ルビィどろぼう18
「もちろん、モス家はいつでも歓迎する」
カインベルグは満足そうにうなづく。
……ここまでで分かった事がいくつか。
モス家は何か独自の方法で魔法使いの卵を見つけられる。
それは、おそらく世間一般で行こなわれている選抜方法とは根本的に異なる。
そしてその方法は万能ではなく、取りこぼしが発生する可能性を内包している。
……こんなところか。
「時に、マイスタ・アベル」
「何でしょう? 卿」
「君は、オーウェン=サイラースを知っているかね?」
「ええ。名前くらいは……」
オーウェン家とサイラース家。農業系の植民惑星を有する貴族の大物で、委任統治領まで与えられている。
アベルの記憶では、モス家とは対立関係も協力関係もなかったと記憶しているが。
「惑星サイラースには、サイラース1というコロニーがあって、そこには修道院がある」
「……?」
ちなみに、エッグに置いて修道院というのは全寮制の大学のような機関の事を指す。別に尼さんが集まっているような所ではない。
「……実は……」
カインベルグはアベルの耳元によると、小声でいくつかの言葉をささやく。
「……えっ!?」
「やはり、興味があるか……。
いや。愉快愉快。
それでは、私は失礼するとしよう。マイスタ・アベル。
きっとまた会う時が来るだろう」
◇◆◇◆◇◆◇
「マイスタ・アベル。お呼びですか?」
アベルとカインベルグの秘密の会談の数日後、アベルの執務室。
その執務室の扉を開けて、ルビィはアベルのデスクに向かう。
相変わらず汚い部屋だ。木製の作業机の上に、電子部品や計測機器が所せましと並べられている。
もっとも、ルビィはそういう雑多な感じは嫌いではないのだが。
「いい話と悪い話と悪い話がある」
触っていたコンピュータから顔を上げ、アベルは言う。
「悪い話、多くないですか?」
顔をしかめて、ルビィが言葉を返す。
「まず。犯罪歴の抹消にてこずってる」
「……いい話を聞かせていただいても?」
早速ろくでもない事を言い始めたアベルに、ルビィはさらに顔をしかめながら答えた。
「残念ながら、今のがいい話だ」
「ええ……」
ルビィが思うに、特にいい要素は無かったような気がする。
「じゃあ、悪い話というのは……」
恐る恐るルビィが聞くと、アベルは心底楽しそうに答えた。
「治安維持ユニットの熱血刑事が、先のスパイの事を嗅ぎまわってる。
ドラゴンマスター経由で圧力かけてるけど、引っ込む様子はない」
「……ひどい……」
「というわけで、エッグをしばらく離れて、身を隠してもらう」
「ええっ!?」
「……あの、魔法を教えてくれると言う話は……」
慌てて、ルビィは事の詳細を確認する。
下手をすると、このまま捨てられかねない。
「それは心配ない。留学してもらう。魔法学院だ」
「……それで、あの……最後の悪い話は……」
だんだん聞くのが嫌になってきたが聞かない訳には行かないのがつらい所だ。
「うん。留学先は八百光年程離れてる。
だがこれは悪い話とは関係ない」
頭痛を覚えてルビィは、その場にしゃがみこんだ。
チンピラの世界でも、こんな理不尽な話はない。
八百光年と言えば、宇宙の彼方である。定期航路を六週間から八週間旅してやっとたどり着くレベルの距離だ。
「まあ、そうふさぎ込むな。
入学祝いにこれをプレゼントしよう」
わざわざルビィの隣まで歩いてきて、アベルは大き目の段ボールの箱を示した。
「……これは?」
とルビィは聞いてみたが、その箱に書いてあるエンブレムを見れば、それが何かは明らかだ。
箱に印字されているのはアヴァロン・ダイナミックのロゴである。ならば、その中身はVME意外にありえない。
「AiX2700……といっても、2400ベースの改造品だけどな」
「……2700……?」
ルビィはその型番の数字を繰り返す。
現在エッグで政府機関を中心に出回っているのは、2400のはずである。
2700など聞いたことがない。
「……こいつが唯一、本物のAiX2700だけどな」
そう言って、アベルは自分が左腕につけているVMEを示して見せた。
言われて見てみれば、アベルのVMEには確かに削り出しでAiX2700の刻印がある。
「……コイツは聖域で作られた、本物だ」
小声でアベルは言う。
「聖域!?」
「……多分、調べてると思うが……アヴァロン・ダイナミックという会社はエッグには存在しない。政府が存在を隠している訳でもない……
アヴァロン・ダイナミックは聖域の会社だ」
「!?」
突然、いままで考えもしなかった情報を与えられて、ルビィは混乱した。
アヴァロンが聖域の会社? 聖域には会社があるの?
そもそもルビィは聖域の事など、今の今まで考えたことが無かったのだ。
「それじゃあ……マイスタ・アベルは……聖域の」
「おっと。それ以上はダメだな。
それより、その古臭いVMEが親の形見とかじゃないんなら、さっさと新型に変えた方がいいぜ?」
ルビィが今まで使っていたVMEは、AiX600である。
これとて、ブラックマーケットでは驚くような値段が付いていたのだが、旧式であることは否めない。
そそくさとAiX600を外して、ルビィはAiX2700を装着する。
「パーソナルデータは、前に計測した奴から生成して入力してある。
ある程度は、自己学習機能があるから放って置いても大丈夫だが……自分でバイナリを調整した方がいいな。
調整値の作り方と、ツールは箱の中に入ってるから確認してくれ。
学院への転入手続きとかで数日はかかるはずだから、調整と魔法のインストールを進めとくといいだろう」
「……その、ありがとう……ございます」
「ありがとうは……無事に帰ってくるまで預かっとくぜ?」
「は?」
さらっと、アベルが言った爆弾発言をルビィは聞き逃さなかった。
「で、最後の悪い話につながるわけだ」
「できれば、繋がらないで欲しいんですが……ダメですか?」
「ダメだな。
諸事情により、オーウェン卿の弱みを握りたい」
これまた酷い話もあったものだとルビィは思う。
しかし、これはまあルビィに取っては専門分野であるとも言える。
「……わたしに現地で情報集めをしろという話ですか……」
自分でそう言ってから、違和感。
なぜ、アベルは最新のVMEを自分に渡すのか?
そんなもの決まっている。戦闘が起こるという想定があるのだ。
「ありていに言えばそうだな。
まあ、気軽にやっていいぜ?」
ルビィは大きな大きなため息を吐いた。
これまでも、きっとこれからもこんなため息は吐かないだろう、というような代物だ。
戦いに負けて捕虜になって酷い目にあう。
なるほど、それは世の中の摂理かもしれない。
ユニバーサルアーク




