94 坊や、いったい何を教わって来たの
「デュラハンね、強敵だわ」
現れた扉から中を覗き込んでいる未来アリスが言った。
「デュラハン……首の無い化物そのままか」
同じようにして観察している俺が言うと、未来アリスは視線を俺の首に移した。
「ええ、あれも死ビトの一種よ。人が首を切断されて四併せになっても、死ビトとして現世に蘇ると頭部はくっ付いているのだけれど」
俺の首に手刀を当ててから未来アリスは続けた。
「稀に首無しのまま死ビトになる者がいるの。それがデュラハンよ」
「なるほどな……。でも、それで強敵なのか? どっちかって言うと死ビトより弱くなりそうだけど」
「分かっていないわね! 死ビトの倒し方は頭部を斬り落とすか半分以上破壊する事でしょ? その頭部が無いのよ? じゃあどうやって倒すんじゃいって疑問が生じるのは当然の事だと思うけれど?」
当てられていた手刀はやがてチョップとなり、一本閉めの最後と同時に未来アリスは語尾を上げた。
「じゃ、じゃあどうやって倒すんだ?」
黒い鎧に両手剣姿のデュラハンに再び焦点を合わせながら俺は言った。
「正確に言うと、デュラハンは倒せないわ。八つ裂きにして黒いモヤモヤとともに消えても、また世界のどこかに再び現れるの」
「まさに不死身って事か……。あれ、じゃあ死ビトはどうなんだ?」
「ただの死ビトはその元になった魂によって蘇る回数が変わるわ。現世に未練が残っている魂ほどその回数が増えるの」
「そうなのか……デュラハンはその回数が無限で、死ビトは有限って事か」
と理解しながら言うと、未来アリスは瞬時に表情を呆れを表すものに変えた。
「あなた、なにも知らないのね。……坊やね。歳を食った坊やだわ!」
「お前だって現代じゃ知らないだろ! 金髪とメイド服姿で先輩面すんな!」
「先輩面じゃないわ、先輩よ! 私は7年もこの世界で生活しているのよ!」
呆れた表情は強気な表情へと変わり、その眼差しのまま未来アリスはデュラハンを見据えた。
「高貴で可憐な先輩の戦い方をそこで見ていなさい!」
「おっ……おい!」
未来アリスは伸ばした俺の手から逃れ、そのまま部屋に足を踏み入れた。
「カーバンクルちゃん! いらっしゃい!」
クルリと回ってから掲げられた両手。そしてその上空に出現した光の輪。
それを通って現れたのは、元の世界でも割と耳にする、フェレットの耳を長くしたような生物だった。
「カーバンクル……か、かわいいな……」
と魅入っていると、天使の輪を浮かばせている未来アリスはカーバンクルとともにデュラハンへと駆け出した。
「アイス・ハンマー!」
そして見た事のない氷の鎚を右手に持ち、デュラハンに左手を向けた。
「アイス・アロー!」
ズシャーー!
先制攻撃である氷の矢がデュラハンの後から迫り、黒ずんだ革製のブーツに突き刺さった。
次の瞬間、振り返ったデュラハンの胸部に氷の鎚による一撃が加えられた。
「あ、アリスが接近戦って……」
俺の心配をよそに未来アリスは近距離を保ち、フワリとジャンプをしながら二撃目を振りかぶった。
と同時に、未来アリスを認識したデュラハンの巨大な両手剣が横に薙ぎ払われた。
「カーバンクルちゃん!」
思わず駆け出した俺の視線の先で、カーバンクルの額に付いている赤いルビーが光りを放った。
そのルビーの輝きはデュラハンの重い剣戟を打ち弾き、そのままカーバンクルは未来アリスの盾である事を誇っているように、大きな尻尾を揺らしながら宙に浮き続けた。
「おお、玄武みたいな防御系の召喚獣か……」
未来アリスの氷の鎚による二撃目を見ながら、俺は呟いた。
すると、デュラハンの脚部に攻撃を加えた未来アリスは、フワリと飛び跳ねて宙返りで俺の隣に着地した。
「アイス・キューブ!」
そしてそのままデュラハンの上空に氷の塊を作りだした。
「キューブで潰してジ・エンドよ!」
