66 領地
空には、それぞれ違う方角に3つの月が浮かんでいた。
昼間でもくっきりと姿を現す自己主張の激しい月のなかで、特に輝いている四の月の淵が赤く光っていた。
「俺達がこの異世界に転移してから、まだ月の大きさは変わってないよな……」
四の月がこの惑星に近づくにつれ、死ビトは力を増す。
その距離が最も短い期間を円卓の夜と呼び、それは約半年続く。
それは子供でも知っているこの異世界の理だが、先程の戦いで見た死ビトの強さはその影響が出始めているのかは不明だった。
もっともそれは5体のうちの3体だけだったので、ただの個体差かもしれない。
「楽観的かな……」
俺は呟きながら裏庭を後にし、集会所の入り口まで走った。
「おおウキキ!」
「あれ、クワールさん……外に出てたんですか?」
入り口まで向かうと丁度クワールさんも集会所に戻って来たようで、引き戸を開けて入ろうとしていた。
クワールさんの後ろには2人の男がおり、どちらも短めの槍を持っていた。
「レリアの従者と……あと誰だ?」
俺が小声で言うと、どうやら地獄耳だったらしい大柄の男が声を上げた。
「あんたがウキキですかいのう! わしゃーミドルノームの兵士、ゴンザレスじゃ!」
そのゴンザレスと名乗る男は俺の手を強引に取り、大袈裟に上下に振って握手をしながら言った。
「あ、よろしくお願いします。ウキキじゃないけど、まあウキキです」
と俺は自己紹介をし、隣にいるレリアの従者と会釈をしあいながら集会所に入った。
「おかえり! 大丈夫だった!?」
集会所のキシキシと音のなる廊下を歩いていると、板の間の襖を開けたアリスがフワリとジャンプをしながら言った。
そのままアリスは俺の胸に飛び込み、腕を伸ばして頭にチョップを入れてきた。
「なんでチョップなんだよ……。みんないるのか?」
「あなた顔をケガしているじゃない! 血が出ているわよ!」
「え? ああ……そういや死ビトの剣が掠ったな」
アリスはスカートのポッケから出したハンカチで俺の頬の血を拭きながら、逆の手で持っていた包帯を俺の顔に当てた。
「まて、そのまま巻いたら俺はミイラ男になる。……絆創膏でも貼っておくよ、大丈夫だ心配するな」
たかが掠り傷なのに異様に心配するアリスの創作活動を止めながら、俺は板の間に足を踏み入れた。
中では村の人々が固まって座っており、ソフィエさんと子供達はアリスが持って来たお菓子を食べながら談笑していた。
その奥にひときわ目立つ人物が佇んでいた。
この場所に似つかわしくない豪華な椅子に座るその老婆は、キセルのような器具の先になにかを詰め込みながら俺の名を呼んだ。
「あんたがウキキだね、こっちに来な」
どうやら俺の間違った名は相当広がっているらしく、老婆までもがサルと化していた。
*
老婆は自らを領主と名乗った。
その際に、俺とアリスの身元引受人として名乗り出たクワールさんは、『領主代理だろ』と老婆の言葉を制した。
老婆は言い直さずに、そのまま一方的な主張を俺に突き付けた。
それはある意味では納得のいく内容だったが、このような状況において発言するにはいささか配慮が足りていないようにも思えた。
「領地にある物は領主の物って事ですか。突然現れたショッピングモールもそれに含まれると」
俺が領主代理の話した事を簡潔に纏めると、クワールさんが口を開いた。
「あの建物を視察するって言うなら、ワシも同行するぞ! あんた達だけだと公平性に欠けるからな!」
クワールさんは興奮した面持ちで言い放った。余程、領主代理の婆さんが嫌いなのだろうか。
……いや、それもあるかもしれないが、それ以上に俺達の事を考えてくれているのだろう。
俺は領主代理の言葉よりもその事を嬉しく思い、そのまま別の事を話し始めたクワールさんと領主代理の元から離れて板の間から出た。
