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87 住めば都の風が吹く

「住めば都って事ね。みんな幸せそうだわ」


 とアリスが言った。


「そうだな」


 と俺は返した。


「じゃあ、次はTVシリーズ1期の1話よ!」


 とアリスが振り返って言うと、俺は手元の雑誌に視線を移した。


「俺は興味ないから勝手にしろ」


 俺の興味云々こそ興味がなかったらしく、アリスはそのまま和室の隅に設置したディスプレイに繋がっているDVDプレイヤーに手を伸ばした。


 夕暮れの誰もいない教室のシーンから始まる魔法少女サッキュン。

 そこに突如あらわれる夜の野獣軍団。サキちゃんと野獣の悲しき運命はこの時から始まった。


「久々に最初から見ると新鮮ね。まだ変身出来ないのに野獣をボッコボコにするサキちゃんが爽快だわ!」


 サキちゃんの動きに合わせてアリスが拳を振った。


 ……ハア、ダメだコイツ。まるで分かってない。

 生身状態のサキちゃんが夜の野獣相手に無双出来る理由……それをまるで考察しようとしていない。


 思わずワンシーンずつ止めて解説したくなる衝動を俺は抑える。

 俺がサキちゃんシリーズの大ファンという事を知られてはならない。絶対引かれる。


「敵のボスが現れてサキちゃんを見て驚くのよね。このシーン、なにか意味ありげだけれど結局なんだったのかしら」


 よく聞け、考えろ。

 ボスが『お、お前はサキ……』って言うシーン、よく聞くと母音がUだろ。

 既にこのシーンでサキちゃんがサキュバスの末裔だって伏線張られてるんだよ……。

 ああ、言いてえ……。超言いてえ……。


「あなた、さっきからブツブツとどうしたの?」

「……いや、なんでもない」


 まあ、11歳の小学5年生じゃ全てを理解するのは無理かもしれない。子供向けと見せかけて、実は大人が楽しめる奥深い物なのだ。

 俺はそう考えながら和室を出て、トイレへと向かった。


 俺とアリスがこの異世界に転移して12日が経った日の昼過ぎ。

 外はいい天気で、太陽のような恒星は草原を余すことなく照らしていた。

 ボルサの話だとこれから寒くなる季節らしいが、少なくとも今日は薄いシャツを羽織れば丁度いい気候だと言えそうだ。


「日本もそろそろ寒くなる季節だよな……」


 元の世界では10月の中旬に入った頃だろうか。

 約2か月後に始まる『円卓の夜』は元の世界で言えば12月……つまり師走の頃で、ボルサはそれにかけて『師匠も走って逃げる半年間の始まりですね』と言っていた。


「かける事に関しては俺の方が上手いな」


 呟きながら、俺はトイレの中に設置した洗濯機を開けて洗濯物を取り出した。


「排水される水はどこに流れるんだろう……」


 排水ホースはトイレの排水溝へと伸ばしていた。

 洗濯は手洗いするしか無いと思っていたが、ダメ元で設置したら無事に排水されたので細かい事は気にしないでおいた。


「まあ、トイレの排水溝は元の世界のショッピングモールに繋がってるんだろう」

「そうなの?」

「うわああああ!」


 突然アリスの声が後ろから聞こえ、俺は思わず悲鳴に近い声を上げた。


「いきなり独り言に反応するなよ……驚くだろ」

「あなたがビビりなのよ。サキちゃんも見たし、早く月の迷宮に行くわよ!」


 アリスは俺とすれ違いざまにそう言い、アリス専用のトイレ個室へと入って行った。


「男子トイレなのに落ち着いてるな」


 洗濯カゴを手に取りながら俺が言うと、


「女子トイレはお風呂専用にしたいじゃない!」


 とアリスは元気に返した。


「トイレマークの上から『ショッピングモールの湯』ってプラカード貼ったし、暖簾も付けたし、雰囲気出ただろ?」

「そうね、お風呂グッズも色々置いたし、更にステキなお風呂空間になったわ!」

「だな。……ところで、洗濯物にお前のパンツがないけど洗濯しないのか? 汚いぞ?」

「失礼ね! 私のパンツは私がお風呂入りながら洗っているわよ! あとあなた、レディがトイレの個室に入っているのに、よくこんなに会話しようとするわね! ホント、デリカシーのない変態だわ!」

