帰らざる旅路1
かつて栄華を極めた魔法王国キングダムが失われて三四〇年。
しかし、キングダムの残滓たる魔法使いたちが失われることは無かった。
◇◆◇◆◇◆◇
バシャバシャという音を立てて、カメラのフラッシュが焚かれる。
数台の消防車と救急車。そして、激しく炎を上げる民家。
「また無茶なことを……」
写真を撮りまくっているマスコミを避けるように立っているエルフ娘は呟いた。
美しい長い金髪に、切れ長の藍の瞳。長身。少女と大人の境界に居るもの特有のオーラのような物がある。
紺のブレザーとダークグレーとダークグリーンのチェックのスカートといういで立ちだ。
名はエレーナという。
彼女が言うところの無茶な事、というのは燃え落ちようかという民家に突撃して行った、馬鹿な男達の事である。
そう、達。である。二人居る。
と。
燃え上っていた、民家の扉が内側から蹴り破られた。
同時に火事の熱気を忘れる程の冷気が流れ出す。
この国……ダイダリニアの夏は短いが、この冷気は不自然である。
されが魔法の力であることは、この世界の住人なら誰でも判ることだ。
噴き出した冷気に続いてその主が、燃え盛る民家から歩み出る。
くすんだアッシュグレイの髪、琥珀色の瞳。
灰色のトップとボトムのポイントポイントには、青と金の文様が入っている。
「……アベルだ」
「アベル=フォン=レインが出てきたぞ!」
カメラマンが騒ぎ出す。
「イエー」
と投げやりな声を上げてアベルは適当にガッツポーズをとって見せた。
そして、アベルが完全に姿を現す。
その背から生えた、巨大な竜の翼と尻尾。炎になびく橙のマント。
魔法によって保護されていたのだろう、アベル自身にも服にも焦げ目どころか煤一つ付いていない。
アベルはドラゴンであり、水と氷の魔法使いである。
「消防士さん!
けが人を、頼みます」
近くにいた、消防士に向かってアベルは声をかけた。
腰の後ろの方……要するに尻尾で抱えていたのだろう、少年を消防士に差し出す。
「……はい。受け取ります。
あと、よろしければ握手を」
「やけどはとかの外傷は適当に魔法で治しておきました。
煙は吸ってるかも知れないんで、検査は頼みます」
握手に答えながら、アベルが消防士に少年を渡さずに一時停止しているのはマスコミ用のアクションだろうか? とエレーナは考えたが、頭痛がしてきたので考えるのを止めた。
「やあ」
隣から唐突にかかった声に振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。
コイツの名はレイル=シルバーレイク。一言で言うと敵である。
ジーンズ生地のトップとボトムで、艶のない金色の錫杖を抱えている、黒髪の魔法使いである。
いつもは、白いマントを羽織っているのだが、今日は着けていないようだ。
情報では今年十三歳とのことなのだが、これでいてアベルより上位のランカーだと言うのだから、恐れ入る。
無論、ランク外のエレーナから見れば遥か雲の上の存在と言える。
「なんでクラウン陣営の奴がこっちに居るんだよ?」
「なかなか戦闘開始の合図が出ないんでね。
見に来たんだよ。アベル」
アベルの方に向き直り、レイルは答える。
「……それより、ラーズは?」
「ああ。なんか二階の方に行ったな。
足音がした。とか言ってたけどな」
レイルの後ろを通り過ぎながらアベル。
ちなみに前情報で取り残されているとされていた少年は、アベルが抱えて出てきた少年である。
つまり燃えている家はもう無人のはずだ。
そして、そのアベルの言葉に答えるように、メキメキという音を立てて炎上していた民家が崩壊を始めた。
直後。あるいはほとんど同時に、赤い光が一閃。瓦礫と炎を一瞬で吹き飛ばす。
「……いやー。アツイアツイ」
どう聞いても熱くなさそうな声を上げながら、炎の中から一人の人物が歩みだしてきた。
熱風に弄ばれる長い亜麻色の髪とびろうどのマント。灰色と赤を主体とした服。
名はラーズ。エルフの魔法使いであり、レイルとトップランカーを争うほどの使い手である。
「おー。レイルまで来てたか。
あとアベル。置いてきぼりはヒドイぜ」
アベルの隣を抜けながらハイタッチを交わす。
「……消防士さーん。
こっちの怪我人も頼むわー」
ラーズは言いながら、胸元に手を突っ込んで中から一匹のネコを引っ張りだした。
アベルは確か、ラーズが二階から足音がしたと言って、どこかへ行ったと言った。そして、ラーズは二階からネコを助けて戻ってきた。
