63 楽勝
『蜘蛛』は死ビトやトロールと違って元の世界でも馴染み深く、口から吐く糸で網を張って獲物を待ち構え捕食する。
そんなイメージだったが、目の前のサッカーボール程の大きさの蜘蛛は罠を張って獲物を待つというよりも、もっとアグレッシブに襲い掛かって来た。
「アリス、俺の後ろから狙え! 前に出るなよ!」
「了解よ!」
俺は簡単な指示を飛ばし、前線で戦っている2匹の狼の間を突破した蜘蛛に向けて腕を構えた。
「出でよ狐火!」
ボオオォォォ!
狐火の尻尾から放射される炎が蜘蛛を捉えた。
地面に落ちてもがく蜘蛛の腹部にバールを突き刺し、そのまま蹴り上げて坂の下に落とした。
「あまり強くないな! でも油断するなよ!」
俺はアリスに振り返って言い、前線まで駆けて狼達の前に出た。
「おい! 意外と苦戦してないか!?」
――素早い奴は苦手なんだよ。
背中にX字の傷痕を持つ狼は俺にそう語ると、その傷痕の上に跨っている蜘蛛を俺に向けた。
「出でよ鎌鼬!」
ザシュザシュッ!
俺はその背中に向けて鎌鼬を使役し、狼は一切傷付けずに跨っている蜘蛛のみを斬り裂いた。
――扱いが上手くなってるじゃないか。俺の時はもっと雑だったろ。
「まあ、あれからも色々あったからな! それに、少しぐらいなら斬っても構わないと思いながら使役したわ!」
――なんだと!?
「冗談だ! それより、死ビトまで集まって来たぞ!」
――ああ、じゃあ小蜘蛛はお前らに任せるぞ。
「了解だ! おいアリス聞いたな!?」
俺は後ろで構えているアリスに言いながら、残り6体の蜘蛛の位置を確認した。
「聞こえないわよ! 狼と会話するのを普通だと思わないでちょうだい!」
ああ、そっか。俺しか狼の言葉聞こえないのか……。
俺が狼とちょっとは同じ……意味分からんけど、まあ会話出来るなら悪くないか!
と考えながら、俺はアリスに追加指示を飛ばした。
「俺が蜘蛛の敵意を引くから、お前はそこからそれを狙え!」
「了解よ!」
アリスの声と同時に、俺は前方の飛び掛かろうとしている蜘蛛に向けて腕を構えた。
「出でよ青鷺火!」
グワァッ!
俺の全身が青鷺火の青い炎に包まれた瞬間、周りの蜘蛛が俺に殺意を示した。
大小さまざまな8個の目が赤く光る蜘蛛の姿は、その強さよりも遥かに恐ろしく見えた。
「2匹漏れた! お前に飛び掛かるかもしれないから気を付けろよ!」
「ちょっと! トリちゃん使役するなら言ってからにしてちょうだい!」
あ……そうか、アリスは青鷺火の効果で俺を殺しかけたからトラウマなのか……。
「悪い! でも青鷺火の効果は半径5メートルだから大丈夫だ!」
「半径? 直径25メートルって事ね!?」
「違う! なんで5倍した!?」
こんな時にミニコントなんてしたくはないが、アリスがボケるなら仕方が無い。
……ボケだよな? と思いながら、俺はアリスに飛び掛かった蜘蛛に向けて玄武を使役した。
「出でよ玄武! 飛べ黒蛇!」
俺の右腕に一瞬で巻き付いた黒蛇が飛び跳ね、蜘蛛に噛み付いた。
俺はロープを扱うように黒蛇を操り、蜘蛛を引き寄せてそのままバールで殴打し、坂の下に叩き落とした。
「アイス・ニードル!」
シュバババババ!
アリスは氷の針で俺に殺意を示している蜘蛛を狙い、10本の針を拡散させて一気に4体の蜘蛛の胴体に風穴を開けた。
「残り1体! ……あれ、どこ行った?」
「後ろであります!」
チルフィーの声に反応し、後ろから飛び掛かって来た蜘蛛を鎌鼬でX字に斬り裂いた。
ザシュザシュッ!
