定データを作る過程で必要になるので、アベルから優先的に教え込まれた。
この方程式自体、ルビィは教えられるまで知らなかった……というか、シャルル=マーレーという名前すら刷らなかったのだが。
「……魔力消費量は……減衰を考慮しないとして、一三.〇一三四……中途半端な数値ですねぇ」
「間違っていますよ。ルビィさん」
「え?」
教師に指摘されて、ルビィは思わず聞き返す。
……計算間違い?
そう思って、素早く再計算する。
「……間違っていないような気がするんですが……
すいません。どこが間違っているのかわかりません」
エルム師の方に向き直って、ルビィはそう聞いた。
確かに、この手のテキスト問題で、回答が中途半端な少数を含むとは考えにくい。間違っている可能性が高そうだ。
「……まず、式の途中に出てくる、定数ですが……
この定数は何ですか?」
「え? シャルル=マーレー第一法則のアレン・ハタム基数ですが……」
「シャルル……? アレン……?」
エルム師は眉を潜めた。
「失敗しちゃったわね」
では、シャルル=マーレーの法則とはなんなのだろうか?
とルビィは考える。
少なくともAiX2700のバイナリ作成時には、このシャルル=マーレーの法則を使っていて、そのデータで魔法は発動する。
つまり、シャルル=マーレーの法則自体は間違っていないのは確実である。
……やはり、マイスタ・アベルは……
「ルビィさん。さっきはご愁傷様」
休み時間である。
声を掛けてきたのは、ルビィの前の席のドラゴンである。
黒の長髪でそこそこ背は高い。翼と尻尾はいずれも緑。
「ミスったわ……えーと」
「ルーシー」
その黒髪のドラゴンはそう名乗った。
「よろしく。ルーシー」
ルビィはざっとルーシーを観察する。
つけているVMEはAiX1200……結構古いモデルだ。苗字がないのは市民階級のドラゴンだから。
サルバトーレの学費払っている以上、それなりに裕福。
特進クラスに居る以上、ルーシーはそれなりに優秀な魔法使いの卵、という事になる。
無論優秀といっても、アイオブザワールドのトップクラスに属する魔法使いたちとは、比べるべくもないのだが。
「ルビィさんは、なんでこんな時期に転校を?」
「……知り合いの貴族の紹介があってね……」
ルビィは視線を外した。
別に、嘘はついていないのだが、真実のすべてでもないし、その真実など話せる訳もない。
「貴族の紹介!? スゴイのね」
ルーシーは貴族の方に食いついたらしい。
もっともハートネスト家自体が一応貴族なのだが。




