54 白いローブ
「はあ……はあ……くそっ、どこまで追って来るんだっ……!」
俺は追われていた。
ショッピングモールの天井から射す日差しは眩しく、2Fの通路を走っている俺の目を射抜いていた。
俺は奪われようとしている物が入っているボディバッグを少し雑に背負い、立ち止まってから1Fに向けて腕を構えた。
「出て来いや木霊!」
――出たで ――帰るで ――なんでやねんっ
そして2Fの手すりから木霊の階段へと跳び乗り、そのまま1Fに下りてジャオンまで全力で走った。
後ろを確認すると、少し引き離したものの、まだ追手は諦めずに向かって来ていた。
それ程までに執着されているボディバッグの中身の事を考えると、俺は何がなんでも奪われたくないという気持ちが強まった。
俺はジャオンに入り2Fへと向かった。
そしてレジカウンターの下にあるスペースにボディバッグから出したブツを隠すと、それと同時に後ろからフワリとジャンプをした追手が俺の背中に飛び付いた。
「なにを隠したのよ! 見せなさい!」
アリスは俺の背中にしがみつき、器用に両手で俺の後頭部にチョップをかました。
「なんでもねーよ! ……ってか別にどんな本をゲットしようが俺の勝手だろ!」
「隠すから気になるのよ! いいから見せなさい!」
「ったく、しゃーねーな……。じゃあお前が確認しろよ」
俺はアリスを背中から降ろし、そのままアリス自身に背負っているボディバッグを開けさせた。
「これは……プロレス雑誌? それと、モテる男の秘訣百選……なによこれ」
アリスは俺のボディバッグをレジカウンターに置き、中の本を取り出しながら言った。
それは俺がツゲヤでゲットした物で、もっと言えばゲットした物を隠すためのカモフラージュでもあった。
「はあ……ホントあなたにはガッカリ……。スケベな本かと思ったのに、つまらないわね」
「ガッカリさせて悪かったな……。ってか、なんで追って来たんだよ……」
「あなたが逃げるからでしょ! 男なら堂々としていなさい!」
11歳の小学生に男としての駄目だしを食らった。
しかし、無事に隠し通したアリスが引くぐらいのドスケベ雑誌の事を思うと、その駄目だしすら心晴れやかに聞き流せた。
「じゃあ解決したし、お前シャワーでも浴びて来たらどうだ?」
「シャワーならさっき浴びたわよ? ……なんで私を遠ざけようとするの?」
「ゔっ……」
「今あなた、思い切り言葉に詰まったわよね? 怪しいわ……」
しまった……せっかく姉貴並みのエロ本の追及から逃れたのに、ここで怪しまれてレジカウンターの下を探されたら一発で見付かってしまう……。
俺はそれだけは勘弁願いたく、再び疑いの目を俺に向けているアリスの気を逸らそうと、話題を変えた。
「それより、お前はどんな本をゲットしたんだ?」
「私の? 私のは料理の本だけよ。それ以外はあなたのよ」
アリスは背負っていた赤いリュックを俺のボディバッグの隣に置き、中からいくつかの本を取り出した。
「ああ、持って来てくれたのか……サンキュー」
「あなたが急に置いて逃げ出したからよ。やっぱり怪しいわ……」
「怪しくない! あと、この算数ドリルはお前のだ」
俺は小学5年生向けの算数ドリルをアリスに手渡しながら言った。
「ゔっ……!」
「お前も言葉を詰まらせたな……」
「こんな物いらないわ! キツネちゃんで燃やしちゃってちょうだい!」
「狐火をそんな事に使おうとするな! ……お前まだ小学生だぞ? 少しぐらい勉強しとけって」
こんな異世界に転移した子供に言うのは少し酷かもしれないが、それでも環境が許すのであれば、勉強させるのも大人である俺の役割だと思っていた。
「分らなかったら俺が教えてやるから、少しずつでいいからやろう。な?」
「な? じゃないわよ! 私テストは毎回100点って言ったでしょ! こんなもの簡単よ!」
アリスはそう言うと、ドリルをパラパラと捲った。
「……スワヒリ語?」
「思いっきり日本語だ……。まあここだと集中出来ないだろうから、お前は和室でそれやってろ」
「少し楽しそうだから良いけれど、あなたは和室に行かないの?」
「……行くよ! 行けばいいんだろ!」
「なんであなた、そんなに怒っているのよ……」
下手に怪しまれても危険なので、俺は素直にアリスが持ってきてくれた幻想の生き物大百科と木材図鑑を持って和室へと向かった。
「あら、プロレス雑誌とかは持って行かないの? 読む為にゲットしたんでしょ?」
「そ、それは2Fで読む用だし!」
俺は焦っているのを隠しながら、クールに背中でアリスに語った。
*
「あなたの見ている、その本はなんなの?」
和室で寝っ転がりながら木材図鑑を読んでいる俺にアリスが言った。
そのアリスは、中に運んだ丸いテーブルに肘をつきながら計算ドリルを攻略していた。
「ガチャガチャの割符の木の種類を調べたくてな。判別出来れば、ハテナマークの割符がなんの武器技かも分かるし」
俺は図鑑を眺めながら言った。
「ふーん。じゃあもう1冊はなんなの?」
「こっちは幻想の生き物大百科だ。今までガチャガチャから出て来た幻獣は全部載ってたわ」
俺は木材図鑑を閉じてから幻想の生き物大百科のページを適当に捲り、そのページにイラストとともに書かれている解説をアリスに読み聞かせた。
「丁度、鎌鼬のページだ。えーっと……風とともに現れ、真空波のような鎌で人を斬りつける……うんたらかんたらだってさ」
「面白そうね! 貸してちょうだい!」
アリスは膝を突いたまま俺に近づき、目を輝かせながら大百科を奪おうとした。
「待て。見るのは構わないけど、計算ドリル1ページ終わったのか?」
「終わったわ! あまり自信がないけれど、見る?」
「お前が自信なさげなのは珍しいな……どれどれ」
俺達はお互いの居場所を交換する形となり、俺はそのまま丸いテーブルに置いてある計算ドリルの採点をしようと、和室の隅にあるペン立てから赤ペンを取り出した。
「……これはなんだ?」
アリスが解いたはずのドリルには、数字ではなく隅の空いたスペースに大きな目の怪物が描かれていた。
「アルキメデスよ! 算数にまつわっているでしょ!」
「歩き目です。って事か……ってかお前、絵上手すぎだろ……」
「そう? あまり自信がなかったけれど、その様子だと100点のようね!」
俺は立ち上がり、足を立ててブラブラとしながら寝っ転がっているアリスの頭にチョップをお見舞いした。
「んな訳あるか! まつわる絵を描くんじゃなくて、ちゃんと計算しろ!」
「痛いじゃない! チョップなら負けないわよ!」
そのままチョップの攻防戦をしていると、和室の引き戸が静かに少しずつ開いた。
「遊びに来たであります! ……なにイチャイチャしてやがるでありますか」
俺に跨りながら、俺の後頭部をチョップしているアリスの頭に飛び乗ったチルフィーが言った。
「おお、お前もやるかチルフィー?」
「やる訳ねーだろであります! それより外に人がいるでありますが、友達でありますか?」
「人? ……人って誰だ……何人いた?」
「メガネをかけた白いローブの青年が1人でありました」
メガネ……もしかしてボルサか?
俺はソフィエさんの村でともに三送りを見学し、親近感を覚えた男を思い出した。




