ルビィどろぼう17
◇◆◇◆◇◆◇
「……なんなの!? これは!?」
翌日。
朝、自分のデスクでメールボックスを開いたユーノは絶叫した。
尋常ではない量の申請文書が届いていたからである。
「……情報分析官の配置転換の申請……観測班の異動に関する申請……新規登用人事に関する相談……」
差出人はいづれも、アベル=フォン=レインの名前になっている。
……一体なにが……
思わず天井を見上げて、ユーノは呻く。
民族衣装のようなトップスを脱いで、ユーノは端末のメールボックスに向き直った。
アベルに情報収集と分析用のチームを与える際、ユーノは人事権はユーノの手元に残るように手配した。
幸いガブリエルも、それには賛同してくれたため、アベルには現状人事権はない。
よって、アベルが人事をしたいときにはユーノに対して文書で申請する必要があるし、実際今まで時々そういった申請は来ていた。
しかし、今日のこれは多すぎる。
かなり大掛かりに組織を弄るつもりらしい。というのは容易に想像が付く。
そして、その引き金を引いたのは、先の捕獲作戦の成功だろう。
「……しかし、これは多すぎるわ」
メールの中に、組織図が添付されている物見つけ、ユーノはそれを開く。
……派手にいじくり始めた物ねぇ……
「はあ」
とため息を吐く。
しかし、人事関連書類を停滞させるわけには行かない。
下手に停滞させると、アベルから直接ガブリエルに改善要求が出て、人事権を奪われる可能性がある。
いや、あるいは、それが狙いなのか……
どうであれ、今はこの文書の処理に徹するしかない。
「マイスタ・ユーノ。
お取込み中の所申し訳ありません。
お客様がいらしています」
「客? アポは無かったはずだけど?」
執務室の入り口にある受付カウンターにいる秘書の言葉に、ユーノは顔を上げて言い放つ。
「アポなしなんですが……その……」
「……なによ。はっきり言いなさい」
「はい……その、モス卿が……お会いになりたいと……」
「お父様?」
仕事の手を止めて、ユーノは聞いた。
「はい」
「……入れて」
カインベルグ・モスは、モス家の当主である。
ユーノが言っているようにユーノの父親でもあるが、血縁上のつながりはない。
モス家は、優秀な魔法使いを育てて、それを政治中枢に送り込むことで強い発言力を維持している貴族である。
この魔法使いたちは、モス家のドラゴンに関わらず、市民の中からも選抜され、強力な個体は養子としてモス家に迎えられることも珍しくない。
ユーノもそうやって、モスのファミリーネームを手に入れた。
「おお。ユーノ」
秘書に連れられて現れた、初老のドラゴンは口を開く。
カインベルグは白い髪は肩にかかり、青い翼と尻尾を有する。ややシワが目立ち始めたその顔は、覇気に満ちており低く力強いその声には、弱小貴族を怯えさせるだけの迫力がある。
ユーノは席を立ってカインベルグを迎えた。
「すまないな。貴族連絡会議のついでに顔を見て行こうと思ってな。
迷惑を承知で立ち寄った次第だ」
「事前に連絡を頂ければ、すぐに対応しましたのに……お父様」
「わざわざ予定を空けてもらう程の事でもないのでな。
……ところで、連絡会議で面白い噂を聞いた」
どこかいたずらっぽい顔で、カインベルグは言う。
「……噂、ですか……」
ユーノの所感では、カインベルグはそういった無駄な事はしない男である。ここに来たのは文句なく何かの情報収集目的であることは疑いようもない。
カインベルグに応接用のソファーを進めながら、ユーノもその対面に腰かける。
「なんでも、ドラゴンマスターの弟がいると……」
……ああ。その話。
話は大体見えた。
アベルが優秀な魔法使いなのは、ユーノ自身も認める所だ。そして、アベルはおそらく魔法使いとして以上に、優秀な政治家の卵である。
カインベルグが興味を持つのも頷ける。
「マイスタ・アベルですね。
実戦寄りの補助型魔法使いで水系。魔法は防御魔法メインです」
ユーノは簡潔にアベルの魔法使いとしての特徴を話す。
「……防御魔法をメインにビルドしているのか……
面白い魔法使いだな」
長いあごひげに手をやって、カインベルグはうんうんと頷く。
実際の所、アベルがどういった意図をもって防御魔法をメインに据えた魔法使いになったのかはユーノにはわからない。
しかし、そこにセンチュリアのドクトリンが介在している事は間違いないだろう。
「……ドラゴンマスターの弟君は、どこから来たのか……」
嫌な質問だ、とユーノは思った。
もっとも、それは自然に出てくる疑問であることは否定できないのだが。
「申し訳ありません。お父様。
答えられません」
モス家の養子であるユーノは、カインベルグの質問に答える義務がある。
時にそれはアイオブザワールドの機密情報に及ぶこともある。そうやって、モス家は強い影響力を維持しているのだ。
しかし、同時にどうしても漏らせない情報があるのも事実。
この場合、アベルに関する情報が洩れれば、カインベルグ自体の命すら危うくなるのは明白。しかも、その命を狙うのはアベルであり、ガブリエルだ。
最悪、この二人ならモス家の全戦力を正面突破しかねない。
「最高機密の類、というわけか」
「申し訳ありません。お父様」
ユーノはそう繰り返す。
「聞かない方がいい。そういう事だと思っておく事にするよ。愛娘ユーノ」
カインベルグはユーノを軽くハグして見せた。
「ありがとうございます。お父様」
◇◆◇◆◇◆◇
「ベンチの隣、よろしいですかな?」
ユグドラシル神殿の中庭、ベンチと芝生の公園のような場所である、
アベルは少々遅い昼食のサンドイッチを食べながら、教育機関に関するレポートに目を通していた訳だが、唐突に声を掛けられたのだ。
「えっ……ああ。どうぞ」
カバンを足元にやって、アベルはベンチの左側を空けた。
「では、失礼」
ベンチの横に腰かけたのは初老のドラゴンだ。
いかにも貴族然として、威厳があって隙がない。
「失礼ですが、マイスタ・アベルとお見受けするが……?」
「……そうですが……あなたは?」
「おっと。名乗るのが遅れました。わたしはカインベルグ・モスと申します」
老人は軽く会釈をした。
……カインベルグ……?
