番外編 おパンツ狩り① sideアリス
花の色は 移りにけりないたずらに
わが身世にふる 眺めせしまに
これは私が大好きな和歌の一つで、小野小町が雨に打たれる桜の木を見て歌ったもの。
色あせる桜の花びらを見ただけで自分の美貌の衰えを感じる女性、それが世界三大美女の1人なのだから面白い。
いえ、絶世の美女だからこそ、その衰えに敏感なのかしら。
それならば、いつか私にもその時が訪れるだろう。こんな事を考えなくてはならないのも、美しく生まれてしまった事の罪の一つかもしれない。
レリア達がショッピングモールから村に戻った次の日の朝、私は目が覚めるとそんな事を考えながらポットのスイッチを押す。
そして、何故か私のお布団で寝ている変態に跨り、体全体で揺らして起床を促す。
起きない。
この人、私より先に朝起きた事が今までであったかしら。
美しい形のつむじを思い切り親指に力を込めて押してみる。
起きない。
いい臭いのする耳を噛んでみる。
「あふんっ……!」
起きない。しかし身を悶えている。気持ちが悪い。
まあ、疲れているのかもしれない。と、多少の寝坊は大目に見てあげる事にする。
「クリス! 朝ごはんよ!」
座布団の上で丸まっているクリスを抱き、人肌程度の温かさで作った粉ミルクを飲ませる。
パクリッ!
「もうクリスったら、ミルクが出るのは私の指ではなくて哺乳瓶よ」
毎回クリスは哺乳瓶の先ではなく私の指を甘噛みする。11歳にして既に母性に溢れているのだろう、これも私のチャームポイントに加えるべきかしら? と考える。
そうこうしていると和室の引き戸が静かにひらき、顔を覗かせたチルフィーが放物線を描いて私の頭の上に着地する。
「おはようであります! 遊びに来たであります!」
「おはようチルフィー。これから朝のお風呂だから一緒に入る?」
「入るであります! ……あれ、これはなんでありますか?」
チルフィーが和室の隅に立て掛けてある物を指さし、私に尋ねる。
「ゲートボールのステッキよ! 私の新しい武器よ!」
私はそう言い、バスタオルを取り出してお風呂に向かう用のサンダルを履く。
「ウキキはまだ寝ているのでありますか?」
「起きないわね。お風呂から出てもまだ眠っていたら2人で叩き起こすわよ!」
高らかに宣言し、私とチルフィーは和室をあとにする。
*
「気持ちよかったであります~」
私の隣でフラフラと低空飛行しながらチルフィーが言う。
空を飛べるのは羨ましい。ステキなレンガ風呂の後に空を飛べたら、さぞかし気分がいいだろう。
フェンリルを召喚中、私の頭の上に天使の輪が現れた。天使の輪があるのだから、天使の羽が生えてきてもおかしくはない。そのうち空を飛べたりしないかしら?
と考えながら和室の引き戸を開けると、彼の姿がない。
せっかく叩き起こそうと思っていたのに、ホントに私をガッカリさせるのが得意ね……。
「ウキキはどこに行ったでありますか?」
「どこかしら? 着替えてないみたいだからトイレかもしれないわね」
行き違いになったのかもしれない。と、ドライヤーで髪を乾かしながら考える。
チルフィーの緑色の髪は飛び回っていたからか既に乾いているようで、いつの間にかポニーテールに結ばれている。
「チルフィーのポニーテール可愛いわよね。私も髪型変えてみようかしら」
と言ってから頭を振り否定する。
髪型を変えても、あの人は鈍感だから気付かないかもしれない。そうなったら、なんだか悔しいし腹が立つ。
私は自分の布団をたたみ、ついでにあの人の布団もたたんであげて押し入れにしまう。
そして外からテーブルを運び中に入れると、その上にお花を挟んでおいた古い雑誌を置く。
「押し花でありますか?」
「そうよ! あら、チルフィー知っているの?」
「この世界にもあるであります。違う世界なのに似たような文化が多いのは不思議でありますね」
チルフィーの話を聞きながら、上手く押されている黄色いパンジーを綺麗に剥がし小さい厚紙に糊を付けて貼る。
あれから少しずつ作っている押し花。その完成第一号をあの人が用意してくれた可愛い表紙のファイルに入れる。
いつかお父様とお母さまのお墓に供えたい押し花。これがいっぱいになる頃には元の世界に帰れているのかしら?