「ああ、悪い悪い……」


 確かに不躾だったかもしれない。昔、家のトイレに入った姉貴に話しかけて同じように言われた事を思い出した。


「じゃあ、外で待ってるから出たら一緒に洗濯物を干すぞ」

「分かったから早く出て行きなさい!」

「今日の夕飯なに食べたい?」

「たらこパスタとプリン!」


 ちゃんと返事をするところが姉貴と違って可愛いな……。


 と考えながらアリスを待ち、暫くして出て来たアリスとともにジャオンの外へと向かった。


「住めば都ね」


 並んで歩いていると、洗濯物の少ないカゴを振り回しながらアリスが呟いた。


「さっきの……劇場版? 魔法少女サッキュン? とかいうアニメの最後のシーンの事か?」

「違うわ! 私達とこの世界とショッピングモールの事よ!」


 立ち止まって周りを見渡しながらアリスは言った。


「ああ……。まあ、そうだな」


 俺も立ち止まり、アリスを見ながら言った。

 握っている洗濯カゴからの角から水滴が一つ落ちた。





「久しぶりでござるな。お主達の激闘、アリスのリュックに揺られながら見ていたぞ」


 月の迷宮の扉前で動き出したブタ侍が言った。


「ぬいぐるみの時もそんなにハッキリとした意識があるのか」


 俺の手から地面へと着地したブタ侍に言うと、ブタ侍は顔を真上に向けた。


「………………あるでござる」

「今の間……! お前アリスのスカートの中を覗いてだろ! 初っ端からこのムッツリスケベめ!」


 まさか動き出してから4秒で犯行に及ぶとは思っていなかった。その為、凶事をスマホで撮影して証拠にする事は叶わなかった。


「だからブタ侍ちゃんがそんな事をする訳ないじゃない! それに今は黒タイツを穿いているけれど、穿いていない時に私のスカートを捲ったあなたに言う資格はないわ!」

「それは誠でござるか!? この羨ましい男めがっ!」


 竹刀で俺の足を攻撃しながらブタ侍が言った。


 マナが極端に少ない俺がUFOキャッチャーでゲットした魔法人形であるブタ侍。

 その弱さは必死に竹刀を振り回すも全く痛くないという、悲しき結果だけを見ても明白だった。


「あれは俺じゃない、ジャバウォックだ! それより早く扉を開けろ!」


 俺は少し乱暴にブタ侍を掴み、アリスの頭の上に座らせた。


「うむ、では行くでござる。開けブタ!」


 ブタ侍が開錠の呪文を唱えると静かに音を立てながら硬木製の扉が開き、2層の階段が目の前に広がった。

 俺達はそさくさと階段を下り、3層へと足を踏み入れた。


「……雰囲気は1層や2層と変わらないな。でも空気が冷たい気がする」


 相変わらず内部は近未来的な迷宮で、壁や天井に走る直線がおりなす幾何学的な模様も健在だった。


「さあずんずん進むわよ! 今日中に5層ぐらいまではクリアしたいわ!」

「無理言うな……。慎重に少しずつ行くぞ」


 先行しようとするアリスの肩に手を置き、俺の後ろに下がらせながら通路を歩いた。

 そうして暫く通路を歩くと、さっそく扉もない無機質な空間である小部屋が見えて来た。


「なにもいないわね、静かだわ」

「宝箱もないな。部屋の隅に出口があるだけか……」


 俺達はそのまま部屋を出て、再び狭い通路を歩いた。


「直角の曲がり角か……」

「部屋がないわね」


 一直線の通路を歩き続けると再び曲がり角があり、その先には先程と似たような小さい部屋があった。


「ここもなにも無いな……。死ビト1体いない」

「また出口があるだけよ!」


 なにも起きない事にしびれを切らしたのか、アリスは走って出口に向かった。


「あっコラ! いきなり走るな!」


 俺も走ってアリスを抜き、出口から伸びる一直線の通路を更に進んだ。

 そうして暫く歩くと、目の前に言葉に詰まるような光景が広がった。


「……壁だ」

「壁ね……」


 そこには行き止まりを告げる無機質な壁が佇んでいた。


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