86 旅は道連れ世は情け
「まだ寝ないの? 電気消すわよ?」
和室の電灯を消しながらアリスが言った。
「聞きながら消すなよ……。まあ書き終えたからいいけど」
俺は若干の不満はあったものの、素直に冒険手帳を閉じて枕元に置いた。
「またなにか書いていたの?」
「ああ、俺達のステータスの追記やらだ。魔法とか幻獣とか増えたからな」
「私のページ見せてちょうだい!」
アリスは部屋の隅にあった懐中電灯を手に取り、俺の枕元に手を伸ばした。
俺は寝転びながら片肘をつき、捲られる手帳と見つめるアリスを眺めた。
園城寺アリス
age11
召喚士?
魔法
精霊術 アイス・アロー アイス・キューブ アイス・ニードル
風の便り 風の加護(自己流)
備考
マナがエグい 前髪ぱっつん つむじフェチ
臭いフェチ(俺の上半身限定!)元の世界一可愛い
異世界一可愛い 寝顔99
俺を無意識でこの異世界に召喚したらしい
「改めて見ると、臭いフェチの『俺の上半身限定!』って箇所が気持ち悪いわね……。なによ、この自分だけ特別アピールは。別にあなた限定じゃないと思うけれど……」
「確かに気持ち悪いな俺……。書いたのが夜だったからな……」
しかし消さぬ。一度書いたメモは恥に思おうと消さぬ。それが俺の手帳道である。
「って、そこよりも俺を召喚したって項目に注目しろよ……」
「あら、ちゃっかり書いているのね。……確かに私、転移してから誰かいないかしらって思ったけれど、それだけで召喚出来ちゃうだなんて天才すぎじゃない? それに、なんであなたなのよ」
「無意識で俺みたいな頼りになる男を選んだんだろ」
俺が言うと、アリスは手帳を置いてから仰向けになり、はだけた掛け布団を首元まで引っ張った。
「残念ね、選べたのならブルース・ウィルズを召喚したのだけれど」
「2日で異世界制圧されそうだな……」
クチュん!
不意に、座布団の上で眠るクリスが可愛いクシャミをした。
「クリス寒いのかしら? あなたのシャツを掛けてあげるわ!」
そう言うと、アリスは自分の布団の中から俺のシャツを取り出した。
「なんで俺のシャツがお前の布団の中から出て来るんだよ……」
「備蓄よ! こうしておくと臭いが消えにくいのよ!」
出来れば臭いではなく匂いと表現して欲しかったが、それも望み薄かもしれない。
アリスは暗い和室をソーっと移動し、クリスに俺のシャツを掛けてからでんぐり返しをして布団に戻った。
「おい、なんで俺の布団を捲る」
「少し臭いを嗅ぐだけよ、大人しくしていなさい!」
俺の頭を上から押さえつけ、まるで吸血鬼かのように首元に顔を近づけると、アリスはそのままクンクンと俺の体臭を思う存分に嗅いだ。
「どっちがイヌ科だよ……。おい満足したか?」
満足していないらしい。アリスはそのまま暫く俺の体臭を楽しむと、最後に思いもよらぬ行動にでた。
「あふんっ……!」
耳を甘噛みされた。
「ちょっ……おまっ……バカ! それは止めろ! 変な声出ちゃっただろ!」
「いい臭いだから美味しいかと思ったけれど、味はないわね」
「当り前だろバカ!」
思わず布団から出て言うと、すかさずアリスは反論した。
「バカってなによ! あなたなんか変態ロリコンバカでしょ!」
「どう考えてもお前の方が変態だ! ……お前、体臭で俺を選んで召喚したんじゃないだろうな!」
「選べたのならブルース・ウィルズって言っているでしょ! 青臭いあなたと違って、絶対もっといい臭いよ!」
「ブルースメル・ウィルズってか! やかましいわ!」
俺は真っ赤になった顔に両手で触れながら言った。
自分でも知らなかったが、俺は相当耳が弱いらしい。アリスに無理やり召喚された事によって軽く召喚獣になったのも関係あるのだろうか。
と考えていると、アリスは自分の掛け布団を捲ってそさくさと横になった。
「でも、あなたでよかったわ」
それだけを言うと、アリスは目をつぶって眠りについた。
俺も布団に入り、仰向けになって天井に目を向けた。
段々と暗闇に慣れた目は、天井のいたる所にあるシミを自然と俺に数えさせた。
「最初から素直にそう言え……」
眠りに落ちる直前、俺は一言だけ呟いた。
そしてすぐに目を開けてから声高に言った。
「っておい! 手帳の俺のステータスは興味無しか!」
アリスは可愛らしい寝息で俺に返事をした。
*
「……うう、少し寒いな」
夜中に俺はトイレに起き、1人でジャオン1Fを歩いていた。
ショッピングモールのソードスキルの効果で店内はほのかに明るく、延長コード無双から伸びる電灯や懐中電灯が無くても難なく歩けた。
俺は2Fに上がりゲームコーナーのガチャガチャの前まで歩くと、そのままポケットからメダルを出してガチャガチャの投入口に入れた。
ガチャ……ガチャ……
出て来たカプセルを開け、中に入っていた割符を手に取って暫く見つめた。
すると、いつものように割符は光を放ち始めた。
光は、俺とアリスの輝かしい未来を象徴するかのように段々と強くなっていった。
しかし最大限まで光り輝くと、今度は逆に光りを失っていった。
少しづつ、だが確実に光りは弱まり、完全に光りを失うと割符は音もなく消え去った。
「……ハッ! あれ、俺なにやってんだ……? なんでトイレに来たのにガチャガチャやってんだ……」
俺はいつの間にか握っている白いカプセルを見ながら言った。
「檜の割符だったよな……って事は剣技ガチャガチャか……? くそ、貯金メダル使っちまった……」
前髪の先から垂れる汗が視界を遮った。少し寒かったハズなのに、なぜか異常に汗を掻いていた。
俺はそのあぶら汗をシャツの袖で拭いながらトイレまで歩いた。
「技を閃きてえな……」
用を足していると、不意に誰かの声が俺の耳に届いた。一瞬ビクっとしたが、数秒後には自分の声だった事に気が付いた。
和室に戻ると、アリスが俺の布団を占有していた。
その小さなお腹の上ではクリスが丸まって眠っていた。
「クリス、嫌いって言ってた割にはアリスの腹の上で気持ちよさそうにしてるな……」
あるいは、床暖房として扱っているのかもしれない。しかし、それでも甲乙つけ難い2人の寝顔は見ていてとても和むものだった。
「ったく、しゃーねーな……」
俺はアリス達に布団を掛け、そのまま空いているアリスの布団に潜った。
「あなたでよかったわ……」
アリスが寝言を呟いた。一瞬、また俺が知らぬ間に喋ったかと思ったが、少し舌っ足らずな声は確実にアリスのものだった。
「確か、寝言に反応するとその人の魂が戻れなくなるって話だったよな……」
なので、心の中で返事をするに留めた。
俺も、お前と一緒にこの異世界に来れて良かったよ……。
願わくば、この先も一緒に――
『二部 おしまい』