「ふう……取り敢えず蜘蛛は片付いたな……」
離れた場所で死ビトと戦っている狼達に目を向けた。
そっちも丁度終わる瞬間だったようで、背中にX字の狼が死ビトの頭部を噛み千切っていた。
「えげつないな……」
俺は感想を一つ。そして10体以上の死ビトが黒いモヤモヤに包まれているのを眺めながら、アリスの元まで歩いた。
「楽勝ね!」
「ああ……楽勝と言えば楽勝だけど、『小蜘蛛』って狼が呼んでるのが気になるな……」
小がいるなら、中や大がいてもおかしくないよな……。
と考えていると、2匹の狼もこちらに向かって来たので聞いてみた。
――ああ。この小蜘蛛は、アラクネが産む雑魚にすぎん。
「やっぱりか……。そのアラクネってのは何者なんだ?」
――森に封印されてた、蜘蛛の化物だ。
狼の言葉は過去形だった。俺の脳内に直接語り掛けられたその声は、なんらかの感情がこもっていた。
――アラクネは俺達にとって因縁の相手だ。お前らの出る幕はないぜ?
「因縁の相手……どういう事だ?」
――質問の多い坊やね。それより私達、急ぎたいのだけど。
俺の質問には答えず、胸にX字の傷痕を持つ狼が代わりに語った。
「アラクネを倒しに行くのか? 森の煙はアラクネと関係あるのか? 俺達、村に向かってるんだけど、村は無事なのか?」
どうせなので質問を被せてみた。返答はあまり期待していなかった。
すると、背中にX字の狼は俺に背中を向けてから語った。近くで見るX字は、思っていたよりも深かった。
――既に他の仲間はアラクネ退治を始めてる。村や煙は知らん。村まで行くなら乗せてやるから乗れ。
「乗れって……お前にか!?」
――そうだ。そっちのお嬢ちゃんは嫁に乗せろ。
「嫁!? お前ら夫婦なのか!?」
俺が驚いていると、アリスが隣で口を開いた。
「あなた、楽しそうに会話をしていてズルいわ! 狼はなんて言っているの!?」
「いや……村まで乗せてってくれるってよ。あと、こっちの胸にX字の狼は嫁だって」
もたもたとしている俺達を見兼ねたのか、嫁狼はアリスの赤いリュックに噛み付き、そのまま自分の背中に乗せた。
「乗せてくれるの!? 凄い! フワフワな背中ね、いい匂いがするわ!」
アリスは嫁狼の綺麗な白い毛に顔を埋めながら言った。
「狼ちゃん……お母さんね?」
その狼がメスだと知ったアリスは、フェンリルの末裔の大狼相手にちゃん付けをして言った。
――あら、よく分かったわね。あんた達と死合った後に産んだのよ。
「そうなのか……」
通訳を求めているアリスにその事を告げると、アリスは狼の頭にオデコを当てながら言った。
そうする事で意思の疎通を計ったようだが、言葉が交じっている様子はなかった。
「私のアイス・アロー、赤ちゃんに影響はなかったの……?」
――ないわよ。母子ともに健康な出産だったわ。
俺が通訳をすると、アリスは目に涙を浮かべながら続けた。
頭上のチルフィーもアリスの感情が伝わったのか、目を伏せていた。
「ごめんなさい……。お腹に赤ちゃんがいるなんて知らなくて……」
――優しいお嬢ちゃんね。それに不思議なお嬢ちゃん……。あなたが気に病む事はないわ、なんたって、私はあなたの旦那様を殺そうとしたんだから。
「旦那様じゃないけどな」
俺は一応ツッコミを入れてから、再びアリスに通訳をした。
「狼ちゃんも優しいわね、ありがとう。無事に赤ちゃんが産まれて本当に良かったわ……」
――ふふふ。子供はいいわよ、あんた達も早く子供を作りなさい。
「ぶぶっ……おい、変な事を言うな。夫婦じゃないっての」
思わず吹き出した後に、俺は言った。
――そうなの? じゃあどういう関係なの? 心が通じ合ってるみたいだけど。
「アリス曰く、主人と従者の関係だそうだ」
――あら、そうなの。……通りであんたに私達の言葉が通じる訳ね。
「それとなにか関係あるのか?」
俺がそう聞くと、旦那狼が俺の尻に甘噛みをした。
――おい、そろそろ向かうぞ。早く乗れ。
「あ、ああ。じゃあお言葉に甘えて……って、どうやって跨ればいいんだ?」
――ああもう、めんどくさい奴だな。
めんどくさい奴って言われた。
すると、旦那狼はアリスの時のように……いや、アリスの時と違って俺の頭に噛み付き、そのまま背中に乗せた。
「いてええ! おいちょっと牙刺さったぞ!」
――気のせいだ。じゃあ行くぞ。
そのまま俺達を乗せた狼夫婦は、森の中を駆けて村へと向かった。




