93 いま何時
「出でよ狐火!」
ボオオォォォ!
俺は姿の見えない敵に対し、炎を横に薙ぎ払って広範囲に散らすという策に出た。
「くそっ……手応えがまるでないっ」
しかし、既に初撃が放たれた場所から移動しているのか、狐火の炎は宙を舞っただけだった。
「アイス・ニードル!」
シュバババババ!
未来アリスも一点集中より広範囲魔法が有効だと判断したのか、10本の氷の針を等間隔で散らした。
すると、その中の1本が壁に当たる前に空中で静止し、瞬時に溶けて蒸発した。
「そこよ! アイス・アロー!」
「出でよ鎌鼬!」
ズシャーー!
ザシュザシュッ!
氷の矢が見えない敵に突き刺さり、鎌鼬の二撃の斬風がそれごとX字に斬り裂いた。
その場で物体が倒れる音がした。
「ちょっとあなた! 私のアイス・アローを斬り裂かないでちょうだい!」
「刺さった瞬間から溶け出してただろ……炎属性の見えない敵だったんだよ。と言う訳で倒したのは俺だ」
手応えはあったが念の為、見えない敵が倒れた場所に手を伸ばしてみた。
「熱っ!!」
熱した鉄のように熱い物体がそこにはあった。
「あなた、自分で炎属性と言っておきながら、なんで触るのよ」
「いや、ちゃんと倒したか確認したくてな……治癒気功!」
と、火傷した指先に自分で僅かながらの治癒を施すと、頭上のブタ侍が階段脇にある宝箱の前まで飛び跳ねた。
「開けブタだYO!」
相変わらずの開錠の呪文をブタ侍が唱えると、宝箱が音を立てながら開いた。
「4層の宝箱は薬マークだったな」
石板に刻まれていたマークを思い浮かべながらその元へ歩くと、まあ予想通りの物が入っていた。
俺はその小瓶を手に取り、振って中の青い液体の状態を見た。
「水ぐらいの粘度だな……」
「早く飲んでちょうだい。次はいよいよ5層よ!」
「飲める物なのか……」
俺はコルクの栓を抜き、そのまま中身を一気飲みした。
「……で、なんの薬なんだ? バフ的な物か?」
「さあ、なにかしらね。知らないわ」
おい。
「なんで知らないんだよ! 飲めって言ったから飲んじゃっただろうが!」
「美味しかった?」
「美味しかったよ!」
と言っていると、突然首筋に鋭い痛みが走った。
「痛っ……!」
痛みはその一瞬だけだったが、なにかと思い手を当ててみた。
「なにもないな……血も出てない」
「どうしたの?」
と俺の首筋を未来アリスが覗き込むと、次の瞬間には耳に生暖かい感触を感じた。
「あふんっ……!」
耳を甘噛みされた。
「おいこら耳を噛むな! 現代アリスならとにかく、お前にやられると俺の中のバンダースナッチが目覚めるぞ!」
「訳の分からない事を言わないでちょうだい! それより、首筋にひし形の刻印が出来ているわよ」
「こ、刻印……?」
あまりの意外なワードに俺は驚き、未来アリスが突っついて箇所を示している首筋の下辺りに触れてみた。
「これか……。そう言われてみれば変わった手触り感なのがあるな……。で、俺はどうなるんだ?」
「心配しないでいいわよ。ひし形の刻印は悪い魔法ではないわ」
そのまま未来アリスは階段へと歩きながら続けた。
刻印術と呼ばれる魔法。そしてそれを扱う刻印術師や大魔導士。
その聞きなれない術はどうやらバフやデバフ的なものらしく、ひし形の刻印はその大雑把なカテゴリーに当て嵌めるとすればバフに該当するみたいだ。
その効果を液体にして保存する方法は古くから確立されているらしく、だからこそ未来アリスは気軽に『飲んでちょうだいダーリン』と促したようだ。
じゃあ、今俺に掛かっているバフ的な魔法の効果は?
そして、もしデバフ的な効果の水だったらどうしたんだ?
という俺の問いはスルーされたが、未来アリスの説明を要約すると、まあこんなところだった。
「ってか、俺デバフの影響を人より受けやすいんだから、やっぱ気軽に飲ますべきじゃなかっただろ……」
という呟きすらスルーされながら4層の階段を下り5層の床を踏みしめると、やはり4層の時と同じように下ったばかりの階段が音もなく消え去りただの壁となった。
「やっぱり階段消えるのか……。意地でも戻らせないつもりか」
そんな何者かの意志を俺が感じていると、隣の未来アリスがなにも言わずに歩を早めた。
「危ないから俺の後ろに回れっての。ずんずん先を行くのは18歳になっても変わらないな……」
「あまりのんびりとしている時間はないのよ! 見てちょうだい!」
と言い、未来アリスは俺の顔にメイド服のスカートから取り出した懐中時計を当てた。近い。
「これで分かった? とにかく急ぐわよ!」
「見えねえよ。ってか、いま何時かも分からん。気にしてるのはタイムリープの制限時間とかか?」
「そうよ! けれどあなた、私のキスの回数や恰好は気にするのに、どうやってタイムリープしたのかは聞かないのね」
「あ、そういやそうだな。そこにもっと驚くべきだった……。どうやってこの時代に来たんだ?」
「言えないわ! あんまり私を困らせないでちょうだい!」
よし、バカは放っておいて急ごう。
と、俺は未来アリスを追い抜き無機質で近未来的な月の迷宮5層の通路を歩いた。
ってかまあ、異世界転移や不思議なゲームコーナーがある時点でタイムリープの驚きはそこまでは無いな……。
しかも未来から来たのがアリスだし、スッと受け入れちまったな……。
5層の宝箱の中身が必要らしいけど、石板によると5層は指輪と杖だったよな……。
ってか、それより……。
『あなたを見つけ出す』
この未来アリスの言葉からして、どうやら未来では俺とアリスは離ればなれになってるみたいだけど、なにがあったんだ……?
オデコにあんな傷を残して健気に俺を探しているアリスを、俺が放っておく訳が無いよな……。
と考えていると、4層の大部屋程ではないがそれなりに広い空間が見えて来た。
「ここは覚えているわ! 床の数字を順番に踏むのよ!」
殺風景な空間に足を踏み入れながらアリスは言った。
「数字ってどんなんだ?」
「魔法少女サッキュンのサキちゃんの誕生日よ! 凄い偶然よね!」
ほうほう。じゃあ0309か……。
迷う要素も無く、俺はそのまま野球のホームベース程度の石畳に刻まれている数字を順に踏んでみた。
すると、3層にもあったような光の扉が正面の壁に現れた。
「なんでサキちゃんの誕生日を知っているの……。あなた、ずっと興味のない振りをしていたけれど、実は隠れサッキュンファンなんじゃないの?」
「…………名前からの推察だ! 推論問題は一番得意なんだよ! さあ扉も開いたし急ぐぞ!」
ジーーっと俺を見つめている未来アリスの視線を躱し、俺は開いた扉の奥を覗き込んだ。
「っ……!」
部屋の中央に、黒い鎧に身を包んで巨大な両手剣を携えている首の無い化物がいた。




