70 敬意
「気が付いたのかい」
それが、布団の上で目を覚ました俺が聞いた最初の言葉だった。
俺が寝ている布団の隣に、どう考えてもその場に似つかわしくない豪華な椅子が置いてあり、それに座っている領主代理が金歯を覗かせた。
「あんた達には……特にアリス嬢ちゃんには礼を言わないといけないねぇ」
俺はその鈍く光る金色の歯を見ながら、上半身を起こして腰に巻いてある包帯に触れた。
中蜘蛛にやられた傷は完全に塞がっているようだったが、頭が少し痛かった。
「マンドラゴラの影響かな……」
引き抜いた本人がマンドラゴラの絶叫を聞いてしまうという出来事を思い出しながら、俺は言った。
「マヌケだな……」
「甥のケガがあんな綺麗に治るとは驚いたよ。聞けば、ただ水を飲ませただけと言うじゃないか。あんた達のショッピングモールとやらは、どうやら視察のしがいがありそうだねぇ」
俺の自虐の言葉に被せるように、領主代理が言った。それを聞いていて、半分寝ていた頭が完全に起きた。
「アリス戻って来たのか!? それに……あれからどうなったんだ!?」
俺が重たい布団を捲って言うと、ゴンザレスさんが口を開いた。
どうやらずっと隣の布団で横になっていたようだが、全然気が付かなかった。
「マンドラゴラの絶叫で小蜘蛛は気絶し、中蜘蛛は森に逃げたらしいのう。死ビトには効果が無かったようじゃが、ボルサやレリアやクワールさんが退治したそうじゃ」
「じゃあみんな無事ってことですか、良かった……。あれ、アリスはどこです? それに他の人は?」
6畳ほどのこの部屋には領主代理とゴンザレスさんしかいなかった。
布団から出て立ち上がろうとすると、キセルのような器具で吸引した煙を思い切り吹き出してから領主代理が口を開いた。
「アリス嬢ちゃんはボルサ達とアラクネ討伐に向かった。あんたが起きたら大人しく寝かしておくように言われたよ……。この私相手に、堂々とした子だよ全く」
「アリスがアラクネ討伐に!?」
慌てて起きながら聞き返すと、ゴンザレスさんが落ち着くように諭してから状況を説明した。
*
「ようレリア。死ビトにやられた傷は大丈夫か?」
俺はレリアが寝かされている部屋に入り、扉を閉めながら言った。
「ウキキ様こそ、マンドラゴラの影響はもうなくて? 同じ絶叫を聞いたゴンザレスはすぐに気が付いたのに、ウキキ様はずっと倒れたままだったからみんな心配したのでしてよ」
「そうらしいな、ゴンザレスさんに聞いたわ。そのゴンザレスさんは、小蜘蛛の毒で右半身麻痺したままだったけど」
包帯を巻かれたレリアのふとももを見ながら俺は言った。
俺に巻かれていた物と同じ噴水の水に浸した物だが、俺と比べて治りが遅いようだ。
「大人しく寝てろよ? ちょっとアリス達の後を追ってアラクネ討伐に行って来るわ」
「わたくしも行きたいですわ。寝ている間にアリスやアナ様達だけで行ってしまって不愉快ですわ……。またわたくし、なにも出来ないですわね」
「そう言うなって。ってか、お前のマンドラゴラが無かったら俺達全滅してたぞ。大活躍だったろお前」
俺がそう言うと、レリアは少し照れながら微笑んだ。
「優しいわねウキキ様。……気を付けて行ってらして」
「ああ。じゃあちょっと無双してくるわ」
レリアはその無双の意味も聞かずに、もう一度微笑んでから俺を見送った。
腰のベルトに垂れ下がっているダガーの握り具合を確かめながら、俺は集会所を出た。
そのすぐ外では、ソフィエさんや村の人達が集まっていた。
「おおウキキ、もう大丈夫なのか?」
クワールさんが俺に気が付き、駆け寄って来た。
「はい大丈夫です。……三送りですか?」
俺は村の人達が囲んでいる、麻のシートの上で白い装束を纏って横たわっている男性を見ながら言った。
その隣でソフィエさんはひざまずき、祈りを捧げていた。
「ああ、結界の確認に向かったままだったファングネイの兵士だ。中蜘蛛に声真似されてたから、中蜘蛛にやられたんだろう……」
「そうですか……」
俺は襟を正し、その場で姿勢よく敬礼をした。
「それはウキキ達の世界での故人を送る作法か?」
