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7 パンジーは双子葉類に分類されるらしい

「プリン美味しかったわ! さあ朝食も済んだし冒険よ!」


 朝の陽が照らすジャオン1Fの食品売り場で、元気よくアリスは立ち上がった。


「子供は元気がいいな……ちょっと横にならしてくれ」

「あなたそのまま寝るつもりでしょ! 早く立ちなさいよ!」


 アリスは、食品売り場に敷いたブルーシートの上で横になっている俺の後頭部をチョップしながら言った。


「わかったわかった。わかったから、そう小刻みにチョップし続けるな」


 俺は視界を小刻みに揺らされながら、眠い目をこすって立ち上がった。そのまま二人で簡単にその場を片付け、荷物のあるバックヤードの和室へと向かう。


「よくもまあ、こんな狭い部屋に私を寝かせたものね。お風呂も入らなかったし、普段着のままだったし……」


 布団が2セット敷いてある四畳半の和室はアリス曰く狭い部屋だが、俺にとっては別に普通だった。

 従業員が合間に畳の上で休憩する事を目的とされている様で、いくつかの座布団や古い漫画雑誌が隅に積まれていた。


 あまり使用する人間がいなかったのか、畳は比較的きれいで、昨日布団を敷く前に寝っ転がってみた感想としては、まあ畳だなという感じだった。


 その寝っ転がった時に俺の長い長い長い脚が隅の丸いテーブルに当たり邪魔だったので、それは外に出しておいた。


「ここで暫く暮らすんだから、もうちょっと住み良い場所にしたいな。風呂は難しいけどシャワーぐらいなら作れるぞ?」

「ホント!? じゃあツゲヤ行った後に作りましょ!」


 俺はそれを含めた今日の予定をメモ帳に書いてみた。


・ツゲヤを探索して必要な物をゲット(花図鑑、押し花の仕方)

・ビイングホームで必要な物をゲット(冷蔵庫、シャワーヘッド)

・外を少し探索する(噴水の水をペットボトルに入れて持っていく)


「よし、こんなもんか……って、あああ!」


 記入した後に、前のページが破られている事に気が付いた。


「アリス! お前このページ破っただろ!」

「ああそれね、必要のないメモだから破って捨てたわ」

「俺の貴重なジャオン2Fの生活用品データが……。女児のパンツデータだけ消せばいいだろ……」

「自業自得よ!」


 俺は肩を落としながらリュックの中にメモ帳を入れた。

 そして小さい紙袋が入っているのを見て、昨日アリスがランジェリーショップから出て来た時に預かっていたのを思い出した。


「これ、お前昨日寝てたから返し損ねたな。どれどれ、ランジェリーショップでどんなパンツを選んだんだ……?」

「あああ! 開けちゃダメよ!」


 紙袋を開けると、ブタの絵が描いてあるパンツが入っていた。


「ほー……ランジェリーショップってこんなお子様パンツ置いてあるのか。ってかお前、小学校高学年にもなってこんな物を穿こうとしてたのか……。おお、意外と伸びるな……前にブタの顔で後ろにブタの尻尾か、可愛いな」


 俺はよく観察した後に、それをアリスに渡した。

 アリスは黙ってそれを受け取ると、静かに立ち上がり拳に気を溜め始めた。


「お、おいそんな怒るなよ。俺に見られたのが嫌だったら、それを穿かないでまた違うのをランジェリーショップで選べばいいだろ」

「……これはランジェリーショップまで穿いていた物よ」

「えっ!?」


 次の瞬間、俺は吹っ飛んだ。


「おおおおお前な! なに人のリュックに使用後のパンツを入れてるんだ! 俺の事を変態変態って、お前の方が変態だろうが!」

「あなたが渡せってしつこく言ったんでしょ!」

「普通店から出た時に紙袋を持ってたら新品だと思うだろ! よくもまあ自分の使用後のパンツを俺に渡せたな! 今日からお前を伸びるワカメちゃんと呼ぶぞ! おいコラ伸びるワカメちゃん! 俺を変態変態と――」


