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77 軌道予測

「しっかりするであります!」


 チルフィーが俺の耳元で言った。


 そうだ……。しっかりしないとな……。

 俺はアリスの優しい希望……なんだからな。


 しかし、俺に言わせればアリスの方がよっぽど俺の優しい希望だった。この異世界での俺の存在価値の全てだった。

 今、俺がここにいるのはアリスが無意識に召喚した結果だが、それさえもアリスにありがとうと言いたい程だった。


「俺を選んでくれてありがとう。お前こそ俺の優しい希望だよ……」


 考えが口に出てしまった。

 こうして再び言葉にすると、俺の心臓が先程よりも更に鼓動を早めた。


 鼓動は4ビートから8ビートに変わり、そのリズムに体が慣れる前に今度は16ビートを刻み始めた。


 その瞬間、俺は忘れていた大事な事を思い出した。


「優しい希望……そうだ……」


 そうだった……。

 俺の名のユウキ……忘れていたその漢字は……


 優希!


 それを思い出すと、その名に因んだエピソードまでが溢れる泉のように脳内に蘇った。


 小学生の頃、女っぽい名前だとからかってきた友達に対し、『優希が男の名前でなんで悪いんだ!』と言って胸倉を掴みケンカになった事があった。

 そのあと、俺は複数人の軍人に取り囲まれてボコボコにされた気がする。


 いや、なんか昔に見たアニメの記憶が交じった気がするな……。


 名を取り戻したなら、次はなにをしよう?


 そんな事は決まっている。まずは立ち上がろう!


 俺は体に力を込め、痛みに耐えながらなんとか立ち上がった。

 包帯を巻こうとしてくれているアナが驚いた様子でなにかを言ったが、よく聞こえなかった。


 アラクネの蜘蛛の糸は未だ俺の体に突き刺さっていた。

 煩わしかった。鬱陶しかった。なのでまずは腹部の糸を、せーので引き抜いた。


 鮮血が滴り落ちた。それは、俺が生きている証でもあるのだと考えた。


 確か……前にもこんな事を思ったよな……。

 けど、生者の証とは言え痛みで動きが鈍るのは嫌だな……。

 じゃあどうする? 傷を治そう。治るのか? 治るだろ。名前の漢字も思い出したし。

 いや、思い出したからってそんな都合のいい事が……。

 いやいや、でも名を取り戻したら、なんか特典的なものがあって当然だよな……。


キュイン!


「閃いた! 治癒気功!」


 初めて閃いた拳技は回復技だった。


 患部に当てている手がほんのりと光り、出血を止めて痛みを和らげた。

 噴水の水や包帯ほどではないようだが、応急処置としては上出来だろう。


 同時に、脳内にアドレナリンが駆け巡った。

 我が身が我が身ではないような感覚になった。

 俺は今、空を飛んでいた。海を潜っていた。宇宙空間を漂っていた。

 そのどれもが当てはまりそうな心地よい気分だった。ずっとこのままでいたいと強く思った。

 

 ……って! アドレナリンに脳を焼かれるところだった! 閃きの快感やべえな……。


「落ち着くのじゃ召喚士アリス。うぬの気が荒れると召喚獣である儂の力が弱まる……」


 手のひらと胸に刺さっている糸も抜いて治癒気功を行っていると、不意にフェンリルの言葉が鼓膜に飛び込んできた。


「ごめんなさい、でももう大丈夫よ! さあ、私とフェンリルで全てを終わらせるわよ!」


 元気だが、どこか悲し気なアリスの声が脳に響いた。


 強がってはいても、やはりまだ俺の事が心配なのだろうか。アラクネと互角に渡り合っていたフェンリルの力は弱まり、今は防戦一方のようだった。


「俺は大丈夫だアリス! だからフェンリルに集中しろ!」


 アリスの元に駆け寄りながら俺は言った。

 すると、アリスは振り返ってから涙の痕が目立つ表情を満面の笑みに変え、小さい拳を突き出して来た。


 俺はその拳に自分の拳を軽く当て、高らかに宣言をした。


「さあ、無双の始まりだ!」


 フェンリルに加勢してアラクネと対峙しようとすると、その出鼻を挫くように後方から中蜘蛛が迫った。


「ウキキ!」


 ボルサが俺への注意喚起を行った。

 それと同時に、俺は飛び跳ねた中蜘蛛に腕を構えた。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 二撃の斬風は、いつもより斬れ味が増しているように思えた。

 不思議な感覚だった。使役し慣れている幻獣だが、鎌鼬自身がまだ満足していないように感じた。


「幻獣出せるのでありますか!?」


 4つに斬り分けた中蜘蛛を見ていると、チルフィーが俺の頭に着地した。


「ああ、さっき玄武を使役し損なったのは……」


 今なら分かる……。さっき玄武を使役してシールド展開してたら、俺の体力が尽きて動けなくなってたんだ……いや、命の危険もあったのかもしれない……。

 そうだろ玄武? 俺の体を気遣ってくれてありがとうな……。

 でも、もしそうなったとしても……護りたい者を護る為に、俺の事は気にしないで力を貸してくれ!


