56 少女が見たドヤ顔
崖の上で犯人を追い込む。
その犯人は饒舌な自白を終えると、崖から身を投げて物語の幕を下ろす。
しかしそれは、探偵の物語として有終の美とは言えない。
最後に犯人を自殺に追い込む探偵は殺人犯と変わらない。と、探偵百選の上位にいる小学生探偵も言っている。
俺はその点を十分に注意しながら、もう一度ボルサに尋ねた。
「なんで異世界人のフリをしてるんだ? 異世界にあるショッピングモールで水が流れるのを不思議に思う事が出来たり、ガチャガチャを『回す』と言えるのは、俺達と同じ世界から転移した人だけだ」
いや……そもそもが、異世界転移した俺達に親切すぎる……。
そのお前の優しさが、俺を疑わせる結果にもなったんだぜ?
気分はエルキュール・ポアロ、或いはシャーロック・ホームズである。
だが、ボルサを追い込む事だけはしたくない。なので、俺は助手であるアリスに指示をした。
「おいワトスン君、取り敢えず落ち着くためにお茶を持って来い」
「誰がワトスンよ! それにあなた、なにを言っているの? だから、ボルサはそれを言いに今日来たのよ?」
はい?
「……なんて言えばいいのか分からなくて黙ってしまいました。すいません、ウキキがトイレに行ってる間にアリスさんには話したのですが、先に言っておくべきでしたね」
ああ、最初にボルサが言ってた話しておきたい事って、この事か。
おっと、これは恥ずかしい。やばいどんな顔すればいいんだ? 俺はこのピンチをどう切り抜ける?
もし崖があったら飛び降りてしまいそうな心境だ。
「今度はあなたが黙ったわね、なんとか言ったらどうなの!?」
「……こんな時、どんな顔をすればいいのか分からないんだ」
「笑えば良いと思いますよ?」
ボルサは微笑みながら言った。やっぱり流れの分かるいい奴だ。
「なに2人して、言ってやった感を出しているのよ……」
「ドヤ顔をしているでありますね……」
有終の美を飾った事に気が付いていないアリスとチルフィーが、怪訝そうな顔をしていた。
*
「え!? ボルサが転移したのは10年前!?」
俺達は噴水付近のベンチでボルサの話を聞いていた。
チルフィーはシルフの隠れ家で仕事があるようで、既に帰っていた。1~2時間の合間でも遊びに来てくれるチルフィーは、異世界で出来た大切な仲間であり友達だった。
俺はもう1人の友達と言える存在であるボルサの言葉に反応し、考えていた推論を述べた。
「じゃあ……俺達より先にショッピングモールごと転移したのはボルサじゃないのか……」
てっきり、黒ずくめのガチャガチャにメダル3枚を残して消えたのはボルサだと思っていた。
それならば、そんな存在が本当にいるのかという疑問の地点に再び戻る事となる。
「こんなショッピングモールごと転移してたら、あの時の全員無事だったかもしれません……」
そう言うと、ボルサの口元が真一文字に結ばれた。もしかしたら話す予定の無かった事なのかもしれない。
「全員って何人いたんだ?」
「……僕らの時は4人でした。……僕以外は全員死にました」
ボルサはペットボトルのお茶を一口飲んだ後に続けた。それ以降、話し終えるまで俺もアリスも口を挟まなかった。
ボルサを含めた4人は10年前に異世界転移したらしい。
年齢は様々で、全員が日本で普通に暮らしていたら突然辺りが激しく光り、次に気が付いたらファングネイ王国の海岸にいたという。
俺とアリスの場合は辺りが光った事に加えて地鳴りもしたので、そこが少し違っている点かもしれない。
と思いその事を話したら、ボルサよりも先にアリスが口を開いた。
「私の時は、光っただけだったわよ? 地鳴りはなかったと思うけれど」
どうやら俺は、アリスも同じだと思い込んでいたようだ。
それがアリスの記憶違いでなければ、地鳴りまであったのは今のところ俺だけという事になる。
まあ、俺はその事はあまり深くは考えなかった。と言うか、ボルサの話を聞いた後だとそんな些細と言えるような事に思考の容量を割く余裕がなかった。
ボルサ達4人は転移した後、いきなり死ビトに襲われて1人が亡くなったらしい。
そして必死に逃げていたらファングネイの兵士に助けられ、そのまま王都へと連れて行かれた。