 途中でもう一度、俺は吹っ飛んだ。

 今度のは気を溜めないでも撃てる、連射を念頭に置いたものの様だった。


「水! 噴水の水をくれ……!」

「お黙り! この変態!」


 アリスはブタのパンツを自分のリュックに入れ、黙って部屋を出ていった。

 部屋を出ようとした時、間違って打ち付けてある戸を開けようとして、開かなくて焦っていたのが可愛かった。





 ジャオンを出た俺たちは、三角形のショッピングモールを反時計回りに移動してツゲヤに向かった。


 三角形の西に位置するツゲヤは、北のジャオンや東のビイングホームと比べ、この異世界で生活する上での必需品が置いてあるわけではなかった。

 しかし、それでも色々な知識が必要になった時に役立つであろう書籍があり、それに加えて余暇に楽しめる様なDVD等も置いてあるので、核店舗のうちの一店舗である価値は異世界においても十分にあった。


「そういえばアリス号は持って行かなくていいの?」

「ああ、向こうに最低でももう一台ハンドリフトあったからな。ビイングホームで冷蔵庫ゲットしたらそれに載せて戻るつもりだ。だからガガーリン一号は置いてく」


 アリスはブタのパンツ事件の後に少し不機嫌だったが、お昼にプリン二個食べていいぞと言ったらご機嫌になっていた。


「あー! ペットショップあるわよ!」

「ペットショップね……ちょっとその前の店メモってるから待ってくれ。……よしこんなもんか」

 

 俺はメモ帳にここまでのテナント情報を記入し、ペットショップのドアを開けた。


「……なんにもいないわね」

「何もいないな……」


 ペットショップに並べてあるカゴやゲージの中には、生物と呼べるものが何一つ存在していなかった。

 ショッピングモールごと異世界転移したといっても、生物はそれに含まれないのかもしれない。


「カゴはあるのに、中にいたはずのワンちゃん達がいないってどういう事なの? じゃあ元の世界は逆に、ワンちゃん達だけがいてこのカゴがないって事?」

「…………」

「いえ……それどころか、この異世界にショッピングモールがあるのだから、元の世界ではショッピングモールが突然消えたって事よね? じゃあショッピングモールの2Fにいた人達は、急に足場を失って下まで落ちたって事?」

「……アリス、細かい事は気にするな。ってかこれ以上メモ帳に疑問符を増やさないでくれ。俺とお前がここにいる……それでいいだろ?」

「そうね……って意味わからないわよ!」


 俺は増え続ける疑問を半分諦め、メモ帳を閉じた。

 わからない事はわからないし、もし知る必要があるのなら知る時が来るのだろう。と考えた。


「疑問を言っていたら、どうでもいいものが一つ浮かんだわ」

「なんだ? 答えられる事なら答えるぞ?」


 俺たちはペットショップを出て、再びツゲヤに向かいながら会話を続けた。


「……あなた、昨日はおパンツ様と言っていたけれど、さっきはパンツって言ったわよね? なんで?」

「ああ、そんな事か……。短めがいいか長めがいいか選べ」

「凄く嬉しそうな顔をしているわね……じゃあせっかくだから、長めで」


 俺はわかりようのない疑問のストレスを発散すべく、その場で立ち止まり屈伸を一回した。


「いいか? まずは前提として言っておく。パンツはパンツだ、ただの布だ。それ以上でもそれ以下でもない。だが、そのただの布はある条件によって二階級特進を果たす。その条件? 簡単な事さ、それは穿かれるべき者に穿かれる事だ。例えば、今お前のリュックに入っているブタのパンツはただのブタのパンツだ。だが、それをお前が穿く事によってそのブタのパンツは二階級特進し、ブタのおパンツ様となる! つまりブタのパンツをブタのおパンツ様にするのはお前次第という事だ! よって、お前がランジェリーショップで選んだスケスケパンツは、今お前が穿いてる事によりスケスケおパンツ様となっているのだ!」


 話しながら歩いていると、いつの間にかツゲヤに着いていた。両開きのガラスのドアを開け、俺たちは軽やかに店内を回る。


「……満足した?」

「ああ! 人の疑問に答えるって気持ちがいいな! ありがとうスケ番!」

「だれがスケ番よ! それにスケスケパンツなんて穿いていないわよ! この――」

「おっと、この件に関しては変態と罵るなよ? そんな事を言ったら、お前は世の中の95%の男性を変態だと言う事になるぞ? 健全な男子はおパンツ様に敬意を抱いているんだからな」

「ぐぐ……」


 よし、言えなくなった。俺の勝ちだ!

