6 その気は皆無と言えた
「……なんでないのよ」
「これはどうだ? フワフワだぞ?」
「はあ……。幼稚な発想ね、私がフワフワを望んでいると思っていたの?」
真っ暗で広いビイングホームの店内で、アリスの少し大袈裟なため息が漏れた。
俺は陳列棚を懐中電灯で照らしながら、その望まれていないフワフワな枕に同情して戻した。
「じゃあこれはどうだ? もっとフワフワだぞ?」
「だから、お嬢様はフワフワが好きという発想は捨ててちょうだい! 私が望むのはもっとこう、あの……高貴な物よ!」
「わかるか! 言葉に詰まるぐらいならなんでもいいだろ!」
ああ、腹減ったな……。
ガキなら快眠枕なんかなくても寝れるだろ……。
そう思いながらも気に入りそうな物を探していると、まさにこれだという枕が視界に飛び込んできた。俺は女王に献上する商人の如く、アリスにそれを差し出す。
「これならいいんじゃないか? 柔らかくて超フワフワだぞ?」
「あら、それいいわね! それにするわ!」
「やっぱりフワフワが好きなんじゃねーか!」
俺はそのままアリスの枕をショッピングカートに載せたカゴに入れ、他の必要な物が置いてありそうな場所を探した。
「お布団あったわよ! この色可愛いからこれにするわ!」
「じゃあ俺はそれの色違いで……って、かさばるな、布団は」
掛け布団と敷布団のセットが二組。これを運ぶだけでも一往復かかりそうだ。俺はめんどくさく思い、その場で肩を落とす。
「もういっそここで寝るか」
「嫌よ! ここのトイレ使えなかったじゃない!」
「そこら辺でしろよ……」
「レディがそんなこと出来るわけないでしょ!」
確かにここのトイレは水が流れなかったな……。
って言うか、この状況で電気が点いてて水も流れるジャオンの2Fが不思議すぎるのか……。
どうやら電気や水道が普通に使えるのはジャオンの2Fだけのようだった。
あんな謎の塊の様なゲームコーナーがある時点で、それは既に些細な事柄と言えた。なので、俺はその件に関しては深く考えない事にした。
「まあ、食料もあるしジャオンで寝泊まりするのが一番だけど、そうなるとやっぱりバックヤードの小さい和室になるか」
「なんで? 2Fならトイレも近いし便利でしょ?」
「いや、俺はそれでも構わないけど、お前電気が点いててゲームの音が聞こえる場所で眠れるのか?」
「……確かに寝苦しいかもしれないわね。それに和の心を忘れない為にも和室がいいわね!」
俺は、『結局どこでもすっと眠れるんじゃねーか!』というアリスに対するツッコミを頭で発言予約して、布団や調理器具やその他諸々を一往復で運ぶ方法を考えながら店内を回った。
「まあ、こんなもんか? あと他に必要な物があったら今のうちに……」と言っている途中で、アリスは何かを見つけて駆け出した。
「どうしたんだ? 暗いんだから急に走り出したら危ないぞ」
「これ……落ちていたわよ。ゲームコーナーのメダルよね?」
「おお、よく見付けたな! 子供の落ちてる物に対する執着心はやっぱり異常だな!」
「なんか失礼な言い方ね……」
アリスはそのメダルをスカートのポケットに入れた。
そして俺たちはレジカウンターで布団を持ちやすい様に梱包し、他の物はいくつかの大きなレジ袋に分けて入れた。
「やっぱり一往復じゃ無理だな……掛け布団と敷布団が無駄にかさばる」、俺は大量の荷物を前に、ため息を一つ。
「じゃあお布団1セットにしたら?」
「一緒に寝るのか? 絶対お前寝相悪いだろ」
「違うわよ! なんで特権階級の私があなたと同じ布団で寝なくちゃならないのよ! あなたは床に寝たらという意味よ!」
ああ、とりあえず今日のところはそうして、明日また運ぶか……。
と考えていると、アリスが再び口を開いた。
