表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

77/501

76 かけがえのない

 その妖艶な姿の化物に、俺は問う。


 お前は何者だ?


 返事は無い。


 それならば、と、質問を変えてみる。


 お前は敵か?


 やはり返事は無い。


 しかし、答えはすぐに判明した。


「人ヨ滅ベ」


 アラクネの頭胸部を破って現れた『人』の言葉には感情が無かった。

 いや、巨大なジョロウグモと紫色の長い髪の女性を合わせてアラクネなのだろう。


 そう俺が認識すると、フェンリルが静かに口を開いた。


「アメリア……」


 フェンリルの呟きにはアラクネとは対照的に、様々な感情が込められていた。


「この女性が大召喚士アメリア・イザベイルなのか……?」

「いや、すまん気にするな……。姿形はそうじゃが、ただの傀儡でしかない……」

「気にするなって言ってもな……」


 フェンリルはかつてアメリアの召喚獣としてともに歩み、死線を潜り抜けてアラクネを封印した。

 はずだが、何故アメリアがアラクネと同化しているのだろうか。そして、果たしてフェンリルはそんなアラクネを攻撃出来るのか?


 アリスと血の契約を行って召喚獣に戻り力を増したフェンリルだったが、意気消沈しているその様はかえって弱くなったようにも見えた。


「誰がじゃたわけ。うぬの心情考察は適当じゃのう……」


 フェンリルが俺の心を読み、宙を駆けながら言った。


 次の瞬間、青いオーラを纏ってアラクネに巨大な爪を振り下ろした。


 アラクネは片手でそれを悠々と受け止め、蜘蛛の足をフェンリルへと伸ばした。

 しかし、フェンリルもその足による刺突を空中で宙返りをして避け、そのまま地に足を着けた。


 フェンリルは大気中の水分を凍らせて足場を作っているようだった。

 それはアリスのアイスキューブのように混じりっけのない綺麗な氷だったが、暫くすると消えてしまうようだ。


 俺は瞬きを一つした。

 目を開けると、既にフェンリルは宙にいた。

 再びアラクネに爪撃を仕掛け、アラクネも先程と同じようにそれを防いだ。


 よく見ると、アラクネは防御の瞬間、手に蜘蛛の巣を張っていた。それでフェンリルの爪撃を防いでいるようだ。


「相モ変ワラヌ単調ナ動キ。滅ベ犬」


 アラクネが挑発とも取れる発言をすると、フェンリルが大きく咆哮した。

 次の瞬間、フェンリルの周りに氷の矢が発生し、僅かな時間差を経て全てが放たれた。


「私のアイス・アローみたい!」


 なるほどアリスの表現は正しかった。しかし、その大きさと数は段違いと言えた。


 アラクネはそれに備え、両手で蜘蛛の巣を張った。

 1つ、2つ、3つと、吸い寄せられるように氷の矢がネットのような蜘蛛の巣に飛び込んだ。

 しかし後半に放たれた矢はネットには収まらず、4つ、5つ、6つと蜘蛛の腹部を捉え突き刺さった。


ギイイイエエエエエエ!


 と叫ぶアラクネに、表情も口調も変えずにフェンリルが言い放った。


「相変わらず脳まで虫じゃな。誰が同じ箇所を狙うものか」


 言い切る直前に、フェンリルは直接アラクネの周りに氷の矢を発生させた。

 その12本の矢を視認したアラクネの表情は先ほどよりも曇っており、焦りという感情を表に出していた。


「許せアメリア……」


 フェンリルは悲しげな声を上げた。

 と同時に、12本の矢が一斉にアラクネを襲った。


ギィイイイエエエエエエエエ!