どこかで聞いたようなその名前を、頭の中で繰り返しながらアベルは記憶を掘り起こす。
なにしろ、エッグに来てからこっち、覚えることがあまりにも多かった為、思い出すのも一苦労なのだ。
「……カインベルグ……モス? モス家!?」
なんという事か、いきなり貴族のビッグネームである。
「いかにも」
そう言って、カインベルグは笑った。
一見好々爺と言った風情だが、そんな訳はない。
相手は、エッグきっての政治家である。
しかし、アベルとしてもいづれ会わないといけないと思っていた相手。
ここでこうやって出会うのも、悪くはない。
「なに、そう警戒なされるな。マイスタ・アベル」
そうは言われても、警戒しない、など言う事は不可能だ。
「……自分に、どのような要件で?」
ざっと、アベルは思いつく案件を頭の中に浮かべる。
やはり一番ありそうなのは、先のルビィ関連で無茶した事だろうか?
そうなると、脅迫か交換条件か……
表情は全く変えず、アベルは考える。
「なに。ドラゴンマスターの弟。どのような男か興味があった……それだけの事」
……つまりそれだけじゃない、ってことか。
ならば、こちらも欲しい情報を漁らせてもらおう。
アベルはそう考えた。当然である。一方的に腹を探られるのは面白くない。
「それならば……モス卿。
こちらからの質問、よろしいですか?」
アベルが興味があるのは、モス家が優秀な魔法使いを独自に集めているいる。という事実だ。
しかし、カインベルグはおだてたりしたごときで、ペラペラ喋ってくれるような相手でもない。
「……答えられることなら、なんなりと」
だから、アベルは直球で行くことにした。
「ルビィ・ハートネストという魔法使いの名前に心当たりはありますか?」
これである。
カインベルグの答えがイエスでもノーでも、それ以外でもアベルに取って有意な情報が引き出せる質問。
「ルビィ……ハートネスト……
……おお。ハートネスト家の……よく知っておる」
アベルの予想に反して、カインベルグはあっさりと知っている事を認めた。
「あれは惜しい事をした……」
「惜しい?」
どれもこれもアベルの予想するリアクションと異なる。
「よろしければ、詳しい話をお聞かせ願えますか? 卿」
「……ふむ。まあよかろう。ドラゴンマスターの弟に貸しを作っておくのも、良い。
さて、どこから話してやろうか……」
どこか楽し気に、カインベルグは宙を仰いだ。
「あれは今から七百週程前の事になるか……」
一年は五十週間くらいなので、大体十四年前か。とアベルは考える。
どうもエッグには、年や月という単位は無く、何週間という風に数えるらしい。
「ハートネストの家に優秀な魔法使いの特徴を持った魔法使いが生まれた、という情報が入って来た」
これは、面白い情報だ。とアベルは思った。
この情報には価値がある。
「しかし、ハートネストにその子を教育する資産など無い事は、明らかだった。
既にハートネスト家に資産は無く、崩壊も時間の問題であることは明らかだった」
「ふーむ」
アベルは適当に相槌を打つ。
「そこで、モス家の養子にしないか、という話を持ち掛けた。
無論、代価を取ろう、などと思ったわけではない。ただ純粋に優秀な魔法使いを育てたかっただけなのだが……」
代価はその子供だろ。とか思わず言いそうになったアベルだが、そこは言葉を飲み込む。
「しかし、ハートネストはそれを断った。
モスの傘下に入る気はない。とな」
普通はそうだよな。とアベルは思う。
……でも、それで魔法使いになれず、グレた。と。
なんというか、悲惨な話である。
これが、貧困家庭から天才は生まれない。という奴か。とアベルは思った。
しかし、ここでもやはりモス家はルビィを見つけていた。
ルビィが十数年の時を経て、アベルの前に現れたのは完全な偶然であることを考えると、ピンポイントで魔法使いの卵を見つけるモス家はやはり独自ノウハウを持っているのは確実であると言えそうだ。
「……話は変わりますが、モス卿」
となると、もうルビィの話はどうでもいい。アベルにしてみれば、もう終わった話だ。
これ以上話を聞いても得られるものはない……正確には、カインベルグは何も得させてくれないだろう。
「仮の話ですが」
「うむ」
カインベルグは鷹揚に頷いて、アベルに話の続きを促す。
「モス家は優秀は魔法使いを養子として迎えている、と聞き及んでいます」
「いかにも。
ドラゴンマスター配下のユーノ・モスなどが有名だ」
「……もし、アイオブザワールドが……いや、もっと言うなら自分が、市民階級の中から優秀な魔法使いを見つけて、モス家に紹介したとして……」
「おもしろい。そういう提案を待っていたのだよ。マイスタ・アベル」
相互利益を得られる関係。と言う奴だろうとアベルは思った。いわゆる、WINーWINというやつだ。