「ねえ、あれで運ぶっていうのはどう?」
*
「ハンドリフトなんて久しぶりに使ったな」
昔やっていた倉庫のアルバイトを思い出しながら、俺はハンドリフトを押してショッピングモールの通路を歩いていた。
ハンドリフトには大きなパレットを載せており、その上に寝具やらの荷物を置いている。
ビイングホームのバックヤードに積んであったパレットは少しホコリを被っていたが、アリスが文句を言いながらも率先して雑巾で拭いてくれた。
特権階級だと言う割には下仕事もしようとするアリスの姿は、まるで小さいシンデレラが部屋の床を雑巾がけしているみたいだと、その時見ていて思った。
「アリス、次段差あるから板を敷いてくれ」
「わかっているわ、ちょっと待ちなさいよ」
要領よくアリスは調度いい大きさの板を段差に敷き、俺はハンドリフトを押し込んでその上を通過させた。
これがもし2Fで、階段を下りる必要があったらと思うと、俺は少々ゾっとした。
ビングホームは二階建てでありながら、売り場はどこにでもあるホームセンターのように吹き抜けになっていて、2Fには僅かなスペースの休憩所と売り場につながる階段があるだけだった。
「よし、ここから先はしばらく平らだな……。アリス乗っていいぞ」
「ホント!? じゃあ乗るわよ!」
「ああ、飛ばすぞ!」
パレットにアリスを乗せ、俺はハンドリフトを押しながらショッピングモールの通路を走った。
アリスが持つ懐中電灯だけでは十分な灯りではなかったが、楽しそうに笑っているアリスを見て少しずつスピードを上げていった。
「すごい速いわね! これ狼より速いんじゃない!?」
「それは言い過ぎだ! でもこれがあれば今後も楽に荷物を運べるな!」
「こんなすてきな乗り物には名前が必要ね! アリス号と名付けましょ!」
「乗り物じゃないけどな! それに命名権は操縦する俺にある!」
俺たちのはしゃぎ声とハンドリフトの車輪の音が、夜のショッピングモールに鳴り響いた。
空には紅い月と蒼い月と黄金色の月が浮かんでいる。そう遠くない場所には狼の住処もある。
そんな危険でわけのわからない異世界にいる事を一時忘れ、俺たちは夜のドライブをこれでもかというほど楽しんだ。
「もっととばしてちょうだい!」
「おう任せろ!」
俺はもう一速ギヤを上げた。
*
荷物をジャオンまで運び、1Fの食品売り場で選んだ食料を2Fに持ち込んで、俺たちは少し遅い夕食をとった。
レジカウンターの上では、ホットプレートが山盛りの肉を懸命に焼いている。
「ほら焼けたぞ、もっと食え! これ全部賞味期限が今日までだぞ!」と、俺はアリスの小皿に肉を乗せる。
「どれだけ持ってきたのよ! もう私お腹いっぱいよ!」
「刺身をちょろっと食っただけじゃねーか! もったいないだろうが!」
「これでも頑張って一人前は食べたわよ! そんなにもったいないなら、あなたが全部食べればいいでしょ!?」
カゴの中いっぱいの食料は、到底俺たちが一食で消費できる量ではなかった。
しかし腐らすのも勿体ないので、多少賞味期限が切れても明日以降食べてみようかと考えていた。
「ビイングホームにあった冷蔵庫、泣く泣く断念したけど、やっぱ明日持ってくるか……」
「そうね。ツゲヤもまだ行っていないし、明日の朝起きたら行く?」
「そうしよう。まだまだ見てないテナントもあるしな」
俺は食事を終え、その場で大の字に寝っ転がった。
色々あった一日だったが、それでもちゃんと食事ができて、ちゃんとした場所で寝れそうな事を考えると、ショッピングモールごと異世界転移したのは不幸中の幸いと言えた。
「ごちそうさまでした。……ちょっとトイレ行くわよ」
「ああ、いってらっしゃい」
「あなたも行くに決まっているでしょ!」
