69 絶叫
朝の蜘蛛は逃がせ、夜の蜘蛛は殺せ。
よく聞く話だが、21年間も元の世界で生活していてついにその理由を知る機会は訪れなかった。
この異世界でその謎が解消される機会があるかは微妙だが、まあその疑問は冒険手帳には記さないでおこう。
中蜘蛛はタランチュラのようだった。
そして、それから産まれる小蜘蛛は日本の民家によく現れるアシダガグモに似ていた。
しかしどちらも体長は大きく異なっており、俺が使役した鎌鼬の二撃の斬風をまともに食らって悲鳴を上げた中蜘蛛は、乗用車程の大きさをしていた。
うわああああああ!
その不気味な程に大きな蜘蛛の発する悲鳴は自らが殺した男を模したものだったが、腹部を斬り裂かれた痛みを訴えるものでもあった。
いや、訴えるものでもあると願った。
「こんだけクリーンヒットしたんだ! 効いてるよな!」
追撃を計った瞬間、中蜘蛛の足元の卵から孵った小蜘蛛が一斉に飛び掛かって来た。
「出でよ狐火!」
ボオオォォォ!
朝の蜘蛛を殺した罰があるのなら甘んじて受けよう。いや、やっぱり見逃してくれ。
俺は一瞬で考えを反転させながら、燃えてもがいている小蜘蛛らを尻目に中蜘蛛に向けて腕を構えた。
「出でよ鎌鼬!」
ザシュザシュッ!
「っ……!」
卵を産み落とすモードから攻撃モードに切り替わったのか、中蜘蛛の反応は鋭く、使役した瞬間に足を伸ばし銛のような先端で俺の腹部を襲った。
ギイイイイイイイィィィィィ!
「うわああっ!」
俺は中蜘蛛の腹部を再び斬り裂き、中蜘蛛の足は俺の脇腹の辺りを掠った。
咄嗟に抜いたダガーで軌道を逸らしたのでその程度で済んだが、それでも熱した鉄を当てられたような激痛が走った。結果、俺と中蜘蛛は同時に叫び声を上げる形となった。
だが、次の瞬間の行動は俺に軍配が上がった。
「痛ってえっ……。出でよ鎌鼬!」
ザシュザシュッ!
三度、中蜘蛛の腹部を二撃の斬風が襲った。
痛みに耐えながらの攻撃だったので多少使役した鎌鼬のX斬りがブレたが、中蜘蛛は叫び声も無くその場に沈んだ。
「痛てえ……」
脇腹を手で抑えながら、足をちじこめたまま動かないでいる中蜘蛛の様子を窺った。再び動き出さないか心配だったが、間違いなく絶命しているようだ。
「ボルサ、ゴンザレスさん! 中蜘蛛は倒したぞ! でもまだ小蜘蛛がいるから気を付けてくれ!」
俺は屋根の上から2人に向かって叫び声を上げた。
すると、槍の利点を活かしながら必死に戦っているボルサが振り向かずに槍を掲げた。
「凄いですね! こっちの死ビトはもう少し掛かりそうです!」
集会所の屋根の上から見渡すと、死ビトは7体に減っていた。
ボルサとゴンザレスさんの周りには小蜘蛛の死骸もあったが、まだまだ生きている小蜘蛛の方が多かった。
俺はその小蜘蛛を優先して倒そうと、屋根から飛び降りて散らばっている小蜘蛛を追い掛けた。
その瞬間だった。
「うがああああああああ!」
ボルサ達の方から聞こえたその悲鳴は紛れもない悲鳴で、中蜘蛛に上から覆いかぶされているゴンザレスさんのものだった。
俺は思わず、屋根の上の中蜘蛛に目を向けた。
復活したのかと思ったが、俺の倒した中蜘蛛はそのまま風に体毛を揺らされていた。
「他にもいたのか!?」
現れたのか? と言うべきだったかもしれない。
その新たに現れた中蜘蛛は、 ゴンザレスさんの四肢を7本の足で抑えたまま、残りの足をボルサに向けて伸ばした。
「ボルサ! 避けろ!」
ボルサはその足を槍で受けようと構えたが、それを予見していたかのように足は横をすり抜け、ボルサの肩を貫いた。
「大丈夫かボルサ!」
俺は呻き声を上げながら膝を突いたボルサに駆け寄った。
その直後に、思わず息を飲んだ。
ワオオオオオオオオオオン!
