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9.王都到着。町屋敷に行く前に娼館へ

 春を迎えて成人年齢の15歳になる年度になり、王国騎士団で従騎士として務め始める日の前日になった。私は馬車に揺られながら関門を抜け王都ケンチェスターに入京した。貴族街の町屋敷までは距離がまだ結構あるが使用人に先に向かってもらうように頼んで私は馬車を降りた。

 私は娼館のある通りでアンジェリカを探すのが習慣化していた。ないとは思うが再び身売りされていた場合やアンジェリカを知っている人がいて手がかりが手に入る可能性にかけて探してしまう。

 今日も表通りを逸れて娼館が集まっている区域に行き艶っぽい女の子達に声をかけて聞く。日が暮れ始めて呼び込みの声が聞こえるようになる。


「すみません。金髪青目のアンジェリカっていう人知りませんか?」

「知らないわ。お兄さん金髪好きなら私でどう?」

「そういう気分ではないから。この辺りで一番情報通な女の子教えてくれませんか?」


 声変わりが終わった頃から娼婦の子に声をかけると営業をかけられるようになった。武芸はほとんどやらなかったおかげで細身で胸板も厚くない。髪も肩甲骨の当たりまで伸ばしたままで肩幅さえ上手く隠せばドレスもまだいける見た目になっている。だが普通にしてると男なんだなと現実をつきつけられる。


「この辺りで一番の情報通は高級娼婦のブレンダ様だと思うわ。ここで長く勤めてるし貴族の噂についても詳しいわよ」

「是非話をききたいんだけどどこの娼館で働いてるの?」

「ここで一番貴族街に近いくて大きなお屋敷がそれよ。見れば分かると思うわ」


 女の子に教わった通りに貴族街の方へ歩く。周囲にある建物より一回り大きく豪華であったのですぐに分かった。

 娼館の中に入るとロビーは吹き抜けになっていて一階から他の階のすべての部屋が見渡せた。辺りを見回していると従業員がすぐに歩み寄ってきた。


「ようこそお越しくださいました。初めてのご利用ですか?」

「ブレンダ嬢と話がしたいのですがお願いできますか?」

「ちょうど予約も入っていないので、ブレンダに確認次第すぐにご案内いたします」


 しばらく待っていると従業員に最上階である三階の部屋に案内された。

 部屋にいたのは気位の高そうな美人だった。長い茶髪はしっかり巻かれていて宝飾のついた髪留めで纏めている。一見すると貴族令嬢に見えなくもない。品性ではなく華美さを追求した装いはとても新鮮で魅力的だった。


「私はアンブローズ・ベイリーと申します。人を探していてお話しをお伺いしたのですが」

「あら、私に自己紹介はさせてくれないの? 娼館で春ではなく情報を買いに来るなんて変わってるわね」


 場所が場所なので家の爵位名を伏せて自己紹介しすぐに本題を切り出す。ブレンダは私が客ではないと察したようで苦笑した。


「バークレー領のウェストンで三年前に働いていた金髪青目のアンジェリカと呼ばれていた男娼を探しているんです。歳は私より年上だったのでもう男娼はしていないかもしれませんが心当たりありませんか?」

「ごめんなさいね。私は王都からでたことがないし、バークレーから出てきたという子も知り合いにいないから分からないわ。お力になれなくてごめんなさい」

「いえ、駄目元で聞いて回ってるので気にしないでください」

「得られる可能性の低い情報を求めるために高級娼婦を買うなんて随分と懐に余裕があるのね。貴族の方かしら?」

「どうでしょうね」


 曖昧に濁したがブレンダは肯定の意に取ったようだった。


「男娼の情報はないけど貴族が面白がりそうなバークレーのお話があるわよ。バークレー侯爵家の嫡男殺しの噂知ってるかしら?」

「嫡男殺し?」

「バークレー侯爵家の跡取りが突然変わったのよ。妾との間に出来た男を家に迎えた途端に本来の嫡男が消えたそうなの。そして新しく迎えられた男が跡取りになったのよ。怪しすぎるでしょう?」