「えーー。めんどくせえな……」
無理やり俺は立たされ、そのままゲームコーナーの隣にあるトイレまで引っ張られた。
しかし、確かに近くとはいえアリスを一人にするのも心配だ。出来るだけ一緒に行動しなくては。と考え直し、俺はジェントルマン的な顔つきで女子トイレの中へと同行した。
「出ていってくれる?」
「何故だ! なにかあったらどうする!」
「出ていってくれる?」
「も、もっとワーとかギャーとか変態! とか言ってくれ……」
「出ていってくれる?」
すまないと思っている。と言い残し、俺は女子トイレを後にした。
「あーあ、俺もションベンしてくかな……」
トイレで用を足しながら、スマホを取り出し電源を入れてみる。画面の左上でぐるぐると何かを回して、存在するはずのない電波を健気に探している。
乾電池式の充電器とケーブルをビイングホームでゲットしたが、それが活躍することはもうないかもしれない。
俺は電源を落とし、手を洗ってからトイレの外に出る。
アリスがまだみたいなので、トイレの入り口が見えるまでの範囲をうろうろと歩いて待つことにする。
「しっかし、なんでピエロってこう不気味なのかね……」
壁に描かれているピエロに目が向く。コミカルな画風だが、それでも白塗りの顔面や奇抜なメイクには恐怖心を抱かずにはいられない。
こんな奴がショッピングモールを包丁でも持ちながらうろうろしていたらと想像すると、俺はともかく、アリスの安全は100%保障されないと眠れない気分になってしまう。
「出でよ鎌鼬!」
ザシュザシュッ!
俺は何もない空間に鎌鼬を放つ。
100%保障されないとってなんだよ!
俺が100%保障するんだろうが!!
「鎌鼬! 出て来いやっ!」
ザシュザシュッ!
今度は少しぶれる右腕に左手をしっかりと添えながら放ってみる。
「この方がしっかりと放てるな……」
「ふーん。それがあなたの必殺技なのね」
いつの間にか、アリスがトイレの前のベンチに座って俺を眺めていた。
足を組みながらハンカチで手を拭いているその少女は、つい半日前までは他人のはずだった。
その他人だったはずの少女は既に俺の中で、それこそ特権階級の様な存在となっていた。
この異世界で、俺が楽しく異世界冒険するのだとしたら、それこ――
ズコー!
「きいいいい! また負けたわ! これインチキなんじゃないの!?」
俺はジャンケンゲームの腹ただしい電子音につられて、一緒にコケそうになったのを必死に踏ん張って耐えた。
「お前な……人が真剣に考えてる時になにやってんだよ。ってか貴重なメダルをジャンケンゲームに使うな!」
「だって負けたままじゃ悔しいじゃない! 最初負けたら次は勝てるって思うでしょ普通!」
「その思考は人を泥沼に引きずり込むぞ……」
「まあいいわ。それより、さっきのもう一度見せてちょうだい」
アリスは再びベンチに座り、今度は足と腕を組みながら俺に視線を向けた。
「ああ、見とけ!」
俺は念のため、アリスから離れた方向へ右腕を向けて叫んだ。
「出て来いやっ鎌鼬!」
ザシュザシュッ!
「イタチちゃんが出てきて攻撃するわけじゃないのね。イタチちゃん見たかった……。あと、そのドヤ顔やめてくれる?」
「ああ、召喚するって言ってもX字に斬ってくれるだけだな。姿も現さないで、一瞬鎌の軌跡みたいなのが見えるだけだ。射程は……30センチぐらいかな」
俺は両手で30センチ程を表しながら言った。
だがアリスは俺の両手のものさしではなく、言葉に引っかかった様だった。
「召喚ってなによ」
「うーん……俺が命じると出てくるみたいな事だ」
「あなたが命令してイタチちゃんを使役するわけね」
「使役か……いいな!」
俺が命じて使役するイタチちゃんさん……これからもよろしくな!