 ああ楽しかった……これで今日も頑張れるぜ!


 本棚を探す。アリスが発見した花図鑑と押し花の本を、俺のリュックに入れる。 


「でもその男子のなかに、私の白馬の王子様はいるのよね。例えば、すてきなあなたみたいな」

「えっ……!」

「アハハッ! 嘘よこの変態! なにドキドキしているのよ! 私の勝ちね、チョロ過ぎるわよあなた!」


 俺たちは話し続けながらツゲヤを出て、そのまま三角形を反時計回りに歩きビイングホームに向かう。


「まあ……でもお前、客観的に見て可愛いからな。出会ってからずっと俺、ドキドキしっぱなしだぜ?」

「だぜ? じゃないわよ、私が可愛いのは世界が認める事実よ。そんな事を今更言われてキュンとすると思う? 浅はかな考は止めて、特権階級の私にひれ伏しなさい!」


 ビイングホームに入り、俺たちは小さな冷蔵庫とシャワーヘッドをゲットする。

 それをガガーリン2号という名のハンドリフトに載せ、昨日と同じ様に俺が押しながらアリスが途中の段差に板を敷き、運搬する。


 さすがに冷蔵庫が重いのでアリスを乗せるわけにはいかなかった。だが、アリスは話に夢中でその事に対する不満は漏らさなかった。

 

「アリスってさ……高貴なお嬢様のわりには、色々と頑張ってくれるよな。そういうところ、ほんと偉いと思うぜ? 贅沢な暮らしをしていた人間には中々出来る事じゃないよ」

「ふふ、今度は褒め殺しってわけ? 甘いわね。自分で着替えをしただけで褒められて、宿題をやらなくても提出プリントに名前さえ書いていれば褒められて、ランドセルが赤いだけで褒められる私のお嬢様っぷりを舐めないでちょうだい!」


 アリスが勝ち誇った顔をしたと同時に、俺はジャオンのドアを片手で開ける。そしてガガーリン2号から冷蔵庫を降ろし、上手くエスカレーターに一段ずつ載せて2Fまで運ぶ。

 そこからは気合を入れて担ぎ上げ、よろけながらもなんとかレジカウンターを目指して歩く。

 

「もう右腕は全然痛くないの?」と、心配そうな眼差しでアリスが言う。


「ああ大丈夫だ。少し痕が残ってるだけだな……。昨日の夜見た時よりも薄くなってるから、そのうち痕さえなくなるかもな」


 噴水の水を飲んだだけで、あんな大ケガが半日もかからずに治ってしまった。その事実は俺に異世界生活を少しだけ楽観視させた。

 これから何が起こるかわからないが、あの水が欠かせない物になることは明らかだろう。そう俺は感じていた。


「よし……冷蔵庫ここでいいか」

「ええ、ご苦労様。でも冷凍庫が付いていないのが残念ね」

「まあ本格的な冷蔵庫は置いてなかったからな……諦めよう」


 冷蔵庫の電源コードを伸ばし、レジカウンターの下にあるコンセントにそれを挿す。すぐにブワーっという重低音が聞こえ、しばらくしてゲームコーナーの電子音と混ざり合う。

 

「わあー! 動いたわね!」


 まるで冷蔵庫が自立歩行したかの様にアリスは言い、そのままドアを開けて顔を近づける。すぐに横を向いて俺の目を見つめ、眉をハの字に曲げる。


「生ぬるいわよ?」

「つけたばっかなんだから当たり前だろ……」


 アリスは続けて花図鑑に視線を移し、パラパラとページを捲る。俺も見ていると、とあるページでその手が止まる。


「北メインゲートの黄色い花、パンジーみたいね」

「ああ、やっぱりパンジーか。ソウシヨウルイ……双子葉類か」

「なによそれ」

「子葉を二つ持つ植物……桜やアサガオもそうみたいだな、単子葉類と双子葉類があるのか……って書いてあるんだから読めよ」

「そう言いながら読んでくれるあなたってすてきよね、キュンと来ちゃうわ」

「待て、まだ俺のターンだったはずだろ……。あ、なあアリス」

「なによ? もう私の完全勝利は揺るがないわよ!」

「お前が負けを宣言したら、プリン3個食っていいぞ?」

「ホント!? ……ぐぐ……わ、私の負けよ」


 俺は何かの対決に勝利した。


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