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55 ドリル交渉開始! ショッピングモールに訪れたオオカミ

 俺達は、ショッピングモールの外に1人でいるというボルサを迎えに北メインゲートに向かった。

 腰のベルトから伸びているホルダーに収納してある2本のナイフの重さが、少しだけ俺に警戒心を持たせた。


「ちょっと先に俺が様子見て来るから、アリスとチルフィーはここにいろ」


 俺は2人をエントランスホールに残し、ゲートからボルサの姿を確認して1人で外に出た。


「前と恰好が少し違うけれど、確かにボルサのようね」

「ああ。……って、またこのパターンか……。お前は中にいろって言っただろ」

「なにを心配しているの? ボルサ1人だし大丈夫よ!」

「ボルサは信用してるけど、悪意ある第三者がボルサを尾行してるかもしれない……」


 見える範囲にはそんな者の姿は無かったが、それでも念の為にアリスを中に戻そうと俺は交渉のカードを切った。


「今日の分の計算ドリル免除してやるから、お前は中に戻れ」

「乗ったわ。じゃあ中で待っているわね!」


 エントランスホールのベンチにアリスが座るのを確認すると、俺はゲートから少し離れた連なった岩のそばに立って本を読んでいるボルサの元へ歩いた。


 するとボルサも俺に気が付いたようで、読んでいた本を閉じてから俺に会釈をした。


「ウキキさん、こんにちは。いきなり来てしまってすいません」

「いや……歓迎するけど、1人でここまで来たのか?」

「ええそうです。ああ……いえ、正確に言えば付近までは馬車で来ました。でも草原から盆地になってて馬車は走れないので、そこから歩いて来ました」

「ああ……ここら辺は馬車じゃ無理か。まあショッピングモールの中で話そう」


 とボルサに中に入るように促し、振り返ってからゲートまで歩いた。


「本当に言葉が通じるんですね。クワールさんに聞いてましたが、いざチャネリング無しで会話をしてみると驚きです」

「ああ! そう言えばそうだな! せっかく俺達の為にメモまで作ってくれたのに悪かったな……」

「いえ、それは気にしないでください。この異世界の辞書も持って来たんですが、もういりませんね」


 ボルサは前に村で言っていた通り、俺とアリスが異世界の言葉を勉強する為の辞書を用意してくれていたようだ。


「教材まで持って来てもらってマジで悪いな……でも興味あるから、後で見せてくれ」


 俺はゲートを開けながら言い、ボルサとともに中に入った。


 ショッピングモールのシールドスキルの効果を少し懸念していたが、やはり俺やアリスが自ら招き入れれば普通に入れるようだ。まあ侵入者を防ぐというスキルなので、それも当たり前かもしれない。


