61 予感
夜になり、俺達は夕食を済ませてから和室でゴロゴロとしていた。
俺はビイングホームでゲットした炊飯ジャーで米を炊き白米を楽しんだが、アリスは今日までは消化の良いお粥を食べていた。
その他にもなるべく野菜や果物も食べさせており、これまでのズボラな食生活の改善を図った。まあ食後のプリンはズボラのうちには含めないでおこう。
アリスはちゃんと薬も飲み、その影響かは知らないが既にウトウトとしていた。
しかしほぼ丸1日寝ていた時間を取り戻したいのか、その眠気に抗っているようだ。
「それにしても熱が引くの早かったな。子供は風の子と言うけど、その通りだったな」
なにをする訳でもなく、自分の布団の上でうつ伏せになりながら足をブラブラとさせているアリスに言うと、その足を止めてから振り返った。
「そうなの? 経験が無いから分からないけれど、じゃあお風呂入って良い?」
「じゃあの意味が分からん。明日、朝起きて熱がぶり返してなかったら入っていいぞ」
「ホント!? じゃあ早く寝るわ!」
アリスはそう決断すると、そのまま布団に包まって枕に顔を埋めた。
「早く電気消してちょうだい!」
「俺のTPOは無視かよ……。まあ俺も寝るか」
俺は多少の不満はあるものの、アリスの睡眠を妨げたくはないので素直に天井から伸びている電球を消して布団に入った。
ピエロの事は、また明日アリスが完全回復したら話すか……。
それと、朝早く起きて、少し外の死ビトを倒しとかないとな……。
そう考えながらスマホのアラームをセットし、隣で早くも熟睡モードに入っているアリスの横顔を見てから眠りについた。
*
早朝、俺はこっそりと起きてから静かに着替え、北メインゲートへと向かった。
雨は止んでいたが、また降ったら煩わしいので昨日エントランスホールのベンチに脱ぎ捨てていた雨がっぱを再び着た。
そして外に出ると、さっそく1体の死ビトが俺に気が付いたようで静かに襲って来た。
「出でよ狐火!」
ボオオォォォ!
狐火の炎が死ビトの頭部を焼き尽くしたのを確認すると、俺はそのまま東メインゲートの方向へと向かった。
「取り敢えず欠片は後で拾うか」
倒した死ビトが黒いモヤモヤとともに消えるまではどうやら個人差があるようで、早い者で30秒、遅い者だと5分程度待つ必要があった。
そうして待った後に月の欠片のドロップが無かったら時間の無駄なので、俺は先にショッピングモールの外を1周してから拾おうと考えた。
まあ、この討伐はドロップではなく死ビトの数を減らしておく事が目的なので、月の欠片のドロップ率には目くじらを立てないでおこう。
そうして歩いていると、やはり雨の影響なのかかなりの数の死ビトが草原をウロウロとしていた。
俺やアリスにとっては既に無双出来てしまう相手なので数体なら脅威ではないが、この異世界で戦う力を持たない人間にとってはかなりの脅威と言えるだろう。
事実、最初にソフィエさんやクワールさんと出会った時、彼らは苦戦していた。
剣を持っていたクワールさんですら防戦一方だった。
これが円卓の夜になり死ビトが力を増したら、俺達だってどうなるかは分からない。
「もっと強くなっておかないとな……」
強さとはなんだろう?
俺はそんな今どき犬も食わないような疑問をリアルに考え、鳥が多く生息する池を眺めながら歩いた。
早朝だからか、鳥は1羽も姿を見せてはいなかった。
鳥のいない池は静かだった。周りに生い茂っている草は既に朝露を集めていて、いつ全てを垂らしてしまおうかとタイミングを窺っていた。
よく見ると、池のはずれに火を灯すような小さな灯篭が佇んでいた。
前に近くを通った時は、乱雑する鳥に注目していたからか全然気が付かなかった。
「鳥の池に灯篭か……要チェックだな」
俺は雨がっぱの帽子を脱ぎながら言い、同時に空を見上げた。
「この異世界でも虹って出るのかな……」
虹ぐらいのご褒美をくれても良いだろ?
