81 昨日の敵は今日の友
「しっかし、あんだけ倒したのに蜘蛛からドロップ無しか」
アナや領主代理達を乗せた2台の馬車を村の入り口から見送り、井戸の方へと歩きながら俺は言った。
馬車にはソフィエさんも乗っていた。領主の街に用があるみたいだが、詳しくは聞いていなかった。
と言うか、ソフィエさんとはあまり話を出来ないでいた。
是非ともあの正統派美女であるソフィエさんとガツンと絡みたかったが、なかなか機会が訪れず遠間からチラチラと眺めるぐらいしか出来なかった。
縄で縛られていた手首の痕はまだ残っているようで、アリスから貰った赤いシュシュを両手首に着けて微笑む姿が俺の脳裏に焼き付いていた。特に、程よい大きさのお胸様は3倍ズームで脳内フォルダに保存されていた。
「ぐへへ……」
「ウキキ? 聞いてますか?」
隣を歩くボルサが怪訝な表情を浮かべた。メガネには触れずにいる……いや、触れた。
「まったく聞いてなかった。なんだっけ?」
「蜘蛛の話ですよ。蜘蛛は月の欠片を残しません、飛来種ですから」
「飛来種? なんだそれ?」
「宇宙を漂う彗星がどこからか運んだ種……それが、飛来種と言われてます」
「なるほどな……ロマン溢れる話だ」
彗星って、太陽系外縁部のオールトの雲から来るんじゃなかったっけ?
という野暮なツッコミをしそうになったが、止めておいた。まあ、便宜上そう呼んでいるのだろう。
「あっ! そういや、蜘蛛の話を聞きそびれてたぞ!」
少し大げさに動きながら俺が言うと、前をレリアと並んで歩いているアリスが反応した。
「朝見た蜘蛛は殺せ、夜見た蜘蛛も殺せ……って話の事?」
「殺人鬼か! 違う、朝見た蜘蛛は逃がせ、夜見た蜘蛛は殺せだ!」
「殺蜘蛛鬼じゃない?」
「ああ、そっか人じゃないか……アリスにツッコまれるとは……。あ、そういやレリア、アナと離れて寂しくないのか? なんでお前も戻らなかったんだ?」
俺が聞くと、ピンク色の長い髪を風に揺らしながらレリアが振り向いた。
「例の件もあるし、わたくしは残って一緒にショッピングモールを視察しろとアナ様に言われましたわ」
「例の件……アリスとなにか約束でもしてたのか?」
「あなたとの約束でしょ! レリアの髪の毛をショッピングモールで切り揃えてあげるって言っていたじゃない!」
アリスはフワリとジャンプをして、俺の後頭部にチョップを入れながら言った。
「ああ、そうだったな……。ってか今のままでも良いだろ……」
「ダメよ! レリアはあなたに切ってもらうのを楽しみにしていたのよ!」
「アリス、わたくし別に楽しみにはしていなくてよ……」
とレリアは言ったが、ワクワクとした表情は隠せないでいた。
自分の従者が死霊使いだったという事にショックを受けていたので、ショッピングモールへの同行はアナがレリアに息抜きをと考えたのかもしれない。
レリアの従者はアラクネの封印を解き、その混乱に乗じて死ビトを使って村を襲った。
領主代理達は今回の騒動をそう纏めていた。しかし、俺はどこか腑に落ちなかった。
だいたい、なんの為に村を襲ったのだろうか? まあ、それはこれから行われるであろう取り調べで明らかになる事を願うしかない。
「あっ! そういや、大事な事を忘れてたぞ!」
再び俺が大げさに動きながら言うと、ボルサが待ってましたと言わんばかりに口を開いた。
「朝の蜘蛛――」
「森の上空に昇っていた煙の事ね!」
ボルサがなにかを言いかけたが、それをアリスがかき消した。
「ああ、それそれ。結局あの煙はなんだったんだ?」
「クワールおじさんが、村の近くでトロールを見た人がいると言っていたわよ? 私達が見た煙は、村の危機を知らせる為にトロールが焚いた物じゃないかって」
「トロールが……。そっか、生きてたのか……」
友人になれるとはとても思えないが、しかしそういう事ならもう一度会って話をしたく思った。
村の危機と言うよりは森の危機を嘆いての行為かもしれないが、それでもそのおかげで村を守る事が出来たので感謝せずにはいられなかった。
トロールの住処があった場所にも行ってみたいな……。
俺はそう考えながら、井戸の前に置いておいたボディバッグに手を伸ばした。
*
「出でよ鎌鼬!」
ザシュザシュッ!
