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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
二部

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71 あの時よりも

 川のせせらぎは心地よく、鳥の鳴き声と相まって高い芸術性を持つ天然の音楽となっていた。


 その傍らで、まるで指揮者の振るタクトのように、槍の穂先が天を指した。


 そのまま振り下ろされた槍を躱し、俺は取り敢えず残り1体の死ビトを処理しようと腕を構えた。


「出でよ狐火!」


ボオオォォォ!


 狐火の尻尾から放射される火炎で死ビトを焼くと、一旦距離を取り始めたレリアの従者が口を開いた。


「円卓の夜前の死ビトとは言え、雑魚扱い過ぎやしませんか!」


 その殺意を示す目は赤く、隠そうとも潜ませようともしていない狂気を全面に押し出していた。


「……お前が死霊使い(ネクロマンサー)だったのか!」

「はい!!」


 レリアの従者は、頭に装着している水色の術式紙風船を揺らしながら即答した。


「そうか……良かった!」

「よ、良かったんですか!? 僕が死霊使いで!?」

「ああ……。お前がここにいるなら、村に死ビトが集まる事はないんだろ?」


 言いながら、俺は駆け出し腕を構えた。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 容赦なく俺が使役した鎌鼬は、レリアの従者の胸部をX字に斬り裂いた。


パンッ!


 すると、頭上の術式紙風船が心地よい破裂音とともに割れ、中の水がレリアの従者の全身を濡らした。

 その水はレリアの従者のダメージを変換した物で、鎌鼬が舞った胸部には傷一つ付いていなかった。


「すげえな紙風船……。でも速攻割れたぞ?」

「ちょっとちょっと! 人間相手に正気ですかウキキさん!」


 レリアの従者はそう言いながら、平然と俺の顔を目掛けて槍を突いた。


「遅い! 打ち弾き!」


 俺はその踏み込みの甘い刺突をダガーで弾き、手から離させ地面に落とした。


「紙風船が割れた途端、あの見事な突きがショボくなったな!」


 だが、槍を打ち弾かれても尚、レリアの従者の目は俺に殺意を示していた。


 俺はその目に向けて、右腕を構えた。


「出でよ鎌張り手!」


 鎌鼬と見せかけて繰り出した俺の張り手が、レリアの従者の顔にクリーンヒットした。

 それは思ったよりも威力があったらしく、レリアの従者は高い唸り声を上げながらその場に崩れ落ちた。


「さっき、俺が正気か聞いたよな? ……アリスが心配で正気とは言えないぞ。このまま続けるなら、次は容赦しない」


 膝を突いて倒れたレリアの従者に俺は言い放ち、続けた。


「アリス達はどこだ? アナもいるしお前にやられたとは思わないけど、返答次第では俺のタチさんが黙っちゃいねーぞ!」


 レリアの従者はなにも言わなかった。いや、なにも言えないようだ。


「うわめんどくせえ! なに気絶してやがんだお前!!」


 口の前に手をやると、息はしているようで安心した。どうやら本当に俺の張り手は中々のものらしい。

 実は張り手をかます時、拳技を閃かないかと期待したが、その兆候は無かった。強い相手じゃないと閃きづらいのかもしれない。


 放っておいて祠へ向かおうかと思っていると、俺の頭上を黒い物体が跳んで通るのが一瞬見えた。

 そのすぐ後に、今度は白い物体が通り過ぎた。


「っ……! 中蜘蛛と大狼!」


 どうやら戦いの真っ最中なようで、背中にX字の傷痕を持つ旦那狼は俺に気付かずに、逃げる中蜘蛛に襲い掛かった。

 優勢のようだが、旦那狼の美しい毛並みは赤く染まっており、これまでの戦いの熾烈さを物語っていた。


ガルルウウウゥゥ!

ギイイイイィィ!


 3メートル程の大狼と、乗用車程の大きさの中蜘蛛の戦いは、まるで怪獣映画を見ているようだった。


 旦那狼が中蜘蛛の足に噛み付いて引き千切ると、中蜘蛛は残りの足で旦那狼の全身を包んだ。

 その何本かの足は旦那狼の体を貫いていたが、それに全く関心を寄せずに、旦那狼はタランチュラのような毛だらけの頭胸部に噛み付いた。


ガルルルウウゥゥゥ!


 そのまま頭胸部を噛み砕くと、中蜘蛛は最後の抵抗なのか悪趣味な悲鳴を上げた。



ワオオオオ――


 不愉快な蜘蛛の声真似を許さないかのように、旦那狼は鋭く大きな爪でその頭胸部を引き裂いた。


 怪獣同士の死闘は大狼の勝利で終わった。しかし、勝者である旦那狼までがその場で崩れ落ちた。


「おい大丈夫か!」


 その元に駆け寄り、俺は旦那狼のケガの具合を見た。

 体は傷だらけで、噴出している血液は更に毛を赤く染めていた。


――よお、お前か。さすがに4体の相手はしんどかったわ。


 俺はボディバッグから包帯を取り出し、その巨大な体躯に当てた。


 どう巻けば旦那狼の傷は効率よく治るのだろうか? そんな事を考えながらも、取り敢えず巻ける所から巻いた。


 アリスの事を言えない程に不格好に巻かれる包帯だったが、そんな事はどうでも良かった。

 目の前の親友の命が助かれば、あとはなんでも良かった。


――噴水の水の包帯かそれ? 多分、もうじき死ぬから無意味だぞ。


「じゃあショッピングモールに戻って噴水の水を飲め! 動けないなら俺が連れてってやるから!」


――無理言うなよ。それと無茶を言うなって。


 無理とも無茶とも思わず、俺は横たわっている旦那狼を持ち上げようと全身で力んだ。

 しかし、ビクトもしなかった。なので、再び包帯を巻き続けた。


――なんで泣いてるんだよお前。そんな間柄だったか、俺達?


