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74 鋭利な糸

 蜘蛛の巣が所々に張っている洞窟内で、ボス狼と巨大な蜘蛛であるアラクネが死闘を繰り広げていた。

 俺達が来る前から行われているその怪獣戦争の熾烈さは、崩れ落ちた祠や砕かれた岩々を見れば一目瞭然だった。


 両者ともに身を削っていた。命を削ぎ落としながら戦っていた。

 だが、ボス狼の流す血の量はややアラクネが優勢である事を物語っていた。


「出でよ狐火!」


ボオオォォォ!


 俺はそのボス狼のサポートをしようと、湧いている小蜘蛛を優先的に焼いた。


「あっちの卵から中蜘蛛が孵ったであります!」

「よし行くぞ!」


 産まれたばかりの中蜘蛛は、俺達の姿を確認するなり奇怪な叫び声とともに襲い掛かった。


「出でよ鎌――」


 その中蜘蛛に向かって俺は腕を構えたが、鎌鼬を使役する直前にボス狼が飛び掛かってタランチュラのような中蜘蛛の頭胸部に噛み付いた。


「邪魔じゃ小僧。離れておれ」


 一瞬で中蜘蛛の頭胸部を引き千切り、ボス狼が言った。

 その声は威厳のある高貴な女性といった感じで、魔狼フェンリルの末裔にピッタリな印象だった。


「って、喋れるのかお前!」

「人の言葉を喋るぐらい造作もないことじゃ……。それよりも、儂はうぬより召喚士に興味があるんじゃがのう」

「召喚士……誰の事だ……?」

「うぬも分かっておろう。あの幼い娘じゃ……」


 幼い娘……アリスの事か……。

 じゃあ、やっぱり俺が軽く召喚獣ってのはアリスに召喚されたって事なのか……?


 考えながら、俺は嫁狼に包帯を一生懸命巻いているアリスの姿を眺めた。

 当然アリスに自覚はないので、もしそうだったとしたら無自覚で召喚士の才能を発揮したという事だろうか。


「まあ、幼い娘の力も、うぬの微弱な力も必要ない。下がっておれ……」


 ボス狼はアラクネの伸ばす足を躱しながら言った。

 その足で砕かれた岩の破片から身を守りながら、俺は少し下がってウロウロとしている小蜘蛛に向けて狐火を使役し焼いた。


「怒られたでありますね……」

「ああ、でも綺麗な良い声だな……」

「そうでありますね」


 俺達がボス狼の声の感想を言っていると、遅れていたボルサとアナが洞窟内のこの部屋に足を踏み入れた。

 俺はすれ違う小蜘蛛を焼きながら、2人の元に駆けた。


「アナ! 麻痺は大丈夫か?」

「いや……まだまともに動く事は出来ない。しかし盾ぐらいはなれるだろう」

「そうか……。でも盾になる必要はないぞ。あまり動かないでジッとしててくれ、アラクネに狙われる危険があるそうだ」


――もう遅いわよ。


 嫁狼が宙を駆けながら言った。


 その体に、アラクネが吐き飛ばしたワイヤーのように鋭い糸が突き刺さった。


「狼ちゃん大丈夫!?」


 身をていして俺達を庇った嫁狼はそのまま地面に落ちて倒れ込み、その体にアリスが手を触れた。


 そのアリスを目掛けて、アラクネがもう一度口から糸を吐いた。


「出でよ玄武!」


カメエエエエッ!


 俺は猛烈な糸を光の甲羅で防ぎ、次のアラクネの行動に備えてダガーを構えながら嫁狼に目を向けた。


「くそっ……俺達のせいで! ……みんな気を付けろ! 狙われてるぞ!」


 再度、俺達に向けてアラクネが口を開いた。


 続けて玄武を使役するのは気が引けたが、体力を消費し過ぎて動けなくなる事よりも、全員の防御を優先して俺は腕を構えた。


 が、その糸が吐き出される前にボス狼の鋭い牙がアラクネの腹部を捉えた。


ギイイイイエエエエッ!!


 アラクネの叫びが洞窟内で反響し、俺達の耳を貫いた。


「儂を前にしながら雑魚に気を向けるとは……。儂も舐められたものじゃ」


 噛み砕いたアラクネの腹部を吐き出しながら、ボス狼は言った。

 アラクネは腹を食われた事によりその巨大な体躯を地に落とし、小刻みに足を震わせた。


「お、終わったのか……?」


 その姿を見ながら、俺は呟いた。


「そうみたいですね……」


 俺に続き、ボルサが構えていた槍を下げて言った。

 すると、まだ身構えているボス狼が更に毛を逆立てながら口を開いた。


「終わりではない、始まりじゃ……。こうなる前に終わらせたかったのじゃがな……」


 ボス狼が言い切った瞬間、アラクネの体から無数の糸が噴出された。


「っ……!」


 それは体を突き刺すような鋭いものでは無く、粘着性と伸縮性に富んだ本来の意味での蜘蛛の糸だった。


「う、動けないわよ!」


 その糸に捕らわれたアリスが叫んだ。

 アリスだけでは無く、素早く跳んで逃れたボス狼以外の全員が洞窟中に張り巡らされた糸に捕らわれていた。


「く、くそっ……頑丈な糸だな……!」


 俺は糸から逃れようと思い切り力を込めたが、ダガーを持つ腕すらまともに動かせなかった。

 チルフィーは俺の頭と合体したかのようにへばりついており、喚きながら逃れようしていた。


「ウキキ……みなさん……あ、あれを見てください……」


 不意に、ボルサが言葉で俺達の視線を誘導した。

 その先では、アラクネの頭胸部がモゾモゾと不気味に動いていた。


「チィ……現れおったか……」


 ボス狼が呟いた。


 次の瞬間、宙を駆けてアラクネの頭胸部目掛け爪を振り下ろした。


キィィィン!


