84 朱に交われば赤くなる
レリアの薄いピンク色の髪はふんわりとして柔らかく、全体的に少しウェーブがかっていた。
俺はその乙女の命に慎重かつ大胆にハサミを入れ、毛先を少しずつ切っていった。
「ウキキ様、思っていたより上手ですわね」
正面の鏡越しに俺へと視線を向けながらレリアが言うと、代わりに隣で見ているアリスが口を開いた。
「ホントね! 私も今度やってもらおうかしら!」
「……まあ姉貴に鍛えられたからな。身内以外の髪を切るのは初めてだけど、結構楽しいな」
美少女の綺麗な髪なので、尚更かもしれない。
今やレリアの大事な大事な乙女の命は俺の支配下で、入れるハサミをなんの抵抗もなく受け入れている。
そして少しだけ指先に力を込めると、乙女のつぼみは儚く切り落とされる。少しずつ、俺の手で。
「ぐへへ……」
「あなた、なんだか気持ち悪いわよ……」
背中に感じたチョップの衝撃はごく僅かだった。俺の手元が狂わないようにアリスが気を使ったようだ。
「屋敷の庭で、カイル様に髪を切ってもらった時の事を思い出しますわ」
レリアは鏡の中のアリスを見て微笑みながら言った。
「レリアは金獅子のカイルに憧れて幻獣使いの騎士を目指したんだよな?」
「ええ、小さい頃に助けられて以来カイル様はわたくしの憧れですわ」
「へーそうなのか。……で、カイルは今どこにいるんだ?」
俺は真夜中にショッピングモールに現れた、ピエロに扮したカイルと思わしき男の事を考えながら聞いた。
アナからレリアが取り乱すからその事は言うなよと念を押されたので、その点は気を付けていた。
「分りませんわ、もう何年も会っていないの。……死んだと言う方もいれば、天狗の姿で山を駆けまわっていただとか、北の大地で河童の恰好をしていただとか……。まあ、色々な噂が飛び交っていますわ」
「基本、コスプレなのか。それで最強とか訳が分からないな……」
「そうですわね。でも、わたくしが見たところウキキ様もいい線を行ってましてよ。もちろん、カイル様には遠く及ばないけど」
褒めているのか、けなしているのか。
まあ、褒めているのだと好意的に受け取り、俺はレリアの頭をポンポンと軽く叩いた。
「よし、完了だ」
「あなたがイタチちゃんで断髪した場所が綺麗になったわね! 長さは変わっていないのに!」
俺の仕事っぷりを評価するアリスの声を聞きながら、俺はレリアを座らせているカットチェアを回転させ頭を後ろに倒すように促した。
「シャンプーしてやるから目を閉じてろ」
「お願いしますわ」
レリアはそのまま目を閉じ、俺に身をゆだねた。そして指通りのいい髪質を俺が感じていると、小さく一言呟いた。
「花の香りのするいいシャンプーですわね」
*
「お礼を言いますわ、ありがとうウキキ様」
床屋を出て、長い髪をカボチャのヘアゴムで纏めてからレリアが振り返った。
アリスにコーディネートされた服を着ているレリアは元の世界の住人みたいで、美少女という事を除けばどこにでもいる中学生の女の子のようだった。
青いショートパンツから伸びる脚は――
「ニヤニヤとしていやらしいわよ! この変態!」
レリアを眺めている俺の首に、アリスのモンゴリアンチョップが炸裂した。
「ぐえっ……だからモンゴリアンチョップは喉仏に当たらないように角度を考えろ! あと、せめてもう少し語らせろ!」
「それより、鈍感なあなたは気付かないようだから私から言うけれど、私の髪も少し変わっているでしょ! 村のおばあちゃんから教わったのよ! どう!?」
モンゴリアンチョップを終えたアリスが長い黒髪を揺らしながら言った。
「髪……? どうって、なにか変わってるのか?」
「変わっているじゃない! よく見てちょうだい!」
そう言いながら、アリスはその場でくるりと回った。
「……分からん。ぱっつん前髪が少し伸びたとかか?」
「違うわよ! ……はあ、ホントあなたにはガッカリ。行きましょうレリア」
ハテナマークが頭上に浮いている俺を置いて、2人は階段を下りツゲヤの方へと歩いていった。
「おい……答えを言わないつもりか! 無駄な疑問を俺に植え付けるな!」
「分からないあなたがいけないのよ! 鈍感すぎよ!」
「あ、分かったぞ! 髪と見せかけて、実はおパンツ様がブタからクマに変わってるとかだろ!」
「お黙り! この変態!」
2人を追いかけて俺も階段を下ると、噴水の淵に座っているボルサが目に入った。
神妙な面持ちでなにかを考えているようで、気になってその元まで歩き隣に立った。
「どうしたんだ?」
「ああウキキ、レリアさんのヘアカット終わったみたいですね。……いえ、昨日ウキキが言ってた、ウキキ達以前にショッピングモールごと転移した人物について考えていました」
「その事か……。まあ、そう断定した訳じゃないけどな。チルフィーは俺達が転移した日から、少なくとも7日前まではショッピングモールなんか無かったって言ってたし」
俺は噴水の淵に腰を下ろしてから続けた。
「つまり本当にそんな人物がいたとしたら、ショッピングモールごと現れてショッピングモールごと消えたって事になるんだよな……」
訳の分からない話だけど……黒いガチャガチャに残ってたメダルやフェンリル達が噴水の水の効果を知ってた事を考えると、やっぱその可能性が高いよな……。
くそ、旦那狼にちゃんと聞けばよかった……。
思考の追加を口に出さずに済ませると、ボルサは立ち上がってから屈伸を一度した。
「いたとしても、自分から大っぴらにその事は言わないでしょうね。僕もその事は伏せていて、知るのはごく一部ですし」
「メリットよりデメリットの方が多そうだもんな。……じゃあ、ボルサは俺達以外の転移者は知らないのか?」
俺は何気なく噴水の水に浮かぶルナリアの葉を突っつきながら聞いた。その際に濡れた指先をジーンズで拭こうとしたが、なんとなく勿体なかったので舐めておいた。
「いえ、1人だけ知ってます。森爺と呼ばれる人物です。領主の街……ハンマーヒルに住んでます」
「森爺なのに丘に住んでるのか……」
「もし会いに行くなら、僕の名前を出してください。すぐに会ってくれるはずです」
「そのうち行ってみるかな……。ハンマーヒルね、覚えとくわサンキュー」
俺が礼を言うと、ボルサは胸元からなにかを取り出した。
どうやら綺麗に折りたたまれているその羊皮紙はこの大陸の地図のようで、ボルサは噴水の淵にそれを広げた。
「このショッピングモールの北にある川を渡って、そのまま進めばハンマーヒルです」
「おお! ちょっと手帳にメモらせてくれ! ……あああ手帳和室だ! 取って来るから待っててくれ!」
初めて見たこの異世界の地図に俺のテンションはMAXになり、急いでジャオン1Fの和室へと向かった。