「ボルサ! 遊びに来たのね!」


 アリスが俺達の姿を確認すると、頭にチルフィーを乗せたまま駆け寄って来た。


「アリスさん……と、シルフ族ですか……。クワールさん達から聞いてましたが初めて見ました。あなた達には驚かされるばかりですね」


 驚いていると言う割にはあまりそうは見えないボルサが、チルフィーに自己紹介をした。そして続けた。


「僕もウキキさんとアリスさんを驚かせてしまうかもしれません。実は、話しておきたい事があります」

「話したい事? ……ってか、まず訂正しておくと俺はウキキじゃない」

「ええ知ってます。ですがみなさんそう呼ぶので、その方が良いのかと」

「なんで浸透してるんだか……ソフィエさんのせいだな。まあいいけど、あだ名なら尚更『さん』付けは止めてくれ」


 と話しながら、俺はふとゲートの外に目を向けた。いや、正確に言えば高い草と低い岩の間で何者かが動いので、自然とそちらに目が向いた。


「……なんだ狼か」


 怪しい影が狼で安心するのもおかしいが、それがボルサを尾行してショッピングモールを狙う者ではなく俺はホッとした。


「狼いるの!? どこ?」


 と目を輝かせながら騒ぎ出したアリスの視線を誘導して一緒に見ていると、2匹いるようでゆっくりとメインゲートに近づいて来た。


「X字の狼と……ケガをした狼だな……」


 俺が初めて鎌鼬で斬り刻んだ傷跡を持つ大きな狼が、少し小さめで足を引きずっている狼をゲートの前に誘導していた。

 どうやらケガを治す為に噴水の水を飲みに来たようで、閉めた厚いガラスのドアを再び開けた。


――よう。ちょっとお邪魔するぜ。


 X字の狼が、相も変わらず眼差しで俺に語り掛けた。


「ああ、入ってくれ……。死ビトとやりあったのか?」


――まあな、そんなところだ。


 そのまま俺達は狼に付いて行き、ともに噴水の元まで歩いた。

 アリスは歩きながらX字の狼の尻尾を掴んで遊んでいたが、X字の狼はそれを楽しんでいるかのように尻尾を振り回してアリスを操っていた。


 噴水に着き、俺達は足をケガした狼が噴水の水を飲むのを眺めていた。


 アリスは相変わらずX字の狼の尻尾に執着していたが、狼は段々と振る速度を上げる事によってアリスに尻尾を掴ませずにいた。どうやら遊ばれているのはアリスだったようだ。


「驚いてばかりで申し訳ないですが……驚きました。大狼と親しくしているのですね……」

「大狼って言うのか? まあ、コイツらとは色々あってな……」


 とボルサと話していると、急に尿意を感じた。狼が水を飲むのを見ていたからかもしれない。


「ちょっとトイレ行って来るわ。ここで待っててくれ」

「分りました。……あれ、中で出来るんですか?」

「ああ、2Fにあるトイレだけ何故か水が流れるんだ」


 ボルサに背を向けて言いながら、ジャオンまで走って向かった。




「水見てると小便したくなるのは条件反射なのかな……」


 俺はトイレを終え、洗面所で手を洗いながら呟いた。

 その最中、この異世界でも当たり前のように流れ出る水を見ていて、先程のボルサとの会話を思い出した。


「あれ……さっきのボルサの言い方、まるでショッピングモールの中でトイレをするのを不思議に思ったみたいだったな……」


 噴水の元まで少し急いで歩きながら、俺は少し長い独り言を言った。


 何故ショッピングモールの中でトイレを済ますのを不思議に思ったのかを考えていると、水を飲み終えた狼が北メインゲートへと歩いて来るのが見えた。アリスとボルサもその後に続いていた。


――邪魔したな。また来るぜ。


 X字の狼が語った。


「もう大丈夫なのか?」


 俺の目の前を通り過ぎようとしている、ケガをした狼の背に触れながら俺は言った。だが、その狼はあまり俺の方を見ずに淡々と通り過ぎた。


「シャイな狼だな……」


 俺は感想を漏らしつつ、アリス達とともに狼の後に続いてメインゲートまで歩いた。


「さっきアリスさんに聞きましたが、狼達と戦ったそうですね……それで勝ったとか」

「ああ……勝ったって言っても、噴水の水が無かったら俺もやばかったけどな」


 誇張せずに素直に俺は言った。そして、その戦いを少し詳しく話した。


「鎌鼬がなかったら……ガチャガチャが無かったら、俺達は死んでてもおかしくなかったわ」

「ウキキは幻獣使いなんですね……。幻獣使いは王都でも珍しいです、ギルドもありませんからね」


 歩きながら、そのままボルサは続けた。アリスは未だ飽きずに、X字の狼の尻尾を掴もうとしている。


「通常なら幻獣使いは稀に姿を現す幻獣と戦い、それに勝利して従わせます。それなのに、ウキキはガチャガチャを回して幻獣と契約出来たのですか」

「……ああ、知らないうちの契約だったけどな」


 俺はボルサを全面的に信頼している。


 会ってから、そう時間の経っていない相手をこれだけ信頼するのは俺としては珍しいぐらいだ。

 だが、ボルサに対して抱いた違和感を黙っている事は出来なかった。


 メインゲートを開け、狼達が外へと出て行くのを眺めながら、俺はボルサに尋ねた。


「なあボルサ……なんで異世界人のフリをしてるんだ?」


 草原を歩くX字の狼の尻尾が宙を舞っていた。それは、アリスに対してまた遊ぼうぜと言っているようだった。


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