「あ……そう言えば、異世界に来てから自分に何か特別な力みたいなのを感じた事はないか?」
「特別な力……私の可愛さの事ね!」
「いや、お前が客観的に見て可愛いのは元の世界からだろ」
「じゃあ他には思い当たらないわね」
アリスはきっぱりと言った。
俺は殺意を示すように赤く光った、狼の目を思い浮かべていた。
その対象が狼に限定されず、目が見える生物全般だとしたら、それは俺たちが異世界で生きる上で大きな武器になるかもしれない。
「もしかして、メインゲートで言っていた目がどうこうって話?」
「ああ、俺には狼の目が赤く光って見えていた。俺に示す殺意がはっきりとな」
「へー。それは便利かもしれないわね……」
遠慮のない大きなあくびをしてから、アリスは言った。
話しているうちに段々と組んでいた手が緩んできていたので、既に相当眠いのかもしれない。
「もう22時前か……ってあの時計は元の世界の時間か。でも日が落ちてからの時間を考えると、あまり時差なさそうだな。まあこの異世界の一日の長さはわからんけど……って聞いてねーな」
俺はベンチでウトウトとしているアリスの頭を軽くチョップして、立って歩くというごく簡単な行為を促した。
「眠くて立てないわ……おんぶする?」
「しねーよ……。なんでさせてあげますわよ的に言うんだ」
「そう言っておきながら、結局おんぶするのよね……?」
「してやってもいいと思いかけたけど、その一言でその気が皆無になったわ」
するとアリスはすっと立ち上がり、ベンチの上に登って俺の頭を思い切りチョップした。
「おんぶしなさいよ! 私はあなたを使役するわ! 出でよ! い、出でよ……? あなたの名前、聞いていないわよ?」
「言ったわ! えっ、言ったよな……? お前のインパクトが強すぎて名乗ったか忘れたわ……」
「ほら見なさい、覚えていないという事は名乗っていないのよ!」
少し納得いかないが、俺はあらためて名を告げる。
「三井ユウキだよ……名乗った気がしてきたぞ」
「じゃあ、出でよユウキ!」。アリスは俺の頭をチョップし続けながら、軽やかに俺の名を呼ぶ。
「ったく、しゃーねーな……」
ベンチの上から寄りかかり、そのままアリスは俺の背に飛び乗る。
思っていたよりも軽い。おんぶ慣れしていない様で、俺の首を両腕で絞め、足はだらっと伸ばしたままでいる。
俺はその場で軽くジャンプをしてアリスを背中で安定させる。そして両脚の膝の裏をしっかりと支えて正しいおんぶの姿勢にし、歩きだす。
「お前軽いな……」
ゲームコーナーを出て、エスカレーターを目指して歩を進める。
首を絞めていたアリスの両腕は、いつの間にか自然な形になっている。
「大変な一日だったよな……異世界転移って、マジであり得ないだろ。でも……怖かったし、狼にビビりまくったし、痛かったけど……楽しかったわ」
エスカレーターを下りながら、俺は異世界転移の一日目を順に思い出していく。ずっと黙っているアリスは、俺の背中で可愛い寝息を立てている。
「結局どこでもすっと眠れるんじゃねーか……」
エスカレーターを降り、1Fの食品売り場を夜目を頼りに歩く。
バックヤード前に積んだ2セットの色違いの寝具が目に入ると、それを和室に持って行き、梱包を解き、きれいに敷くまでの作業の流れを考え、もの凄くめんどうになってくる。
「まあ、今更起こすのも可哀そうだから全部やってやっか……」
バックヤードのドアを開けながら、背中の少女の存在がどれだけ自分の助けになっているかを再び考える。
こんな異世界にあるだだっぴろいショッピングモールに一人だったらと思うと、今二人いるという事実を差し引いても恐ろしくなってくる。
「お前がいて良かったよ……」、俺は背中に暖かみを感じながら、ひとり呟く。
「私もよ……」
僅かな静寂のあとで、背中からアリスの少し舌っ足らずな寝言が聞こえた。