 断末魔である事を、俺は願った。


「圧倒的ですね……」


 ボルサが言った。


「ああ……。我々の出る幕は無いな……」


 アナが続いた。


 アリスは黙っていた。黙って頭の上の輪っかを光らせていた。

 不意に、アリスが足の力を抜いてフラっと傾いた。


「おい! 大丈夫か!」


 俺は倒れかけたアリスの肩を支え、自分の胸に引き寄せた。


「ありがとう……大丈夫よ。ちょっとフラっとなっただけ」


 そう言うと、アリスは俺の胸から離れて再び地面を踏みしめた。


「アリスは今、フェンリルにゲートからマナを供給してるであります。慣れないと足がふらつくのも無理はないであります」


 俺の頭上のチルフィーが言うと、ボルサが続いて口を開いた。


「ええ、でも初めてであれだけの召喚獣を保てるのは驚愕の一言です。普通なら召喚した瞬間に倒れています」

「そうなのか……。アリス、マジで大丈夫か?」

「大丈夫よ! でも、召喚しながら私が魔法を撃つのは無理そうね……。フェンリルに集中するので精一杯だわ!」


 今のところはね! とアリスが付け加えると、未だ青いオーラを纏っているフェンリルが俺達の前に着地した。


「気を抜くな……。まだ終わってはおらぬ」


 フェンリルがアラクネを見据えたまま言うと、氷の矢が突き刺さって肘から先が垂れ下がっているアラクネの腕が上を向いた。


 その腕から、360度すべての空間に無数の鋭い蜘蛛の糸が伸びた。


「っ……!」


 戦慄が走り俺が玄武を使役しようとした瞬間、フェンリルが前方に氷の盾を展開した。


 無数の蜘蛛の糸が氷の盾に突き刺さった。


 すべてを防いで俺達を守ったように見えたが、しかし何本かの糸は氷の盾を貫いていた。


「うっ……」


 ボルサとアナが同時に呻き声を上げた。

 ボルサは腹部に、アナは肩に糸が突き刺さり、鮮血を滴らせた。


「大丈夫か!」


 崩れ落ちた2人に俺は言い、地面に転がっている包帯に手を伸ばした。すると、アナは肩を抑えながらそれを俺の手から奪った。


「だ、大丈夫だ……包帯ぐらい自分達で巻ける……。ウキキ殿はアリス殿を守ってくれ……」


 アナが言うと、ボルサがアナの言葉に続くように首を縦に振った。


「わ、分かった……。少し下がって休んでてくれ!」


 俺はアリスの前に立ってから言った。


 すると、その場所を譲ったフェンリルが地面を蹴って宙を駆けた。

 そして空中から氷の矢を放ち、同時に爪を振り上げながらアラクネに迫った。


 そこから暫く、フェンリルとアラクネによる怪獣戦争が続いた。


 実力は互角と言ってもいい程に均衡しているようで、フェンリルの爪撃がアラクネを捉えたと思った次の瞬間には、アラクネの蜘蛛の足がフェンリルの白い体を貫いていた。


 両者ともに攻撃がヒットする回数が段々と増えていった。


 アリスを見ると、ぱっつん前髪の下から一筋の汗を垂らしていた。かなり集中しているのだろうか? 知恵熱のように顔も赤らめていた。


 その汗が頬を伝って顔から滴り落ちたと同時に、フェンリルが一度距離を取って地面に着地した。


 すると、アラクネが静かとも激しいとも受け取れるような声でフェンリルに言った。


「犬。先程ノ脆い盾トイイ、ドウヤラ以前ヨリ劣ッテイル様ダナ。召喚士ノ違イカ?」

「虫。貴様こそ、老婆の姿のままの方が良かったのではないか?」


 お互い言い合った次の瞬間、フェンリルはもう何度目かも分からない爪撃をアラクネに繰り出した。

 しかし、アラクネはそれを蜘蛛の巣を張って受けようとせず俺達に目を向けた。


「死ネ召喚士」


 言葉の通り、矛先はアリスに向けられた。


 それは俺の予想通りの行動だった。いつかフェンリルの召喚士であるアリスに攻撃が及ぶだろうと考えていた。


「出でよ玄武!」


 俺は、アリスの前で放たれた何本もの鋭い糸に向けて腕を構え叫んだ。


 しかし、玄武は現れなかった。使役を成さない俺の腕は、アラクネが脆いと言ったフェンリルの氷の盾とは比べるのもおこがましい程に意味を成さない防衛手段となっていた。


「ぐはっ……!」


 構えた腕の先から、アラクネの糸の1本が突き刺さった。

 それは肩まで突き刺さり、同時に他の糸は俺の腹部やら胸部やらを突き刺していた。


 俺はそのまま後ろに倒れ、洞窟の天井が自然と目に入った。


 次にフレームインしたのは、アリスの泣き叫ぶ顔だった。


 チルフィーの大声も聞こえた。耳元で怒鳴る風の精霊の声は、なるほどうるさかった。


 それから1時間程が過ぎた。いや、実際は数秒だったかもしれない。

 すると、俺の胸に顔をうずめていたアリスが立ち上がり、静かに口を開いた。


「あなたは私の優しい希望。かけがえのない優しい希望。あなたをこの異世界に召喚してしまった責任は私が取るわ」


 そう言うと、長い黒髪をなびかせながらアリスは前を向いた。


「優しい希望……」


 アリスの言葉を反復した瞬間、俺の胸が鼓動を強めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