と考えているとお腹がすいて来た。あの人が戻ったら朝食にしよう。
*
「戻って来ないわね……。これは事件の臭いがするわ!」
例えるのなら、劇場版魔法少女サッキュンのような事件。
突如消えたミユちゃんを探していたら、蘇った冥王ズッポシに石像にされていたような事案。
そう思うと、いても立ってもいられない。私はゲートボールのステッキを手に取り、欠伸をしているチルフィーを掴んで救助に向かう。
「どこに行くでありますか?」
「あの人を探しによ!」
ジャオンを出てショッピングモールを駆けまわると、西メインゲートの鍵が開いている事に気が付く。
「着替えもしないで外に出たのかしら?」
「そうみたいでありますね」
メインゲートから出て草原を見回すと、少し離れた大きな岩の陰で死ビトと戦っている彼を発見する。
やはり寝巻き姿のままで、上下ともに黒いジャージーを着ている。
「手こずっているでありますね、加勢するであります!」
チルフィーは風のように飛んで行き、彼の頭の上に着地をする。
ダガーを右手に持って戦っているわね、幻獣を使役しないのかしら……?
と考えながら、私はいつでも倒せるように左手を死ビトに向ける。
すると、私とチルフィーに気付いた彼はダガーを左手に持ち替え、右手を死ビトに向けて叫ぶ。
「出でよ鎌鼬!」
ザシュザシュッ!
頭部が胴体から斬り落とされ、死ビトは活動を停止する。
「なにをしているの? お腹が減ったわ、朝食にするから戻るわよ!」
振り返る彼の元へ私は駆け出す。
「あ、ああ。俺はいいから2人で食べてろ」
額に汗をにじませている彼が言う。
「食事は全員でするのよ! 早く戻るわよ!」
「……閃きたいんだよ。たまらなく技を閃きたいんだ。でも死ビトと戦っても全然閃く気配がありゃしねえ……」
そう言う彼の目は虚ろで、焦点が微妙にズレている。
確か前に、技を閃いた瞬間アドレナリンが脳を駆け巡ったような感覚だったと言っていた。気持ちがいいとも言っていた。
「なんだか様子がおかしいでありますね……」
私の頭の上に移動したチルフィーが言うと、彼が死ビトを探しながら再び口を開く。
「閃きたい閃きたい閃きたい……」
私は風の加護でフワリと浮き上がり、彼の後頭部にチョップを入れる。
そして少し強引に彼の腕を引っ張る。
「あなた少し変よ! とりあえずショッピングモールに戻るわよ!」
「……分かったよ」
思ったより素直に私の言葉を聞き入れ、彼は私の頭をポンポンと叩いてからショッピングモールへと向かう。
「目が死んでるでありますが、大丈夫でありますかね……?」
心配しているチルフィーをよそに彼は足早に歩き、メインゲートのドアを開ける。
そしてジャオンに向かい朝食にするかと思えば、彼はなにも言わずにエスカレーターを上り出す。
「2Fに行くの? トイレ?」
「いや……」
とだけ返す彼を追いかけると、ゲームコーナーのガチャガチャの前で膝をついてから呟く。
「閃きたい閃きたい閃きたい閃きたい……」
閃き依存症。
呟きながら体を搔きむしっている彼の姿を見て、浮かんだ言葉がこれだ。
技を閃くと急激に駆け巡るアドレナリンが脳を焼く。アラクネと戦った日、彼はわずか半日の間に2回も閃き技を得た。
私はまだ閃いた事がないから分からないけれど、絶対これが原因ね……。
私は彼の背中を抱き、落ち着くように言う。
広い背中は震えており、湧き出た汗を私の胸に伝える。
「ウキキ! しっかりするのであります!」
チルフィーが彼の頭の上に移動し、変な踊りをしながら言う。
「今こそ、特訓した奥義を試す時であります! 風の加護と風の舞を組み合わせた、風の極み発動であります!」
チルフィーの周りに風が集まる。優しくて暖かい風。
とてもじゃないけれど、美しい踊りとは言い難い。でも可愛らしいチルフィーにピッタリの踊り。
チルフィーの風の極みが終わると、彼が立ち上がって振り返る。
「奥義成功であります! これでウキキは正気を取り戻したであります!」
「成功とかあるの!? さっきチルフィー、『試す』って言っていたわよね!?」
振り返った彼の表情を見ながら私は言う。次の瞬間、彼は高笑いをした後に声高な宣言を放つ。
「おパンツ狩りの始まりだああああああっ!!!!」