「うるせえバカ! 喋れるなら立ってショッピングモールまで走れ! 走れないなら歩け! 歩けないなら俺が連れてってやる!」


――またそこに戻ったか。まあ、走れないし歩けないけど、なんとか立つわ。


 そう言うと、旦那狼はフラフラと立ち上がった。今にも崩れ落ちそうだったが、それでも自力で立ち上がった。


――立ったぞ。じゃあ俺の頼みを一つ聞け。


 俺も立ち上がり、旦那狼の澄んだ愛らしい目を見ながら頷いた。


――最後に、あれやってくれよ。


「……あれ?」


――ああ、あれだ。あのX斬りだ。俺は戦士のまま死にたいんだ。


 旦那狼は俺と視線を合わせずに言った。既に視力はないようだった。


「そんな事……出来る訳ないだろ!!」


――おいおい。強引に立たせたのはお前だろ? 最後の力を振り絞ったんだぞ?


 言葉の通り、少しでも気を抜けば再び倒れて二度と起き上がれなそうだった。


 そんな親友の願いを、俺は――


「分った……。最後にとびっきりのやつを食らわしてやるよ」


――そうか。サンキュー。あ、あともう一ついいか? チビの事なんだけどよ、もし嫁も戻らなかったら、少しの間だけでいいから面倒見てやってくれないか?


「チビ……赤ちゃん狼か?」


――ああそうだ。あいつも立派な大狼だ。少しだけ育ててくれれば、あとは勝手に生きるだろうよ。


「分った任せろ。……間違っても俺のケツに噛み付かない立派な大狼に育ててやる」


――そうしてやってくれ。じゃあ始めるぞ、もしかしたら俺も攻撃するかもだけど、覚悟しろ?


「……攻撃するのかよ」


――言ったろ? 戦士のまま死にたいって。まあ、そういう事だから、お前少し下がってくれ。助走があった方が良いだろ?


 俺は言われた通り数メートル下がり、ダガーを腰の鞘におさめた。

 そして一つ大きく深呼吸をしてから、旦那狼へ向けて左手を添えた右腕を構えた。


「おい、お前目が真っ赤っかだぞ……。あわよくば俺を殺す気だろ」


 今にも崩れ落ちそうな旦那狼だったが、目を赤く光らせ明確な殺意を俺に示していた。

 それは最初にショッピングモールの東メインゲート前で戦った時のような目だった。


――何度も言わせるなって、戦士のまま勝って死にたいんだよ俺は。それに、俺の目をどうこう言うお前の目も赤く輝いているぞ。


「……今、俺の目って赤く光ってるのか。……そうか、大狼も俺と同じように相手の殺意が見えるのか……」


――おいおい。俺達がお前と同じじゃなくて、お前が俺達と同じなんだろうが。それは獣の眼だ。


「獣の眼……そっか、俺って軽く召喚獣なんだったな。まあそれは置いといて、一つだけ聞いていいか?」


――なんだ?


「お前の魂とマナは、死んだらどこに行くんだ? 三送りが必要ならソフィエさん呼んで来る」


――そんな事か。俺達は死んでも三の月にも四の月にも行かない。


「じゃあ、どこに行くんだ?」


――さあな。まあ、天国じゃないか?


 その答えに俺は笑い、旦那狼も笑った。


 そうか天国か、それならいつかまた会えるかもな。


 そう考えると、なんだか嬉しくなった。元の世界だろうと、異世界だろうと、天国は共通であるようにと願った。


 願ってから、俺達は同時に動き出した。


 今にも死んでしまいそうな旦那狼だったが、その突進はこれまで見た動きの中で一番キレのある動作だった。恐らく、俺の数歩も同じだった。


 そして交差する瞬間、俺は明確な殺意を持って親友の背中に触れた。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 旦那狼の背中で、二撃の斬風が舞った。


 そのX斬りは、元々あったX字の傷痕から数ミリもずらさずに、全く同じ場所を上から斬り裂いた。


 旦那狼が倒れる音がした。俺は振りむかずに、そのままの姿勢で言葉を投げかけた。


「お前が最初の相手で良かったよ……。だからこそ、俺は強くなれた気がする」


――そうか。


「とは言え、最初の相手にしては強敵すぎだったぞお前。もう少し段階ってものを考えろよ」


――そうか。


「しかも、その後に嫁狼まで出て来やがって。夫婦揃って俺に恨みでもあったのか?」


 少し待ったが、返事は無かった。川のせせらぎと鳥の鳴き声だけが聞こえていた。


「じゃあな親友……」


 俺は振り返り、気高き戦士であった大狼に向かって言った。


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