先輩が後輩に教えるように、軽く微笑みながら未来アリスは言った。
「その為の足への攻撃だったのか……」
いつの間にかデュラハンの左足に巻き付いている氷の鎖を見ながら言うと、未来アリスはデュラハンの上空に向けている左手を下げる事で俺に返事をした。
「落ちなさい!」
トラック車程の氷の塊が、首の無いデュラハンの頭上目掛けて落下した。
激しい音が部屋の中で響き、氷片が辺りに降り注いだ。
「え、えげつないな……」
「さあ、あとは宝箱と階段を目指すだけよ!」
カーバンクルを帰還させ、頭上の天使の輪が消えた未来アリスが俺の腕を取りながら言った。
それと同時だった。
「っ……!」
氷片と水蒸気の中から、巨大な黒い物体が円を描くように回転しながら飛び迫った。
「アリス屈め!」
俺は未来アリスを無理やり屈ませ、その上から覆い被さった。
その刹那、俺達の僅か上空を通過したデュラハンの両手剣が月の迷宮の近未来的な壁に突き刺さった。
「ぶ、武器を投げやがった……」
呟きながら、俺は未来アリスの腕を掴んで部屋の入り口まで駆け出した。
「倒せていなかったの!? まさかアレは――」
アリスがなにかを言おうとした瞬間、デュラハンの黒いマントの先が影のように伸び、後ろから俺達に襲い掛かった。
「出でよ玄武!」
カメエエエエッ!
その得体のしれないマントの一撃を玄武の光の甲羅で防ぎ、俺達はそのまま数字の床があった空間へと出た。
「なんで逃げるのよ!? 武器を手放したのだからチャンスじゃない!」
「あんな巨大なキューブでも倒せなかったんだぞ!? 一旦距離を取って隠れた方が賢明だろ!」
広い空間をガムシャラに走り、5層に下りた階段があった方とは逆の通路へ向かった。
「うわあああっ!」
通路に入った瞬間、目の前に顔が焼きただれて瞳が真っ白の死ビトの姿があった。
「出でよ玄武!」
カメエエエエッ!
「じゃなかった! 戻れ玄武! ……出でよ鎌鼬!」
ザシュザシュッ!
俺は鎌鼬を使役し、眼前のただれた首を刎ね飛ばした。
「使役する幻獣を間違わないでちょうだい、カメちゃん可哀そうだったわよ! それに、うわあああってなによ!」
「いきなりあんな面の死ビトがいたら驚くだろ! それより、お前さっきなにか言いかけたけど、なんだ!?」
再び通路を駆け出しながら聞いた。
「なんの事?」
ほぼ予想通りの短い言葉が返って来た。
「倒せなかったデュラハンを見て言い掛けただろ!」
「ああ、それね。あのデュラハンは転生を何度も重ねた兵って言いたかったのよ」
未来アリスは兵を強調しながら言った。
「なんだそれ! 転生重ねると強くなるって事か!?」
「アイス・アロー!」
ズシャーー!
通路の少し先をウロウロとしていた死ビトの頭部を、氷の矢が貫いた。
その崩れ落ちた屍をジャンプして飛び越えてから、未来アリスは口を開いた。
「そうよ! けれど、確か今は円卓の夜の2ヶ月前ぐらいだったわよね!? なら倒せないって程じゃないわ!」
逆に言えば、円卓の夜の転生デュラハンは倒せないって事か……?
と考えると同時に、俺は頭上のブタ侍に問いを一つ投げかけた。
「ブタ侍! 階段部屋の宝箱って、ボスを倒さないと開けられないって訳じゃないよな!?」
「左様。いや、さYO! 別に倒さなくても開くYO! だが、知っての通り階段はボスを倒さないと下れないYO!」
「ああ、分かってる……。アリスはこの層の宝箱の中身が必要なんだろ? じゃあ、あんな凶悪なボス相手にしないで宝箱探してさっさと帰還しよう!」
俺は隣で走る未来アリスを見ながら言った。
舞っている長い金色の髪はとても綺麗で、まるで生まれてからずっとその髪色だったかのように馴染んでいた。
その似合っている髪色とは別に、あとで魔法を解いた生まれながらの黒髪姿も見せて貰いたいなと、少々時と場所を無視した願いが頭を過った。