更にもう1体の中蜘蛛が狼の声真似をしながら村の片隅に現れた。
その周りには小蜘蛛が多数おり、茂みに入ったり木に登ったりと自由気ままに行動していた。
「マジかよ……最悪だ……」
最悪は続く。
村の入り口の方角からは、まるで集会所に誘われているかのように新たな数体の死ビトが向かって来ていた。
「ウキキ……僕らはなんとかしますので、取り敢えずウキキだけでも集会所の中に逃げてください……」
肩を貫いている中蜘蛛の足を無理やり抜きながら、ボルサは言った。
激しい流血が白いローブを赤く染めていた。
「剣閃!」
俺はボルサの言葉には従わず、ゴンザレスさんの上に跨る中蜘蛛に剣閃を放ち、腹部を浅く斬った。
その直後、後方から飛んで来たねじれた角が同じ個所を貫いた。
それはユニコーンの角だった。
「レリア! バカ……お前っ……!」
集会所に目を向けると、入り口の前で腕を構えたレリアが立っていた。
次の瞬間、木の上で糸を張っていた小蜘蛛がレリア目掛けて飛び跳ねた。
「出でよ玄武! 飛べ黒蛇!」
シャアアアアッ!
俺は小蜘蛛がレリアに到達する寸前に玄武を使役して黒蛇を飛ばし、レリアに巻き付かせて強引に引っ張った。
「なんですのこれ! ヘビですの!?」
そしてレリアを抱き寄せ、蜘蛛に怯えて震えている頭に手を乗せた。
「出て来るなよバカ!」
「だ、大丈夫でしてよ……。蜘蛛なんて怖くないですわ!」
レリアは中蜘蛛からも小蜘蛛からも目を反らしながら言った。
俺は周りを見渡して状況の確認に努めた。
レリアのユニコーンの角をまともに食らった中蜘蛛は、腹部に風穴を開けながらもゴンザレスさんを制したままだった。
「ウキキ、レリア……ワシの事はいいから逃げるんじゃ……」
ゴンザレスさんが声を振り絞るように言った。しかし、逃げるにしても既に遅かった。
中蜘蛛2体と10を超える死ビト、それと無数の小蜘蛛。
それらに囲まれつつある状況で、ボルサが足掻こうとするように肩の痛みに耐えながら立ち上がった。
と同時に、後ろから迫った死ビトがボルサの腕に噛み付いた。
「うっ……うわあああ!」
ボルサの叫び声が村中に響いた。
「ボルサ……! 出でよ鎌鼬!」
ザシュザシュッ!
首を刎ねた死ビトがその場で大きな音を立てて倒れ込んだ。
静かに倒れろ! 小蜘蛛が寄って来るかもしれないだろ!
くそっ、どうする……!? レリアだけなら抱えて逃げられそうだけど、ボルサやゴンザレスさんを見捨てられる訳が無い……!
……待てよ、音か!
たった1体の死ビトを倒したからといって、この状況が一転する訳では無かった。
無かったが、俺はその音を聞いてある賭けを思い付いた。
「レリア、動けるか!?」
俺は怯えているレリアの手を取りながら言った。
「う、動けますわ……!」
その強気な表情を見つめながら、俺は極めて単純な作戦を告げた。
「レリア、マンドラゴラを使役しろ!」
「マンドラゴラ!? なんで今そんな幻獣を使役する必要があるんですの!?」
話している間に、ゴンザレスさんに跨っている中蜘蛛の足が俺達に迫った。
目は赤く光っていないので、レリアを狙って伸ばされたものかもしれない。
ほぼ同時に、背後から小蜘蛛が跳んで来た。
「出でよ玄武!」
カメエエエエッ!
俺は迫った中蜘蛛の足に向けて玄武を使役し、空中から向かって来る小蜘蛛にはダガーを構えた。
玄武の光の甲羅は難なく銛のような中蜘蛛の足を弾き、真っ直ぐに突いたダガーは小蜘蛛の腹を貫いた。
「レリア! 早くしろ!」
「わ、分かりましたわ! ……おいでなさい! マンドラゴラ!」
レリアが腕を構えてマンドラゴラを使役すると、数メートル先の土が音もなく盛り上がった。
「みんな! マンドラゴラを抜くから耳を塞げ!」
俺は叫びながらマンドラゴラの元まで駆けた。
「う、ウキキ様が抜くんですの!?」
「ああ、しっかり塞いでおけよ!」
言いながら、俺は不自然に生えている葉っぱを手に取って思い切り引き抜いた。
引き抜きながら耳を塞ぐという行為は思ったより難しかったが、それでも躊躇はしなかった。
ピギャアアアアア!!!!!
人の形をした大根のようなマンドラゴラは、もの凄い表情で激しく叫んだ。
その絶叫が微かに俺の耳の奥に届いた瞬間、俺は意識を失った。