「あ、あああっちからも来るぞ!」
領主代理の甥が、慌てて後方を指さした。
「アイス・アロー!」
ズシャーー!
アリスの氷の矢はいとも簡単に後方の死ビトの頭部を貫き、頭部を失った死ビトはそのまま草原の岩の元で膝から崩れ落ちた。
「まだ結構いましたね」
槍の穂先をハンカチのようなもので拭きながらボルサが言った。俺は頷いてからダガーを腰の鞘に納めた。
「あなた、そのダガーどうしたの?」
頭の上にチルフィーを座らせているアリスが、そう言いながら俺の元に駆け寄った。
「レリアの従者が持ってたやつを貰ったんだ。アナに貰ったのは折れちゃったからな」
「それは横領だな。マイナス評価になるぞ」
甥が帳簿のようなものに記入しながら言った。
「う、うぜえ……。あんたの叔母が使っとけって言ったんだよ」
「叔母じゃない、伯母だ。またマイナス評価だな」
「どっちでもいいだろ! ってか、なんで分かったんだよ!」
くそ……ボルサとレリアは大歓迎だけど、こいつは鬱陶しいな……。
ってか、護衛も連れずに付いて来るとは……まあ、あんな事の後だし兵士に余裕がないのかな。
いや……俺達を護衛だと思ってるのか? ショッピングモールまで徒歩と知って喚いてたのに、やけに元気だしな……。
背の低い甥のポッコリお腹を見ながら考えていると、ボルサが俺の耳元で小さく言った。
「クワールさんに、自分は村の後始末で同行できないのでウキキ達を頼むと言われてます。僕がいるからには、ウキキ達の悪いようにはさせませんよ」
「そっか……ありがとう。でも、視察って具体的になにをするんだ?」
「領地に富をもたらすか、領地に害をもたらすか……。それを確認したいんだと思います。強引にショッピングモールの全てを奪おうと考えるほど愚かではないので安心してください。領主代理は優秀な人です、ウキキ達を味方に引き込んだ方が領地の為だと考えていますよ」
ボルサは段々と声を張りながら言った。甥に聞かせたい部分だけを聞かせようとしたみたいだ。
「そうだ……領主が倒れてから必死に優秀に代理をこなしてるんだ。伯母には敵が多い、ボクがサポートしないと……」
小さな声で甥が呟いた。聞き取るのが困難だったが、その言葉には意志が宿っているように思えた。
その意志を露わにした甥のお腹を、アリスが突っついた。
「元気出しなさい甥ちゃん! 私も領主代理の事はステキなおばあちゃんだと思っているわ!」
「あ、アリスたん。お腹を突っつくのはよしてくれよ……。はいアリスたんプラス評価」
……アリスに翔馬に乗せられてショッピングモールで傷を癒されたからか、妙に甥はアリスに好意的になっていた。アリスもアリスで、突っつき心地の良い甥のお腹を何度もプニプニとしていた。
「見苦しいですわね……」
レリアが言った。確かに11歳の女児にお腹を触られて喜んでいる甥は見るも哀れと言えた。
だが、俺は声を大にして言いたい。触れるなら、俺の鍛えられたお腹に触れろと。
「あ! 死ビト消えたわよ! 月の欠片を落としたか確認してちょうだい!」
死ビトが横たわっていた場所を見ながらアリスが言った。草原で倒した死ビトはいつの間にか全て消えおり、僅かな数の月の欠片を残していた。
「6体も倒して1つか。……あれ、ってか村で倒した死ビトの欠片は? アリス拾ったか?」
「ああ、それなら領主代理が兵士に集めさせていたわよ。遠征代の足しにするって。でも、いくつか私にくれたわ」
「おお、良いところあるな領主代理……いくつだ?」
俺が聞くと、アリスは赤いリュックのポケットをまさぐった。
「2つね!」
「少な! あんだけ倒してそれしかくれなかったのか!? ケチ過ぎるだろあの婆さん!」
思わず叫ぶと、甥が帳簿を取り出した。
「はい、ウキキまたマイナス評価」
「うるせーバカ! ケチにケチって言って何が悪い!」
「はい、目上の人間に対する言葉使いが悪い。マイナス評価……おっと、合計-10ポイントだな。査定-1だ」
「うっせーバーカ! うっせーバーカ! うっせーバーカ! 知るかそんなもん! 閃きてえ! アリス、触れるなら俺のお腹にしろ!」
言いたいだけ言ってやった。特に最後の部分は強調しておいた。