つまりラーズは、燃えている家の中でネコの足音を聞き分けた事になる。
「……ヒドイ話もあったものだわ」
エレーナは呻いた。
エルフを何だと思っているのかと。
現在、このセンチュリアに暮らす知的生命体は、エルフ、人間、ドラゴン。
人口内訳はエルフ三三億、人間十八億。で大半を占め、ドラゴンは一〇〇〇万以下しかいない。
キングダム崩壊から三四〇年。絶え間ない戦争がこの世界を支配し続けている。
延々と続く戦争は、恐るべき速度でテクノロジーを進化させ、やがて魔法はテクノロジーと混ざり合い新たなドクトリンを生み出した。
高度にコンピュータ制御された魔法を得た魔法使いたちは、ついに完全に管理された戦争を始めた。
二〇年程前の話である。
当時、どこかの独裁国家の元首が「これは悪い遊びだ」と言った。
ユニバーサルアーク
薄暗い部屋。高い天井。清潔な部屋。部屋の中心には円卓。
満天の星空を望む大窓を背に、ラーズは立っていた。
「……ここに集まった皆さんに、ぜひ本当の事を聞いてもらいたい。
あの日、センチュリア……聖域で何があったのかを知って欲しい。
侵略者たちはきっと欺瞞を並べたてて、自らの行いを正当化するだろう。
……しかし、どうか騙されないで欲しい」
胸に手を当てて、ラーズは続ける。
「……どうか、聖域を守ってほしい」
◇◆◇◆◇◆◇
バッドゲームズ。リーグオブエグゾダス。シーズンマッチ シリアル〇一一七。トレジャーラッシュ。
トレジャーラッシュというのは、設定された『宝物』により早くたどり着いたチームの勝ち、というルールである。
今回は七チーム二三人がエントリーしているが、戦闘開始と同時に猛烈な叩き合いが発生。リタイヤや出遅れにより現状トップグループに絡んでいるのは僅か四人。
最初の戦闘が行われた丘陵地帯を抜け、トップを行くレイルは高起動の飛翔魔法を使い、信じられないような速度で木々をかわしながら飛んで行く。
樹海の中を飛んでいる理由は簡単で、レギュレーションによって最大高度が制限されているせいである。
この制限は、ラーズにとっては有利な制限であると言える。
何もない空間でまっすぐ飛べば、ラーズはレイルにかなわないが、障害物をかわしながら飛ぶ必要のある、この状況ならレイルを追えるのだ。
とは言え、制御能力でまさるラーズだが、物理的に体重の軽いレイル相手にそこまで一方的に有利は取れない。
実際、二人の差はジリジリと詰まっていくのみ。
その詰まった差も、ほんの少し木の密度が減るだけで取り返されてしまう。
……加速もいいな。くそっ。
ラーズは毒づく。重量の軽さはあらゆる運動で有利に働くのだ。
と。
唐突に視界が晴れた。
樹海が途切れ、湖に飛び出す。
カデュリン湖。外周約二キロの小さな湖である。
対岸までの距離、おおよそ六〇〇メートル。
湖の中心付近で、レイルが身を翻した。
同時に、光でできた矢がばら撒かれる。
……《シーカーロウ》か……めんどくせえ。
《シーカーロウ》は、十五発程度の光の矢を投射する魔法である。
光の矢は、投射時に設定した目標を自動追尾する。所謂、ファイアアンドフォーゲットだ。
「《炎の矢・改》 ……デプロイ!」
ラーズも対抗魔法を展開。こちらもファイアアンドフォーゲットかつ、弾数は二〇発。
「……撃ち落とせ!」
飛来する《シーカーロウ》に目標設定を行い、《炎の矢・改》をばら撒く。
目標の選定とロックは、コンピュータがやってくれるので、ラーズ的には本当に魔法を発動させるだけである。
放った投射体の母数はラーズのほうが多いので、必然的に余剰火力がレイル本体に向かう。
レイルに二度目の迎撃を強要しつつ、間合いを詰める作戦である。
ドンドンドン という、太鼓を叩くような音を立てて、二人の魔法が接触して爆ぜる。
全弾の迎撃を待たず、ラーズはレイルに躍りかかった。
高機動魔法の速度を十分に載せて、鞘に収めていた剣で、居合う。
「惜しい」
とはレイルの言葉。
手にした錫杖で、ラーズの剣を受け止め、その受け止めた場所を軸に半回転。錫杖の先の方で、ラーズの背中をぶっ叩く。
「……惜しくはないな」
左手に持った鞘を背中の方に入れ、レイルの錫杖を防ぎつつ、ラーズは答えた。
「……《エクスプロージョンブリット》デプロイ」
背中側を取っている優位は変わらないレイルは、ラーズの言葉に応える代わりに魔法を発動する。
「《アイスウォール》デプロイ」