「いや……相手に敬意を表す行為です。故人を送る行為なら、こうですかね」
合掌し、小さく頭を下げながら俺は言った。
「そうか……。不思議だな、異なる世界でもその行為はあまり変わらないんだな」
「そうですね……。でも、三送りって元村長の時みたいに、大きな焚火を前にソフィエさんが踊るんじゃないんですか?」
「ああ、あれは儀式的な意味合いが強い。本来は送り人が祈りを捧げて魂とマナを三の月に送る行為がそれだ」
「なるほど……」
俺はもう一度、目を瞑りながら手を合わせた。
「お嬢ちゃん達を追うんだろ? すまんな、お嬢ちゃんを行かせちまって……止めたんだが聞かなくてな。いや、それ以前に、部外者のお前達をここまで巻き込んでしまって申し訳ない」
そう言うと、クワールさんは俺に向かって深く頭を下げた。
「もう部外者じゃないですよ。それに、アリスが言い出したら俺でも止められません……。あいつは俺の事を優しいって言ったけど、優しいのはあいつですよ……」
『優しいあなたは、私の希望』
以前、熱を宿して頬を赤く染めたアリスが言った言葉を俺は思い出した。
妙に胸に突き刺さるその言葉は、同じ事を俺がアリスに言っても全く違和感のないものだった。
「クワールさん、また死ビトが村に入って来るかもしれません。こっちも気を付けてください」
俺は、死ビトにはならずに三の月で安らかに眠るであろう白装束の男性を見ながら言った。
「ああ分かってる。老人と子供しかいない村とは言え、もっとワシら自身がしっかりしないとな。……今回のウキキ達を見てそう思った。村の入り口などを手分けして警備しないとな」
クワールさんはそう言った後に、俺に手を差し出した。俺はその手を強く握ってから、背負っているボディバッグを軽く揺らして入り口へと駆け出した。
「えっと……村を出たら川を目指して、その川を越えて崖を越えた先に祠だっけか……」
アリスとボルサとアナとレリアの従者は森の奥の祠に向かっているので、俺は詳しく聞いたそこまでの道のりを頭に描いた。
4人は約30分前に村を出たみたいなので、走って行けば追いつけるかもしれない。
幸い持久走には自信があった。もう帰る事がないかもしれない契約したばかりのアパートのどこかには、学生時代のマラソン大会で貰った表彰状もある。
「キリ番賞だけどな!」
誰も聞いていない森の中で、俺は1人オチを呟いた。
*
村を出て10分程走っただろうか。
俺は川のせせらぎを聞き、その方向へと向かった。
「こっちか!」
深い茂みを越えて足場の悪い緩やかな崖を下ると、流れの弱い川の光景が目の前に広がった。
その傍らに、死ビト3体に囲まれている男がいた。
ホルダーの鞘からダガーを抜いて駆け寄ると、その男はレリアの従者だった。
「おい大丈夫か!」
1人で囲まれている彼は、頭に術式紙風船を装着していた。
レリアとの対決で俺も身に着けた事のあるその紙風船は、自身が負ったダメージを水に変換して紙風船の中に溜めるという優れ物だった。
「剣閃!」
俺は死ビトに剣閃を放ち、その殺意を俺に向けた。
そしてそのまま狐火を使役して頭部を焼き尽くし、他の2体の死ビトに目を向けた。
「おい離れてろ! 巻き添えを食うぞ!」
死ビトを注視したまま言うと、レリアの従者は持っている槍を短く握ってから鋭い突きを繰り出した。
その刺突は見事の一言に尽きた。そこは褒めるべき点だった。
しかし、その対象が俺だという事が問題だった。
「っ……!」
俺はその突然の刺突を躱すので精一杯だった。
そして足がもつれ、こけそうになるのを必死に川原の細かい石を踏んで耐えた。
その瞬間、もう一度レリアの従者は俺に向けて刺突を繰り出した。
と同時に、死ビトの1体が俺の背後に迫った。
「出でよ鎌鼬!」
ザシュザシュッ!
レリアの従者の槍を躱しながら、俺は死ビトの首を刎ねた。
そして必死に後ろに飛び跳ねて距離を取ると、レリアの従者が甲高い声を上げた。
「やっぱ強いですね! 不愉快です!」
赤く光らせる目を見開きながら、レリアの従者は言った。




