92 少女だったといつの日か
「久しぶりだYO! 拙者、未来のブタ侍だYO!」
月の迷宮の扉前で、未来アリスのメイド服のポケットから飛び出した未来ブタ侍が韻を踏んだ。
「おお……。お前7年後でも健在なのか……」
俺は自分がゲットしたせいで弱い魔法人形になってしまったブタ侍の尻尾をつまみながら、その無事を喜び感嘆の声を漏らした。
「感動しているYOだけどYO! それより拙者のラッパーっぷりに注目しろYO!」
つまんだ尻尾を軸に、俺の目の前でグルグルとメリーゴーランドのように回っているブタ侍が言った。
「見た目は全然変わってないな」
「無視かYO!」
と、ジャレ合っていると、俺達の姿を黙って眺めている未来アリスの大きな瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「どうしたアリス? ってか、泣きながらキッスされたり泣きながらブタ侍とジャレてるのを見られると、俺の未来が不安になるんだが」
「……」
「黙らないでくれるか?」
「……」
「おい! 未来の俺はどうしたんだ! 庭で元気にザシュザシュやってる姿があるんだろ!?」
「未来のお主はYO! ずっとアリスが――」
「ダメよブタ侍ちゃん! あまり未来の事を話したり、過去の自分が未来の自分を認識したら、輪廻とカオスがどうとかで宇宙がヤバイとリアが言っていたでしょ!」
ブタ侍を制止したアリスだったが、それよりも多くの情報を俺に漏らした。
「リア……? それって、俺が夢の中で会った幼女が言ってた名前だよな?」
『あなた、誰?』『誰でもいいけど、リアを助けてあげて』
確かこれが、夢の中で聞いた銀髪幼女の言葉だった。
すると、未来アリスはお黙りと言わんばかりにフワリとジャンプをし、俺の後頭部を襲った。
何度も食らっているチョップだったが、未来アリスのチョップは俺の後頭部の感触を手になじませようとしているように、暫くの間そのまま俺の後頭部に置かれた。
それとは別に、ジャンプをした時、再びオデコの一文字の傷が俺の視界に飛び込んだ。
「お前その傷……噴水の水を飲んでも治らないのか?」
未来アリスは、俺の後頭部からチョップした手を離して静かに口を開いた。
「噴水の水は時間が経った傷は治らないわ。それ以外にも傷痕を消す術はあるけれど、あなたを見つけ出すまではこのままでいたいの」
「見つけ出す……。おい、それ俺に言って大丈夫なのか!? 宇宙ヤバくないのか!?」
気になるキーワードだらけだったが、それよりも宇宙の心配を俺はした。
「大丈夫じゃないわ! 誘導尋問はやめてちょうだい!」
「お前が勝手に話してるんだろ! ガムテープが必要なら取って来てやるぞ!? それか、その可愛い唇を俺の唇で塞いでやろうか!?」
つい調子に乗って出した提案だったが、しかし未来アリスは満更でもない表情をした。
「……ダメよ! こんな所で油を売っている時間はないの! ……じゃあ、それを5層突破のご褒美って事にして頑張りましょ!」
「おお、それなら頑張るぞ! おいブタラッパー! 早く扉を開けろ!」
「OK! Here we go!」
そして、俺は再び4層へと足を踏み入れた。
*
4層の体育館ほどの空間は、俺が昼間に帰還した時と変わらない光景だった。
入り口から数メートルとずっと奥にある階段の周り以外には床が無く、落ちれば即終了と思える底の見えない空洞が広がっていた。
「さてと……赤いマークと青いマークは輝いたままだけど、黄色い雷マークは相変わらずだな」
俺は床にある、くすんだ雷マークの前に立って言った。
「早く輝かせてちょうだい!」
俺の隣で、未来アリスが黄色い床を指さした。
「いや、俺は無理だろ。……ギャグはいいから、早く雷的な魔法を撃って床を輝かせてくれ。そうしないと階段まで行けないんだろ?」
「私、雷の魔法なんて使えないわよ?」
はい?