横合いから、声が上がり湖水面に氷の壁が出現する。
氷の壁は、丁度レイルとラーズを隔てる用に出現した。
発動した《エクスプロージョンブリット》をレイルがリリースするより前に、その一部が氷の壁に触れて大爆発を起こす。
「……アベルか!?」
とラーズはつぶやいた。
《アイスウォール》を使った張本人のアベルは、左の親指を立てながら五〇メートル程離れた水面近くを飛び去っていく。
物理的に翼のあるアベルは、地面効果による恩恵を受けられるため、低空を飛ぶとスピードと安定性を両立できるのである。
「……まったく、美味しい所を持っていくね」
ようやく晴れた爆炎の中から、レイルが姿を表した。
驚くべきことに、ほとんど傷らしい傷はついていない。
《エクスプロージョンブリット》のリリースが間に合わないと判断するや、即時防御に切り替えたのだろう。
レイルの持つVMEである、最新鋭のLE401の性能の賜物である。
LE401はラーズのAiX2400より一世代新しいデバイスなので、その性能差を埋めるのは難しい。そうでなくとも魔法の絶対出力はレイルに分があるのだ。
ドンという破裂音を伴って、レイルが急加速して飛び去っていく。アベルを追うのだろう。
ラーズとレイルがじゃれていればアベルに『宝物』を掻っ攫われる。
実際、過去にそういう事があったし、そもそも絶対性能の劣るアベルはそういった方法でしか勝利できない。
上位ランカーのラーズやレイルは、ランクの劣るアベルに負けると大量のポイント失うため、放っておけないという事情もある。
もっとも、ラーズ的にはアベルとの共同戦線を張らないと、レイルを倒すのは困難であるという難しい問題もあったりする。
しかし、地面効果まで使って最大加速しているアベルを追うのは、レイルと最新鋭のLE401を持ってしても困難だ。
劣ると言っても、アベルの絶対出力はレイル比で約八割弱。ましてアベルが使っているのは新世代AiX2700。レイルと同世代の最新鋭VMEなのだ。
故にレイルは最大加速をかけざるを得ず、ラーズはその背後を攻撃できるというう図式が出来上がる。
無論、アベルが望んで立ち上げた状況である。
レイルが水面に背中を向けて、一瞬杖を天に掲げる。
「《ハイロウ・チャクラム》……デプロイ!」
レイルの周りに、薄いディスク状の光か八つばかり出現。
「……切り裂け!」
ディスク状の投射体が放たれる。
最初は、レイルから左右に広がり、続けてアベルに四発が飛んで行く。言うまでもなく、残りはラーズに向かってくる。
ラーズは飛来するディスクをギリギリまで引きつけて、回避する。
甲高い音を立てて、ラーズの羽織った三層のマントの一部が切り裂かれる。
……マジかよ!? カーボン繊維だぜ。このマント。
とラーズは思ったが、その直後レイルが再び背中を下に向け、上半身を起こした。
ラーズと目線が会う。
直後、レイルが左手を引くような動作をした。
「……事後操作型か!?」
悲鳴に近い声を上げ緊急制動をかけて、左に大きく回避するラーズのすぐ右を、先ほど回避したディスク状の投射体が飛び抜けていく。
その数。三。
「……三!?」
初弾は四発あったはず。
無論、コントロールミスで何処かへ飛んでいった可能性もあるが、この場合そんな希望的観測はありえない。
このパターンは上か下から来る。
ラーズはそう考え、下から来ると当たりを付けた。
その時、遠くで派手な水音がし、氷でできた壁が出現する。
アベルが、投射体を迎撃したのだろう。
……なるほど。
とラーズ。
この投射体は、水に接触するとエネルギーを失って消えるらしい。
ラーズは一気に高度を下げる。
案の定、ラーズの脇を最後の投射体が上に向かって飛び上がっていく。
すでに五〇メートルばかり離れたレイルは、再びラーズに向かって杖を振り下ろす。
空中で合流して、再び四発になった投射体がラーズに降り注ぐ。
が、ただ降り注いでくるだけなら対処は簡単である。
加速と減速を繰り返しながら、適当に左右に軌道を振ってやるだけで、四発の投射体は全て水面を叩く。
「……決着を付けたいような気もするが……」
実際、ランカーであるレイルはラーズ的には倒したい相手だ。
「まあ、今回は倒してもどうにもならないしな」
言い捨てて、既に向こう岸に消えたアベルを追って、最大加速を行う。
『宝物』の確保が最大の目標である以上、レイルと戦っている間にアベルに勝ちをさらわれるのは、面白くない。