じゃなければ、雨は死ビトを連れて来るだけの嫌な奴だ……。
一方的で私的な意見を頭で述べながら、俺は数体で群がっている死ビトに向かって駆け出した。
*
結局、俺は死ビトを倒しながら外を1周し、14体を倒したところでショッピングモールに戻った。
月の欠片を拾うのはまた後にして、和室へと向かい自分の布団に潜って二度寝を満喫しようと目論んだ。
「朝よ! 起きなさい、いつまで寝ているの!」
俺が深い眠りにつく直前にアリスは起きたようで、俺の上に跨って額にチョップをしてきた。
「う、ウゼえ……」
心底うっとうしかったので、跨るアリスを強引に自分の布団の中に入れ、出来の悪い抱き枕にして再び眠ろうと目を瞑った。
「こら! 放しなさい変態!」
布団の中でトーテムポールがなにか言ったが、無視をして幸せな二度寝を楽しんだ。
すると、力の限りに抵抗するアリスが俺の頭の位置を考えずに思い切り自分の頭を突進させてきた。
「ぐふっ……」
それは強烈な頭突きとなり、俺のアゴを打ち抜いた。
アリスは俺がアゴを押さえながらもがいている隙に布団から出て立ち上がり、左手を俺に向けた。
「アイス・キューブ!」
「うわ! やめろ! 起きるから!」
俺が必死に制止すると、アリスはキューブを消してから両手を腰に当てた。
「オーホホホホホホ! また私の勝ちね! 負けを認めたのなら、早く起きて布団を片付けなさい! 私のもよ!」
ホが異常に小刻みなアリスの下手糞お嬢様笑いを聞きながら、俺は立ち上がって大人しく布団をたたんだ。
と見せかけて、押し入れのプラスチックの棚からバスタオルを出しているアリスを後ろから抱きしめ、再び強引に布団の中に入れて人間抱き枕にした。
「あーはっはっはっ! どうだ俺の勝ちだ! 今度は不意の頭突きなど食らわんぞ!」
「ずるいわよ! もう戦いは私の勝ちで終結しているわ!」
と遊んでいると、和室の引き戸が静かに開いた。
「なーにイチャイチャしてやがるでありますか……」
例によって、真顔のチルフィーがそこにはいた。
「よう、おはようチルフィー」
俺がチルフィーに免じてアリスを放すと、アリスは布団を剥いで立ち上がった。
「チルフィー良い所に来たわね! 一緒にお風呂に入るわよ!」
「お風呂があるのでありますか! 入るであります!」
「ああ! 3人で仲良く入ろう!」
アリスが出しかけていたバスタオルを手に持ちながら俺が言うと、2人は蔑んだ目で俺を見た。
「さあチルフィー、変態は放っておいて行くわよ!」
キャッキャと喜んでいるチルフィーがアリスの頭の上に座ると、アリスは俺からバスタオルを奪って和室から出て行った。
「おいアリス! マジな話、体温測ったたんだろうな!?」
「測ったわよ! 平熱だったから心配しないでちょうだい!」
「そうか……あれ、着替えのパンツは持ったのか? マジな話!」
「どこがマジな話よ! パンツは2Fにしまってあるわよ! あなたとの共同空間に置いておく訳ないじゃない!」
ふむ。なるほど考えておるな。
って、あいつ俺をなんだと思ってるんだ……。
と思いながら2組の布団をたたんで押し入れにしまい、俺も2人に続いて和室を出た。
「外の欠片拾って来るか……。ついでにまた死ビトがいたら狩っておかないとな……」
歩きながら腰にベルトを巻き、ホルダーのバールを抜いた。
「死ビトが持ってる剣でいいから欲しいけど、一緒に消えちゃうからな……」
そのまま再び北メインゲートから外に出て、早朝と同じようにショッピングモールの周りを歩いた。
死ビトを倒した大体の位置は覚えているので効率よく拾いながら進もうと考えていると、森の上空に違和感を覚えた。
「ん……? あれは……」
手で日差しを抑えながら見ると、のろしのような煙が森の一角から上がっていた。
推測するに、それはソフィエさんの村がある近くだった。
「なんだろう……」
嫌な予感がした。胸騒ぎもした。
昔から、俺のこういう予感は外した事があまり無かった。
「アリス達が風呂から出たら行ってみるか……」
俺は立ちのぼる煙を見ながら呟いた。
虹は出ていなかった。