「いや……じゃあどうやって階段まで行くんだ? まさか未来でも4層クリア出来てないのか?」
「4層を突破しないでどうやってリアに会ったって言うのよ。確か、あなたの雷獣ちゃんで輝かせたんじゃなかった?」
宇宙よ、耐えてくれ。このバカの口を俺が塞ぐまで。
「お前、未来の情報漏らし過ぎてるぞ……。あれか!? お前の口を塞ぐより俺の耳を塞ぐべきか!?」
「あっ……。あ、あなた、誘導尋問上手いわね……」
「だからしてねーよ! ってか、雷魔法使えないんじゃ、またここで立ち往生だろ!」
眉間にシワを集めた未来アリスは、次の瞬間には表情を明朗なものにした。
「足場がないなら飛んで行けばいいじゃない!」
そう高らかに言うと、クルリとその場で回ってから両手を掲げた。
「グリフィンちゃん! いらっしゃい!」
すると、未来アリスの上空に大きな光の輪が出現し、それを通って光に包まれた鷲の上半身と獅子の下半身を持つ生物が姿を現した。
「おお……。召喚か……」
と俺が驚いていると、大きな光の輪が2つに別れて未来アリスとグリフィンの頭上に移動し、丁度いいサイズになってから静止した。
「光のゲートか……。フェンリルの時よりも強い光だな。ってか、マジで天使の輪その物だな……」
金髪、水色のメイド服、光のゲート……恐らくそれだけのワードであれば、俺は『天使の輪』とは表現しなかったと思うが、そのワードにアリスが加わると天使の頭上に浮かぶ輪っかと表現せざるを得なかった。
「左様……。いや、さYO! 未来の世界では、アリスは『輝氷の天使』と呼ばれているYO!」
いつの間にか、未来アリスの頭上から床に降り立っていたブタ侍が言った。
そのまま俺の頭に飛び移ったブタ侍の尻の感触を感じていると、グリフィンの背に乗った未来アリスが口を開いた。
「早くあなたも乗ってちょうだい!」
「えええっ! マジでか!?」
戸惑いながらもグリフィンの背に跨り未来アリスに詰めると、突然大きな鷲の翼が羽ばたいた。
「うわああ!」
「落ちるわよ! 私に掴まってちょうだい!」
なんという役得。では失礼して……。
と、俺は前の未来アリスの腰に腕を回した。
「どこ触っているのよ! もっと下よ!」
「ああ、腰ここか……メイド服だから分かりにくかったわ。……お前成長したけど、あんまりだな」
「お黙り変態!」
ものすごーぐ楽しい時間はグリフィンが数回翼を羽ばたかせた頃には終わってしまい、そのままグリフィンは階段側の床に着陸した。
それとほぼ同時だった。
「出でよ玄武!」
カメエエエエッ!
俺はグリフィンに跨ったまま、横から迫った熱波に対して玄武を使役した。
「今の熱い風はなに? カメちゃん久しぶりね!」
と天使の輪を頭上に浮かばせる未来アリスが玄武に触れようとした瞬間、玄武の前方に展開されている光の甲羅が激しく降り注がれる炎を防いだ。
「グリフィンちゃん!」
しかし、光の甲羅はグリフィンの大きな体の全てまではカバー出来ず、頭部に炎を浴びたグリフィンはその場で崩れ落ちた。
「グリフィンちゃん帰還してちょうだい!」
未来アリスがグリフィンに帰還命令をすると、未来アリスの手に大きなくちばしで触れてから光とともに消え去った。
「グリフィンは大丈夫か!?」
俺は攻撃された方向へと腕を構えたまま声を上げた。
「天界に戻れば傷は癒えるわ!」
天使の輪が消えている未来アリスが言った。
「そうか、良かった……」
と呟いてから、注意喚起を促した。
「見えないけど敵がいるぞ! 俺の後ろに回れ!」
層のボスを倒さないと階段を下れない。
その割には、底の見えない空洞の向こう側から何者の姿も見えないのが気になっていたが、その答えはごく単純なものだった。