 ボス狼の鋭い爪と、アラクネの頭胸部を突き破って現れた『人の手』が操るワイヤーのような糸が触れ、高い音を鳴らした。


「人が……」


 人がアラクネの中から現れた。と言おうとしたが、あまりの光景に驚いて俺は言葉に出来なかった。


 ボルサも、アナも、アリスでさえ同じようで、全員が口を閉ざしてただ眺めていた。畏れていた。


 その中で唯一、俺の頭上のチルフィーがいつもと変わらぬ口調で言葉を紡いだ。


「真っ黒な人の姿であります!」


 その通りだった。

 アラクネの中から現れた『人』は、人と呼ぶにはあまりに禍々しく、それと同時に神々しかった。


 その姿を見た瞬間、過去にこの世界の人間がアラクネを封印した後に豪華な祠を立てて祀った理由を理解した。

 この神のようであり悪魔のようでもある存在は、畏れるよりも祀って味方に付けた方が安心と言う名の幻想を抱き心穏やかでいれると考えたのだろう。


 め、目が離せない……。

 なんだこいつは……本当に神とでも言うのか……?


「いや、悪魔じゃ」


 ボス狼が俺の思考を読み取ったように……いや、実際に読み取ったのだろうか? とにかく綺麗で穏やかな声で言った。


 しかし、心は穏やかとは言えないようで、若干焦った様子でアリスの目の前に跳び移り先程よりも1オクターブ高い声を響かせた。


「召喚士の幼子よ……。儂と血の契約をするのじゃ」


 ボス狼は、アリスに絡み付いている蜘蛛の糸を裂きながら続けた。


「この体のままではアラクネを滅ぼすには至らぬ……。儂を魔狼フェンリルに戻せ」

「おい……なに言ってんだ? アリスにそんな事……出来るのか? いや、出来たとしてもフェンリルに戻せって……お前、フェンリルじゃなくて末裔だろ?」


 動かない体の中で、唯一動く頭をアリスとボス狼に出来るだけ向けながら俺は言った。


「フェンリルの末裔か……人は勝手な事を言ってくれるものじゃな……」

「違うの?」


 蜘蛛の糸から逃れたアリスが、ボス狼の頭に触れながらその言葉に疑問を投げた。


「儂こそがフェンリル……。かつて大召喚士アメリア・イザベイルとともにアラクネを封印した魔狼フェンリルじゃ」


 ボス狼が魔狼フェンリル……?

 末裔じゃなくて本人なのか……?


 俺がボス狼の言葉に驚いていると、その白くて大きな体を後ろからアラクネの糸が襲った。


 鞭のように扱われた糸はボス狼の背中に突き刺さったが、ボス狼はそんな事は気にせずに今度は俺を捕らえている蜘蛛の糸を斬り裂いた。


「お、おい背中大丈夫か!?」

「儂が召喚獣に戻ればこんな傷は関係なくなる……。アラクネは暫くは大した事は出来ぬハズじゃ、その間に……」


 ボス狼は再びアリスに体ごと向いて続けた。


「早く儂と血の契約を行うのじゃ」

「血の契約……私にそんな事が出来るの?」


 アリスは嫁狼の元で膝を突きながら包帯を当てた。

 嫁狼は虫の息だったが、まだ命を取り留めていた。


「出来るもなにも、うぬは既に召喚を遂げておる……。その小僧はうぬが召喚した人間じゃ……無意識で召喚したんじゃろう、ほんの少しだけ召喚獣の気配を放っておるわ……」

「私が、この人を召喚……? あなた、私の召喚獣だったの!?」


 アリスが俺を見ながら目を輝かせた。輝かせる場面では無いと思うが、確かに輝いている。


「いや、召喚獣じゃない。人を獣扱いするな。まあ、カテゴリー的には召喚獣ってところか? ……それより、嫁狼には俺が包帯を巻くから、お前はフェンリルと……」


 俺はアリスから包帯を受け取りながら言った。


「ウキキ殿、私がやろう……。私達を助けてくれた大狼だからな……」

「アナ……分かった頼む。でも、まだ体が麻痺してるんじゃないか?」


 腰の鞘からダガーを抜き、俺はアナとボルサに絡み付いている蜘蛛の糸を斬り裂いた。

 すると、アナは右半身の麻痺具合を確かめながら口を開いた。


「まだ麻痺してるが……包帯を巻くぐらいは出来そうだ」


 アナはそう言い、嫁狼に包帯を巻き始めた。


「そうか、じゃあ俺とボルサは……」

「みんなの防衛ですね」


 ボルサが俺の考えを見抜くと同時に、アリス達の前に立って槍を構えた。


「ああ、体の張りどころだ!」


 俺は、ボルサよりも半歩前に立って言った。


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