まあ、領地に突然現れた巨大な建造物を放っておく領主はいないよな……。
強引に奪おうとされない限り、従っておくか……。
と考えていると、アナも廊下に出て来たようで俺に声を掛けてきた。
「視察にはわたしも同行する。その前に尋問しておかないとな」
「尋問か……そのギャグも飽きたけど、まあお前の事だし俺とアリスの為でもあるんだろ?」
「ああ。わたしはお前たちの味方だ。そのわたしがやった方が丸く収まるからな。まあ、尋問と言っても軽く話をするだけだ」
アナは真っ直ぐに俺の目を見ながら言った。
「OK分かった。けど、今はその事よりも話すべき問題がある気がするな。村にもまだ死ビトいるんだろ?」
「そうだな……」
一度目を伏せてから、アナは奥の部屋の襖に目を向けて続けた。
「ボルサとゴンザレスがあの部屋で対策を話している。我々も加わらなくてはな」
「領主代理は混ざらないのか? それに、あの太った領主代理の甥が見当たらないけど、来てないのか?」
「代理はわたし達に任せっきりだ。あと甥は死ビトに腹を斬られて治療を受けて眠ってる」
と話していると、集会所の外で馬の鳴く声が聞こえた。俺はアナと顔を見合わせ、次の瞬間に集会所の玄関まで駆け出した。
「アイス・アロー!」
ズシャーー!
外に出ると、アリスが翔馬に跨ったまま遠くの死ビトに氷の矢を撃っていた。
よく見ると、翔馬の後ろには領主代理の甥が覆い被さっていた。
「なにやってんだアリス!」
「甥ちゃんのケガは包帯では不十分よ! ショッピングモールに戻って噴水の水を飲ませるわ!」
その甥は上半身裸で、ぽっこりお腹に包帯が巻かれていた。
低い声で呻き、包帯を赤く染めながら必死にアリスにしがみついていた。
「じゃあ俺も行く! アナ、馬車を出してくれ!」
と言うと、アリスは次に狙い撃つべき死ビトを探しながら口を開いた。
「馬車ではショッピングモールまでは行けないわ! だから私が翔馬で連れて行くんじゃない!」
死ビトの姿が無くアリスが手を降ろすと、レリアの従者が客車から翔馬を切り離した。
「アリスさんなら大丈夫です。さあ、アリスさん早く向かってください!」
「分ったわ! じゃあ行って来るわね!」
「おい! じゃあ俺も後ろに乗せろ!」
既に駆け出した翔馬を追い掛けると、アリスが振り返った。
「あなたまで戻ったら、村がピンチよ! 心配しないで待っていてちょうだい!」
「あたしも付いているので大丈夫であります!」
チルフィーがアリスの頭の上で言うと、3人を乗せた翔馬は風のように走り去っていった。
「だ、大丈夫でありますって……不安すぎる……。って! ゲートの鍵は俺が持ってるぞ!」
俺がボディバッグから鍵を取り出すと、隣のアナがボルサが乗って来たであろう馬車まで駆け出した。
「こっちの翔馬も客車から切り離せ! わたしが鍵を持ってアリス殿を追う!」
「アナ……分かった! ちょっと待ってろ!」
俺は鍵をアナに渡し、レリアの従者とともに客車を切り離した。
「アリスとチルフィーを頼む!」
「ああ、ウキキ殿はレリアを頼む!」
アナはそう言い残し、翔馬に乗ってアリス達の後を追った。
俺がその後ろ姿を眺めていると、レリアの従者が散らばった金具や拘束具を纏めてボルサの馬車の客車に放り込んだ。
「アリスさん、あんなに小さいのに乗馬出来るなんて凄いですね。僕にもレリア様にも出来ませんよ」
「ああ、まさかマジで乗馬出来たとはな……。それより、あんたが領主代理の甥を翔馬に運んだのか?」
「はいそうです。……駄目でしたか?」
「いや、そうじゃないけど……」
「そうですか。良かった」
レリアの従者は、そう俺に言いながら微笑んだ。




