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2.アンブローズ5歳。魔法の座学を受けるⅠ

 魔法を学び始めの頃は道具を使った遊びのようなものが多かった。言われるままに指示されたことをこなして自分が何をしているのかよく分からなかった。魔法を家庭教師から教わるようになって三年近くたった。新しい過程の家庭教師に変わり、座学で理論的なものを教わるようになってやっと魔法がなんなのか分かり始めた。

 私は味気なく一つに束ねた髪を手前に持ってきて手遊びしていると先生が入室してきた。


「ディーン先生! 今日もよろしくお願いします!」

「はい。本日も頑張りましょう。教科書の16ページを開いて」

「そんなことより先生と一緒にお外に行って遊びたいです。今日はお日様が温かいですよ」

「だめです。私は授業をしに来ているんですよ。さあ、早く教科書を開いて」


 先生は18歳とまだ若いせいか誘えば一緒に遊んでくれそうな雰囲気がある。淡褐色の髪と目が優しい色合いなのもその錯覚に拍車をかける。そのため毎回誘ってしまうが毎度断られてしまう。。


「アンブローズ様、魔法はどのような過程を通して行使されるか答えられますか?」

「魔力は空気、魔力器は肺、魔力量は肺活量、魔法は声や口笛にあたります!」

「そうなんだけど答えてほしいこととずれてるなぁ」

「僕、分かります」


 隣でクレメントが勢いよく手を上げる。お母様似の私に対してクレメントはお父様似だ。黒髪琥珀眼で表情が少ないところまで似ていて、お父様に苦手意識がある私は少し気が落ち着かない。


「魔法は魔力器に溜まった魔力を放出して不思議なことを起こすことにより行使されます」

「クレメント様すばらしいです」

「クレムすごい! 若い方がやっぱり記憶力がいいのかな」


 私に合わせて一年先取りしているのにクレメントの飲み込みは恐ろしく早い。最初は私が座学を受けるのを後方で観覧だけしていたが、クレメントが授業に参加した方が進みがいいということで今は机を並べて一緒に勉強している。


「アンブローズ様もまだまだすごく若いですよ。では魔力器に溜まった魔力を急に使い過ぎた場合何が起こるか分かりますか?」

「分かりません!」

「そっかぁ。そういった時どんな症状が起こりますか?」

「分かりません!」


 飲み込みの悪さは声の勢いでカバーする。結果がついてこないので他でやる気をアピールするしかない。助けを求めて隣に視線を送るがクレメントは俯いていて気付いてくれない。


「それなら実体験から考えてみましょう。魔力を使い過ぎたことはないですか?」

「ないです!」

「え、魔法を沢山使ったあとドキドキしたり気持ち悪くなったりしたことないの?」

「それが答えです!」

「うんそうだよ。魔法を使っていて体調が悪くなったことない?」

「ないです!」

「本当かなぁ。もっとちゃんと思い出してみましょう」

「兄様は今まで一度も魔力欠乏を起こしたことはありません。僕は何度もあるけど」


 先生は酷く驚いた顔をする。クレメントの言ったことはすぐに信じるという対応の差に少しショックを受ける。


「魔力欠乏ってなんですか? 絶対にまだ習ってないと思います」

「確かにまだ私からは教えてはいない。でも今までついていた教師から言葉だけは聞いたことないかな? 本当に症状が出たことがありませんか?」

「あるような、ないような? そういえば授業が終わった後は眠くなってました!」


 言葉を知っていないとおかしいといったニュアンスを感じて曖昧な返事になる。本当は聞き覚えすらない。とりあえずそれっぽいことを答えて置く。


「……眠くはなりません。魔力量の測定値教えてくれるかな?」

「お父様から聞いてないんですか?」

「信用が置けるか分からないうちは教えられないって言われてね」

「宮廷魔術院から来てるのに信用されてないんですか? かわいそう」

「そんなすごい所から来てませんよ。王立魔術研究院ね。大人になってから間違えると大目玉くらうからちゃんと違いは覚えましょう」

「それってどう違うんですか? 名前似てるから一緒にしちゃえばいいのに」

「……子供ってすごいな」


 軽く冗談を言ってみたら本気で言ったと思われ唖然とされる。先生の中での私のイメージが心配になる。魔法の授業中なのに教養の授業の話が始まる。


「王立魔術研究院は研究機関で魔法について調べたり教えたりする所。私みたいな教師や魔法について調べる研究者、魔法医療を得意とした医者がいます。魔法の能力自体は問われないので魔力量が少なくても誰でもなれます」

「でも王立魔術研究院って入所試験が難しくて頭がよくないと入れないって母様から聞きました」

「じゃあ、先生は頭がいいんですね! すごい!」


 クレメントの言葉に乗っかってイメージアップのために先生を持ち上げておく。けれど先生は苦笑するだけだった。


「それに対して宮廷魔術院は王国の諮問執行機関。王直属の宮廷魔術師のいる所。宮廷魔術師は魔法の能力が優れた人しかなれないんだ。魔力量の足切りもあるから侯爵家以上の出身者で占められてるよ」

「諮問執行機関って何ですか?」

「王様に意見を言ったり王命を実行したりする機関のことだよ」

「魔法が上手なだけなのに王様に意見言えるんですか?」

「私もそれには疑問を抱いているんだけど、あ、他の人に先生がこんなこと言ってたって言っちゃだめだよ」


 先生はついこぼしてしまった本音を慌てて取り繕う。


「宮廷魔術院は時代が時代なら王家並みの権力をもつことがあったからその名残が残ってるんですよ。でも今となっては形骸化していると思いますね」

「時代が時代ってどんな時代ですか?」

「すごい魔法を使う魔術師が人々の敵になった時代が主にそうだね」

「またそんな時代になったら怖いですね」


 そう言いつつも正直魔法で何ができるのかいまだによく分かっていない。でもとりあえず敵がいると言うのは怖い。


「今は魔術師のほとんどが貴族の出身で、恵まれた生活を捨ててまで反乱を考える人はいません。魔力量が多い家系ほど家格が高い傾向にありますし、そんな状態で反逆を考える無謀な人もいません。そんな時代はもう来ないと言い切れます」

「良かったです。もう宮廷魔術院いらないですね」

「あ、いや、待って。本当はそんなことはないんですよ。今は今で筆頭宮廷魔術師がカリスマ性のある人で盛り上がってはいるしね」

「どんな人なんですか?」

「前世の記憶がある人で魔法の能力もそのまま引き継いでいるらしいんだ」


 前世という言葉に思わず背筋が伸びる。自分も前世があると話そうかと思ったがすごい人と比べられたらきついので黙っておくことにした。それにもう人の前では少年用の服を着て男として生きている。前世は女性だったと話しても困らせるだけだ。


「前世に魔術師で今世も魔術師って覚えることなさそう。なんかずるいですね」

「住む世界が違い過ぎてもはや何も思わないですね。その人は私と同い年で一年前に歴代最年少で筆頭に任命されてました。しがない家庭教師の私とは全然違う。私も前世の記憶を持ってたら良かったんだけどなぁ」


 一応私も前世の記憶を持っているが上手くやれていない。他の前世持ちの人はうまくやっているようで羨ましかった。

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