言葉も分からずに王都の小屋で狼狽しているボルサの心を救ったのは、一緒に転移したミサと言う女性だったと言う。
そして1年後にはボルサとミサさんは恋人同士になり、2人で必死にこの異世界の事を勉強しながら生活していると、ファングネイの兵士に志願したもう1人の転移者が戦場で死んだ事を告げられたらしい。
『とても気の良いおじさんでした』
とボルサは目を伏せながら言っていた。
そして、その2年後にボルサはミサさんまでをも失う事となった。
詳しい死因などは言わなかったので、俺もアリスも聞かなかった。
「お悔やみ申し上げます。……って言っても、もう遅いか」
「いえ、ありがとうございます。ウキキやアリスさんにはそんな事になって欲しくありません」
強い意志を目に宿したボルサが、俺とアリスを交互に見ながら言った。
すると、珍しく黙ったままでいたアリスが静かに口を開いた。
「ミサのお墓はあるの? 私、お参りに行きたいわ!」
「ファングネイの、海が見える高い丘の上にあります。……そうですね、この先お2人がファングネイに来る事があったら案内しますので、もし線香があったらあげて下さい。この異世界には線香は無いので、ミサも喜ぶと思います」
そう言われると、俺は何がなんでも線香をあげに行きたくなり、ベンチから立ち上がってボルサに強く言った。
「ああ、任せてくれ! ここには線香だってなんだってあるさ! なんたって、このショッピングモールはチートだからな!」
俺とボルサは、再び笑みを交わした。
*
「もう帰るの? もっとゆっくりしていけば良いのに!」
北メインゲートの外で、アリスがボルサに言った。
「いえ、馬車を待たせてますし、それにこの後は森の結界の確認に向かわないとなので」
「森の怪物を封じてる結界って言ってたっけ?」
俺は先程ボルサから聞いた事を思い出した。
何百年も前に封印された森の怪物を祀る祠が、森の奥にはあるらしい。
何故そんな怪物を祀っているのかは知らないが、結界の確認はミドルノームとファングネイによる二国間共同作業と決まっているみたいだ。
なので、今回はファングネイの星占師ギルドから派遣されたボルサと数名、ミドルノームからは領主代理の婆さんや、その護衛のアナが行うそうだ。
「アナと言えば、そういやトロール死ビトを操ってた死霊使いの取り調べは終わったのかな? なにか分かったか聞いてるか?」
俺が聞くと、ボルサは真っ直ぐに俺の目を見ながら返した。
「いえ……。その死霊使いと見られる男は、馬車で連行されてる途中に賊に襲われて死亡したそうです」
「なっ……マジか……」
「なによそれ! レリアやアナやアナの従者は無事なの?」
「無事です。彼女達は強いですから、賊風情に襲われてやられたりはしません」
ボルサはそう言った後、俺とアリスに別れの握手をしてから一度も振り返らずに草原を歩いて帰って行った。
賊に殺された死霊使いと見られる男の顔を思い浮かべながら、俺はゲートを閉めてアリスとともにジャオンの和室へと向かった。
「あの狼、おおお狼って言っていたわね、それに……」
「おが1個多いぞ、大狼だ」
「気のせいよ! それに、魔狼フェンリルの末裔とも言っていたわ」
アリスは死霊使いの話しより、ボルサに聞いた大狼の事を考えているようだ。
レリア達が無事と知った時点で、死霊使いの事は頭からスッポリと抜けたらしい。
「魔狼フェンリルか……確かあの幻想の生き物図鑑にあったな、その名前」
あれだけ大きくて強いのなら、そんな生物の末裔でもおかしくはないだろう。
そう考えながら、俺は別の事をアリスに問いかけた。
「ボルサは略称で、ボルサミノが名前だったよな? ボルサミノと恋人のミサ……じゃあ、ボルサの日本での本名はなんだ?」
「本名? そんな事を言っていたかしら」
「いや、言ってない。けど……分からんかね、ワトスン君」
アリスは眉を歪ませながら考えていた。
「分らんか、ワトスン君」
俺がしつこくアリスの顔を覗き込みながら言うと、アリスは真顔になって答えた。
「……あなた、ワトスン君って言いたいだけね?」
……そこに気が付くとは、さすがだよワトスン君。