「今のバークレー侯爵家の嫡男は人殺しってことですか?」

「ええ、確か春に騎士の叙任を受けたそうだから従騎士になるなら会うかもしれないわね。気を付けた方がいいわよ」


 従騎士だと見抜かれて驚いて目を見開くとブレンダ嬢は手で口元を隠しながらくすくす笑った。


「憶測で言ってみただけよ。貴方くらいの年齢で新年度の忙しい時期に初めて王都に訪れた貴族といったらそれしかないもの。でも正直外れてると思ったわ。従騎士にしては身体が細くて詩人でもしていそうな風貌だから」

「言われてみれば確かに。全く鍛えてないですから。それじゃあそろそろお暇します」

「まだ全然話していないのに行ってしまうの?」


 ブレンダがしなだれかかってきて思わず身を引くがその分詰めてきた。香水の甘い匂いが鼻につく。


「話を聞きに来ただけだからいいですよ。お代も時間分しっかり払うので心配しないでください」


 ブレンダ嬢の肩を持って身体を離させる。だがブレンダがそのまま身体を押し付けてきてソファに押し倒される。高級娼婦は一度会っただけでは相手にされないと耳にしたことがあるのにおかしい。


「娼婦に全く興味がないわけじゃないんでしょう? 本当は顔なじみになってからじゃないと相手にしないけど貴方ならいいわよ。私好みのきれいな顔だから」

「待って! 本当に待って! 本当に話聞きに来ただけだから!」


 女性を突き飛ばす分けにいかず必死にどうすれば切り抜けられるか考える。すると突然外から女性が声を張り上げる音と人のざわつく音が聞こえてきた。ブレンダも気になったようで扉の方を見る。


「外が騒がしいわね。何かあったのかしら」

「様子を見に行きましょうか?」


 ブレンダの興味の対象が移ったのに乗っかって外へ誘う。ブレンダと共に外へ出て手すりからロビーを見下ろすと、黒のマントを羽織った男と豪奢なドレスを着た女が揉めているようだった。


「あらあら、マダムったら放っておけばいいのにすぐ突っかかっちゃうんだから。でも何だか雰囲気が危ういわね」


 男は魔法が使える様で紫電を出してマダムを脅しているようだった。様子を見守っている娼婦や従業員から悲鳴が上がる。


「マダムは魔法なり抵抗できる手段は持ってますか?」

「ないわ。魔法なんて貴族しか使えないじゃない」


 マダムに向かって紫電が放たれるのを見てブレンダは小さく悲鳴を上げた。けれどあえて外したようでマダムが倒れるような様子がないのを見るとほっとした表情をした。弱者に対して行うにはあんまりな脅し方だった。


「何する気? ちょっと、危ないわよ」

「大丈夫」


 ブレンダの制止を振り切って手すりから飛び降りる。そのまま着地できる身体能力はないので魔法で風を出して減速させる。そのままマダムの元に着地する。


「あまりに手荒過ぎませんか? どうされたんです?」


 マダムを後ろに庇って黒いマントの男と対峙する。黒いマントにはよく見ると縁に光沢のある黒糸で霊木の唐草模様が刺繍されていた。私の出した風ではためいたマントの下に王国騎士団の黒い騎士服が見えて血の気が引く。これから従騎士となる身なのに騎士に喧嘩を売るような真似をしてしまった。


「マダム、お怪我はありませんか?」

「ありがとう。大丈夫よ」


 顔を覚えられないよう騎士から顔をそむけマダムの方へ声をかける。マダムは年齢不詳で近くで見ても年齢の見当が全くつかなかった。そのまま退場する方法を模索するが出口も騎士が待機していた。分が悪すぎてどうしようもない。


「王国騎士団だ。邪魔をするなら公務執行妨害で拘束させてもらう」


 底冷えするような声を後ろから投げかけられる。言い訳を考えながらゆっくり振り返って騎士の顔色を窺う。

 そこには私が探していた面影があった。

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