 胸に手を当てると、俺の体内に住む幻獣が少しだけ熱を上げた。それは、了解の合図であると同時にもっと暴れさせろと言っているように感じた。


「よし! アラクネをやるぞ! いつでも風の加護を発動出来るように集中してろよ!」

「了解であります!」


 駆け出しながら俺は言い、左手でダガーを握りしめた。


 アリスとフェンリルは、ともに頭の上の輪っかを光らせながらアラクネと戦っていた。

 もうかなりの時間フェンリルの召喚が続いているので、アリスは相当な量のマナを供給しているはずだが、それでも自身の足でしっかりと立っていた。


「まあ、それは俺の召喚に対する勝手な思い込みかな」


 言いながら、アラクネに向かって腕を突き出し木霊を使役した。


「出て来いや木霊!」


――出たで ――久しぶりやで ――蜘蛛デカッ


 足の高さだけで5メートルはあるアラクネになんとか攻撃を入れようと、木霊の階段を配置して駆け上がった。

 そして3体目の木霊から足に力を込めて思い切りジャンプすると、アラクネを遥かに超える高さまで上昇した。


「って、高すぎる! 木霊! 今、俺がジャンプする時に合わせて頭を突き上げたろ!」


――しゃーなしにやで!


「いや、サポートはありがたいけど先に言え!」


 俺が苦情を入れると、既に木霊は還っていた。


 蜘蛛部分の頭胸部に鎌鼬をぶっ放すつもりだったが、高く上昇し過ぎたので仕方なく真上からアメリアの後頭部を狙って腕を構えた。


「好きなだけ暴れてくれ! 出でよ狐火!」


ボオオオオオオオォォォ!!


 狐火の尻尾から放射された炎は、今までよりも明らかに大きく激しかった。

 フェンリルとの戦いに集中していたアラクネはモロに狐火の火炎に包まれ、耳を塞ぎたくなる程の絶叫を上げた。


ギィイイイエエエエエエエエ!


 断末魔ではなさそうだった。

 炎に包まれながらも、アラクネは蜘蛛の足を自由落下中の俺に伸ばした。


「出でよMAX鎌鼬!」


ザシュザシュッッ!!


 鎌鼬のX斬りもまた、普通に使役するよりも大きく鋭かった。

 小文字のxから大文字のXに変わったような二撃の斬風は蜘蛛の足を斬り裂き、緑色の体液を溢れさせた。


 やっぱり……今までは俺の体力を考えて力を抑えてくれてたんだな……。みんなありがとう!


「ウキキ! 落ちてるであります! 地面に激突するであります!」


 チルフィーが落下中の俺を追いかけて髪の毛を引っ張りながら言った。


「世話の焼ける奴じゃな……」


 宙を駆けるフェンリルが、俺の襟元に噛み付きそのままアリスの元に着地した。


「儂が助けなかったらどうするつもりだったんじゃ……」

「すまねえ。なんか空も飛べそうな感覚だったんだけど……無理に決まってるよな。閃きの快楽物質がまだ脳内を巡ってる気がする……」


 立ち上がりながら俺が言うと、フェンリルが呆れたような表情のまま再び口を開いた。


「それより、アラクネの目が赤い光を失った……。うぬに殺意が向いたのではないか?」

「あ……マジだ……」

「そう言う訳じゃ……早く召喚士アリスから離れろ。殺意を向けている相手以外にも攻撃の手は及ぶから気を付けるんじゃぞ」

「おう、任せろ!」


 フェンリルの忠告を背中で聞きながら、俺はアリスから離れようと走った。


「いてっ……!」


 コケた。


「あ、足が重い……。幻獣をMAX使役したせいか? 多用しない方が良さそうだな……」


 アラクネの目に注意を向けながら素早く立ち上がると、間抜けとディスったフェンリルがそのまま続けた。


「うぬの獣の眼。殺意を視るだけか?」


 フェンリルの意味深な発言を考える間もなく、アラクネが切断された方とは逆側の蜘蛛の足を俺へと伸ばした。


「よく視ろ。今のうぬなら儂と同じものが視える」


 よ、よく視る……蜘蛛の足をか……?


 目を凝らした。


 ジョロウグモのようなアラクネの足は黒と黄色の毒々しいツートンカラーだった。

 タランチュラのような中蜘蛛ほどではないが、多少は毛も生えていた。その毛は、空気抵抗によって激しくなびいていた。


 次の瞬間、伸びている蜘蛛の足が更に伸びた。


 よく見ると、その伸びた部分は青かった。一瞬意味が分からなかったが、すぐにこれは伸びている足の軌道予測なんだなと理解した。


「見えた! 打ち弾き!」


 軌道予測が見えれば、それを打ち弾くのも難しくは無かった。

 俺の振ったダガーは蜘蛛の足を的確に弾き、同時に高い音とともに砕け散った。


「あなた凄いじゃない!」


 アリスが目を輝かせながら俺に駆け寄った。


「ああ……。ダガーは折れたけど、無双の始まりだ!」


 俺はアリスの頭に手を置き、再び高らかに宣言をした。


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